その28 輸送計画
黄金都市リリエラの真実。
リリエラはこの地に眠る豊富な塩塊を大陸中に売る事で、後に黄金都市と呼ばれる程の巨万の富を築き上げていたのだ。
巨大な丸岩の下に塩塊を発見した僕達だったが、水運商ギルドのマイラスによると、利権の関係で国内で売りさばくのは難しいとの事。
そこで彼が提案したのは国外への輸出。
ただし、西への陸路はこの国の敵国、ミュッリュニエミ帝国を通過しなければならない。
帝国の好きに関税をかけられては商売以前の問題だ。
それを避けるためには、一度東の港町に運んで船で国外に輸出する必要がある。
海路を北回りするにしろ南回りするにしろ、どっちりしろ大回りだ。余分なコストがかかってしまう。
さっきからずっとマイラスは頭を悩ませているものの、中々良い考えは浮かばないようだ。
『ハヤテは別の考えがあるんですの?』
『カワ フネ ハコブ』
『かわ――川の事を言っているのかしら?』
砂漠と川という言葉が上手く結びつかなかったのか、ティトゥはキョトンとした。
『川ですか。確かに砂漠にも川は流れていますが』
そう。砂漠と言っても全く水が無いわけじゃない。
普通の土地よりも数は少ないとはいえ、所々に川だって流れている。
僕のアイデアは、その川を使って船で塩を運ぶというものだ。
『ミナミ カワ』
『そういえば南に川が流れていましたわね』
『! どういう事ですか?!』
確か、この場所から南東に100kmほど行った場所。ブロックで言えば”G6”あたりには川が流れていた。はずだ。
正確な位置まではちょっと分からないけど。
けどここから海までずっと真南に行ったブロック、”B6”には河口と港町があったから、多分その川と繋がっていると思われる。
だから先ずは、切り出した塩をラクダを使って川まで運び、そこからは川船に積み替えて河口まで川を下る。
さらに河口の港町で外洋船に積み替えて国外に輸送する、というのはどうだろうか?
一度この国の東の端に運ぶよりも随分とショートカットになるはずだ。
それに上空からチラリと見た感じでは川の流れは緩やかに見えたので、往復のために川をさかのぼるのもそれほど難しくはないんじゃないだろうか。
『南の港町――ハラスかウィンダミアかメルセンヌか。いや、河口の港町となればハラスか。ハヤテ様はこの場所をずっと南に下ればハラスに着くとおっしゃるんですね?』
ハラスとかそういうのは知らないけど、河口にある大きな港町はひとつしか知らないかな。
多分そこなんじゃない?
しかし、町の規模に対して意外と大きめの港だと思ったら、外洋船の寄港地になっていたのか。
『ハラスなら、ヴィドラ川か。確かにヴィドラ川では川船による輸送が使われている。まさかこの場所がヴィドラ川の北に位置していたなんて』
マイラスは興奮した様子でブツブツと呟いている。
僕は最初、彼が何に興奮しているのか分からなかった。
けど、そういえば以前、この国には砂漠の地図が無いと聞いたのを思い出した。
マイラスはこの国の港町の名前は知っていても、大雑把な方向と位置しか知らなかったのだろう。
”ハラスとかいう港町は南のこの辺り”程度の知識では、この場所との繋がりに気付けなかったのも無理はない。
僕達はカーチャに作ってもらった白地図に位置を書き込んであるから分かるけどね。
『・・・実際に川を見せてもらってもいいでしょうか?』
『ハヤテ』
『ヨロシクッテヨ』
僕にとってもうろ覚えの記憶だからね。ちゃんとハラスとやらまで川の流れが繋がっているって確認した訳じゃないし。
こうして僕達は明日、南東の川まで調査に飛ぶ事になったのだった。
翌日。
予定通り僕達はブロック”G6”の川を目指していた。
河口まで向かうのは、どうせならちゃんと川が海まで繋がっているのか確認したかったからだ。
本当に河口にある港町がハラスかどうかも調べないといけないしね。
『川が見えてきましたわ』
『あれがヴィドラ川の上流・・・』
ちなみに今日はカーチャは乗っていない。
調査と言っても川の上空を港町まで飛ぶだけだからだ。
ティトゥとマイラスの二人だけだ。
『ミナミ トブ』
『ここからは南に向かって飛びますわ』
『ハヤテ様、よろしくお願いします』
僕は川の上空を旋回すると、真っ直ぐに南を目指した。
