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その1 王都からの召喚状

 ミロスラフ王国に攻めて来た隣国ゾルタの軍と戦って、早くも一ヶ月が過ぎた。

 つまり、僕がティトゥの家の裏庭にやっかいになってから一ヶ月が過ぎたということだ。


 ちなみに僕は未だに屋敷の庭に青空駐機だ。

 というか、倉庫の工事はまだ手もつけられていない。

 本当ならとっくに工事は始まっていたはずなんだけど、ティトゥパパが作らせた設計図にティトゥがダメ出ししたためだ。


 ・・・いや、ティトゥ。マチェイ家の令嬢が倉庫の二階に住むって言いだすのはどうよ?


 結局、ティトゥパパが必死に娘を説得して、どうにか仕様書はまとまった。

 今はそれを図面におこしている真っ最中だ。

 

 う~ん。出来上がったら、またティトゥのダメ出しが入りそうな気がする。

 正直、屋根さえあれば僕は問題ないんだけどね。



 そのティトゥパパだが、未だに僕のコトを警戒しているふしがある。

 まあこんな謎生物?に娘が入れ込んでいるわけだから、親としては、自分がブレーキにならなければ、みたいな気持ちになるんだろう。

 そういえばこの間、ティトゥママが


『私があの人に、「ミラダの孫のことで、ハヤテに借りを作っちゃったわ」って言ったら、お前なんてことを、みたいな表情で愕然としていたわね』


 と言って、一緒にいたメイド長のミラダさんと笑ってたな。



 そんなティトゥパパだが、当主という忙しい立場の人なので、なかなか自分で僕の様子を見に来ることができない。

 だから、代わりに家令のオットーを僕のところによこしてくる。

 でも、オットーは正直、僕の何を警戒すればいいのか分からないみたいだ。

 手持ち無沙汰にあちこちウロウロしてみたり、僕を世話するティトゥに手を貸そうとしては邪魔者あつかいされたりしている。

 ティトゥのお付きのメイド少女カーチャにまで


 オットーさんなんでこんなところにいるんですか? 仕事しなくていいんですか?


 みたいな目で見られつつ、一生懸命自分の仕事を果たそうとしている姿が哀れでならない。


『なんだかハヤテがオットーを見る目が生暖かいですわ』


 ティトゥにズバリ指摘されて、へこむオットー。

 なんかスマン。

 ていうか、この戦闘機ボディーに目はないよティトゥ。


『あ、その気配は私も感じてました』


 おおう。カーチャにまで言われたよ。

 止めて! オットーのHPはもうゼロよ!

 生きろ! オットー!




『君たちは何をやっているのかな』


 なにやら立派な丸めた紙を持ったティトゥパパが裏庭に出てきた。

 困惑した表情のティトゥパパ。

 それより、その手に持っているのは紙でいいんだよね? この世界って紙があるんだ。

 後にこの国では紙は凄く貴重で、王家くらいしか普通使いはしないと聞いた。


 ちなみに今、裏庭にいるのは


 僕の操縦席に座ってお茶を飲んでいるティトゥ。

 僕の翼の根本辺りでその主人を見上げているカーチャ。

 その横で同じくお茶を飲むティトゥママ。

 ティトゥママに仕えるメイド長のミラダさん。

 テラスで勉強する長男のミロシュ君。

 そのミロシュ君に勉強を教える家令のオットー。

 主人達の世話をするため控えるメイドのおばちゃん達。

 興味深そうに眺める庭師の少年。


 まあ、要するに、この屋敷のほとんどの人間がここに集まっているって事だね。


『どうりで部屋からここに来るまで、誰にも会わないと思ったよ・・・』


 さて、テラスの日陰のテーブルで勉強をするミロシュ君だが、実は僕も彼と一緒に勉強しているのだ。

 算数なんかはまあお察しだが、国の歴史や地理なんかは非常にためになるからね。


 ちなみに、『ああ、ハヤテと飛んだ辺りのことね。空から見ましたわ。』なんてティトゥが言えば、ミロシュ君が目を輝かせて姉に話をねだる。

 オットーは困り顔だが、空から俯瞰で見た国土の話という、それはそれで勉強に役立つ話だったりもするので、一概に邪魔をしているとも言えない。

 ちなみに、この勉強で僕は、この国が大陸から伸びる大きな半島の中ほどにある、ということを初めて知った。

 ざっくりいうと、地球で言うなら大陸がヨーロッパで、ここはイタリア半島だ。

 半島の西側には大きな島がある。

 牧羊が盛んな、のどかな島らしい。一度ティトゥと一緒に行ってみたいものだ。



『少しいいかな、ハヤテ君』


 いつの間にかティトゥパパが僕のそばに立っていた。

 僕に用事があるとは珍しいね。

 ティトゥは、ああ、あの事ね。みたいな顔をしている。

 何じゃらほい?


