その11 マムス・ベネセ
やって来ました王都ザトモヴァー。
ザトモヴァーはこのチェルヌィフの国土の中央からやや北寄りに位置する都市で、歴史のある大きな町だ。
約二ヶ月ほど前。僕達が王城に到着したその夜、ベネセ家の軍事クーデターが発生した。
僕はティトゥ達とカルーラ姉弟を連れてこの町を脱出した。
懐かしいなあ。あれからもう二ヶ月も経つのか。
ティトゥが王城を見下ろして指差した。
『大臣からの使者によると、王城の裏に着陸できる場所があるそうですわ』
前回この町を訪れた時、僕は王城どころか町の中に入る事も許されなかった。
でも今回は大臣直々のお墨付きだ。
大臣の使者から聞かされた話によると、王城のバレク・バケシュが、カルーラ達小叡智を呼んでいるらしい。
バレク・バケシュは、どういう原理か分からないが、”ネドマ”と呼ばれる他の大陸からの外来種を察知する事が出来るそうだ。
一体全体どうやって? と、思わないでもないけど、その辺の事情もバレク・バケシュ本人に会えば分かるだろう。多分。
ちなみに今日のメンバーは、僕、ティトゥ、カルーラ、キルリアの四人だ。
カルーラは最後まで弟のキルリアの同行を渋っていたが、バレク・バケシュが呼んでいると聞かされてはダメとは言えなかったらしい。
なんでも小叡智としての能力はキルリアの方が高いんだそうだ。
バレク・バケシュの用件がハッキリしない以上、万全を期す必要があると判断したのだろう。
『衛兵が騒いでる』
『大臣から話は通っているのではなかったのでしょうか?』
確かにカルーラ姉弟が言う通り。王城の兵士達がこっちを見上げて大騒ぎしているのが見える。
『構いませんわ。降りてしまいましょう。ハヤテ』
ティトゥはそう言うけど・・・ いや、相手に呼ばれてここまで来たんだ。
毒を食らわば皿まで。
ここは覚悟を決めるべきだろう。
てか、ここで引き返したら何をしに来たのか分からないからね。
「了解。安全バンド」
『大丈夫ですわ。カルーラ様』
『分かった。キルリア』
『・・・本当に大丈夫なんでしょうか?』
不安そうなキルリア少年。
僕は兵士達を警戒させないように翼を振ると、ゆっくりと着陸コースに入った。
『何だか思っていたのと、様子が違いますわ』
王城の中庭に降りた僕だったが、歓迎されるどころか、逆に兵士達に取り囲まれてしまった。
殺気だった周囲の様子に、ティトゥ達は警戒して操縦席から出られない。
とりあえず僕もエンジンをかけたままで、何が起きても対応出来るようにしていた。
緊迫した時間はそう長くは続かなかった。
兵士達の包囲が割れると、30歳前後の騎士が部下を引き連れて僕達の前に進み出た。
『一体何のつもりだ?! お前達は何者だ?!』
騎士の怒鳴り声は、僕のエンジン音に負けずに良く響いた。
ティトゥ達がどうして良いか分からずに顔を見合わせていると、騎士はじれたのか部下達に振り返った。
『お前達は下がってろ! 守備隊のヤツらも壁際まで下がれ! ここは俺が対処する!』
『! そんな! いけませんマムス様! ご当主様に続いてあなた様にまでもしもの事があれば!』
『うるせえ! テメエらに任せていたらいつまで経っても埒が明かねえんだよ! それにどうせ誰に任せても俺に報告が来るんだ! このクソ忙しい時にンな手間がかけられるかよ! いいから下がってろ!』
騎士は彼の身を案じた部下を乱暴に突き飛ばすと、僕達の方へと振り返った。
『ホラよ! これで満足か?! こっちも忙しいんだ! いつまでも化け物に構ってられねえんだよ! とっとと出て来て用件を言いやがれ!』
随分な荒くれ者だけど、本当にこの人がこの場で一番偉い人なの?
――いや、違うぞ。
僕はティトゥ達の様子を見て、男の評価を改めた。
ティトゥ達は、彼の高圧的な態度にのまれて、すっかり腰が引けている。
つまり彼はティトゥ達がまだ若い女子供と見て、この場のイニシアティブを握るためにあえて乱暴な態度を取ってみせたんだ。
コイツ、粗暴に見えて、実は駆け引きに秀でたしたたかな男だ。
僕は男に対する警戒を強めた。
『ナカジマ様。下ろして』
『いいんですの?』
『(コクリ)』
ティトゥは風防を開けて立ち上がった。
僕のプロペラが生み出す風を受けて、ティトゥのピンクの長い髪が大きくなびいた。
そんな彼女の凛々しい立ち姿に、周囲を取り囲む兵士達からどよめきが上がった。
『私はナカジマ家当主、竜 騎 士のティトゥ・ナカジマですわ!』
『竜 騎 士?! まさかコイツがドラゴンなのか?!』
ギョッと目を剥く騎士の男。
兵士達も驚いて顔を見合わせている。
ていうか、君達僕らが来る事を大臣から聞かされてなかったわけ?
