その23 頑固なティトゥ
ここは港町デンプション。その南に作られた騎士団の演習場――という名のだだっ広い空き地。
僕は現在、調査のために訪れた翼をこの広場で休めていた。
そんな僕を十重二十重に取り囲むサルート家騎士団のみなさん。
彼らの平均年齢がどことなく高く感じるのは、主力の方々は今、連合軍に参加して領地を遠く離れているためだろう。
つまり彼らのほとんどは、ケガで戦場に出られなかった人や、引退して予備役に入っていた人達なのだ。
そりゃあ平均年齢も高くなるよね。
彼らの見守る先、僕の翼の下ではティトゥが品の良いお爺さんと対談している。
このお爺さんの名はルボルト・サルート。六大部族サルート家の先々代の当主で、今はこの港町の代官を務めている。
この港町デンプションはサルート家にとっては資金源であり生命線だ。
身内以外に代官を任せる訳にはいかないのだろう。
ちなみにこの場に眼鏡少女ヤロヴィナはいない。
彼女はルボルトさんの乗って来た馬車で、デンプションの町に向かっている。
この町の水運商ギルドに話を通すためと、この町での情報収集のためだ。
ちなみに合流は明日の朝の予定になっている。
ルボルトさんの馬車で送ると聞かされて、ヤロヴィナは真っ青になってブンブンと手を振った。
『そんな! 私なんかがサルート家のご当主様の馬車で送ってもらうなんてとんでもない! 歩いて行きます!』
彼女はそう言うが、この広い町を少女の足でギルド支部まで向かったら、どれだけ時間がかかるか分かった物ではない。
ルボルトさんとティトゥは彼女の申し出をキッパリと断った。
『私は随分前に当主を引退した身だ。何も気にする事は無い。早く乗りたまえ』
『サルート様もこうおっしゃってますわ。いいから早くお行きなさい』
二人にバッサリと切り捨てられ、ヤロヴィナは助けを求めてカーチャの方を見た。
しかし、小さなメイドは取り付く島もなく彼女を無視した。
結局、ヤロヴィナは小動物のようにプルプルと震えながら渋々馬車に乗り込むのだった。
彼女を乗せた馬車は直ぐにこの場を後にした。
今頃はギルド支部に到着している頃かもしれない。
『なるほど。王都ではそんな事になっていたのか』
『ええ。それで私とハヤテが調査に赴いたのですわ』
おっと、ティトゥ達の話が終わったみたいだ。
ルボルトさんは眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
ティトゥからもたらされたばかりの最新情報を、どう判断するか決めかねているようだ。
まあルボルトさんの気持ちも分からないではないかな。
王都での帝国非合法部隊のテロ事件。
ベネセ家当主エマヌエルの死去。彼の弟マムスが新当主に就任。
東と西、二か所同時のネドマの発生。
国境に帝国軍三万が集結。更に増強中。
更にはその情報を受けて、マムスは連合軍に一時休戦を申し入れるつもり、と来たもんだ。
普通に考えて、これだけの情報が一度にもたらされれば、疑いを持つのも当然といえるだろう。
ルボルトさんはジッとティトゥの目を見ている。
その鋭い眼光は、まるでティトゥの瞳の奥に隠された真実を暴こうとしているかのようだ。
ティトゥは居心地が悪そうに身じろぎをした。
『ふむ。貴重な情報を教えて頂き感謝する。にわかに信じ難い話もあるが――』
『別に信じて頂かなくても結構ですのよ』
ティトゥの気の無い返事に目を見張るルボルトさん。
『私とハヤテがこの港の沖を調べる許可さえ貰えれば、私達はそれでいいのですわ』
『ああ。そういえばそうだったな』
ルボルトさんは、今のティトゥの言葉に余程虚を突かれたようだ。
無防備な驚きの表情を浮かべていた。
『ボソッ(もうっ。だからこの人との話はイヤだったんですわ)』
ティトゥはカップを口に運んで誤魔化しながら、密かに愚痴をこぼした。
このデンプションの港町で、長年に渡って海千山千のつわもの共と腹の探り合いを続けて来たルボルトさん。
そんな彼との会話は、ティトゥにとって胃もたれのするものだったようだ。
その時、黒塗りの馬車が広場に到着した。ルボルトさんの馬車だ。
ヤロヴィナをギルド支部に送り届けて、戻って来たらしい。
『調査の件は了解した。丁度馬車も戻って来たし、本日の晩餐の件だが、屋敷で――』
『今日はもう帰るのでご招待は結構ですわ。遅くなったので調査は明日から始める事にします』
ティトゥの言葉にポカンとするルボルトさん。
いやいや、ティトゥ。ここまで言ってくれているんだから、素直にご招待を受けようよ。
『ハヤテも早く帰りたそうにしていますわ』
ちょっとティトゥ。ここで僕を引き合いに出さなくてもいいだろうに。
ルボルトさんは困った顔でこっちを見上げた。
「そんな事ないですよ。僕は一晩くらいここで野ざらしでも構いませんから」
『! ほ、ホラ、ハヤテも帰ると言いましたわ!』
いや、そんな事一言も言ってないから。
あたふたと慌てるティトゥ。
明らかに怪しい彼女の態度に、疑いのまなざしを向けるルボルトさん。と、カーチャ。
ティトゥは二人に見えないように、僕の主脚を平手でベシベシと叩いた。
『(ハヤテ! 話を合わせて頂戴!)』
え~。まあいいけど。
「ティトゥも帰りたがっているし、僕もテントがあった方が砂を被らずに済むので助かります。屋敷へのご招待は感謝に堪えませんが、今日のところは失礼させて頂いてもよろしいでしょうか?」
『そう! そうなんですの! ハヤテの言う通りですわ! 屋敷へのご招待は感謝致しますが、本日はこれにて失礼させて頂きますわ!』
う~ん。これで良かったんだろうか?
