その12 聖域
王城の裏にはちょっとした丘があり、そこは聖域と呼ばれる禁足地となっているそうだ。
みんなが王家の陵墓と思っているその場所こそ、このチェルヌィフ王朝の秘中の秘、バレク・バケシュの居住地らしい。
『マジか。俺も兄貴からそんな話は聞かされていなかったぞ』
話を聞いて当惑しているのは、バルム家当主からこの王城を任されている司令官。
バルム家当主の弟、マムス・バルムだ。
どうやら彼は兄からバレク・バケシュの事を聞かされていなかったらしい。
六大部族の当主の弟が知らないって、どれだけ機密保持が徹底されていたのやら。
秘中の秘の売り文句は伊達じゃない、って事か。
『叡智の苔様はハヤテ様との対談を望んでおられました』
『そうは言うが、こんなデカブツは入れないだろう。こっちに出向いて貰う訳にはいかねえのか?』
キルリア少年の言葉に呆れ顔になるマムス。
とはいえここは彼の言う通りだろう。何せ四式戦闘機は全幅で11mもあるわけだからね。
僕が本当にドラゴンだったら翼も折りたためるんだろうけど・・・
『大丈夫。聖域の洞窟は大きい。ハヤテ様でも十分に入れる』
『本当かよ?!』
「マジで?!」
『『『『喋った?!』』』』
カルーラの言葉に思わず突っ込む僕とマムス。
そして周囲の兵士達は僕が喋った事に驚くのだった。
聖域の洞窟とやらにバレク・バケシュはいるらしい。
彼はその場から動けないらしいので、僕の方から出向く必要があるそうだ。
・・・どうやらバレク・バケシュも僕と同様、人間に転生出来なかった可能性が濃厚になって来たな。
叡智の苔バレク・バケシュ。まさか苔に転生したって事はないだろうけど、一応、心の準備だけはしておこう。
洞窟に入れる広さはあっても、まさか空から突っ込む訳にもいかない。
マムスの指示の下に、聖域を囲む柵の撤去が行われた。
『あそこからあそこまで片付ければ十分だろう』
僕はティトゥ達の後ろを、おっかなびっくりの兵士のみなさんに押されながら、ゴロゴロとタイヤを転がしている。
古い柵はやたらと頑丈で、その撤去は結構大変そうだったが、人海戦術であれよあれよという間に片付けられていった。
その事に僕と同様にティトゥが感心していると、彼女の様子に気付いたマムスは、何でもなさそうに言ってのけた。
『アイツらも兵士だからな。戦ってのは敵との戦いばかりじゃねえ。どっちかと言えば、陣地の構築やら、敵の柵や土塁を壊したりやらと、土木工事をやってる時間の方が多いくらいだ。アイツらにかかればあのくらいの作業はお手の物なんだよ』
なる程。確かに日本の自衛隊だって、災害救助活動に、雪まつりの雪像作りにと、ある意味土木作業のエキスパートだ。
まだ機械化されていないこっちの世界の軍隊は、より土木工事にかかる比率が大きいに違いない。
そんな彼らにとっては、丈夫なだけの古い柵を撤去するなんて簡単な仕事なんだろう。
とはいえ、マムス本人は指示を出すだけで、実際に作業をするのは部下なんだから、彼が偉そうにするのは違うんじゃないだろうか?
『何でこの方が偉そうにしているんですの?』
『あん? 何か言ったか?』
ティトゥの最もな感想にマムスが振り返った。
『いえ、何でもありませんわ。そうよねハヤテ』
『サヨウデゴザイマス』
『そうか? なあ、それよりドラゴンってのはみんなそんな喋り方をするのか? そんなデカイ図体で・・・ええと、かしこまった喋りをされたら、むず痒くてたまらんのだが』
ふむ。僕が何故、オネエ喋りなのか。君はそれを知りたいと言うんだね?
いいでしょう。僕としても是非とも語って聞かせたいところだ。
僕達がそんな会話をしているうちに、撤去作業は終わったようだ。
隊長格の兵士が報告に来るとマムスは大きく頷いた。
『よし! 前進!』
ゴロゴロゴロ・・・
僕は兵隊のみなさんに押されながら聖域の丘を登って行くのだった。
『あれが聖域の入り口』
カルーラが指差す先、バレク・バケシュの住まう洞窟の入り口は巨大なものだった。
あれなら確かに僕でもギリギリ入れるに違いない。
入り口に特に装飾の類は無く、洞窟の壁もツルリとしている。
掩体壕――空襲から飛行機を守るためのシェルターみたいだと言って伝わるだろうか?
