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エピローグ ギャリック男爵領の崩壊

お話は途中ですが、この章も長くなったのでここで一区切り入れさせて頂きます。

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは帝国との国境、ブラフタ平原。

 多くの兵士の屍が眠るこの地で、今また、戦いが繰り返されようとしていた。


 平原をのぞむ砦から眼下を見下ろす、堂々たる佇まいの鎧武者。

 ベネセ家の新当主となったマムスである。


 彼の見守る先では、二頭立ての馬に引かれた二輪車の部隊が移動している。

 乗員は二名。一人は騎手を。もう一人は槍を手に攻撃を担当する。

 その勇猛さと機動力で、帝国軍を震撼させたチャリオット――戦車だ。

 ベネセ家を筆頭とする西部三部族の呼び名――戦車派――の、元となった、三部族を象徴する部隊である。


 マムスは戦車部隊の移動を見届けると踵を返した。

 これから前線の部隊に合流。帝国との(いくさ)を前に、将兵に薫陶を授けなければならない。

 四万の帝国軍は既に敵方の砦に集結している。

 いつ開戦してもおかしくない状態になっていた。


 時間の余裕は無い。

 しかし、マムスは振り返った途端、その場に立ち止まってしまった。

 彼の視線の先に立つのは、六大部族ハレトニェート家のマントを羽織った男。


「レフドか」

「久しいな。マムス」


 戦車派の一角、ハレトニェート家の当主、そして今や連合軍の大将軍、レフド・ハレトニェートその人であった。




「こうして直接お前と会うのは、四年ぶりか?」

「いや。先のブラフタの会戦以来だから、五年ぶりだ」


 帝国皇帝ヴラスチミルが戴冠直後に起こした遠征。

 二人がこうして直接会話を交わすのはその時の戦い以来となる。


 五年前は帝国を相手に共に戦う戦友。

 つい先日までは、連合軍と同盟軍の将軍として戦場で戦う敵同士。

 そして今は、帝国を相手に再び手を取り合っている。


(味方、敵、そして味方か。立場がどう変わろうが、俺達が出会うのはいつも戦場なんだな)


