その24 違和感
ヤロヴィナがこの町のギルド支部で集めてくれた情報。
その中にはネドマの発生に関する物は何も無かった。
どうやらネドマはまだ見付かっていない、あるいは、人の目に触れ辛い場所で発生しているらしい。
そんな中、彼女は一つの事件に目を付けた。
それはひと月ほど前、浜辺に無人のボートが流れ着いたというものだった。
僕達の話を聞いていたサルート家の騎士団員達が、『ああ、あの話』といった顔をした。
どうやら彼らの間でも一時、話題に上っていた件らしい。
結局どこからも被害届が出ないまま、迷宮入りした事件だったようだ。
ちなみに彼らは、ルボルトさんが付けてくれた案内役だ。
というよりも、僕達に対するお目付け役なんだろう。
他国の貴族であるティトゥや、謎生物の僕に対する見張りというわけだ。
『海を見張っている人はいなかったんですの?』
『夜も港は定期的に衛兵が見回っていますが、流石に海までは・・・』
ティトゥの言葉に困った顔をする騎士団員。
そりゃまあそうか。戦時中ならともかく、夜の海を見張ってても別に何も無いだろうからね。
その時、別の騎士団員がハタと手を打った。
『そうだ。ひょっとしたら、灯台守が何か見ているかもしれない』
『灯台?』
ティトゥは灯台と聞いてピンと来なかったようだ。
彼女の実家、マチェイは王都に近い農村地帯で、海からはずっと離れた内陸部にある。
僕と一緒にランピーニ聖国のあるクリオーネ島に向かうまで、彼女は海を見た事が無かったのだ。
『ええと、岬や小島に作られる明かり台で、船が航海の目印にしたり、迂闊に暗礁へ近付かないようにするための建築物です』
『そんなものがあるんですのね』
港町デンプションには少し沖にポツンと小さな小島があり、そこに灯台が作られているそうだ。
灯台守の男は夕方になると小舟でその島に向かい、一晩中灯台の火を絶やさないように監視をしているとのことだ。
『サパンか。ヤツは良くない噂があるからな』
渋い顔をする騎士団員。
どうやらここの灯台守は、あまり評判の良くない男のようだ。
日頃は盛り場や娼楼――今で言う風俗店に入り浸っているらしい。
良くない連中との関係も噂されているそうだ。
『良くない連中?』
『奴隷商人共です』
この世界。イヤな事に奴隷という制度がある。
と言っても、完全な奴隷という訳では無く、地球で言うところの”農奴”――奴隷と農民との中間的身分の、半自由農民とも言える農業労働者――にあたるようだ。
昔の日本で言えば”小作人”。
ティトゥのナカジマ領での開拓兵、と言えば伝わるだろうか?
もちろん騎士団員の言っている”奴隷”は農奴の事ではないだろう。
ガチの奴隷。文字通りの奴隷の事である。
どうやら件の灯台守は、非合法な奴隷商人を手引きする事で金品を受け取り、その金を元手に日々盛り場で豪遊しているらしい。
港に近い小島で、人目にもつかずに、灯台という格好の目印もある。
夜の灯台は、犯罪組織の取引現場としてはまたとない場所なのだろう。
『どうしてそんな人を放っておくんですの?』
ティトゥの顔に怒りで朱が差した。
ばつが悪そうに顔を見合わせる騎士団員達。
『我々も取り締まってはいるんですが、なにぶんいたちごっこで』
『それに、その、そういった品を購入するような方は・・・』
ああ。なるほど。
非合法な人身売買とくれば、その顧客はお金持ちに決まっている。
お金持ちとなれば、当然それなりの権力を持っているわけだ。
つまりは、うかつには手が出せない相手なのだろう。
ティトゥも領主の端くれだ。
彼らの煮え切らない態度で察したのだろう。何とも言えない複雑な表情になった。
結局、この手の犯罪行為は上が断固とした態度で取り締まらないとダメなのだが、この町の代官のルボルトさんは、清濁併せ吞むタイプの為政者と見た。
ある程度の犯罪組織は必要悪として許容しているのかもしれない。
『・・・その人から話を聞く事は出来ないんですの?』
『分かりました。誰か呼びにやらせます』
結局ティトゥは折れた。というよりも、元々他人の領地の話だからね。
