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プロローグ 聖国の第八王女

◇◇◇◇◇◇◇◇


「姫様、陸地が見えてきましたよ」


 王女の船室にノックもせずに入ってきた長身の痩せた男に侍女が眉をひそめた。

 王女付きのメイドは関わり合いにならないよう、顔を伏せ身を硬くしている。 


「そうですか。わざわざありがとう」

「姫様、部下に礼を「どういたしまして。部下として当然のことをしたまでです」


 男は侍女の言葉に被せるように返事をすると、侍女に見せつけるようにあえて優雅にお辞儀をした。

 礼にかなった返答に、何も言い返すこともできず、悔しそうに言葉を飲み込む侍女。


 男は「午後には港に入ります。ご準備を」と告げると船室を出て行った。


「まるで蛇のような男ね。慇懃無礼とは正にああいうことを言うんだわ」


 男が姿を消した途端に、侍女は顔をしかめると不愉快さを隠そうともせずに吐き捨てた。

 王女がそれをなだめた。


「あの人はあの人の、私達には私達の役割があります。この旅では聖国のため力を合わせなくてはいけませんよ」

「分かっています。ですが、あの男の姫様に対する態度はあんまりじゃないですか」


 姫と呼ばれた少女は立ち上がった。

 10歳ほどだろうか、この年頃の子供とは思えない毅然とした物腰だ。

 彼女は自分の侍女に近付くとそっと抱き着いた。


「私の代わりに怒ってくれてありがとう。でももしこれが原因で、あなたが伯爵に目を付けられでもしたら、あなたの実家にまで迷惑が及ぶわ」


 侍女は小さくため息を漏らした。

 そうして気持ちを切り替え、小さく震える主の美しいサラサラの銀髪を優しく撫でた。


「姫様は私のことなんて気にしなくて良いんです。お役目のことだけでも大変なんですから」


 彼女の主はマリエッタ・ランピーニ。

 クリオーネ島ランピーニ聖国・第八王女。

 友好使節団の代表として、ミロスラフ王国、王都ミロスラフに向かう船旅の途中である。



 きっかけは二ケ月ほど前にさかのぼる。

 ミロスラフ王国と国境を接する小ゾルタ(正式名称は別にあるが聖国ではこう呼んでいる)が、ミロスラフ王国へと侵攻したのだ。


 侵攻軍自体はわずか一ヶ月足らずで撃退されてしまったが、ここから話が何故かランピーニ聖国に飛び火することになった。

 小ゾルタが船を使った侵攻を成功させられたのは、ランピーニ聖国がミロスラフ王国の海岸線の情報を小ゾルタに売ったからだ、との流言が流れたのだ。


 もちろんそんな事実はないし、勝手な憶測による単なる噂にすぎない。

 しかし、ランピーニ聖国はクリオーネ島の島国だ。

 海を挟んでミロスラフ王国以外にも複数の国と国交を結んでいる。

 こういう噂を放置しておくと今後の各国との関係維持に差しさわりが出かねない。

 否定しない=後ろめたいことがあるから否定できない。などと変に勘繰られてはかなわないからだ。

 ミロスラフ王国は近日この度の戦争の戦勝式典を開催する、と外交部に連絡があった。

 そこで急きょランピーニ聖国は、戦勝式典に出席する友好使節団を送る事にしたのである。

 目的はもちろん、根も葉もない噂の否定と、戦勝国となったミロスラフ王国との関係強化のためである。




 王女の船室から出た男は、自室に割り当てられた船内の一室へと戻った。

 ここは普段は船長室として使われている部屋だ。


 王女の部屋より広く、調度品が整っている。


 男が部屋に入った直後、控え目なノックの音がした。


「入れ。」


 男の短い返事に、「失礼します。」という声と共にドアが開いた。

 姿を見せたのはこの船の船長である。


「メザメ伯爵様、マリエッタ王女殿下にご連絡はしていただけましたでしょうか」

「ああ、今してきたところだ」


 メザメ伯爵は、出航する前から船長に、この船旅に関することは全て自分を通して王女に伝える、と厳命していた。

 狭量で役人肌のメザメ伯爵は、わずかな情報でも王女が自分より勝ることが許せなかったのだ。


「これから一杯やるところだが、一緒にどうかね」

「お気持ちは嬉しいですが、入港前は忙しいので」


 メザメ伯爵は「それもそうか」と呟くと船長に背を向けた。

 もう話す事はないということだろう。船長は「失礼します」と一声かけてから船室のドアを閉めた。

 一人になったメザメ伯爵は、クリオーネ島名産のベリーを使った上質な果実酒を、陶器の酒杯に注ぎながら考えた。


「王女をどう使うかは、私に一任されている・・・ 最大の成果を得るように利用せねばな」


 メザメ伯爵は酒杯を傾けながら、祖国での栄達を夢想するのだった。

次回「王都からの召喚状」

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