その8 ドラゴン襲来
やってきました代官屋敷。
ルボルトさんのお屋敷は港のすぐ北にある丘の上に建っている。
僕が飛べばひとっ飛び――というより、ぶっちゃけわざわざ飛行機で飛ぶような距離じゃなかったりする。
なんなら港からこのお屋敷が見えていたからね。
これって、隣の家にスクーターで行くような感覚じゃない?
さて。なぜ僕達がこんな無駄な事をしているかと言えば、ティトゥがそれを求めたからだ。
先日、ルボルトさんのお屋敷で行われた巨大オウムガイネドマ対策会議。
ティトゥは執事のホンザさんに呼ばれてこの会議に参加したが、どうやら彼女的にはそれが不満だったようだ。
僕とティトゥは二人で竜 騎 士。
それなのにティトゥは自分一人が呼ばれた事に納得がいかなかったのだ。
・・・いや、僕はそれでも全然構わないんだけど。
正直言って貴族相手の会議なんて気が重いだけだし。僕は生まれも育ちもド平民だし。
まあ、それを言ったらティトゥも貴族のご当主様になっちゃうんだけど。
それにホラ、僕ってこっちの言葉は片言しか喋れないし。
だからデカくて場所を取るだけの僕が参加する意味なんてないんじゃないかな?
『・・・何だか騒ぎになってませんか?』
メイド少女カーチャが屋敷を見下ろして困った顔をした。
彼女の言う通り、使用人達が屋敷の窓からこちらを見上げて何やら騒いでいる。
あれはルボルトさんかな? 隣で嬉しそうにこっちを見上げている少年は彼のお孫さんなのかもしれない。
ちなみに今回は眼鏡少女ヤロヴィナは連れて来ていない。
ティトゥが声を掛ける前に逃げ出したのだ。
彼女の気持ちは痛い程良く分かる。貴族の話し合いに参加するなんて、考えただけでもイヤだよね。
水運商ギルドに報告に行くとか言ってたから、今日はそこから宿に直帰するんじゃないかな?
ティトゥはさっきからジッと何かを探している。
『騒ぎなんていつもの事ですわ。それより、ホンザさんの馬車はまだ到着していませんの?』
悲しいかな、僕が訪れると、大体こんな感じで騒ぎになっちゃうんだよね。
ティトゥの言葉は無駄に説得力に溢れていた。
それはそうと、ホンザさんの馬車ね。
最後に見た時、彼は慌てて馬車に飛び乗る所だった。
僕がお屋敷に向かう事を知らせに戻るつもりだったんだろうけど、どうやら僕らの方が先に到着しちゃったみたいだね。
『構いませんわ。もう降りてしまいましょう』
我慢しきれなくなったのか、あっさりと言い放つティトゥ。
君なら多分そう言うと思っていたよ。
呆れつつもどこか納得する僕とカーチャ。
全く、どうしてティトゥはこうも落ち着きのない子に育ってしまったんだか。
『・・・ハヤテ』
「・・・了解」
ティトゥのジト目に睨まれて、僕とカーチャは慌てて目を反らした。
いつまでもお屋敷の上空を旋回していても仕方が無いしね。仕方がないよね。
こうして僕は屋敷に向かって降下。
庭木やら何やらを薙ぎ倒しながら、屋敷の庭にダイナミック着陸を決めたのだった。
『ああっ! 間に合いませんでしたか!』
シンと静まり返った屋敷の庭に、執事のホンザさんの悲痛な叫び声が響いた。
どうやら僕達に僅かに遅れて、ついさっき屋敷に戻ったようだ。
まあ、間に合っていたところで、どうなるものでも無かったと思うけど。
ちなみに僕がこの庭に着陸するのは二度目となる。
一度目は先月、ジャネタお婆ちゃんを連れて、黄金都市リリエラの塩湖の話をしに来た時の事だ。
あの時もこうして庭木を薙ぎ倒してしまったのだが・・・ 庭師さん、せっかく直した庭をまた荒らしてしまってごめんなさい。