 マムスは自嘲の笑みを浮かべた。

 そんなマムスの表情に何を感じたのか、レフドは戸惑いの表情を浮かべた。 


「マムス・・・お前、変わったな」


 戦友の言葉にマムスは「はんっ」と鼻を鳴らした。


「何だ? 影が薄くなった(・・・・・・・)とでも言いたいのか?」


 ”影が薄くなった”は、戦場で兵が良く使う言い回しだ。死んだ兵士の話題に使う事が多い。

 戦いの後、誰かが死んだと聞かされた時、「最近アイツは影が薄くなっていたと思っていたんだ」などという形で使われる。

 つまりは、”虫の知らせ”というヤツだ。


 レフドはマムスの皮肉を慌てて否定した。


「そんな事は無い。そんな事は無いが、何と言うか、以前のお前はもっとギラギラしていた気がするのだ」

「ふん。俺も歳を取って角が取れたか・・・いや、いい。お前が言いたい事は分かっているつもりだ」


 かつては王朝の”双獅子”と呼ばれ、将来を嘱望されていたマムスとレフド。

 二人は互いを認め合うライバルでもあった。

 しかし、レフドは一足飛びにハレトニェート家の入り婿――当主となった。

 マムスの兄、ベネセ家当主エマヌエルと肩を並べてしまったのである。


 マムスはかつてのライバルに大きく水をあけられてしまった。


 妬み、嫉妬、怒り。

 五年前、共に帝国軍と戦った時でさえ、マムスは己のドロドロとした負の感情に支配され、レフドの顔をまともに見る事が出来なかった。


 だが、今、マムスは兄エマヌエルの死によって、ベネセ家の当主の座に就いている。

 もちろん彼が望んだ結果ではない。偶然によってもたらされた物であり、他に取るべき手段が無いため、やむを得ずに就いた当主の座でもある。

 しかし、これによってマムスは、再びレフドと同じ立場で肩を並べる事になった。

 マムスはレフドに嫉妬する理由も、妬む理由も無くなってしまったのだ。


 俺は何で今までこんな事にこだわっていたんだろうな。


 そんなマムスの心境の変化が、レフドに対する反応に現れたのだろう。


「それより、俺に何の用だ? 今はこうして共闘していても、俺とお前は同盟と連合の将軍同士。こうして会っているだけで変に勘繰るヤツが出るかもしれんぞ」

「あ、ああ・・・うん」


 戦場というのはどうしても疑心暗鬼を生みやすい。己の命がかかった現場だ。無理のない事だろう。

 そして疑惑は伝染病のように部隊に広がり、士気を大きく損なう。

 大将はどっしりと構えて、下の者が動揺する隙を与えないようにすべきなのだ。


「お前、エマヌエルの跡を継いでベネセ家の当主になっただろ?」

「? ああ。だからどうした」


 レフドにとって、マムスは兄のクリシュトフを討った仇となる。

 てっきりその話か、帝国との(いくさ)の話が出るものだとばかり思っていたマムスは、レフドの切り出した予想外の話に怪訝な表情を浮かべた。


「知っての通り、俺はハレトニェートの当主とは言っても、政務は全部妻と家令がやっている名ばかりの当主だ。ハレトニェートでは俺は(いくさ)以外には能のないごくつぶしだ」


 レフドの話はますますマムスを当惑させた。


 マムスはレフドは当主として、悠々と部下を従えていると思っていた。

 彼の知るレフドは――戦場でのレフドはそんな男だった。

 堂々たる佇まいで常に自信に満ち溢れ、厳しい戦況にあってもこゆるぎもしない。

 将を従える将。大将の中の大将。

 部下に「この人のためになら死ねる」そう思わせる事の出来る益荒男。

 それがマムスの知るレフドという男だった。


 まさかそのレフドが、これほど肩身の狭い思いをしているとは思ってもみなかったのだ。


 唖然とするマムスを何か勘違いしたのか、レフドは慌てて言葉を続けた。


「いや、妻に文句を言っている訳じゃないんだ。むしろ感謝している。俺は分不相応な当主の座に就いたものの、妻やハレトニェートの家令の助けがあって、どうにかやれていると言いたかったんだ。なあ、マムス。お前、今は戦時だが、戦いが終わって領地に帰ったらどうするつもりだ?」

「どうするとは?」


 マムスにはこの話がどう着地するのかさっぱり分からなかった。


「だから領地の運営だよ。お前は確かに兄の仇だ。だがベネセの領民には罪はない。お前も俺と同じで、若い頃からずっと騎士団にいただろ? その辺を上手くやれるめどは立っているのか?」


 ああ、なるほど。


 マムスはこの時初めて、レフドが本気でこちらを心配しているということが分かった。


 レフドは、自分と同じ武官出身のマムスが、当主に就任したと知って、他人事とは思えなかったのだろう。

 思えば、最初からずっと彼は心配そうな表情をしていた気がする。

 戦場の張り詰めた空気にあてられて、今まで気が付かなかったのだ。


「エマヌエルが残した家臣団がいるから当面問題は無いだろうが、引継ぎはちゃんとした方がいいぞ。後、自分に従わない部下がいてもむやみに処断するのも良くない。最初はそういうものだと思って長い目で見てやるんだ。それと――」


 レフドの心からの忠告を聞きながら、マムスは何とも言えない微妙な気分を味わっていた。


(コイツの言いたい事は分かるが、仇の俺にする話じゃねえだろう)


 そうは思うものの、レフドの行為が純然たる善意から来たものであるのは明白だ。

 マムスはレフドの厚情をむげにする事も出来ず、曖昧な相槌を打ち続けるのだった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは帝国領の北東部、ギャリック男爵領。

