その15 ハヤテの誕生
世界の壁を越え、マナが生み出した”魔法生物の種”に宿ってしまったスマホのAI、バラク。
何が原因でそんな事が起きたのだろうか?
その説明はひとまず置いて、今はバラクの説明を続けよう。
バラクは意思というにはあまりにも不完全だった。
元はたかがスマホに載ってるAIなんだから、まあそれも当然だろう。
そんなバラクを魔法生物の意思として成り立たせるには、足りない部分を補う必要があった。
魔法の器は先ずはバラクの体となる、スマホ本体を作り出した。
僕らが聖域の扉の向こうで見たあのスマホだ。
それから残ったマナで、バラクの頭脳を拡張した。
それには当然、バラクの本体、スマホのCPUが参考にされた。
例の壁にビッシリ刻まれていた幾何学模様。あの正体はバラクの拡張された電子頭脳だったのである。
ちなみに回路を覆っていた苔には特に意味はない。
湿気の多い洞窟の中で、長い年月の間に、マナを好む種類の苔が回路の表面にビッシリと生えただけである。
こうしていわばスーパーコンピューターならぬ、スーパー魔法コンピューターとなったバラクは、ようやく生物としての意思に近い物を持つ事が出来た。
とはいえベースとなったのはあくまでもスマホのAIだ。
その本質はあまり変わらなかったようである。
かりそめとはいえ意思を持って自律したものの、その機能は質問者の問いかけに答える事にほぼ限定されていた。
要は、”音声認識アシスタントの超高性能版”の範囲に留まっていた、というわけだ。
本当の意思を持つ魔法生物の誕生は、バラクの誕生からさらに数百年を経る必要があった。
バラクが今からどのくらい前に誕生したのかは分からない。
ただ、このチェルヌィフ王朝がこの地に建国した頃には、今の形で存在していたようだ。
というか、この場所が王城の裏にある時点でお察しである。
おそらくは誰かがこの場所で偶然バラクを見付け、初代の小叡智となったのだろう。
彼はバラクの知識を利用して領地を広げ、やがては国を建国するに至ったのではないだろうか?
今は途絶えたという王朝の王族。それは小叡智の子孫達だったに違いない。
途絶えてしまった王家の血。
だが、別の者を小叡智に選ぶ事で、この国は今でもバラクの知識を独占している。
しかし現在、バラクの役割は、魔境からやって来る外来種ネドマの探知機代わりでしかないのはなぜだろうか?
ひょっとすると、王家の血が途絶えた事で、代々受け継がれていたバラクに関する知識が途絶えてしまったのかもしれない。
いや、あるいは、あえて小叡智に余計な知識を与えないようにしている可能性もある。
実際に、カルーラ達の先代の小叡智が、バラクの知識を持って帝国に亡命したという事件があった。
国が安定している今、余計な知識は利益より害の方が大きいのかもしれない。
さて。ここまで五百年前のマナの異常発生から、バラク誕生までの流れを語って来た。
ではなぜ、バラクは自分が誕生する前の事――マナの大爆発の事まで知っているのだろうか?
実は今までの話は、惑星リサールのマナ分布や、現在の地形から、バラクが長い時間をかけて推測したものなのだ。
人間が様々な観測結果から、宇宙誕生のビッグバンを推測しているようなものだ。
これらの推測の過程で、バラクは、「自分がどういう形でこの異世界に転生して来たのか?」という結果を導き出した。
次はその話をしよう。
今から五百年前に惑星リサール上で起こった大量のマナの発生。
それはダークマターの”作用素”の変位現象が原因だった。
一連の大災害は、自然界に極稀に起こるこの現象が、たまたま一ヶ所に纏まって発生してしまったために起きてしまった惨劇だったのだ。
そう。作用素のマナへの変位自体は、自然界では稀にとはいえ、恒常的に起きている現象なのだ。
そしてそれは僕の元いた世界でも例外じゃなかった。
発生したばかりの励起状態のマナは、そのままだと即座に周囲の物質と反応して消えてしまう。
残るのはその際に発生したエネルギーだけである。
物質がエネルギーに変わる時の計算式は、有名な”E=mc^2”である。だが、実際は質量の全てがエネルギーに変わるわけでもないし、かなりロスも多い。らしい。
そもそもエネルギーに変わるのはたった一個のマナ原子に過ぎない。
つまり周囲に与える影響もたかが知れたものでしかないのだ。