『今日、国王陛下から正式に召喚状が届いてね。君にも是非王都の戦勝式典に参加してもらいたいんだよ』

『当然私も行きますわ!』


 ティトゥパパは渋い顔をしたが、そこはすでに親子で話し合っていたのだろう。何も言い返すことはなかった。

 まあ、僕としてもティトゥが一緒なら別に構わない。

 確かに、見世物のような扱いになるかもしれない、と思うと元引きこもりとしては気が重くなるのは事実だ。

 しかしあの日、公の場で飛んだ以上、遅かれ早かれこうなる覚悟はしていた。


 いいでしょう、行きましょう。

 僕のドラゴンウィングなら、王都までならひとっ飛びですからね。


『運搬用の馬はもう手配済みだからね。ティトゥもそのつもりで支度をしなさい』

『ええ。よろしくねカーチャ』

『・・・下手に手伝われるより、助かります』


 ん? ちょっと待って、馬ですと?

 僕の戸惑いを察したのか、ティトゥが説明してくれた。


『流石に王都の空に飛んでいくわけにはいきませんわ。大騒ぎになってしまうもの』


 あー、なるほど。

 先月の戦いで、僕が思っていたよりこの世界はドラゴンが少ないことが分かった。

 だったら僕みたいな珍しいドラゴンが王都の空に近づいたら、余計なトラブルを招くことだろう。


『カーチャ、テオドルに言って旅の間の龍甘露を確保しておきなさい』

ミズアメ(・・・・)ですね。分かりました!』


 当然です、と、言わんがばかりの声でカーチャが答えた。


 水あめ(・・・)は今ではマチェイ家の重要戦略物資だ。

 大人から子供まで誰もが欲しがるため、仕事を頑張った人へのご褒美として大活躍している。

 水あめをもらった人は嬉しい、仕事のクオリティが上がってティトゥパパは嬉しい。常に増産に追われる料理人のテオドル以外はみんな幸せのWin=Winだ。


 どうやらこの国では砂糖はまだ一般的ではないらしい。

 高価な輸入品として名前だけは知っている、みたいな感じなんだろうね。

 おかげで数少ない貴重な甘味である水あめは、そのデビューと同時に屋敷中のハートを鷲掴みなのだ。


 ちなみに龍甘露という名称はティトゥ以外は誰も使わない。

 みんな普通にミズアメ(・・・・)と呼んでいる。

 この時点ではティトゥだけが頑なに自ら名付けた名前で呼んでいるのだが、後に水あめ(・・・)がマチェイ家の外に広まった時、龍甘露の名で広まることになるのだ。

 ・・・商品名にはインパクトも大事、ということだろうか?


『今、あちこちに連絡を入れているので、それらが済んだら出よう。2~3日後に出発するよ』

『分かったわ』


 ミロシュ君がこっちを向いて、いいなー、って顔をしている。

 教師役のオットーもこっちを向いて、勉強の邪魔なんですが、って顔をしている。


 この時、僕らは確かに2~3日後に出発する予定だったのだ。

 だが、実際はさらに3日ほど遅れることになる。


 王都から王都騎士団の騎士が僕達を迎えにくることになったからだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「マチェイに騎士団員が派遣されただと? 俺はそんな連絡は受けていないぞ」


 王城にある王都騎士団の詰め所、その奥にある執務室で、王都騎士団団長・カミル将軍は部下の報告を受けていた。


「今連絡しております」


 さも当然といった感じで答える女性騎士団員。

 コイツ、俺を侮っているのか? と額に青筋を浮かべるカミル将軍だが、全く悪びれない様子の部下に彼女が本気で言ったことに気が付いた。


 王都騎士団は勇猛果敢だが、悪く言えば脳筋だ。


 そういう資質のある者が集まりやすいのか、あるいは新人のころにそういう風に教育されてしまうのか。

 彼女は数少ない女性団員のため、将軍の秘書的な役割を任されてはいる。

 だがそんな彼女も、その性根はやはり騎士団員なのである。


「なぜ事前に俺に話を通さなかった」

「宰相閣下直々のご命令でしたので」

「何!」


 カミル将軍は舌打ちをしたい気持ちを歯を食いしばることで強引にこらえた。


 武官と文官の仲が悪い国は多い。

 軍が将軍を頂点に軍閥化し国のコントロールを離れることは、為政者が常に抱く恐怖だ。

 だから文官は人事や予算等で軍に介入し、一定の影響力を保とうとする。

 だが、あまり介入して、将軍の力を弱めることは、軍の力そのものの弱体化につながる。

 当然だ。戦場では現場にいる将軍がトップである必要がある。前線の兵士の誰が王都という安全な後方にいるトップのために戦うというのだ。



 さらに、彼の兄である現国王は有能な弟を疎んじており、王都騎士団にカミル将軍の影響力が強まらないように横やりを入れてくることがある。

 カミル将軍は、常に味方に足を引っ張られながら騎士団をまとめ上げることを余儀なくされているのである。


 カミル将軍は無言で手を差し出した。

 部下はその手に事後承諾になる命令書を渡す。

 ざっと、文面に目を通した将軍だが、自分の目で見た事が信じられなかったのか、もう一度読み直した。


「弟・・・ネライ卿を同行させたのか?!」

「はっ。命令でしたので」


 彼女は平然と答えた。

 カミル将軍は今度こそ舌打ちを堪えられなかった。

 そこに記されている内容は、本来ならば王都の屋敷で謹慎中のネライ卿、つまり元第四王子を代表とし、マチェイからドラゴンを護衛してくるようにとの命令書だったのだ。

次回「出発延期」

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