その2 沈黙する怪物《ネドマ》
今年最後の更新となります。
怪物騒ぎも一夜明けて翌朝。
騎士団の演習場、という名の空き地に佇む僕の下に、立派な黒塗りの馬車が到着した。
『オハヨウ』
『・・・疲れましたわ』
ドアが開くと共に、げんなりと萎れたティトゥが降り立った。メイド少女カーチャが主人の後ろに続く。
貴婦人としての礼儀作法を苦手とするティトゥにとって、この町の代官、ルボルトさんのお屋敷での宿泊は相当にこたえたようだ。
『それだけじゃありませんわ』
昨日、このデンプションの港町に現れた巨大オウムガイネドマ。
ティトゥはルボルトさんから、根掘り葉掘り、かなりしつこく聞かれたそうだ。
その上でルボルトさんとティトゥは今後の対策を練ったという。
『あの人、私が「ハヤテと私とでやっつける」と言ったのに、全然聞かないんですわ』
思い出しただけでも腹立たしいのか、口をへの字に曲げるティトゥ。
道中も主人から散々愚痴を聞かされたのか、メイド少女カーチャはなるべくこの話に関わり合いにならないようにいつもより後ろに下がっている。
あ~、でもルボルトさんの気持ちも分かるかな。
船すら簡単にひっくり返す、規格外の超巨大ネドマだ。
彼としては、いくらティトゥが「自分達だけで何とかする」と言っても、「本当にそんな事が出来るのか?」と疑いたくもなるよね。
『もうっ! ハヤテまであの人に味方するんですわね!』
そう言って僕を睨み付けるティトゥ。
いやいや、味方するとか、そんなつもりは全然ないんだけど。
どうやらティトゥは、この一晩でかなりストレスを溜め込んでいたようだ。
今の僕の対応で完全にへそを曲げてしまった。
カーチャから向けられる非難の視線が痛い。
ていうか君、何を他人事のような顔をしてるわけ? ティトゥは君のご主人様だろ? 何とか上手い事フォローしてよ。
――ああもう、仕方が無いなあ。
『ティトゥ、トブ?』
『・・・あなた、私は空を飛んでさえいれば機嫌が良くなると思ってますの?』
ギクッ。
そんな事は無い、のかな? 我ながらどうかと思うけど、他にご機嫌取りの方法を知らないからなあ・・・
ティトゥは呆れながらも、『全くハヤテは仕方が無いですわね』と、ため息をついた。
なんだかんだでティトゥの機嫌も直ったらしい。
僕はホッと胸をなでおろした。
『でも、飛ぶのは少し待って頂戴。今、執事のホンザさんが港に人をやっているはずだから』
ルボルトさんの所の執事? あの人がどうかしたの?
どうやらこの話はカーチャも聞かされていなかったようだ。
意外そうな顔でティトゥの話に耳を傾けている。
『これからお化けネドマ退治部隊を結成するのですわ!』
ドヤ顔のティトゥが語ってくれた話によると、昨日、沖に現れた巨大オウムガイネドマによって、町はパニックになってしまったらしい。
まあそうだろうね。
日本だって、多摩川にアザラシの子供が現れただけで、大騒ぎになったんだから。
アザラシの子供には後にタマちゃんという名前が付けられて、その年の流行語大賞に――って、この話はどうでもいいか。
実は昨日、海中に姿をくらませたネドマを捜索している時に、僕達は何度か港の上空まで飛んでいたのだ。
その時チラリと見ただけだが、それだけでも分かる程、港は上を下への大騒ぎになっていた。
中には、自分達の手でネドマを退治するつもりか、船を出そうとしている人もいたようだ。
その人達はどうなったかって? 流石に周囲から止められていたよ。
というか、あの巨体に挑もうとか、僕は船乗り達の血の気の多さに呆れてしまった。
そんな港の混乱はすぐに町にも伝播したそうだ。
『巨大な化け物が船を襲っている』、『いや、この町を目指しているらしいぞ』、『すぐにでも上陸して、みんな食べられてしまうに違いない』等々。噂に尾ひれどころかはひれが付き、人々はすっかりパニックになってしまった。
通りという通りは町を逃げ出す人達でごった返した。
ついでに商店を襲う不届き者なんかも出て、町の治安は一気に悪化した。
この騒ぎを聞きつけたルボルトさんは直ぐに手を打ったらしいが、焼け石に水。
一度火のついた混乱は中々収まらず、結局、夕方近くになるまで、避難する人達の流れが途切れる事は無かったようだ。
ケガ人も大勢出たらしい。
ルボルトさんはこの火急の事態をどうにか収めようと、休む間もなく指示を飛ばしていた。
大至急、港にも部下を派遣して、ありったけの情報を集めさせた。
戻って来た部下はルボルトさんに報告した。
『現場の海には巨大な化け物だけじゃなく、見た事も無い謎の飛行物体も飛び回っていたそうです』
ルボルトさんはハッと僕の存在を思い出した。
