その27 問題点
ティトゥ達が大岩の穴の調査を終えて帰って来た。
彼女達の報告は驚くべきものだった。
大岩の下には巨大な塩の塊が眠っていたというのだ。
つまりここは太古の昔に作られた”塩湖”の跡地だったのだ。
塩湖ないしは塩水湖は、塩分が普通の湖よりも高くなった湖の事を言う。
代表的な塩湖といえば、イスラエルとヨルダンの国境にある”死海”が有名だろう。
死海の塩分濃度は約30%。海水の塩分濃度の約10倍にもなるそうだ。
あちこちに塩の塊が転がる死海沿岸は実は有名なリゾート地で、イスラエルのみならず、遠くヨーロッパの人達も訪れるんだそうだ。
その理由の一つは死海の水の美容健康効果。
多くの天然ミネラルを含んだ死海の水は、太古から美を求める女性達に愛され、あのエジプト女王クレオパトラも魅了したと言われている。らしい。
マイラスからの報告を聞いて、僕はうなり声を上げた。
う~ん。なる程。
まさか大岩の下にそんな秘密が眠っていたなんて。
つまりこの町は豊富な塩によって栄えていたのか。
太古にはこの町には絹の道――シルク・ロードならぬ塩の道――ソルト・ロードが通っていて、そのソルト・ロードがリリエラの繁栄を支えていたんだな。
しかし、天変地異が起きて、栄華を極めた黄金都市はあっけなく消滅してしまう。
多分、大きな地震だな。地震によって山から巨大な岩が転がり落ちて来て、彼らの唯一にして最大の収入源である塩湖への入り口が塞がれてしまったんだ。
当時の技術力ではあの巨大な岩をどかす事も破壊する事も出来なかったのだろう。
さらに悪い事に地震で地下水脈の流れが変わり、オアシスの水が干上がってしまった。
塩という収入源、水という砂漠の命綱。リリエラの町は二つの生命線を同時に失ってしまった。
この災害のダブルパンチで人々は町を捨てざるを得なくなったんだ。
けど、まさか大岩の下にあったのが塩湖の跡地だったなんてね。想像もしていなかったよ。
『ハヤテ様は最初からこの事に気づいていたんですね』
ん? ちょっとマイラス、何を言ってるの?
『だからあれほどまで大岩の調査を望んでいたんでしょう?』
『当然ですわ。ドラゴンの叡智は人間を遥かに超えるのですわ』
いやいや、そんな訳ないって。ティトゥも何でここぞとばかりに盛ってるわけ?
確かに僕は大岩の下に何かあると思っていたよ。思っていたけど、ぶっちゃけそれって原油だと思っていたから。
漠然と「砂漠=中東の石油王」のイメージで、原油で町の繁栄、とか思ってただけだから。
今思えばこれって全然的外れだから。
ガソリンの需要の無いこの世界で、いくら原油が出たって町が黄金都市になるほど儲かる訳ないから。
『本当にそこまで気が付いていたんでしょうか?』
一人だけ疑わしそうな表情をするメイド少女カーチャ。
そう。君の想像通りなんだよ。
だから口下手な僕に代わって、君のご主人様に説明してくれないかな?
『けどティトゥ様がそうおっしゃるならそうかもしれませんね』
ちょっと! 何で今回に限ってそれで納得しちゃうわけ?!
いつもの君はどこにいっちゃったのさ?!
どうやら事が大きすぎて、さしものカーチャのカンも、今回ばかりは鈍っているみたいだ。
『けど、これでカルーラ様の心配も解消されましたわね』
ティトゥが嬉しそうにほほ笑んだ。
元々今回の調査はカルーラに頼まれて資金確保のために始めた事だ。
いささか、というか、かなり脱線した気はするけど、これはこれで目的を果たした事になるのかもしれない。
あれっ? けどこの町の所有権は誰になるんだろう?
