その23 廃墟の町
翌日。
僕達は手早く準備を済ませると、昨日見つけた廃墟の町へと向かった。
同乗者は水運商ギルドのマイラス。
『・・・何で私まで』
『ついでですわ』
そしてついでにメイド少女カーチャ。
二人の少女のやり取りにマイラスが苦笑している。
『それで廃墟の町までどのくらいかかるんでしょうか?』
直線距離でざっと400kmといった所だから一時間ちょっとかな。
暇なら寝ててもいいよ?
『そうですか。ではお言葉に甘えてゆっくりさせて貰います』
マイラスは昨夜はろくに寝ていないそうだ。
何でも、調査隊の準備やら何やらと色々と手回しをしていたらしい。
まだ廃墟の町が黄金都市リリエラと決まった訳ではないのに、気が早いんじゃないのかな?
『東方陶器が見つかっただけで、調査隊を送る理由になります』
という事だそうだ。
僕の力では砂に埋もれた町を発掘するのは不可能なので助かるけどね。
そんな事を考えているうちに、山の尾根の向こうに例の巨石が見えて来た。
廃墟の町に到着である。
『ここがかつての町の跡地・・・』
『暑いですわ』
『暑いです』
興奮に目を輝かせるマイラス。
そして地上の暑さにうんざりするティトゥとカーチャ。
山脈を越えるためについさっきまで高度3500mを飛んでたからね。
地上との気温差にやられているんだろう。
『ほとんどが砂に埋まってますね』
カーチャが周囲を見回してうんざりしたように言った。
君、テンション低いね。もっとアゲアゲで行こうよ。
『そうですね。風化も進んでいますし、建物の中には入らない方がいいでしょう』
マイラスは手近な建物へと足を運んだ。
壁や建物跡地を念入りに調べている。
『そうだ。昨日見せてもらった小鉢は――』
『それならこっちの建物ですわ』
ティトゥが先導してみんなは奥の建物に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
マイラスは湧き上がる興奮を抑えきれなかった。
ティトゥは、どこにも貴金属が発見出来なかった事からこの廃墟はリリエラではない、と思っているようだが、ざっと見回しただけでもかなりの規模の町だった事が窺える。
マイラスはここがリリエラである可能性が高い。と考えていた。
彼は前日に砂漠に詳しい案内人から、この辺りの情報を集めていた。
しかし得られた情報は僅かな物だった。
砂漠の中央の人を寄せ付けない厳しい山脈に、あえて挑む者は今まで誰もいなかったようだ。
ザトマ砂漠のほぼ中央を南北に貫くこの山脈を、彼らは”竜の背”と呼んでいるらしい。
”竜の背”に隠された廃墟の町を竜 騎 士の二人が見つけた。
彼はそこに、運命めいた符号の一致を感じずにはいられなかった。
「昔はあの辺りにオアシスがあったようですね」
マイラスは遠くに見えるポカリと空いた大きな広場を指差して言った。
かつてのオアシスの跡地は一面砂に覆われていて何の痕跡も残していない。
廃墟の町の中央に、そこだけ建物が無い事から推測されるだけである。
「伝説では天変地異が起こって町が滅んだとあります。オアシスが干上がって生活出来なくなったのかもしれませんね」
地下水の流れが変わって、オアシスが枯れてしまった可能性は十分にあり得る。
山脈に挟まれたこの場所は標高が高い。
井戸水だけで暮らすのは難しかったのかもしれない。
ティトゥは周囲を見渡した。
廃墟となった石造りの建物がポツポツと立ち並び、町の外には草一本生えない荒涼たる荒地が広がっている。
その先には例の丸い大岩が鎮座していた。
かつての町の繁栄を偲ばせるものは、どこにもなかった。
「ティトゥ様?」
「何でもありませんわ、カーチャ。小鉢を見つけた建物はこっちですわ」
ティトゥは踵を返すと、近くの大きな建物に向かうのだった。
その建物はこの町の豪商の屋敷だったのだろうか。
