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その18 怪しいティトゥ

 僕達はバラクとの面会を終えて聖域を後にした。

 その時、マムスの姿を見つけた城の兵士が大慌てでこちらに走って来た。


『大変です! 国境に帝国軍が集結中! 総数およそ三万!』

『なんだと?!』


 この国と帝国との国境となるブラフタ平原。

 その砦に帝国軍が集結しつつあるというのだ。


 その数およそ三万。


 しかも敵の砦には後続部隊が続々と集結中との事。

 最終的には四万を超えると予想されるそうだ。


 四万と言えば、去年の年末、ミロスラフ王国に攻めて来た五万には届かないが、それでも十分に大軍勢だ。

 この場にサッと緊張が走った。


『このタイミング・・・そういう事か! チッ! ヤツらこれを見越して王都に火を放ちやがったな!』


 額に青筋を浮かべたマムスが、腹立たしげにギョリッと奥歯を鳴らした。


『どういうことですの?』

『帝国のヤツら、てっきり、俺が王都を空けたから行動に出たものとばかり思っていた。だが違っていたみたいだ』


 連合軍の蜂起。

 これを受けて、同盟軍は、要衝の地となるヴルペルブカ砦に兵力を集中させた。

 王都にいたベネセ兵も砦に移動し、その結果として、王都の守りが手薄になってしまった。

 帝国非合法部隊は、このチャンスを見計らって行動を開始した。

 ――と、思われていたが、実は違っていたようだ。


『ヤツらは本国からの命令で動いてやがったんだ』


 チェルヌィフ王朝で大規模な内乱が勃発。


 この報せを受けて、帝国皇帝は急遽国境に軍を進める事を決定した。

 その進軍に合わせて、帝国軍上層部は、非合法部隊に敵の王都で破壊工作を命じた。

 つまり、敵が王都に火を放ったのは、開戦を前にした後方かく乱作戦だったのだ。


 幸いこの作戦はマムスの兄、エマヌエルによって未然に防がれた。

 しかし、この時の戦いで、ベネセ家は当主を討ち取られるという痛手を負ってしまった。

 王都は無事に守られたものの、開戦を前にして、戦いの主力となるベネセ家が弱体化してしまった事になる。

 逆に帝国にとっては、予想外の大金星と言えるだろう。


『クソッ、帝国め! ナメやがって!』

 

 マムスは副官のオジサンから自分の剣を受け取ると、次々に指示を飛ばし始めた。


『ヴルペルブカ砦の指揮官に停戦命令を出せ! 連合軍に使者を――いや、時間が惜しい! 直接ハレトニェートの陣に使者を送れ! 確かレフドと仲の良いヤツがいたはずだ! そいつを使え! 屋敷の家令に連絡してブラフタ砦に物資を運び込ませるよう手配しろ! 大臣の手下共は集めて監禁しておけ! どこで誰が帝国と繋がっているかわからねえ! これ以上ヤツらにふざけたマネを許すな!』


 マムスは先代当主の弟と聞いていたが、なかなかどうして見事な采配ぶりだ。


 実は元々兄貴は何もしてなかったんじゃないの?


 そう思わせる程、マムスの指示には迷いがなく、的確だった。

 彼の指示を受けた部下は一斉に散って行った。

 何と言うか、凄く体育会系です。

 ナカジマ領の騎士団を思い出すなあ。


 すっかり蚊帳の外に置かれてしまった僕達は、彼らの様子をぼんやりと眺めていた。


 僕達の視線に気付いたのだろう。マムスはこちらに振り返ると「あっ」という顔をした。


『・・・そういう訳だ。ネドマを軽んじる訳じゃねえが、後回しにせざるを得ねえ。許せ』

『――分かりました』

『仕方ない』


 渋々納得するカルーラ姉弟。

 ネドマの脅威も、目の前に迫った帝国軍の脅威には敵わないらしい。

 そりゃまあそうだ。外来種の駆除にかまけている間に、敵に国が攻め滅ぼされでもしたら目も当てられないしね。


 彼らの理屈は分かる。分かりはするけど――僕らには関係ないよね。


「カルーラ。だったら僕らがネドマの方を調査するよ」


 薄情な言い方かもしれないけど、僕とティトゥはこの国の国民じゃない。

 だから戦争に関わる義理も無いし、そのつもりもない。

 でも、ネドマの調査を引き受けるという形でなら、協力を惜しむつもりはないよ。


 ――結局、僕が人殺しがイヤなだけなんだけどね。

 日本に帰れるかもしれない方法が判明した今、僕はなおさら人殺しを忌避する気分だった。

 

『ネドマの調査は私とハヤテがやりますわ!』 


 おっと、カルーラからみんなに伝えて貰うまでもなく、ティトゥが宣言してくれた。

 僕の方を見上げて、『あなたの言いたい事を代わりに言ってあげたわよ』とばかりにドヤ顔を決めている。

 どうやら彼女も僕と同じ考えだったらしい。


 突然のティトゥの言葉にマムスはやや面食らったようだ。


『お前達だけでか? いくらなんでもそれは――』

『私とハヤテなら大丈夫ですわ!』


 相変わらず君の信頼が僕には重いよ!

