エピローグ 塩の同盟
今回で第十章が終了します。
ジャネタお婆ちゃんが、貴族の親子らと共に彼らのお屋敷の中から現れた。
『やっと話が終わったようですわね』
ティトゥが僕の操縦席でため息をこぼした。
『ちゃんと協力の約束を取り付けられたのかしら?』
心配なら君も一緒に行けば良かったのに。
貴族の屋敷巡りの初日の話。
ティトゥはジャネタお婆ちゃんと一緒に話し合いに参加していたけど、大商業ギルドのやり手商人と貴族との腹の探り合いにすっかり胃もたれしてしまったらしい。
余程堪えたのか、それ以来彼女はジャネタお婆ちゃんの運転手役に徹するようになってしまった。
まあ、運転手と言っても、別にティトゥが僕を操縦しているわけじゃないんだけどね。
ジャネタお婆ちゃんは屋敷のメイドさんに手伝ってもらって、僕の操縦席に乗り込んだ。
『ビーラー家はこれで問題なし。次に向かうよ』
『りょーかい、ですわ』
そうと決まれば長居は無用。
午前中だけでも後二か所も回る予定になっているからね。
『ハヤテ。ちょっぱやで行きますわよ』
『ちょっぱや? それはドラゴンの言葉かい? 一体どういう意味なんだい?』
またティトゥがヘンな言葉を覚えちゃったか。
それにしても、なんでそんなどうでもいい言葉ばっかり覚えるんだろうねこの子は。
僕はお屋敷の人達の好奇の視線を浴びながらテイクオフ。
さっさと次の貴族の屋敷へと向かうのだった。
僕達はこうして毎日帆装派の貴族の間を飛び回っている。
ジャネタお婆ちゃんは順調に貴族達からイムルフ少年への協力を取り付けている――というよりも反ベネセ家の同盟を作ろうとしている。
いや、正確に言えば、反ベネセ家の同盟の後ろ盾になろうとしている。か。
どうやら彼女は、貴族達の間に自分の影響力を増す事で、水運商ギルドの中でも大きな発言権を得るつもりのようだ。
『最低でもドッズのヤツとやり合えるだけの力を得たいね』
ドッズは現在のギルド長の名前だ。
ジャネタお婆ちゃんとマイラスは、この機会にギルド長並みの力を得ようとしているらしい。
なんともはや。チェルヌィフ商人ってのは逞しいね。
マイラスは現在、カルーラの兄であるカズダ家当主エドリアさんと協力して、黄金都市リリエラに採掘キャンプを作るために動いている。
『ハヤテ様の力でリリエラに井戸を掘る事は出来ませんかね?』
とか聞かれたけど、四式戦闘機にはそんな力は無いからね。
一応、カルーラに通訳を頼んで、井戸の掘り方は教えておいた。うろ覚えだけど。
”上総掘り”だっけ?
日本の伝統的な井戸の掘り方だとか何とか。
確か、竹ヒゴに吊るした掘鉄管を、竹ヒゴの弾力を使って地面を突くようにして掘削。
粘土を溶かしたネバミズで掘削面が崩れるのを防ぎながら掘り進める、といった方法だったはずだ。
『・・・カズサボリですか。職人と相談して試してみます』
そうしてくれるかな。
ていうかバレク・バケシュは彼らに井戸掘りの技術を伝えていないのかな?
まあ日本人でも井戸の掘り方なんて知らない人がほとんどだろうし、仕方が無いのかもね。
僕だって「アフリカの貧しい村で日本の伝統技術が使われている」みたいなニュースで知ったあやふやな知識だから。
僕達の会話を聞いていたティトゥとカーチャが興味深そうに呟いた。
『カズサボリ。変わった名前ですわ』
『けどちょっと覚え辛いですね。他の呼び名はないんですか?』
そう? じゃあ”カーチャ”で。
『何でそうなるんですか!』
以前僕がカーチャに教えた”ポットインポット・クーラー”は、”カーチャ”の愛称で今も絶賛大ヒット中だ。
とはいえ、あちこちで耳にする”カーチャ”という言葉に、カーチャ本人はげんなりしているようだ。
憤慨するカーチャにカルーラは苦笑している。
『あれはスゴイ発明。いずれは砂漠中の町で”カーチャ”の名前が知られるようになる』
『良かったですわね』
『ちっとも嬉しくありません!』
カーチャは『もとはと言えばハヤテ様が考えたんだから、”ハヤテ”と呼ぶようにすればいいんです!』とか言い出した。何それ、普通にイヤなんだけど。
そんなこんなで現在、マイラスの雇った人工達がリリエラに向かっている。
僕達が中途半端に作った地図が役に立っているようだ。
彼らは到着次第、キャンプ地作りと並行して塩の採掘を行う予定になっている。
『いやいや。あの地図が無いととてもじゃないけどリリエラにたどり着けませんから。それとしばらくはハヤテ様頼みになってしまう点については、本当に申し訳ありません』
『ヨロシクッテヨ』
僕は彼らのために水を運び。切り出された塩を積んで貴族の屋敷に運ぶ役目を頼まれている。