そういやそんなヤツらがいたっけか。と。
ルボルトさんは執事のホンザさんに、『ミロスラフの竜 騎 士に話を聞きたいから屋敷に連れて来い!』と命じた。
更に、『もしかすると彼女はこの間のように屋敷に来るのをゴネるかもしれない。その場合の方法は全てお前に任せる。火急かつ速やかに、最大限の礼儀を持って絶対に連れて来るように!』と、告げたそうだ。
ホンザさんは身命を賭して命令を果たすべく、まるで戦場に向かうような悲壮な覚悟をもって屋敷を後にしたのだった。
・・・ティトゥのお屋敷嫌いのせいで、各方面に多大なご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございません。
とまあそんなこんなで、ホンザさんは無事、困難なミッションを果たしてティトゥを屋敷に連れ帰る事に成功した。
ルボルトさんはティトゥから詳しい事情を聞いて、ネドマの早急な討伐を決意する。
――が。
ここでルボルトさんとティトゥの意見が割れてしまった。
サルート家では軍艦も多数保有している。
ルボルトさんはその軍艦を使ってネドマを討伐するつもりだった。
この方針にティトゥが真っ向から反対した。
『船なんかではあの化け物ネドマには歯が立ちませんわ! 私とハヤテで何とか致します!』
『何を言う! 自らの領地を守るのに、他国の貴族であるお前達に任せられるか! 俺達に指をくわえて見ていろとでも言うのか?! それに我が騎士団の船は大陸最強だ! 彼らで歯が立たないのであれば、誰も倒せるはずがないわ!』
『人間には無理でも、ドラゴンであるハヤテになら出来ますわ!』
こんな感じで二人は激しくぶつかり合ったそうだ。
ルボルトさんの言いたい事も分からないではないかな。
非常時に他国の戦力に頼るなら、何のために膨大なお金をかけて騎士団や軍艦を維持しているのか、って話になるよね。
とはいえ、ティトゥの言いたい事も良く分かる。
僕らはネドマがどれだけ巨大か直接見て知っているし、ネドマがいともたやすく船を横転させたのも見ている。
それに、さっきから僕は”軍艦”と言っているけど、この世界では船同士による海戦の記録はほとんどないそうだ。
つまり、ここで言う船は軍艦ではなく、”兵員輸送用の軍船”の意味合いが強いのだろう。
そんな船を何隻持ち出したところで、あの巨大オウムガイネドマを倒せるとは到底思えない。
二人の意見は平行線のまま時間だけが過ぎて行った。
結局、最終的にはどっちつかずの折衷案が取られる事になった。
サルート家の軍船によるサルート海軍部隊と、僕達を中心とした竜 騎 士部隊。
二つの部隊を作って、互いにネドマの討伐に当たる事が決まったのである。
・・・どことなく”やってやったぜ”感を漂わせているティトゥには悪いけど、これって僕らは体よく除け者にされただけなんじゃない?
ルボルトさんの本命はあくまでもサルート海軍部隊で、軍船に乗せられずにあぶれた兵士を適当に僕らに付けて、形だけティトゥの要求を満たしたんじゃないだろうか。
いやまあ、それでもいいのか。
誰かの指揮下に入るのでもなく、自由に討伐への参加を認められた上に、サポートまで付けてくれるって言うんだから、僕ら的にはむしろ願ったりかなったりかもしれない。
どのみち、軍船を預けられても僕達には活かす事が出来ないし。
空母でもあるなら話は別なのかもしれないけど・・・いや。逆にその時は、僕の能力が不十分か。
僕の機体がゼロ戦のような艦上戦闘機だったら良かったんだけど、四式戦闘機は空母から離発着出来るようには設計されていないのだ。陸軍機だから仕方が無いよね。
今の強化された僕の機体ならワンチャン有りかもしれないけど・・・って、流石にないか。着艦フック(※空母に着陸する際、甲板に張られたワイヤーを引っ掛けるための拘束フック)も付いてないし。
こうして僕達は正式にルボルトさんからの依頼を受ける形で、巨大オウムガイネドマ退治に参加する事になった。
執事のホンザさんの手配で、僕は港の倉庫に、ティトゥは港に近い宿に、それぞれ待機する事に決まった。
これはティトゥの『沖にネドマが現れた時、直ぐに現場に飛べるように』との強い要望に応えたものだが、彼女の本音――ルボルトさんのお屋敷に宿泊したくない――は、誰の目にも明らかだった。
こうして僕達はいつでも出撃出来るように準備を整えたのだが・・・巨大オウムガイネドマは不気味な沈黙を守り、あれ以来、一度も姿を見せなかったのだ。
今年も一年間、この作品を読んで頂きありがとうございました。
来年も引き続きよろしくお願いします。
次回「黄昏の老騎士」