その24 調査報告
ティトゥ達が町に去って行った後、僕はボンヤリとあたりを見まわしていた。
自然と目に入るのは、最初に目印となった例の大岩。
上空から見ると人工的に整えられたとしか思えない丸い形をしている大岩だが、ティトゥが近くまで行って調べてくれたところでは、特に加工の跡も無い自然の岩そのものだったんだそうだ。
岩が風雨に削られて、たまたまあんな形になったんだろうか?
まあ、そんな偶然もあり得ると言えばあり得る。のかな?
ティトゥが言うには、地面に何か大きな窪みがあって、その上を塞ぐように大岩が乗っているんだそうだ。
えっ? 何それ?
これがゲームや漫画なら、「かつてモンスター軍団が大地から湧き出してこの町を滅ぼした。あの大岩はその出口を塞いだ封印の岩なのだ」みたいな展開になる所だけど――
・・・はっ!
いかんいかん。ティトゥの中二病が伝染してしまったみたいだ。
この世界は僕の感覚ではファンタジー世界とはいえ、魔法もなければモンスターもエルフもドワーフもいない。
どっちかといえば中世のヨーロッパ辺りにタイムスリップした感覚に近い。
と言っても、地形といい人間社会といい、ヨーロッパとは全然違うんだけど。
砂漠の太古の建造物といえば真っ先に思い浮かぶのがエジプトのピラミッドだ。
僕はこの大岩がこの世界のピラミッドのようなものじゃないかと思っていたんだけど・・・どうやら違ったみたいだ。
こうなってくるとあの大岩が塞いでいる穴の正体が気になって来る。
僕は以前、カルーラの弟キルリアから聞いた話を思い出していた。
彼はこの砂漠ではアスファルトが採れると言っていた。
天然アスファルトは、湧き出した原油からガソリンや灯油といった軽い成分が自然に分離して出来たものだ。
ひょっとしたらあの穴は・・・
その時、町の調査を終えたティトゥ達が戻って来た。
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺達は一度ハヤテ様の下に戻る事にした。
ナカジマ様のところのメイド少女が、そろそろお昼の時間だと言ったからだ。
その言葉にナカジマ様が賛同した。
正直言って俺はこの場所を離れ難かった。
ここはお宝の山だ。
もっともっと掘り進めたい。
しかしナカジマ様はこの調査のオーナーだ。俺は彼女の調査に付いて来ただけのオブザーバーに過ぎない。
彼女の機嫌を損ねるべきではない。
俺は砂に眠るお宝の山に後ろ髪を引かれるような思いでこの場を後にした。
背中の荷物がズシリと重い。
東方陶器の欠片と黄金のドア枠。――さっき掘り出した発掘品だ。
背中の重みは喜びの重みと言ってもいいだろう。
俺は緩む頬を堪えきれなかった。
ハヤテ様は別れた場所で、別れた時と変わらぬ姿勢で休んでいた。
俺達三人を苦もなくこんな場所まで運ぶドラゴンの力に、俺は今更ながら畏怖の念を禁じ得なかった。
彼はなにやらブツブツと呟き、考え事に耽っていた。
「戻りましたわ。何かありました?」
「ナニモ」
変わった事は特に何もなかったらしい。
それよりもハヤテ様は俺達の調査結果を聞きたがった。
「大成果ですよ。こちらをご覧ください」
俺は自分でも分かる程興奮しながら、背負っていた荷物を下ろした。
「これは全て東方陶器です。そしてこれを見て下さい。これは陶器を見つけた部屋に埋まっていたもので――」
俺の話をハヤテ様は興味深く聞いている様子だ。
ハヤテ様は非常に口数が少ないのだが、何というか”聞き上手”なのだ。
ある意味ハヤテ様ほど分かり易い人物? はいない。
人外のその体には表情も何もあったものではないのだが、こうして向き合っていると、不思議と彼の気持ちが伝わって来るのを感じた。
なるほど、ナカジマ様が彼を頼りにするのも分かる気がする。
美人であり領主でもある彼女は、美辞麗句を並び立てる口先だけの小人には飽き飽きしているのだろう。
今後の事を考えると、俺も自分の振る舞いに気を付けなければな。
俺は密かにハヤテ様を見習おうと心に決めた。
「――これらは全て一つの屋敷跡から発見されました。町を覆う砂を掘り返せば、きっとこのようなお宝がいくつも発見できるでしょう。私の私見ですが、ここはかつての黄金都市リリエラで間違いないと思います」
俺の説明が終わった。
ハヤテ様は何か考え込んでいる様子だ。
少し意外な反応だ。
探していたリリエラが見つかったのだ。
俺は彼はもっと喜ぶと思っていたのだが・・・
それとも俺の言葉に信用が無いのだろうか?
