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その3 動揺するマチェイ家

◇◇◇◇◇◇◇◇


 時間は少し巻き戻る。


 その朝、マチェイ家当主、シモン・マチェイは、屋敷の執務室で、王都騎士団からの先ぶれを迎えていた。


「なんだって?! 一体どういうことだ?!」


 シモンは、先ぶれの騎士団員からの連絡を聞いて、いつもの人の好さに似合わない荒ぶった声をあげた。

 若い騎士団員は、当主の剣幕に一瞬怪訝な表情を浮かべたが、自分の任務には関係ないことだ、と割り切りったようだ。


「通達の通りです。では、確かに連絡致しました」


 そう言うと直立し、踵を打ち鳴らすとそれを簡易な礼とし、部屋を出て行った。

 メイドが部屋を出た彼を屋敷の玄関まで案内して行く。

 当主・シモンは彼を見送ることも忘れ、しばし茫然としていた。


「ご当主様、ネライ卿とはあの・・・」


 シモンのかたわらに控えていた家令のオットーの怒りを含んだ声に、シモンははっと我に返った。


「急いで家族を呼んでくれ。」


 オットーは無言で一礼すると部屋を出て行った。




「ネライ卿が来るんですか?!」


 シモンの妻エミーリエが悲鳴のような声を上げた。

 そのまま膝から崩れ落ちそうになるが、長男のミロシュを無意識に抱きしめ、それを支えにこらえた。

 マチェイ家の次女、ティトゥの顔色も紙のように白くなっている。


「私もさっき先ぶれの者から聞いて初めて知った。今回の護衛の代表者として訪れるそうだ」


 家族に動揺が広がった。

 確かに事前に王都から王都騎士団の者が護衛に来るとの連絡はあった。

 しかし、その連絡には代表者のことについては何も触れられていなかったのだ。


 元第四王子という高貴な立場の者が護衛に来る。そのこと自体は護衛される家としては確かに名誉なことだろう。

 また、先の戦いで失態を晒してしまった元第四王子に、重要な任務を任せることで汚名返上の機会を与える、という温情も分かる。

 だが、なぜこうも最悪な取り合わせを選んでしまったのか。


 これは本当に偶然なのか?

 偶然であるならとんだ皮肉だが、誰かの差し金であるなら、そこにあるのはどす黒い悪意に違いない。


「エミーリエとティトゥはもてなしの支度をしなさい。ミロシュの支度はミラダが。テオドルには誰か騎士団員の人数を知らせておくように。オットーは私と村の入り口まで騎士団を出迎えに行く。馬の準備をさせなさい」


 次々と仕事を割り振るシモンだが、視線は娘のティトゥから離さない。

 ティトゥは何かに耐えていた様子だが、やがて顔を上げるがその顔は・・・


「やはりティトゥはいい。部屋にいなさい。今日は体調が悪いとネライ卿には私から言っておくから」


 そんな娘を見て父はそう告げるのだった。




 村の入り口に村人達が集まっていた。

 その中心にいるのはマチェイ家当主シモンとその家令のオットーだ。

 シモンはつい先ほどまで近くの家で休ませてもらっていたが、騎馬隊を従えた馬車が見えたとの連絡にこの場に出てきたのだ。

 オットーはシモンの馬をひいている。


 彼らの視線の先に騎士団の騎馬隊が姿を現した。

 総勢12人。「班」と呼ばれる最小構成人数だ。

 戦時にはこの下に徴兵された市民が「兵」としてつけられる。また時には下士の者がつけられることもある。

 こうした集団が「分隊」と呼ばれる軍の最小戦闘単位となる。


 騎馬隊の馬が村の入り口で左右に分かれた。

 それだけでよく訓練された動きであることが分かる。

 最も戦争に役に立つ訓練なのかは不明だが。


 騎馬隊の守る中、一台の馬車が村の入り口で止まった。

 悪趣味に飾り立てられた二頭立ての豪華な馬車だ。

 馬車から降りた御者が急いでドアを開けた。

 中から出てきた男の姿に、村人の間にざわめきが広がった。


 男の服装は全身タイツのような服をベースに、あちこち大きく膨らませたり装飾品をちりばめた奇抜なファッションだったのだ。

 そのセンスは素朴な村人が想像もしたことのないものだった。

 もし、馬車から現れたのが宇宙人であったとしても村人は同様の反応を示しただろう。


 男は村人達の反応に満足した様子だ。

 自分の姿に畏怖を抱いたとでも思ったのだろう。

 男は軽く周囲を見渡すとシモンの方を向いて言った。


「マチェイ嬢がいないようだが」


 挨拶もなく開口一番のその言葉に、騎士団員ですら目を見開いた。

 家令のオットーの視線に険がたつが、彼は賢明にも顔を伏せることで礼を示しているように見せた。


「お久しぶりですネライ卿。マチェイ家当主、シモン・マチェイです。娘はこのところ少々体調を崩しておりまして、明日の出発に差し障りがないように、今日は大事を取って部屋で休んでおります」