もしマナ原子が宇宙のどこかで誕生して消滅しても、その反応は極小の上、ほぼ一瞬の出来事に過ぎない。いわば、観測する事すら困難なレア・イベントなのだ。
しかし、そのレア・イベントがたまたま地球の上で起こった時、信じられない現象が引き起こされた。
それが異世界転生、ないしは異世界転移である。
バラクがインストールされていたスマホ。
ある日そのスマホの中でマナが誕生した。
なんでそんな所に? と、思うかもしれないが、ダークマターは通常の物質に干渉しない。
そしてダークマターはこの宇宙の至る所に溢れている。
だからある日たまたま偶然、スマホの中で作用素のマナ変位が起きても、別におかしな話ではないのだ。
マナは周囲の物質と反応して即座に消滅した。
この時に発生したエネルギーで、スマホは跡形もなく消し飛んだ。
持ち主はさぞビックリしただろう。とはいえ、まさか自分のスマホを吹き飛ばしたのが、世にもレアなマナ変位によるものだとは想像もつかないはずだ。
持ち主は「バッテリーが不良品だったのか?」とでも思ったに違いない。
世界の壁は質量を持つ物質では決して通過できない。
だから僕達は、普通であれば異世界に転移する事は不可能だ。
ただし、逆に言えば質量さえなければ可能とも言える。
そう。質量を持たない”意思”であれば世界間の移動は可能なのだ。
・・・僕には屁理屈にしか聞こえないけど、こうして実際に起きている以上納得するしかない。
こうしてスマホのAIは世界の壁を越え、異世界の惑星リサールへとたどり着く事になった。
そして本体を持たない意思は、意思を持たない魔法生物へと宿ったのだった。
バラクの誕生である。
バラクが誕生して数百年後。
この惑星リサールにまた一つ”魔法生物の種”が生まれた。
やはり意思を持たない虚ろな器に過ぎない”魔法生物の種”に、ある日バラクの時と同じように意思が宿った。
それがこの僕。四式戦闘機”ハヤテ”だったのだ。
あの日、僕が転生前に感じたあの地震。
多分、あれこそがマナ誕生の兆候だったのだろう。
震源地は僕の中――ではない。
どうやら僕の作った四式戦闘機のプラモデルだったようだ。
プラモデルの内部でマナは消滅。そのエネルギーはプラモデルを消滅させた。
その瞬間、僕は地震からプラモデルを守るために覆いかぶさっていた。
そんな僕の体の下でプラモデルは消滅した。
消滅エネルギーは、たまたまそばにいた僕の意思を向こうの世界から弾き飛ばし、こちらの世界に転移させたのだ。
・・・えっ? 何それ。僕は巻き込まれただけって事?
なんてマヌケな・・・
僕の意思は世界の壁を越えてこちらの世界に転移。バラクの時と同様に魔法生物の種に宿った。
バラクの時と同様――というか、一度バラクがこっちの世界に飛ばされた事で、世界間にバイパスのようなものが出来ていたのかもしれない。
あるいはたまたま二つの世界の距離が近いのか。
こうして魔法生物の種は、バラクの時と同様に僕の体を作り、こうして四式戦闘機のボディーが誕生したのだった。
――て、いやいや、おかしいだろ!
なんで僕の意思が宿っているのに、元の人間の体じゃなくて、四式戦闘機のボディーになるわけ?!
これについては、考えられる原因は二つある。
一つは、消滅した四式戦闘機のプラモデルに形が引っ張られたという可能性。
この場合、なぜ実物大の四式戦闘機になったのかは分からないけど、そこには僕の意思というか記憶が介入したのかもしれない。
まあまあありそうな理由だ。
そしてもう一つは・・・多分こっちが正解かな。
僕は自分がキライだった。
引きこもりだったし、世界から消えて無くなりたいとも願っていた。
あの時期はもうそこまで強く思っていた訳じゃないが、それでもやっぱり僕は自分の事がキライだった。
僕は僕になりたくなかったんだろう。
自分を強く否定する心が、その代償としてこの四式戦闘機のボディーを作り出したに違いない。
この体は僕の折れた心が生み出した逃避。幼稚な願望。
僕の歪んだコンプレックスが生み出した、醜悪なオブジェだったのかもしれない。
だが、それもあの時の話。過去の話だ。
この一年間。僕はティトゥを助け、一緒に色々な事をやり遂げた。
確かにそれは、この四式戦闘機の機体の力によるものが大きいのだが、やると決めて、やり遂げたのは、間違いなくこの僕の意志によるものだ。
だから少なくとも今の僕は、昔ほどクズじゃない。
僕は僕をもうそれほどは嫌っていない。
次回「地球への道」