 そんなに安請け合いして大丈夫なんだろうか?

 いやまあ、今回は調査が主な目的だからそれほど問題は無いだろう。きっと。

 問題ないよね?


 マムスは少し考えた後、小さく頷いた。


『そうか。バルム領に行く時にはこれを使え』


 彼はそう言うと、腰の帯に差していたペーパーナイフをティトゥに渡した。

 なかなか洒落た作りのナイフで、柄の所に紋章が彫られている。


『コレを見せれば融通を利かせるように命じておく。だからといって大ぴらに見せびらかしたりはすんなよ』

『分かりましたわ』


 よく都合良くこんなものが手元にあったな、と思ったら、どうやらマムスは軍の司令官として命令を出す関係上、こういった品をいくつも持ち歩いているらしい。

 伝令を出す時は、こういった品を持たせて送り出すそうだ。

 現場で伝令が懐からチラリと品を見せれば、「あ、これは事前に聞かされていた品だ。司令官の所から来た本物の伝令に間違いない」と、分かるという仕組みらしい。


『偽の伝令でこちらの混乱を誘うのは、汚ねえ帝国軍が良く使う手段だからな』


 なるほど。帝国情報部との実戦の中で身に着いた習慣って訳ね。

 他にもいくつもの暗号や符丁の組み合わせで、帝国軍との情報戦を繰り広げているそうだ。

 それらを統括しているのがこのマムスらしい。

 最初の粗暴な印象と違って、スゴイ人だったんだね。




『それじゃ行ってきますわ』


 そう言うとティトゥはヒラリと僕の操縦席に乗り込んだ。

 おっと、忘れる所だった。


「カルーラ、ティトゥに説明してくれるかな?」

「何? 飛行機さん」


 さっき思い出したけど、沖合でネドマが発生したという港町デンプションは、水運商ギルドのジャネタお婆ちゃんの前の赴任先だったはずだ。

 だったらジャネタお婆ちゃんに頼めば、何か調査のための口利きをしてくれるかもしれない。


「だから帰りにジャネタお婆ちゃんのいるチェクレチュニカの町に寄って行きたいんだけど」

『分かった。ナカジマ様――』

『チェクレチュニカ? いいですわよ。寄って帰りましょう』


 カルーラが説明するまでも無くティトゥが頷いた。


『? ナカジマ様はそれでいいの?』

『構いませんわ。ジャネタさんに口利きを頼みに行くのですわね』


 僕達はティトゥの察しの良さに驚いてしまった。

 さっきの僕達の会話は日本語で交わされていた。だからティトゥは、会話の中に出て来たいくつかの固有名詞だけで、僕が何を言いたかったのかを察した事になる。

 何それ、すごいカンなんだけど。


 僕達の驚く様子が面白かったのか、ティトゥは満足そうに頬を緩めた。


 何だろうか、ティトゥのこの態度。妙に怪しいんだけど。


 中々出発しない僕達にマムスが不思議そうな顔をした。


『おい、何の話をしている?』

『ホラホラ。早く出発しますわよ。前離れーですわ!』


 今にも鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌なティトゥ。

 僕はそんな彼女の様子を訝しく思いながらも、彼女の指示通りにエンジンを回した。


「試運転異常なし! 離陸準備よーし!」

『(なるほど。ハヤテはいつもそんな事を言っていたんですわね)』

『ティトゥ?』

『安全バンドよーし、ですわ』

「・・・離陸」


 僕は何かを見落としているような、モヤモヤとした気持ちのまま、王城を後にするのだった。

次回「調査準備」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 前回もちらっと書きましたが地球への帰還についてハヤテがポロっと口に出してそれを聞いたティトウがショックを受けるって展開がありそうw
[一言] ハヤテになる前の最後の記憶が頭を打った所で途切れただけだから 死んでないって可能性もあるけど 自分の生死を確認する事なっても地球に帰る事に前向きだな
[良い点]  マムさんのペーパーナイフ、ハヤテは伝令より遥かに早くバルム領に着くので役に立たないかも、  まあ今までハヤテの移動速度を初見で想定出来た異世界人はいないから仕方ないね、  紋章付きだから…
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