何だか話が違うんだけど。
ティトゥも彼らの反応に戸惑った様子だったが、僕の翼の上に降り立って、カルーラ達のために場所を空けた。
『私はカズダの娘カルーラ。こっちは弟のキルリア。大臣閣下から連絡を受けて王城に出向いて来た。大臣閣下から話は――』
『大臣?! お前らヒゴの野郎に呼ばれて来たのか?!』
カルーラの口から大臣と出た途端に、騎士の男が殺気立った。
蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くすカルーラ姉弟。
すかさずティトゥが大声で叫んだ。
『ハヤテ!』
グオン! バババババ!
僕は一気にエンジンを吹かした。大きなエンジン音とプロペラ風に周囲は騒然となる。
その隙にティトゥはヒラリと操縦席に乗り込むと、カルーラ達を僕の胴体に押し込んだ。
『カルーラ様達はこの国の大臣に呼ばれて来ただけですわ! 何でもネドマの兆候があったとか! あなた方がお二人を害するつもりなら私とハヤテが黙っていませんわよ!』
『なに?!』
ティトゥのこの啖呵に、兵士達は騒然となった。
正に一触即発。
だが、この場を収めたのは騎士の男だった。
『急に叫んで悪かった。俺にその二人をどうこうするつもりはねえ。先ずはそこから降りてこい。詳しい話を聞かせてくれ』
『マムス様! よろしいので?!』
騎士を守るように立ちはだかっていた護衛達が、驚いて振り返った。
『良いも悪いも、話を聞いた上で俺が決める。おっと、挨拶が遅れたな。俺はマムス・ベネセ。一応今はこの王城を預かっている身だ』
王城を預かっているって、ここの総司令官って事?
目の前の騎士が思わぬ大物だと知って、僕達は眼を白黒させるのだった。
ベネセ家の騎士、マムス。彼はベネセ家当主の弟だそうだ。
彼とティトゥ達の話は僕の翼の下で行われる事になった。
今や相手のホームグランドとなった王城の中に入るのはためらわれたし、かと言って強い日差しの下、太陽に照り付けられながら話をするのもどうかと思われたからだ。
あちらが天幕を用意すると言って来た所を、ティトゥが『わざわざそんなものを用意しなくても、ハヤテの翼の下で話し合えばいいんですわ』と提案した。
そんなティトゥの発言をマムスが面白がって認めたので、急遽、僕の翼の下にイスと飲み物が用意される事となった。
どうやらティトゥはこの男に気に入られたらしい。
さっきからマムスはカルーラ姉弟をそっちのけでティトゥから話を聞きたがっていた。
『ドラゴンの翼を日よけにしたと聞いたら、領地に残した俺の妻子はさぞ驚くだろうぜ』
そう言って豪快に笑うマムス。
何というか、ミロスラフのカミル国王とは違ったベクトルの”男らしい男”といった感じだ。
ちなみにティトゥはカップの飲み物を一口飲んで顔をしかめている。
彼女が期待していたよりも、ぬるかったようだ。
オアシスの町ステージでは、カーチャこと、ポットインポット・クーラーのブームで、冷えた飲み物が当たり前になっている。
ティトゥの舌もすっかりそっちで慣らされてしまったらしい。
『しかし、ネドマと来たか。まさかヒゴの野郎がそんな情報を握っていたとはな。始末するのは早まったかもしれねえな』
マムスはサラリと言ってのけたが、大臣は既に彼が直々に粛清した後らしい。
罪状は外患誘致罪。
大臣はその地位を利用して、敵国である帝国に裏で利便を図っていたんだそうだ。
――まあ、目の前の男がそう言っているだけで、本当かどうかなんて誰にも分からないんだけどね。
『それにしてもネドマか。俺は名前くらいしか知らんが、帆装派では毎回全軍をつぎ込んで当たる相手じゃないか。なる程、そいつが出て来たとなれば穏やかじゃねえな』
この時、マムスの目が計算高くギラリと光った。
ちなみに、バレク・バケシュがネドマの出現を告げると、王城は”ネドモヴァーの節”を宣言。全軍を上げてその対処に当たる事になっている。
全軍、とはいえ、直接戦うのは帆装派貴族の軍隊だ。
なぜならネドマは、遠い東の魔境から海を渡ってやって来る海洋生物だからだ。
領地が内陸部にある戦車派の軍隊は船を持っていない。海の相手と戦う事は出来ないのだ。
そのため兵站の協力や、治安の維持が主な役割になるらしい。
この国では、戦車派が主に帝国に、帆装派が主にネドマや海賊に当たる、という役割分担が出来ているようだ。
マムスは少しの間考え込んでいたが、やがて手を叩いて立ち上がった。
『相手が国にあだなす化け物となれば、人間同士が敵味方に分かれて争っている場合じゃねえ。いいだろう。お前達の話は分かった。ベネセ家の名前で全面的に協力するぜ』
マムスの言葉にホッと胸をなでおろすカルーラ姉弟。だが、僕の高性能な耳は彼の呟きを聞き逃さなかった。
これで連合軍が領地に引き返す事にでもなればしめたもんだ。
彼は間違いなくそう呟いていた。
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