川と聞けば日本人は透明な清流を思い浮かべてしまうが、この川は濁って黄色だ。
砂が川に流れ込んでいるせいか、はたまた流れが緩やかなせいか。
多分、両方原因かな。
川は途中で大きく蛇行しながらも、南に向かって流れている。
僕達は途中でいくつかの川沿いの町の上を飛び越え、最後に大きな山脈を越えた。
多分この山脈が海からの湿った空気を遮り、この砂漠を作っているんだろうね。
川は山脈を断ち切るような深い渓谷の間を流れている。
ここまでで大体二時間。
山脈を越えた所で前方に海が見えた。
港町に到着である。
『ここがハラスの港町なんですの?』
『すみません。多分そうだと思うんですが、なにぶん私も来た事がないので』
まあ、船乗りでもなければ、国中の港を知っているわけはないよね。
『あっ、あの倉庫。水運商ギルドのマークがあります。あれを調べればきっと分かるんじゃないかと』
『そう。ハヤテ、あそこに降りて頂戴』
「了解」
『後でこちらで調べて――は?』
倉庫の前には丁度僕が降りられそうなスペースが開いていた。
僕は旋回すると、マイラスが指差した場所へと舞い降りたのだった。
僕の来訪に平和な港町は大騒ぎになっていた。
『・・・すっかり忘れてましたわ』
突然、町に巨大な謎生物が降り立ったのだ。
そりゃあみんなパニックになるよね。
最近ずっと退屈な調査飛行ばかりしていたので、初めて僕を見た人達のリアクションをうっかり忘れていたよ。
マイラスは自分達の引き起こした騒ぎにすっかり青ざめている。
『ど・・・どどどどうするんですか?! これ?!』
『なるようになりますわ』
ティトゥは達観している。
というよりも面倒くさくなっているね、コレは。
港町の人達は遠巻きにして僕の様子を伺っている。
今の所、警戒しているのか近付いて来る様子はないけど、あまり人が集まるようなら空に避難した方がいいかもしれない。
そんな風に考えていると、野次馬達の間で騒ぎが起こっているのに気が付いた。
どうやら身だしなみの良いお婆ちゃんが周囲の男達に止められているみたいだ。
ここまで彼らの言い争う声が聞こえて来た。
『ジャネタ様! 危険です! 今に町の衛兵が来ますから!』
『あのヘタレ当主の部下共なんかがあてになるかい! アイツらは町の人間に威張り散らすしか能の無い穀潰し共だよ! アンタらも商人なら覚悟を決めて体を張りな! あのデカブツにこのまま倉庫に居座られたらギルドにどれだけの損害が出ると思ってんだい!』
どうやら僕に突撃しようとしている口の悪いお婆ちゃんを、彼女の部下達が必死に止めているみたいだ。
なんとも勇ましいお婆ちゃんだね。
この騒ぎに、両手で顔を覆っていたマイラスがハッと顔を上げた。
『あの声! 師匠?!』
『お知り合いですの?』
慌てて風防を開けようとするマイラス。
でも上手くいかないようだ。
『師匠! ジャネタ師匠! 私です! 本部のマイラスです!』
お婆ちゃんはキョトンとすると、僕を見上げた。
懸命に風防を叩いているマイラスに気が付いたみたいだ。
『マイラス?! あんたマイラスかい?! あんたそんな所で一体何をやっているんだい?!』
『それは! ・・・その、私も何でこんな事になっているのか・・・』
お婆ちゃんの最もな疑問を受けて、マイラスはチラリとこちらを見た。
ふむ。何かな?
そんなマイラスを見かねたのだろう。ティトゥが渋々といった感じで風防を開いた。
彼女が立ち上がると潮風が吹き、長い髪をサッとなびかせる。
その凛とした美しさに、周囲の野次馬達から「ほうっ」とため息がこぼれた。
『私はナカジマ家当主ティトゥ・ナカジマ! 私とハヤテはミロスラフ王国の竜 騎 士ですわ!』
『ハヤテ?』
『師匠。こちらのドラゴンがハヤテ様です』
『ド、ドラゴン?! アンタ達そいつがドラゴンだって言うのかい?!』
マイラスの説明にギョッと目を剥くお婆ちゃん。
今更ながら、自分が突撃しようとしていた相手がドラゴンだと聞かされて驚いている様子だ。
『ハヤテ』
「どうも。ドラゴンです」
『『『『『喋った!』』』』』
僕の挨拶に驚く野次馬達。
そしてなぜかドヤ顔のティトゥ。
お婆ちゃんは驚きすぎて、言葉も無く口をパクパクと開け閉めする事しか出来ないようだった。
次回「師匠ジャネタ」