普通に考えればこの土地の領主の物なんだろうけど、この広大な砂漠は誰が治めているんだろうね。
『そうですね・・・ 基本的に砂漠は誰のものでもありません。今オアシスに定住している隊商派の諸部族は過去に自分達で見付けたオアシスに住んでいるのです。また、今も定住していない部族は、部族全体が大隊商となって常に砂漠を移動しています』
マジか。
その理屈だとここは見つけたティトゥの物になる。のか? いや、流石に外国の貴族がこの国の土地を勝手に自分の物にして良いわけは無いか。
『流石にそれはちょっと。とはいえ、なにぶんこんな話は今までに前例がないので・・・ 普通に考えれば近隣の部族と打ち合わせをして、収益の一部を彼らに渡す事で話が付くと思います』
そりゃあそうか。
砂漠のど真ん中で遺跡を掘り起こし、得られた品を流通、販売までこぎつけるとなれば、膨大な資金力と様々な専門分野の人材を必要とする一大プロジェクトだ。
オアシス一つしか持っていないカルーラのカズダ家では荷が重すぎる。
目の前のお宝を指をくわえて見ている事しか出来ないはずだ。
それなら最初から水運商ギルドに丸投げして、上がりの一部を貰った方がずっとましだ。
あるいはより積極的に採掘に協力するのもいい。そうすれば領地の経済も回るし、断然お得だよね。
ちなみにティトゥは自分の収入にはこだわっていないようだ。
元々この調査自体、カルーラに相談されて始めた事だからね。
水運商ギルドは、イムルフ少年のサルート家が代表を務める帆装派の大手組合。
ギルドが儲かれば帆装派にも資金が回って、イムルフ少年討伐軍の資金源になるだろう。
うん。目的は達成したんじゃないかな。
『それが・・・そう簡単にはいかないかもしれません』
『? どういう事ですの?』
マイラスの難しい顔に、僕はイヤな予感がするのだった。
かつてこの地に黄金都市を築いた塩の塊。
ティトゥは、「これでカルーラに相談されていた資金繰りの目途が立った」と喜んだのだが、マイラスの返事は煮え切らないものだった。
『先ずは当時と今とでは砂漠の大きさが違います』
マイラスの説明によると、砂漠は年々わずかづつだが広がっているらしい。
大昔はこの辺は砂漠の入り口辺りだったと考えられているんだそうだ。
『だから昔の方が輸送は楽だったと思います』
あ~、なるほど。
確かに、ここから塩を切り出して運び出そうと思ったら、砂漠を出るまででも直線距離で約400kmもある訳だからね。
輸送コストが馬鹿にならない訳か。
『採算が取れない、と言うんですのね?』
『どうでしょうか。隊商道の整備さえ進めば、採算だけで言えばどうにか・・・ しかし、ここで第二の問題が発生します』
マイラスの説明によると、この国に出回っている塩はほぼほぼ岩塩なんだそうだ。
そりゃまあ、海水に含まれる塩分はたったの3%に過ぎないからね。
岩塩があるならわざわざ手間をかけてまで海水から塩を取り出そうとは思わないか。
この辺の事情はティトゥのミロスラフ王国も同じらしい。この世界では海水から塩を作る製塩技術が未発達なのだろう。
話を戻そう。そこで問題になるのが岩塩の出どころ。
この国の最大の岩塩の採掘場は、六大部族一角バルム家の領地にあるんだそうだ。
『王家の部族と言われる六大部族。六部族はそれぞれ戦車派と帆装派に分かれています』
戦車派三部族の代表格は、今、王城を不法占拠しているベネセ家。
次いでハレトニェート家は、イムルフ少年の叔父さん、レフド叔父さんが当主を務めている。
そして三つ目の部族がバルム家となるんだそうだ。
『バルム家にとって岩塩坑は最大の産業になります。塩の販売は彼らの利権を脅かす事になります。そうなった時、バルム家の圧力に隊商派で対抗出来るかどうか・・・』
