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その22 小鉢

 砂漠の中央を南北に走る山脈。

 山に挟まれたその土地で、僕達は廃墟となった町を発見した。


 僕は町の近くに空き地を見つけて着陸。

 ティトゥに周囲を調べて貰ってからステージの町に戻ったのだった。




『リリエラを見つけたんですか?!』


 水運商ギルドのマイラスが血相を変えて僕のテントに駆けこんで来た。

 余程急いで来たのだろう。大きく肩で息をしている。


 興奮する彼に対してティトゥの態度は少し煮え切らない。

 そこに丁度、マイラスを呼びに行っていたメイド少女カーチャが戻って来た。

 一緒に走って来たのだろう。彼女も額に汗を浮かべて息を荒くしていた。


 ティトゥはジト目でカーチャをとがめた。


『カーチャあなた・・・』

『わ、私はリリエラが見つかったなんて言ってませんよ?!』


 どうやらカーチャからの連絡を聞いてマイラスが早とちりしたようだ。


 僕達は砂漠に埋もれた廃墟の町を発見した。それは事実だ。

 しかし、それがリリエラかどうかはまだ分からない。

 というよりも――


『多分、黄金都市ではないと思いますわ』


 ティトゥは申し訳なさそうにマイラスに言った。

 彼女に見て貰った廃墟の家々だが、そのほとんどは壊れているか、砂に埋もれてしまっていた。

 辛うじて二階部分が外に出ていたのだが、そこからはかつての黄金都市らしきものは――具体的には宝石や貴金属の類は全く見つからなかったのだ。


 崩れかけの家の中に入るのは危険なので、あくまでも外から見ただけなのだが、それでもティトゥは結構な範囲を熱心に調査してくれた。

 その結果、確かにここには大きな町があったのは間違いないが、それがリリエラであるかどうかは非常に疑わしい。という結論に達したのだった。


『リリエラではない・・・ ならば一体どこの町だったのでしょう?』

『さあ? ひょっとして本当にリリエラなのかもしれませんが・・・』


 その場合、リリエラの黄金都市伝説は後世に大袈裟に伝わったものと考えられる。

 つまり、当時としては大き目の都市だったものが、語り伝えられる過程で話が膨らんで、いつしか黄金都市なんて大袈裟な名前で呼ばれるようになった――そういうオチなのかもしれない。


『――なるほど』

『一応、何かの手がかりになるかもしれないと思って、いくつか目に入った物を持って帰りましたわ。カーチャお願い』

『これですね。よいしょ』


 カーチャは操縦席に上ると、麻布に包まれたガラクタを下ろした。


『一応文字っぽい物や記号が書かれたものを選んで持って帰ったのですわ』

『・・・拝見します』


 マイラスは手袋を着けるとティトゥのかき集めたガラクタの山に向き直った。


『これは・・・ 以前に見た遺跡に書かれた文字と似ている気がしますね。古代文明の文字かもしれません』


 マイラスは小さな石像?に書かれた文字を指でなぞった。


 この大陸は大昔に一度、大ゾルタ帝国に統一されている。

 その時言語は統一され、今まで各地で使われていた言葉や文字は消滅してしまったそうだ。

 この石像?に書かれた文字は、大ゾルタ帝国以前の古代文明の文字なのかもしれない。


 マイラスはガラクタの一つ一つを丁寧に布で拭って、丹念に見ていった。

 その真剣な顔は、まるで美術品を鑑定する鑑定士のようだった。

 そしてティトゥはどことなく居心地が悪そうにしている。

 君は風呂敷に包んで乱暴に持ち運びしていたからね。気持ちは分かるよ。


『これは』


 マイラスが目に留めたのは小さな小鉢だった。

 陶器の小鉢で、鮮やかな青い染料で可愛い花柄が描かれていた。


『それはカーチャのお土産に拾って帰ったのですわ』

『私にですか?』


 その小鉢には文字も記号も描かれていない。

 純粋に可愛らしい柄だったのでティトゥの目に留まったのだろう。


『これが何か知っていて言っているのですか?』

『? 何か特別な用途に使う小鉢ですの?』


 マイラスは小さくかぶりを振った。


『知らなかったんですね。これを六大部族の所に持って行けば、彼女に王族が着るようなドレスがプレゼント出来ますよ』

『えっ?』


 マイラスは小鉢をそっとテーブルの上に置いた。

 彼の指先は興奮に震えていた。


『間違いなくこれは東方陶器(・・・・)です。それもランピーニの作ったいわゆる聖国陶器(・・・・)じゃない。本物の東方陶器(・・・・・・・)です。もしこの小鉢がひとセットあれば、王都に屋敷が建ちますよ。これひとつだけでも出す所に出せばどれ程の値が付くか』