ちなみに貴族達からは前払いで、というか、先行投資という形でジャネタお婆ちゃんがたっぷりとお金を巻き上げている。
どうやらそのための”東方陶器”だったようだ。
もちろん僕が手伝うのは最初だけで、同時に動いている流通の方が確保出来れば、今後はそっちのルートで販売される事になっている。
つまり僕が運ぶのはクラウドファンディングに投資してくれた人に対する報酬みたいなものだね。
ちなみに早くもどこからか情報が出回り、ジャネタお婆ちゃんの所には脅迫めいた手紙も届いているそうだ。
ジャネタお婆ちゃんは全然気にしていないみたいだけど。
『はんっ! 儲けていれば商売敵から恨みを買っちまうもんさ。商売ってのはキレイごとだけじゃ済まないからね。けど、本来ならアタシらが塩を売るなんて言い出せば、バルム領の岩塩商ギルドが黙っていないだろうが、今回はあっちから売らないって言いだしたんだからね。文句を言われる筋合いはどこにも無いってもんさ』
まあそうだよね。
脅迫文も単なる嫌がらせ――というよりも怨み言に近い内容のようだ。
『誰かを雇って邪魔をしようにも、採掘現場は砂漠のど真ん中だし、ステージはこの通りオアシスの小さな町だ。余所者が来ればどうしたって目立っちまう』
この世界ではドラマみたいに、”ゴロツキを雇って商売敵に嫌がらせ”なんてことも普通にあるそうだ。
といっても、小さな田舎町にそんなヤツらがやって来ても目立ってすぐにバレてしまう。
全員顔見知りの小さな町っていうのは、防犯という意味では良いのかもね。
小さな町には小さな町なりの苦労もあると思うけど。
塩の流通が隊商派の砂漠と帆装派の外洋船というのもこちらにとっては幸いだったようだ。
内陸部の、例えば大きな街道なんかを使っていたら、どんな嫌がらせをされていたか分からなかったかもしれない。
『今頃岩塩商ギルドのヤツらは、顔を赤くしたり青くしたりしながら歯噛みしているだろうね。いい気味さ』
そう言って晴れ晴れとした笑顔で笑うジャネタお婆ちゃん。
どれだけ岩塩商ギルドとやらに恨みがあるんだろうね。
商売敵みたいだし、過去に色々と因縁があったとしてもおかしくはないのかな。
こうしてカルーラの相談から始まった資金稼ぎは、最大手ギルドに多くの貴族家を巻き込んで、一大プロジェクトになっていくのだった。
後に一連のこの動きは”塩の同盟”と呼ばれる事になるのだが、この時の僕達は当然そんな未来を知る由もなかった
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここはチェルヌィフ王朝の東。この国でも最大規模の港町デンプション。
深夜。
その沖合に浮かぶ小さな島。
灯台だけがポツンと建てられたこの島に、小舟が一艘近付いて来た。
乗っているのは見るからに柄の悪そうな男達だ。
それもそのはず。彼らは真っ当な船乗りではない。
そして彼らが扱うのは非合法な商品。
奴隷である。
この島の灯台守は買収されていて、彼らの取引場所として使われているのだ。
その時、男の一人が視界の端を不自然な波のうねりがかすめたのに気が付いた。
男は前に座った仲間の肩を叩いた。
「おい、あれは何だ?」
「ああん?」
墨をこぼしたような真っ黒な海面。
それが不自然に盛り上がるとスルスルと小舟に近付いて来た。
「船長! あれを! 何かが近付いて来ます!」
「ん? なっ! なんだ――」
ザバッ!
船がひっくり返ると、男達は積み荷共々海に投げ出された。
それが彼らの最期だった。
奴隷を含む男達全員は一人残らず海の底に消えていった。
もしもこの場に彼ら以外の第三者がいたならば、巨大な黒い触手が何本も生えて人間を水中に引きずり込んでいくのを見ただろう。
翌日。誰も乗っていない小舟が浜辺に流れ着いた。
デンプションの衛兵が調査をしたが、行方不明者の届け出はどこからもなかった。
彼らは外洋船のボートが海に落ちてここまで流れ着いたものとして処理した。
そしてこの一件は日常の業務に紛れ、すぐに彼らの記憶からも忘れ去られるのだった。
お話としては途中となりますが、今回で第十章を終わらせて頂きます。
最初の構想よりもボリュームが増えてしまったので、キリの良いところで一度しめることにしました。
他の作品の執筆を終え次第、出来る限り早く第十一章を始めるつもりです。
それまでお待ち頂ければと思います。
それとまだブックマークと評価をされていない方がいらしたら、今からでも遅くありませんので是非ともよろしくお願いします。
この作品をいつも読んで頂きありがとうございます。