ホンザさんはいつもは真っ直ぐ伸びた背を丸め、力無くうな垂れている。
出来る執事の哀れみを感じる姿に、僕は良心が痛んで仕方がなかった。
このお詫びはネドマとの戦いできっと返すとここに誓います。
『ナカジマ殿! これは一体どういうつもりだ?!』
代官のルボルトさんが声を荒げてやって来た。
『その話はさっきホンザさんにしましたわ』
胸を張ってサラリと言い放つティトゥ。
ルボルトさんは彼の執事をジロリと睨んだ。
『ホンザ! 説明しろ!』
『はっ。それは――』
ホンザさんは若干しどろもどろになりながら、主にティトゥの言い分を説明した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
騎士団団長が代官屋敷に駆け込んだのは、丁度、執事のホンザの説明が始まった所だった。
彼は報告のために屋敷に向かう途中、大急ぎで丘を上る馬車を見かけ、「これは何か起こったに違いない」と馬を飛ばして駆け付けたのだ。
ホンザの説明は何とも理解し難いものだった。
代官のルボルトはハヤテを見上げた。
ティトゥはハヤテの操縦席で涼しい顔でこちらを見下ろしている。
「という訳ですわ」
「・・・いや、意味が分からん」
ルボルトが困惑するのも分かる。
ティトゥとハヤテ、二人で竜 騎 士。
そう言われれば、それはまあそうなんだろう。
そこは分かる。そこは分かるが、だからといって、なぜ対巨大ネドマの相談にこのデカブツを参加させなければならないのだろうか?
「そもそも、このドラゴンは屋敷に入れるのか?」
「入れませんわ。だからココで相談すれば良いのですわ」
「庭でか?! 話にならん!」
あまりに馬鹿げた話だ。
ルボルトは吐き捨てた。
巨大ネドマの対策は茶飲み話ではない。この町の浮沈を決しかねない極めて重要な相談だ。
それをこんな場所で? 出来るはずがないではないか。
「話というのは内容に応じた相応しい場所でするべきものだ! これは庭でするような話じゃない!」
「サルート様は考え違いをしていますわ。お化けネドマを倒せるのはハヤテだけなのです。だったらその話し合いにハヤテが参加しないでどうするんですの」
「それは! ――だがそのドラゴンは怪物に手が出せなかったと聞いたぞ!」
「だから! それはさっきホンザさんが説明しましたわ! 以前の話し合いはハヤテを抜きにして行われたからです! 失敗の原因はハヤテを抜きにして計画を立ててしまった私達にあるのですわ!」
ティトゥの聞き分けの悪さにルボルトの頭に血が上った。
ルボルトは更にティトゥに詰め寄ろうとしたが、いつの間にか隣に来ていた騎士団団長に腕を掴まれてしまった。
「ルボルト様、少しよろしいでしょうか」
「何だ? 報告ならこの後で聞く――いや、分かった。ナカジマ殿少々待って頂こう」
自分でも熱くなっているという自覚があったのだろう。
ルボルトは団長と共にハヤテから距離を置いた。
彼らは知らない事だが、この距離はハヤテにとって十分に可聴範囲内だった。
「それで。一体何だ?」
「お話は伺いました。どうかナカジマ様のおっしゃる通りにして頂けないでしょうか」
「なっ?!」
団長の意外な言葉にルボルトは目を見張った。
ルボルト程ではないにしても、団長も十分に格式や形式にうるさい男なのだ。
「我々サルート家海軍は、ネドモヴァーの節が宣言される度に幾度となくネドマを退治して参りました。長年積み重ねて来た実績に、団員の全てが自負も誇りも持っております。しかし、今回のネドマ。あれは今までとは訳が違うのです」
団長は庭でボンヤリと佇むハヤテ(※実はこちらの会話に聞き耳を立てている)をチラリと見た。