明らかに人工的に作られた穴だという事が分かる。
カルーラとキルリア少年が全員の前に出た。
『ここからは私達小叡智と、王城を守護する六大部族の当主様しか入れない』
『みなさんはここでお待ち下さい』
ざわめく兵士達を抑えてマムスが一歩前に出た。
『なら俺にもその資格はあるな』
『? なぜ?』
マムスが何を言おうとしているのか察したのだろう。彼の副官らしきオジサンが慌てて声を掛けた。
『マムス様! それは――』
『構わん。いずれ公表する事だ。俺の兄、ベネセ家当主エマヌエルは戦死した。今は俺がベネセ家の当主だ』
『『『?!』』』
マムスの兄、ベネセ家当主エマヌエルは、先日、この王都に火を放った帝国の非合法部隊との戦闘で命を落としたんだそうだ。
帝国非合法部隊。その存在を忘れていた訳じゃないけど、そんな事件を起こしていたなんて。
非合法部隊は復讐に燃えたベネセ家の騎士達によって、全員討ち取られたそうだ。件の大臣は、その非合法部隊を国内に招き入れた罪で処刑されたらしい。
本来であれば当主エマヌエルの息子が当主の座を継ぐべきだが、彼はまだ12歳。
今の緊迫した情勢を任せるにはあまりに若すぎる。
そこで弟であるマムスが当主となり、兄の息子を長男として養子に迎える事にした。
マムスの次は兄の実子が当主の座を継ぐという訳だ。
なる程、家を割らずに収める上手い方法だと思う。
『だから俺は叡智の苔様にお目通りする権利がある――いや、会わなきゃならねえ』
状況的にそうするしかないとはいえ、ある意味ではマムスの行為は当主の座の簒奪とも言える。
そんな彼にとって、バレク・バケシュとの対面は決して見逃せないイベントだ。
政治的に見て、今のマムスは、内外に向けて当主としての正当性を主張する事こそが重要だからだ。
カルーラ姉弟は少し顔を見合わせていたが、マムスの言葉に嘘は無いと判断したようだ。
『当主であるなら確かに資格はある』
『でも武器は持ち込めません』
『ああ。そうだろうな』
マムスは躊躇いなく腰の剣を外すと、副官に突き付けた。
『お前達はここで下がれ。俺はちょっくら叡智の苔様とやらに挨拶をして来る』
『・・・分かりました』
マムスの言葉にやや不満そうな副官だったが、こういった場所に武器を持ち込めないのはさほどおかしな話ではない。
そもそもマムスと一緒に入るのは、まだ幼いカルーラ姉弟だ。
鍛え上げられたマムスの脅威にはならない、と判断したのだろう。
振り返った副官は、戸惑った表情で自分を見る部下達に気が付いた。
『お前達、マムス様のご命令が聞こえなかったのか』
『あの。私達が押さないで、このドラゴンはどうやって洞窟に入るんでしょうか?』
『・・・あ』
兵士の指摘に、全員がポカンと間の抜けた顔で僕を見上げるのだった。
「ええと、エンジンをかけていいなら何とかなると思う。みんなには離れて貰うように言ってくれるかな?」
「分かったわ、飛行機さん」
カルーラから説明を受けて、兵士達が慌てて僕から離れていく。
いや、そんなに急いで逃げなくても大丈夫だから。
兵士達は固唾をのんでこちらを見守っている。
彼らの視線が痛い程僕の機体に突き刺さる。
僕はやり辛さを感じながらエンジンをかけた。
グオン! パパン!
『『『火を噴いたぞ!!』』』
排気管から上がった火に、仰天する兵士達。
くう――っ。久しぶりにやってしまった。
アフターファイヤーだ。
アフターファイヤーは、不完全燃焼を起こした生ガスがマフラーの熱で燃焼、マフラーから火を噴く現象の事を言う。
どうやら周囲の目を意識しすぎて、気化燃料の混合比率を誤ってしまったらしい。
ハ・・・ハズカシー。
『ハヤテ、どうしたの?』
ティトゥの心配そうな視線が痛い!
僕はエンジンを咳き込ませて誤魔化すと、みんなに『サガッテ』と注意。ブレーキを離してゆっくりと前に進んだ。
ふむ。行けそうな感じだ。
『大丈夫そうですわね』
『じゃあ行こう』
『当主様もご一緒に』
『あ、ああ』
僕を先頭にティトゥ、カルーラ、キルリア少年、マムスが続く。
あれ? そういや、何気にティトゥが一緒に付いて来ているけどいいんだろうか?
君は呼ばれてないはずだけど。
後で知った事だが、ティトゥはカルーラ姉弟相手にごねにごねて、僕との同行の許可を取っていたらしい。
なんでも僕らは契約を交わした竜 騎 士で、一心同体なんだそうだ。
・・・君のその竜 騎 士にかける情熱はどこから来るんだろうね。
それはさておき。そんな事情を知らない僕は、ティトゥが付いて来ている事にハラハラしながら、バレク・バケシュの待つ洞窟を目指すのだった。
次回「叡智の苔―バレク・バケシュ―」