 男爵領はそのほとんどが、隣国チェルヌィフ王朝との国境となるピエルカ山脈で占められている。


 そのピエルカ山脈の峠道を一台の馬車が走っていた。

 乗っているのはまだ若い一組の夫婦。

 チェルヌィフ商人のフリップとその妻である。

 フリップは彼の雇い主であるレオミールに命じられ、ギャリック男爵領に材木の商売のために出向いていた。


 というのは実は口実。

 先日この国をミロスラフ王国の竜 騎 士(ドラゴンライダー)が訪れた。

 その時フリップはレオミールからハヤテとティトゥの世話を任された。

 レオミールはその労をねぎらう意味も込めて、フリップの妻の実家のあるギャリック男爵領に出張を命じたのだ。


 妻の実家のある村まではもう目と鼻の先。後二日の距離に迫っていた。


「今夜の宿になる町を出たら、明日の夜までには村に到着出来るはずよ」

「・・・なあ、それより、この道はいつもこんなに混んでいるのか?」


 御者台のフリップは、怪訝な表情で隣の妻に振り返った。


 今朝、村を出てからずっと、こんな狭い峠道にもかかわらず、やたらと馬車や旅行者とすれ違っていたのだ。

 おかげで今も速度が出せずに難儀していた。

 このままでは宿泊先となる町にたどり着くのは夜になりそうだ。


「そんな事ないけど・・・」


 その時、峠道を下りて来た馬車がフリップ達の馬車の前で停車した。

 御者台に座った男がこちらに手を振って叫んだ。


「おおい、そこのアンタ! 今から町に向かうのかい?! 悪い事は言わないから引き返した方がいい! 俺達はみんな町から逃げて来たんだ!」


 フリップは妻と顔を見合わせると、男から話を聞くために馬車を路肩に寄せた。




 フリップは小分けにしていた酒の壺を取り出すと相手の馬車を訪ねた。

 男は家族連れで逃げて来たようだ。幌の付いた馬車の中から、子供達が好奇心一杯の顔をのぞかせた。


「ありがたい。丁度体が冷えていたところだ。いい匂いだ。こいつはいい酒だな」


 男はフリップから酒を受け取るとさっそく一口あおった。


「それで、町から逃げて来たっていうのは?」

「ああ。それなんだが――」


 男が言うには、最近ピエルカ山の奥でとんでもない化け物が発生して、村を襲っているのだそうだ。


「何でも山奥の村には、既に全滅した所もあるらしいぜ」

「家よりも大きな、虫の化け物らしいわよ」

「衛兵が若い衆を連れて討伐に向かったけど、返り討ちにあったそうだ」


 いつの間にか馬車の周囲に集まっていた旅人達が、フリップ達の話に口を挟んで来た。


 彼らの話を総合すると、雪解けと共にピエルカ山の奥に巨大な虫の化け物が現れ、周囲の村々を襲っているそうだ。

 町の衛兵が頭数をそろえて討伐に向かったが失敗。

 大きな損害を出して這う這うの体で逃げ帰ったという。

 ここにいる人々は山から逃げ出し、麓にある領主の町を目指しているそうだ。


「領主様の町は城壁に囲まれているし、ギャリック家の騎士団もいる。もし化け物が山を下りて来ても手だし出来ないさ」


 フリップの妻が彼の腕を引っ張った。


「ねえ、フリップ・・・」

「ああ。分かっている。――色々と教えてくれてありがとう。次の町で様子を見てみるよ」

「行くのか? いつ化け物が来るか分からないぞ?」

「妻の実家がこの先にあるんだ。村の者達も町に逃げて来ているかもしれない」


 フリップの決意が固いと知ったのだろう。男は酒の壺を掲げると「気を付けてな」と言った。

 男の馬車を見送るとフリップ夫婦は馬車に戻った。

 二人の間に言葉は無かった。

 重苦しい沈黙の中、馬車は峠道を上って行った。


 日が沈み、周囲が薄暗くなった頃、フリップ達はようやく目的の町まで到着した。

 驚くべきことに、こんな時間になっても、まだ町の入り口は町から逃げ出そうとする人々で溢れ返っていた。


 翌日、フリップ夫婦は、この町に逃げ込んでいた妻の家族と無事に再会、全員で山を下りることにした。

 彼らは領主の町へと向かうが、そこは既に町に入りきれない人間で溢れ返っており、更に南の町に向かわざるを得なくなった。


 フリップが領主の町が化け物に襲われ、大きな被害を受けたと知るのは半月ほど後の事になる。

お話としては途中となりますが、この後も長くなりそうなので、バランスを考えて今回で第十一章の区切りとさせて頂きます。

再開までしばらくお待ち頂ければと思います。


まだブックマークと評価をされていない方がいらしたら、今からでも是非よろしくお願いします。


この作品をいつも読んで頂きありがとうございます。

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