「ハヤテ?」
「リリエラ ザイホウ」
ハヤテ様の片言の言葉を、ナカジマ様が分かり易く通訳してくれた。
それによるとハヤテ様は思っていたよりもリリエラに財宝が残っていない事を憂慮しているようだ。
「いやいや、この東方陶器だけでもひと財産なんですよ?! 本格的に調査が入ったら、もっと見つかると思いますから!」
「カチ サガル」
グッ・・・ それは俺も考えないでは無かった。
東方陶器の価値は確かに高い。
しかしそれは今は現存していない――希少価値故にだ。
大量に市場に出回ればその価値は一気に下がる。
そもそも本当に価値の付きそうな大物は、おそらく残されていないだろう。
この廃墟に残されているのは、値段の低い小物だけ。
それすらも大量に出回れば、たちまち価値を失い暴落してしまうのは間違いない。
そもそもこれは、かつてのこの町の住人が町を去る際に持ち出さなかった品なのだ。
ある意味正しい価値に戻ると言ってもいいだろう。
俺は目の前の欠けた陶器が、さっきまでよりも輝きを失い、色あせてしまったように思えた。
「カンコウチ バショ ムズカシイ」
「”かんこうち”とは何ですの?」
ハヤテ様はこの場所を整備すれば見物人を呼べるのではないか、と考えていたようだ。
なかなかにぶっ飛んだ発想だ。
だが確かに。有名な黄金都市リリエラともなれば、一度は自分の目で見てみたいと思う者も多いだろう。
そういった場所の事を、ドラゴンの間では”かんこうち”と言うらしい。
しかし、ハヤテ様はこの場所はあまりに交通の利便性が悪いと諦めたようだ。
「確かに。”竜の背”は砂漠に精通した案内人すら避けて通る場所ですからね」
『”竜の背”?! 何そのカッコいい響き! ここってそんな名前で呼ばれている訳?!』
俺の言葉に何故かハヤテ様が興奮して話が脱線する一幕はあったが、それはさておき。俺は自分の計画を修正する必要性を感じていた。
俺はこのリリエラの発掘事業を水運商ギルドに通すつもりは無かった。
あんな無能なヤツらに任せておいては、竜 騎 士の二人に協力するどころか足を引っ張るだけだ。
どの道、竜 騎 士絡みの商売は俺がギルド長直々に全権を委任されている。
独断専行しようがギルドに対する背信行為にはならないはずだ。
俺はこのリリエラ発掘事業を成功させて、その功績と資金でギルドの中に新たな派閥を作るつもりでいた。
派閥の代表に担ぎ上げる人物――俺の師匠なんだが――にも既に連絡はしてある。
上手くいけば、今の硬直した水運商ギルドを打破するきっかけになるはずだったが・・・
どうやらその計画を下方修正する必要がありそうだ。
とはいえ――
「発掘のためのチームは私の方で少々心当たりがあります。よろしければ私に一任して頂けませんか?」
「そうですわね・・・ ハヤテ。どうかしら?」
最初に思っていた程ではないとはいえ、やはり東方陶器は魅力的な商品だ。
それに町の発掘が進めば、住人の残した価値のある品の発見もあるかもしれない。
当時は当たり前の品が、今では高い価値を付けられている。そんな品が残されている可能性は十分にある。
それだけでも投資に見合う価値はあるだろう。
ハヤテ様からはすぐには返事をもらえなかった。
何か考えに沈んでいる様子だ。
俺に対して何か不満があるのだろうか?
あるいは水運商ギルドに信用が――
「マイラス オネガイ」
「? 私ですか? 構いませんが、何でしょうか?」
ハヤテ様の願いは意外なものだった。
ここからでも見える町の外の丸い大岩。
彼はその岩の下を調査しておきたいと言って来たのだ。
次回「大岩爆破」