 驚きに誰かの喉がゴクリと鳴った。




 東方陶器は元々は遠い東の国からもたらされた器で、貴族達や富豪に珍重されていたそうだ。


『しかし現在は東の海の先はこの世の果て――魔境となっているため、完全な形で現存する東方陶器は存在しないとされています』


 ちなみに現在の東方陶器はランピーニ聖国で作られたもので、ランピーニ聖国は東方陶器の破片から長年の研究の結果、独自の方法で東方陶器を再現する事に成功したんだそうだ。

 再現された聖国陶器は各国に輸出され、聖国の国庫を潤すと共に、他国の貴族達に非常に珍重されている。らしい。


『聖国陶器にはそんな由来があったんですのね』


 感心するティトゥ。

 マイラスは『いや、何で貴族の当主のあなたが知らないんですか?』と言いたげな表情を浮かべた。

 カーチャは『あの食器がそんな大変な物だったなんて』と固まっている。

 君、来客の時に普通に聖国陶器でお茶を淹れていたからね。

 元々高価な物とは知っていたとはいえ、その価値を正しく理解して、今更ながら冷や汗をかいているようだ。


『東方陶器は当時でも貴族や富豪に珍重されていたそうです。私も実物にお目にかかるのは初めてです』


 どうやら現存する東方陶器は本当に希少なようだ。

 思わぬお宝を前にマイラスも興奮が隠せないのだろう。

 彼は鼻息も荒くティトゥに詰め寄った。


『この小鉢を見つけた場所に、他に東方陶器――陶器の欠片はありませんでしたか? 割れた物でも欠けを補って再現出来れば欲しいという者はいくらでもいますよ』

『確かに割れた陶器もありましたわ。けど、どれが東方陶器かは私には分かりませんの』

『あったんですね?! ・・・ゴホン。大変失礼しました。つい興奮してしまって』


 マイラスは一つ咳をして引き下がった。

 頭を冷やして冷静になろうとしたのだろう。彼はカーチャの淹れてくれたお茶を一口飲んだ。

 しかし彼の余裕は次のティトゥの一言でアッサリと覆される事になった。


『でも、それを見つけた場所に同じような小鉢がいくつもあったので、他にも東方陶器があるとは思いますわ』

『ブフーッ! ゴホッ! ゴホッ!』


 鼻を押さえて咳き込むマイラス。

 むせて鼻にお茶が入っちゃったんだな。あれって地味に痛いよね。お気の毒さま。 




 ティトゥが言うには、この小鉢と同じような陶器は他にも残っていたそうだ。

 大半は割れていたものの、無事な物も結構あったらしい。

 割とキレイだったものをカーチャのお土産に頂いて帰ったらしい。


『なっ! ならセットで残っている可能性もあるかもしれません! いくつ残っていたか覚えていませんか?!』

『さあ。三つ四つはあったと思いますわ』


 マイラスが言うには、東方では吉数(きっすう)といって特定の数字が縁起の良い数として好まれていたらしい。


『大体五~八までが良いとされていたみたいです』


 逆に忌み数(いみかず)といって不吉な数もあって、四とか九とか十がそれにあたるらしい。

 てか東方ってまるで日本みたいだね。


『もし同じ小鉢が五つ揃えば、セットとしてさらに価値が上がるはずです』


 カーチャが『ひょっとして王都にお屋敷が建っちゃうんでしょうか?』と、ゴクリと喉を鳴らした。

 

 マイラスは少し目を伏せて考えていたが、やがて顔を上げると真剣な面持ちでティトゥに尋ねた。


『・・・よろしければ、私をその廃墟まで連れて行ってもらえないでしょうか?』


 ティトゥは少し迷った様子で僕を見上げた。


『ヨロシクッテヨ』

『感謝します』


 深々と頭を下げるマイラス。


 何といえばいいか、さっきのマイラスの表情は、どことなくチェルヌィフ商人のシーロが時々見せるあの顔に似ていた気がしたのだ。

 ”困難な仕事に挑む男の顔”とでも言えばいいのかな。

 とにかく僕は、今の彼なら信用出来るような気がしたのだ。


『ハヤテがいいなら私も問題ありませんわ』

『では明日にでもお願いします』


 こうして僕達は明日、マイラスを連れて廃墟の町に行く事に決まったのだった。

次回「廃墟の町」

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― 新着の感想 ―
[一言] ポンペイの様に逃げ出す間もなく滅びたりしないかぎりは 金銀財宝が残されているなんて事はありえませんからね
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