その25 別れた欠片
ネドマの調査のためにデンプションの湾内に出て直ぐに、僕は何とも言えない違和感を覚えていた。
どこからか誰かに見られているような異様な感覚。
相変わらず通信機からはザーッというノイズが流れている。
おそらくこれは魔法元素”マナ”を利用した一種のレーダー波。僕の計器がそれを受信して反応しているに違いない。
何者かが僕の接近に気付いてこちらを探ろうとしている。
僕が相手に気付いたように、相手もこちらに気付いているのだ。
やはりバラクの言葉通り。
ここには僕の欠片がある。
同種の存在同士が引かれ合っているんだ。
叡智の苔――バレク・バケシュことバラク。
僕とバラクは魔法生物。この惑星の大気に存在するマナが生み出した、”魔法生物の種”が意思を持って生物となった存在である。
昨年春、僕がこっちの世界に転生し、この四式戦闘機のボディーを得た時の事。
使われなかった魔法生物の種の一部が二つに分裂。それぞれがこの大陸に散った。
バラクは僕の誕生と欠片の落下を観測。その場所を記憶した。
そして昨年の冬。バラクはこの国の東と西で謎のマナの乱れを受信した。
バラクにすら良く分からないこの現象。
現場は、それぞれ一年前、僕の使われなかった欠片が落ちた場所だった。
この現象はバラクの好奇心を非常に刺激したが、バラクの体はいわゆるスマホそのものなので、自分の意思で動く事は出来ない。
そもそもバラクは、意思を持った今でも本質的にはスマホの音声認識アシスタントなので、その言動は極めて受動的なものに限られている。
しかし、この謎現象はずっとバラクの心を捉え、離れなかった。
こうした彼の思いは、後日、僕をこの国に呼び寄せる原因となった。
そして先月。バラクはネドマの発生を感知した。
現場は二か所。こちらも僕の欠片が落ちたとおぼしき場所だ。
こんな偶然があるだろうか? いや、あるはずがない。
その場所では間違いなく何かが起こっている。
僕はバラクからこの話を聞かされて、調査に向かう事を決めたのだった。
『ハヤテ! ハヤテ! しっかりなさい!』
『ハヤテ様! どうしたんですか?! 返事をして下さい!』
『な、何が起きているんですか? 何なんですかその変な音は。どこから聞こえているんですか?』
僕の操縦席でティトゥ達が騒いでいる。
しかし外部からの呼びかけに心を奪われている僕にとっては、彼女達の声は煩わしい雑音にしか聞こえなかった。
どこだ? どこから僕を呼んでいる?
僕を見ているお前は誰だ?
「ハヤテ! いい加減にして頂戴!」
えっ?
その時、耳に馴染んだ日本語が聞こえて、僕はハッと正気に返った。
今の声はティトゥ? でも一体?
『ティトゥ?』
『――良かった。ようやく私の声が届いたみたいですわね。ハヤテ、あなた一体どうしたんですの?』
僕の返事を聞いてホッと胸をなでおろすティトゥ。
メイド少女カーチャは大きく目を見開いて、背後の主を振り返っている。
『あっ! さっきから聞こえている音が小さくなりました』
ヤロヴィナの声にふと気が付くと、通信機から流れていたノイズは、いつの間にか随分と小さくなっていた。
慌てて周囲を見渡すと一面の大海原だ。
どうやらかなり沖まで飛んで来たらしい。
あのノイズは、この場所に発生したというネドマとなんらかの関係があるのだろうか?