「ナカジマ様の見立ては・・・残念ながら正しいように思われます。我々サルート家海軍では、いや、我々人間の力ではあの怪物には手の打ちようがありません。人間の力を超えた相手には、人間の力を超えた存在を当てるしかないのです。
実際に怪物はあのドラゴンを恐れています。
その証拠に我々を歯牙にもかけない怪物が、ドラゴンが港から飛び立っただけで海中に姿を消してしまうのです」
「それは・・・ しかし、お前達の誇りはそれでいいのか?」
ルボルトの言葉に団長は悔しそうにかぶりを振った。
「我々の誇りなどより、この町を守る事を第一に考えるべきでしょう。
それに・・・申し上げ辛いのですが、サルート家海軍の誇りはあの怪物によって既にくじかれております。部下達が今も逃げ出さずにいるのは、こちらにあのドラゴンがいるからです。
もし、ナカジマ様が機嫌を損ねてドラゴンと共にこの領地を去りでもすれば、部下達は心の拠り所を失い、怪物に立ち向かう気力を失くしてしまうでしょう」
団長は今日一日で、部下達が怪物ネドマに完全に心を折られてしまった事を悟った。
彼らがギリギリの所で騎士団として統率が取れているのは、怪物が恐れるドラゴンがこちらに付いているからである。
怪物の相手は怪物にしか出来ない。
当然と言えば当然の理屈なのかもしれない。
現場で直接、巨大ネドマの力に触れた騎士団員達は、理屈ではなく感覚でそれを知ったのである。
団長の言葉にルボルトは衝撃を受けた。
まさかこの勇敢な男が、泣き言と取られてもおかしくない言葉を口にするとは思わなかったからである。
いや、違う。彼は町のため、ルボルトのために、自らのプライドに蓋をしたのだ。
ただの泣き言であれば、このように悔しそうな顔をしている理由がない。
ならばルボルトは、主として彼の忠義に応えてやる必要があるだろう。
「――分かった。もう言うな。すぐにホンザに準備をさせよう。なに、会議にドラゴンを参加させるだけの事だ。考えてみれば大人が目くじらを立てるような話では無かった」
「ルボルト様・・・感謝致します」
◇◇◇◇◇◇◇◇
と、いうような話がルボルトさんと団長さんの間で交わされていた。
何と言うか、ティトゥのわがままのせいで本当にゴメンなさい。
ティトゥは自分の望み通りに進みそうな雰囲気に上機嫌になっている。
まったくこの子は。
僕の視線を感じたのだろうか。ティトゥがこちらを振り返って笑顔を見せた。
『ハヤテが考えた作戦なら大丈夫ですわ。早くお化けネドマを倒して、この町の人達を安心させてあげましょう』
いつもながら、君の信頼が僕には重いよ!
メイド少女カーチャが、『本当に何か作戦を立てていたんですか?』といった目で僕を見た。
作戦を立てていたと言うか、ちょっと考えていた事をティトゥ相手に喋っただけのような気が・・・
けど、あれって単なる思い付きであって、作戦って程ハッキリしたものじゃなかったんだけどなあ。
でも、先々代とはいえ、大国チェルヌィフ王朝の六大部族の当主だったルボルトさんが、半島の小国の田舎貴族のティトゥに折れてくれたんだ。
それに――
僕は昼間の光景を思い出した。
野次馬に邪魔されて出撃出来ない僕達。そしてそんな僕達の視線の先で、巨大オウムガイネドマは次々と人間を襲っていた。
ネドマに殺された人達の仇を討つためにも、そして二度と彼らのような犠牲者を出さないためにも、僕達は一刻も早くあのネドマを倒さないといけない。
僕は自分の弱気の虫に渇を入れると、漠然と考えていたアイデアを頭の中で整理するのだった。
次回「第二回巨大ネドマ対策会議」