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その26 水面から伸びる柱

◇◇◇◇◇◇◇◇


 それ(・・)は濁った思考で先程の事を思い返していた。

 冷たい海の底。岩礁に囲まれた海底で、それ(・・)は神経質に無数の触手を蠢かせた。


 さっきのあれ(・・)は一体何だったんだろう?


 海の外、空の上に突然あれ(・・)はやって来た。

 それ(・・)は自分でも不思議な衝動に突き動かされるまま、あれ(・・)に対して探査の手を伸ばしていた。

 それ(・・)にとっても初めて経験する衝動だった。


 いや違う。あれはそれ(・・)の欲求ではない。()が求めたのだ。

 ()あれ(・・)の正体を知っている。だからあれ(・・)に手を伸ばしたのだ。


 ()あれ(・・)を求めている。

 幼子が母の乳を求めるように、あらゆる生き物が連れ合いを求めるように、()あれ(・・)の下に行きたいと願っているのだ。


 ()の欲求は強力で抗い難かった。

 しかしそれ(・・)は湧き上がる衝動を無理やりねじ伏せた。

 この感情は不快だった。


 それ(・・)あれ(・・)に激しい憤りを覚えた。

 あれ(・・)は自分の()を狙う敵だ。敵は排除しなければならない。


 その時、再び先程のように()がうずいた。


 あれ(・・)が来る。


 それ(・・)は被っていた砂を押しのけると、海面へと浮上した。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 僕達は再びデンプションの沖合を目指していた。

 眼下には大小さまざまな船が浮かんでいる。


『そういえばネドマとは、どういった見た目の生き物なんですの?』


 ふとティトゥが背後に振り返ってヤロヴィナに尋ねた。


『ふわっ! あ、いえ、私も自分で見た訳じゃないんですが――』


 ヤロヴィナは眼鏡をかけ直すと、分厚いメモを手繰った。


 彼女の集めた情報によると、今まで確認されたネドマは数種類。

 その全てはマグロやイルカのような回遊魚を、それぞれ一回り大きくしたような姿だったらしい。

 色は黒く肉食――というか、回遊魚は大体そうだよね。

 試しに聞いてみた所、特に魔法を使ったという話は無いそうだ。


『ネドマって魔法が使えるんですか?!』


 逆に驚かれてしまった。


 バラクの話だとそうらしいね。

 ネドマは体内に”魔核”と呼ばれる特別な器官を持っていて、その魔核によって大気中のマナを操り、魔法力を行使する。

 つまりは、”魔法を使う事が出来る”はずなのだ。


『へえ・・・知りませんでした』

『ひょっとしてハヤテ様も魔法が使えるんですか?』


 僕? そうだね。無意識に使っているらしいよ。

 魔法でティトゥ達の言葉を翻訳していたり、大気中のマナからガソリンを生み出したりしているんだってさ。

 ネドマもそんな感じで、生活のために魔法を使っているんだろうね。きっと。


 しかし、ネドマはマグロやイルカの姿をしているのか。

 それなら誰にも気付かれていないのも仕方ない――のか?

 いや、どうなんだろう。行動範囲が広いというのは、逆に人目に付きやすい、という事じゃないだろうか?