とにかく今は落ち着いて考える時間が欲しい。
それにティトゥ達も僕からの説明を求めている。
僕は一旦、騎士団の演習所に戻る事にした。
『キシダン。モドル』
『一度さっきの空き地に戻るんですわね? 分かりましたわ』
僕は翼を翻すと、さっきの場所を避けるように大回りして、デンプションの港町へと舞い戻るのだった。
騎士団の演習所。
僕の上から全く降りる気配の無いティトゥ達に、騎士団の人達は戸惑った顔でこちらを見上げている。
僕は片言の現地語に苦労しながらも、長い時間をかけて、ようやく一通りの説明を終えた。
少女達は戸惑った様子で顔を見合わせている。
『つまり、さっきの場所のどこかに、ハヤテの体の一部とやらがあるんですのね?』
『一部って何なんでしょうか?』
さあ? 何なんだろうね。それが分かれば何かのヒントになるかもしれないけど。
けど、こればかりはバラクの情報にもなかったのだ。
ちょっともどかしい気もするけど、彼も実際に見た訳じゃないから仕方が無いよね。
「う~ん。現場に行ってみれば、どうにかなるんじゃないかと思ったんだけどな」
そもそも、かつては僕の体の一部だったものだ。
本人である僕が見れば、「あっ、コレは!」てな感じで、分かるんじゃないかと思ったんだけど。
『随分と大雑把な計画だったのですわね』
サーセン。
とは言っても、他にヒントもないわけだし。仕方が無いよね。
バラクも、「同種の存在が近付けば何か気が付くに違いない」とか考えていたみたいだし。
まあ、実際に反応があるにはあった訳だし。
けど、ちょっとその反応が予想外過ぎて、僕は思わず自分を見失ってしまう事になった。
ティトゥ達が乗っている事まで忘れるなんて。
搭乗員の命を預かる飛行機として、あってはならない失態だった。猛省すべし。
『それで向こうもハヤテ様の事に気付いたんでしょうか?』
それはほぼ間違いないと思う。仮に相手に意思があるとしたならば、だけど。
反応の正体が僕から別れた欠片だと仮定した場合、今でも意思のない魔法生物の種の状態である可能性も十分にある。
魔法生物の種とやらがどんな形をしたどの程度の大きさのものかは分からないけど、欠片と言うからには、本体である僕の大きさを超える事はないはずだ。――多分。
『何だか頼りない話ですわね』
うぐっ。申し訳ない。
けど、僕だって初めて遭遇する事態なんだから、はっきりしなくても仕方が無いんじゃない?
事前にバラクから話を聞かされているだけ、まだマシな方だと思うよ。
とにかくここでこうして話をしていても、さっきの反応の正体は判明しない。
もう一度行ってみるしかないだろう。
『ええっ! また行くんですか?!』
『イヤならヤロヴィナは残っていてもいいですわよ?』
ヤロヴィナの視線はティトゥの顔と、こちらを見上げる騎士団員達との間でせわしなく往復したが、やがて「えいや」と覚悟を決めた。
『い、行きます!』
『イヤなら残っていてもいいんですわよ?』
『・・・だったら。あ、いや、行きます!』
再度ティトゥに水を向けられて一瞬心が揺れたヤロヴィナだったが、両手に握りこぶしを作るとフンスと鼻息を荒くした。
『ネドマはこの国の――私達水運商ギルドにとっての死活問題です! それなのに、みなさんにだけ任せて見ているわけにはいきません!』
ヤロヴィナの職業意識から出た言葉に、ティトゥとカーチャは思わずポカンと大きな口を開けて、マジマジと彼女の顔を見つめた。
『まともな言葉過ぎて驚きましたわ』
『泣き言以外も言えるんですね』
『お二人共ヒドイです! 私の事をどういう風に思っているんですか?!』
どういう風にって、今二人が言った通りなんじゃない?
僕? 僕も正直意外だったかな。
ホラ、僕らってヤロヴィナのポンコツな所しか見てないからさ。
『みなさんヒドイです! 辛辣です! もういいです! 降ります! 降ろして下さい!』
『面倒ですわ。ハヤテ、行って頂戴。前離れーですわ!』
「了解」
僕はごねるヤロヴィナの声をBGMにエンジンを始動。
驚いて離れる騎士団員達の前を地上移動すると、疾走。
タイヤが地面を切ってフワリと浮かぶと、さっきの航路を辿るように再び港の沖へと向かうのだった。
次回「水面から伸びる柱」