カルーラのカズダ家を含めて、砂漠とその周辺に住む人達は隊商派という第三勢力に属している。
第三勢力、とはいっても実際はただの寄せ集めで、ぶっちゃけ「その他大勢」でしかないようだ。
その力はバルム家の足元にも及ばないらしい。
『隊商派の全部族を纏める事が出来れば、ひょっとすればバルム家に劣らないかもしれません。ただ、彼らを纏める事の出来る有力部族が存在しない上、広大な砂漠に点々と住んでいるので現実的には不可能でしょう』
隊商派の中には遊牧民のような生活を送っている者達もいるそうだからね。
どっちかといえば、オアシスに居を構えているカルーラ達カズダ家の方が少数派なのかもしれない。
そんな彼らは部族単位で纏まっていて、横のつながりが非常に薄い。
これでは力を合わせて六大部族に対抗するなんて到底出来ないだろう。
『そんな・・・ どうにかなりませんの?』
せっかく見付けた塩塊が宝の持ち腐れになりかねないと聞かされて、ティトゥも気が気でないようだ。
考え込むマイラスに詰め寄った。
『・・・一つだけ方法があります』
マイラスは顔を上げた。しかしその表情は険しい。
どうやらかなり難易度の高い方法のようだ。
『ただし大変難しい方法です。上手くいくかどうか――』
『聞かせて下さいまし』
ティトゥは即答だった。
マイラスはそれでも言いよどんでいた様子だったが、やがて覚悟を決めて話し始めた。
『国外に売ります』
マイラスの考え。それは国内でバルム家と商売がバッティングするのを避け、国外に輸出するというものだった。
『水運商ギルドの販路をフルに使えば可能です。ただしその場合、当然輸送コストが跳ね上がります。利益が出せるかどうか』
マイラスは砂に線を描いた。
『まずここからステージかデンパシーの町まで隊商道を引きます。そこからステージならエルク、デンパシーならバトマスまで輸送します。後はこの国を東西に走る中央街道を通って東の港湾都市――そうですね、ウンターズかデンプション辺りで外洋船に積み込み、南方大陸海を通ってペニソラ半島。あるいは北洋海路を通って西方諸国に売り込みをかけます』
説明しながらも問題点に気付いたのだろう。マイラスは北回りの航路を手で消した。
『・・・西方諸国は難しいと思います。あそこは帝国から岩塩が輸出されていますから。けど南方大陸海は大回りになる。出来ればランピーニ聖国まで持ち込みたい所ですが、それでは北回りのルートと勝負が出来ない・・・』
こうして説明しながらも、マイラスの頭の中ではこの国の地図が広げられ、何本ものルートが引かれているのだろう。
だがそのどれもが致命的な問題を抱えているらしく、彼の表情は晴れない。
マイラスの考えを大雑把に整理すれば、先ずはここから切り出した塩を隊商道を通って砂漠の外まで運搬するつもりのようだ。
次は内陸を通る街道を使って東の港町まで運ぶ。
そこで船に積み込んで、今度は海路を通って大陸を北回りか南回りかのどちらかで国外に輸出。――という方法を考えているようだ。
この場合、問題になるのはやはり運搬コストだ。
ざっと見ただけで、砂漠、内陸、船、と、輸送手段をフル活用しないといけない。
その上、海路に至っては、大陸の東の端から大陸を大回りして大陸の西まで運ばないといけないのだ。
どう考えても無駄に大回りしているようにしか思えない。
しかし、マイラスがその方法しか思いつかないって事は、そうしなければならないだけの理由があるのだろう。
・・・とは思うものの、なんだかなあ。
僕が不満に感じているのを察したのだろう。
ティトゥは砂に描いた地図から顔を上げて僕を見上げた。
『ハヤテは別の考えがあるんですの?』
う~ん。考えってほどでもないんだけど。
どっちかと言えば、ちょっとした思い付き?
僕は自分の思い付きを試しに言ってみる事にした。
次回「輸送計画」