建物自体は他の建物同様、一階部分は完全に砂に埋もれているものの、その屋敷はかなりの大きさであった。
ティトゥは二階の半分ほど倒壊した部分を指差した。
「あそこのガレキの中で砂に埋もれていたんですわ」
「なるほど。少々お待ちを」
マイラスは肩に掛けた荷袋を降ろすと、中からスコップを取り出した。
「確かに。陶器の破片が散らばっていますね。ここはこの屋敷の主人のコレクションルームだったのかもしれません」
マイラスは目を輝かせながら「これは皿の一部ですね」とか、「これは壺の欠片ですか。東方陶器の壺とは珍しい」などと呟いていた。
「私も手伝いましょうか?」
「そうですわね。ただ待っていても手持ち無沙汰ですし、三人で調べれば早く終わりますわ」
こうしてティトゥとカーチャも加わって、砂の中から陶器の欠片を集める作業が始まった。
ひとまず大きな破片と、形を残している物がより分けられ、中央にうず高く積み上げられた。
「何というか、これだけいっぱいあると、あまりありがたみがないですね」
「割れた陶器ですものね。貴重な陶器だと私が気が付かなかったのも分かってもらえたでしょう?」
欠けた陶器を手の中で弄びながらティトゥがぼやいた。
完全な形で残った物はともかく、割れた物や欠けた物でも、このくらいなら修復が可能なのだという。
会話をしながらのんきに作業する二人と違い、マイラスは真剣そのものといった表情で地面を掘り返していた。
「ひとまずこれくらいで十分じゃありませんの?」
「! 待ってください! これは!」
マイラスが引っ張り出したのは、くすんだ色合いの瀟洒な装飾の施された平たい棒だった。
「何ですの? その棒は」
「ドアの枠の一部ですね。ホラ、ここにもありました」
どうやらここには廊下に面した扉があったようだ。
「多分壁が崩れたことで外れたんでしょう。これはスゴイぞ」
震える手でドアの枠の残骸を並べていくマイラス。
そんな彼を不思議そうに見つめるティトゥ達。
「それが一体どうかしたんですの?」
「そうですね。少々お待ちを」
マイラスは荷物の中から小さな袋を取り出すと、その中にハケを突っ込んだ。
「これは”打ち粉”と言って砥石の粉です。磨き粉とも言います」
ティトゥ達が見守る中、彼はハケに付いた粉を少量ドアの枠に落とすと、布で数回しごいてみせた。
くすんだ棒はそれだけで元の輝きを取り戻した。
「ええっ!」
「これってまさか?!」
「ハイ。”黄金”です」
流石に金無垢ではないのかもしれないが、そこには確かに黄金色の輝きがあった。
「多分、このコレクションルームは、かつては黄金で飾り立てられていたのでしょう」
マイラスの見立てでは、この部屋はかつては黄金で飾られていたのだという。
そこには東方陶器を始め、様々なコレクションが並べられていたのだろう。
「多分、宝石等、持ち運びが容易で価値の高い貴金属は、この屋敷を捨てる時に持ち去られたのでしょう」
ティトゥは小首をかしげた。
「東方陶器は持って行かなかったんですの?」
「本当に価値のある物は持って行ったと思います。ここに残っているのは価値の低いものや、割れてしまったものなんでしょう」
マイラスが言うには、東方陶器の中でも大皿や壺等、価値の高い物は持ち去られ、小物や数のある物が残されたのではないか、との事だ。
「この屋敷の砂を一階まで全部掘り返せば、残されたお宝がいくつも眠っていると思われます。そして――」
マイラスは黄金のドア枠を手に取った。
「ざっと見回しただけでも、周囲には同規模の屋敷がいくつもあります。おそらくそこにもこの屋敷同様、お宝が眠っているはずです」
ティトゥがハッと目を見開いた。
「まさかこの町って?」
「ハイ。おそらく間違いないでしょう。私はこの廃墟こそが、かつては大陸中の富が集まったと言われる黄金都市・リリエラだと見ています」
次回「調査報告」