 みんなとそんな会話をしていると、ふと違和感を覚えた。

 さっき感じた”どこからか見られている感”だ。


『! また変な音が鳴り始めました!』


 通信機から流れるザーッというノイズ。

 来たか。


『ハヤテ!』


 ティトゥが心配そうに僕の名前を叫んだ。

 大丈夫。今度は我を忘れたりはしない。

 さっきは突然だったけど、最初から来ると分かっていれば、うろたえる事もないから。


 僕はその場で二~三度大きく旋回した。


『アッチ』

『分かりましたわ』


 違和感は真っ直ぐ沖の小島の方から来ている。

 例の灯台のある小島だ。


 僕は翼を翻すと機首を小島へと向けた。




 小島は直径数百メートルの、本当に小さな島だった。

 石造りの灯台の他は、みすぼらしい小さな小屋が一つ、ポツンと建っている。

 あれは多分、殺された灯台守が使っていた小屋だろう。

 それ以外は本当に何も無い島だった。


『流石にあそこはハヤテでも降りられそうにありませんわね』


 ティトゥが残念そうに言った。

 島は岩だらけで整地された場所はほとんどない。

 あんな場所に無理やり着陸したら、機体を破損して二度と飛び立てなくなるだろう。


『あれが灯台ですか』


 メイド少女カーチャが感嘆の声をあげた。


『キレイな塔ですわ』


 ティトゥもホウとため息を漏らしている。

 灯台は沖から見ても目立つようにだろう。白い石で建てられている。

 青い海をバックにスラリと伸びる白い塔は、独特の美しさを感じさせるものがあった。


 僕は二人に灯台が良く見えるように、旋回しながら高度を下げていった。


『! 音が急に大きくなりました!』

『ハヤテ!』

『えっ? えっ? 何が――キャアアアッ!』


 僕は速度を上げると急上昇。

 急に傾いた機体に、ヤロヴィナがバランスを崩して尻餅をついたみたいだが、今はそれどころじゃない。


 なんだ?! あれは!


 海面が大きく膨らんだかと思えば、僕を追いかけるように何本もの柱が水面から伸びていた。


 いや、違う! あれは柱じゃない!


 ザパーン!


 僕を捕えきれなかった柱が水面を叩いて大きな水しぶきを上げた。

 そう。あれは柱なんかじゃない。


 僕を捕えるために(・・・・・・・・)伸びた触手だ(・・・・・・)


 突如現れた触手と大きな水しぶきに、周囲の船の船乗り達が大騒ぎをしているのが見える。

 幸い被害にあった船はいないみたいだ。

 みんな慌てて回頭して現場から離れようとしている。


『あれを見て下さい!』

『何か出てきますわ!』

『えっ? えっ? 何が起こっているんですか?!』


 驚くティトゥ達。

 視力の悪いヤロヴィナだけが蚊帳の外だ。


 水しぶきが収まると、海面を割るようにして巨大な頭が顔をのぞかせた。

 頭、と呼んでもいいんだろうか?

 平らな頭はまるで海坊主のようなつるりとした禿げ頭。その下には巨大な丸い目が並んでいる。

 そして目と目の間にはさっきの触手がゆらゆらと揺らめいていた。


『なんですの?! あの化け物は! あれがネドマなんですの?!』

『こっちを見てますよ!』

『ば、化け物?! 化け物って何ですか?! 誰か教えて下さい!』


 背後からティトゥにしがみついてガクガクと震えるヤロヴィナ。

 ティトゥとカーチャは、巨大海坊主のおぞましい姿に鳥肌を立てて固まっている。


 巨大海坊主? 違う。あれは――


「あれはオウムガイ(・・・・・)だ! ネドマの正体はクジラのように大きな、超巨大オウムガイだったんだ!」


 そう。それはまるでクジラのような巨大なオウムガイだったのだ。


「オウムガイ?! オウムガイとは何なんですの、ハヤテ!」


 ティトゥが何か叫んでいるが、今の僕には彼女の言葉は届いていなかった。

 巨大なオウムガイ。その平らな頭のような”ずきん”と呼ばれる部位。

 その中心に小さな小さな赤い石が埋め込まれていた。

 サッカーボール程のサイズだろうか?

 本来ならこの高度から見分ける事など出来ない大きさだ。

 そもそも巨大なオウムガイネドマの体から見ればごく小さな点、ホクロのようなものでしかない。


 しかし、僕は吸い寄せられたようにその石から目が離せなくなっていた。

 間違いない。あれ(・・)がさっきから僕を呼んでいた存在だ。

 僕を呼んでいたのはこの巨大オウムガイネドマじゃない。あの赤い石だったんだ。


 あれこそが魔法生物の種。

 僕から分かれたという二つの欠片の片割れに違いない。

次回「エピローグ ギャリック男爵領の崩壊」

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― 新着の感想 ―
[一言] ネドマは魔法を体をより効率よく餌を捕食する為の巨大化や強化に優先するって本能重視に使用しているのかな、外骨格や呼吸器官の関係で大きくなるのが難しいはずの昆虫タイプも出ましたし
[良い点] 今章もおつかれさまでした(フライング [気になる点] 果たしてすべてのわかたれた欠片と合流した時いったい 何が起きるのか…? [一言] オウムガイか…中学生の頃は化石とか好きだったのでアン…
[良い点]  遂に登場したネドマは巨大オウムガイ、ナディアに出てきた奴を思い出せば大きさは近いのかな?  ドラゴンvsノーチラス 南海の大決戦、傍目には怪獣映画みたいな構図ですねw  身体のサイズ相…
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