カーチャは、『本当にハヤテ様がそんな事を言ったんでしょうか?』とでも言いたげな目で僕を見上げている。
”言った”というよりは”言わされた”って感じなんだけど・・・何を言ってもどの道日本語だから通じないんだよな。
ここにカルーラがいたら通訳を頼む所だけど。
結局ティトゥのこのごり押しが通り、今日はここで解散、調査は明日からという事になった。
僕はティトゥとカーチャの二人を乗せてテイクオフ。
『『『『『『おお~っ!!』』』』』』
騎士団の人達のどよめきを背に受けながら、僕達は一路オアシスの町ステージを目指すのだった。
てなわけで日も明けて翌日。
僕達は再びこのデンプションの港町に舞い戻っていた。
今日は途中の寄り道無しだったため、午前中の到着である。
『先ずはヤロヴィナの話を聞きましょう。この町のギルド支部で情報を集めてくれているはずですわ』
ヤロヴィナの名前が出た事でカーチャの眉間に浅く皺が寄った。
どうやら彼女はヤロヴィナの仕事を疑っているようだ。
その顔には『本当に任せて大丈夫なんでしょうか?』と書いてあった。
ヤロヴィナは騎士団演習所で僕達を待っていた。
彼女の後ろには、この町のギルドのものだろうか? なかなか立派な馬車が停まっている。
『ネドマに関する情報を集めて来ました!』
ヤロヴィナは僕達が到着すると、嬉々としてメモ代わりの端切れを繰り始めた。
メモ魔のヤロヴィナらしく、中々の量だ。
『残念ながら船乗りの間でも、それらしい物を見た人はまだ誰もいないようです。ただし気になる話がありました』
『気になる話ですの?』
ヤロヴィナはメモの一枚を抜き出した。
『ハイ。少し前の話ですが、浜に無人の小舟が流れ着いたそうなんです』
ヤロヴィナが気になったという話。
ひと月程前の早朝、港にほど近い浜辺に無人のボートが流れ着いていたのが発見されたのだという。
それは大型船に積まれるような帆のない船――極普通のボートだったらしい。
町の衛兵による調査では、行方不明者の届け出はどこからもなかったそうである。
そのため彼らは、外洋船に積まれていたボートが何らかのはずみで海に落ち、ここまで流れ着いたものとして処理したと言う。
『それのどこがおかしいんですの?』
『デンプションの沿岸は外洋船の航路が交わる密集地なんです。ボートが発見されたのは早朝でした。もし昼間に湾内を漂流していれば、絶対に誰かに発見されていたと思います。だからボートが流されたのは夜という事になります。ですが、さっきも言いましたが、デンプションの周辺は航路が交わる密集地なんです』
外洋船の停泊地であるデンプションは、多くの船が出入りする海のインターチェンジと言ってもいい。
夜とはいえ、そんな場所の沖合に停泊する船などいるはずがない、とヤロヴィナは言うのだ。
『ずっと遠くの沖合に停泊していたんじゃないかしら?』
『それは――絶対に無いとは言い切れませんが・・・』
だが、その場合はやはり、日中に漂流中のボートが発見されなかったという部分が引っかかる事になる。
ある程度近くでなければ、夜のうちに陸まで流されるような事は無いはずだ。
『確かにそうですわね』
ヤロヴィナの話にティトゥは頷いた。
言われてみれば確かにおかしな話だ。
ちなみにこの世界では、喫水線の深い外洋船が夜に沿岸部を航海するような事は無い。
隠れた岩礁に乗り上げる危険があるからだ。
日中なら見えるのかと言えば、岩礁は海の底にあるので昼間であろうが当然船からは見えない。
しかし、ベテランの船乗りは、波の立ち方を見ていれば経験で危ない場所が大体分かるらしい。
何それスゴイ。職人の技ってヤツ?
ヤロヴィナのメモの量を見る限り、彼女が集めた話はもっとたくさんあったのは間違いない。
その中から彼女はこの話を選んだ――というか、この話に違和感を覚えたのだ。
一見、ネドマと全然繋がりがなさそうなこの話。
ヤロヴィナの見立てが正しいとするなら、ネドマと何か関係があるのかもしれない。
次回「違和感」