 男は一瞬にして興味を失ったようだ。「そうか。今日は世話になる」とだけ言うと、さっさと馬車の中に戻ってしまった。

 呆れた様子の騎士団員だが、この旅の行程の間に彼のひととなりを知る機会が多かったのだろう。すぐに思考を放棄して自分の仕事を果たすことにしたようだ。


「ではマチェイ殿、案内をお願いする」


 立派な髭を生やした隊長格の団員に声をかけられて、シモンは頷いた。

 ちなみにこの国では卿を付けて呼ばれるのは上士位以上の者だ。よって下士位のシモンはマチェイ卿とは呼ばれずマチェイ殿などと呼ばれる。

 家令のオットーのひく馬に跨り、シモンはマチェイ家の屋敷に一行を案内を始めた。

 村人は歓迎どころか白けた表情で一行を見送っていたが、流石に彼らを咎めるのは酷というものだろう。




 屋敷に降り立った一行だったが、ネライ卿がドラゴンが見たいと言い出したため、エミーリエ夫人が裏庭まで案内することになった。

 夫人の案内で一行の姿が見えなくなると、家令のオットーが主人に毒づいた。


「噂通りのお人ですね。まるで大きな子供だ」

「そんなことを言うんじゃない。どこから耳に入るか分からないからね」

「申し訳ございません」


 主人の手前謝りはしたものの、オットーは、バレたって構うもんか。といった表情だ。

 周りのメイド達もウンウンと頷いている。

 彼女達も、ティトゥがネライ卿に長年理不尽に苦しめられたことを知っているのだ。

 

 シモンは小さくため息をついた。

 彼とてそう思う気持ちはある。あるが当然、立場上口に出せないのだ。


 シモンは、今日は使用人が暴走しないよう気を配らなければ。と心に刻んだ。

 今は娘のために気丈に振舞っている妻にも、出発までに心のケアをしておく必要があるだろう。

 それに明日からは娘と一緒に、ネライ卿に付いて王都まで行かなければならない。


 シモンはストレスのあまりキリキリと痛みだす胃を思わず手で押さえた。




 屋敷の夕食は騎士団員に大好評だった。

 王都でも食べることのできない、珍しくも美味しい料理の数々に、終始食卓は興奮に包まれていた。

 さしものネライ卿もこの食事には満足した様子で、一品食べるたびにその料理の詳しい説明を聞きたがった。

 実はシモンも屋敷の食事については、内心かなりのものだと自負していた。

 貴族の中には食道楽を生き甲斐にしている者もいるにはいる。

 しかし、あくまでそれはごく一部の変わり者の類であって、マチェイ家でも今までは料理にそこまでのこだわりを持ってはいなかった。

 屋敷の料理人、テオドルの作る食事は美味しく、それでみな満足していたのだ。


 だが、それに満足していない者がいた。

 当のテオドルである。


 テオドルはティトゥのドラゴン・ハヤテから貪るように次々と未知の料理のヒントを得ると、長年の経験に照らし合わせて改良を重ねた。

 今や毎食の食事は屋敷の者の楽しみであり、食事は屋敷の娯楽になっていた。


 ・・・ハヤテ自身は自分の知っている料理と異なる物しか出来ていなかったため、失敗だとばかり思っているのだが。


 彼に味見ができる能力があれば、その勘違いも正せたかもしれない。




 そしてこの賑やかな食卓に、屋敷の中で唯一加わっていない者がいた。

 屋敷で最年少のメイド、カーチャが、とある部屋へと料理を運んでいる。

 言わずと知れたティトゥの部屋だ。ティトゥは体調を崩したと偽って、部屋に閉じこもっていたのだ。


 カーチャは部屋をノックするがティトゥの返事は無かった。ドアを開けると窓が開いたままだった。

 実は元々のティトゥの部屋は日当たりのよい別の部屋なのだが、彼女は最近裏庭に面したこの部屋に移っていた。

 その理由はもちろん言うまでもないだろう。ハヤテの近くにいるためだ。


 カーチャは開いた窓からそっと外を伺った。

 彼女の主人は裏庭の芝生に立ち、彼女のドラゴンの前足を優しくなでていた。

 月明りに照らされたその光景は幻想的で、まるで一枚の絵画のようにも見えた。


 カーチャは耳を澄ませた。

 二人は一体何の話をしているのだろう。



『はあっ?! パンチラ?!』



 ・・・本当に一体何の話をしているのだろう?

次回「月が綺麗ですね」

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