ティトゥにどうこう言う権利は無い訳だ。
灯台守は午前中はいつも盛り場にいるらしい。
騎士団員が数名、馬に乗って町に向かった。
彼らは半時(約一時間)もしないうちに戻って来た。
馬から降りると、彼らは言い辛そうに報告した。
『サパンは殺されていました。金銭面のもつれです』
灯台守は殺されていた。
犯罪に計画性は無く、金銭のもつれによる、突発的な犯行だったらしい。
どうやら灯台守は最近急に金払いが悪くなっていたようだ。
にもかかわらず、今までのように豪遊していたため、随分と借金がかさんでいたそうだ。
口論の末、灯台守はカッとなった被疑者にナイフで刺されたらしい。
死因は出血性ショック死。
ちなみに刺した男はその場で周囲の男達に取り押さえられたそうだ。
灯台守を呼びに行った騎士団員達は、丁度町の衛兵達が犯行現場の調査をしている所に出くわした。
彼らは衛兵から詳しい事情を聴くと、僕達に報告するためにとんぼ返りしたそうだ。
しかしまた、何ともすごいタイミングに出くわしたもんだね。
『これでヒントが一つ、無くなってしまいましたわ』
ティトゥが残念そうに呟いた。
確かに。有力そうな情報源だっただけに、灯台守の死は僕達にとっても残念なものだった。
これが小説や映画なら、彼は死ぬ前に何かヒントになりそうな物を残しておいてくれるんだろうけど・・・
流石に期待出来ないそうにないかな。
『こうなれば港の近くを飛び回って探すしかありませんわね』
あてもなく飛び回ってどうにかなるとも思えないけど、こうして考え込んでいても仕方が無いのも事実だ。
相手は海の中のネドマとはいえ、海水の透明度が十分に高ければ、ひょっとして上空から何かを見つける事が出来るかもしれない。
『そう上手くいくでしょうか?』
メイド少女カーチャは疑わしげな表情だ。
デンプションは大きな港町だ。出入りする船も、大は外洋船から小は漁師の小舟まで、その数はかなりの物となる。
それほどの人目に晒されてながら、未だネドマは船乗り達の噂にすら上っていないのだ。
僕が空から見た程度で見つけられるとは思えない。カーチャがそう考えるのも至極当然と言えるだろう。
『ハヤテと私なら大丈夫! きっと見つけて見せますわ!』
そしてティトゥはどこまでも前向きだ。
そんなティトゥを見ていると、僕も何とかなりそうな気がして来るから不思議なものだね。
『・・・分かりました。ヤロヴィナさん。ハヤテ様に乗って下さい』
『うえっ! わ、私も行くんですか?』
カーチャは渋るヤロヴィナのお尻を押して僕の操縦席まで押し上げた。
相変わらず要領の悪いヤロヴィナにもたもたしながらも準備は完了。
『では行って参りますわ』
『あ、ハイ。お気を付けて』
ティトゥが騎士団員に挨拶をして乗り込むとテイクオフ。
僕は翼を翻すと、デンプションの港町沖の調査を始めるのだった。
なんだろう。
僕はデンプションの湾内に出てすぐに、何とも言えない違和感を覚えていた。
思い出しそうで思い出せないもどかしさのような感じ。
遠くで誰かに呼ばれているような。どこからともなく誰かにジッと見られているような。
今まで気にしていなかった外の雨音が、急に気になり出した時のような。
そんなソワソワと落ち着かない感覚が僕を捉えていた。
そうか、この感じ。
これがバラクが言っていた大気中の高エネルギー元素、”マナ”に違いない。
僕は今まで大気中のマナを感じた事は一度も無い。
けど、この感覚は間違いない。おそらくこれこそが――
『何か聞いた事の無い変な音が鳴っていますよ』
『ハヤテ、あなた大丈夫ですの?』
『えっ? ど、どうしたんですか? 何か変な事でもあったんですか?』
カーチャとティトゥが驚きの声を上げている。
そして二人の様子に怯えるヤロヴィナ。
二人の聞いた異音の正体。それは僕の通信機から流れる音だ。
突然、通信機から流れ始めたザーッというノイズ。
何かが僕を探している。
このノイズはその何者かのレーダー波を拾っている音だ。
勿論ただの電波じゃない。マナだ。
何かがマナを放射して、僕の姿を捉えようとしている。
次回「別れた欠片」