その21 砂漠の巨石
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チェルヌィフ王朝の王都ザトモヴァー。
王都を見下ろす王城の一室で、ベネセ家当主エマヌエルは部下からの報告を受けていた。
「サルート家に謀反の動きがあります」
各部族の情報筋から、現サルート家当主イムルフ・サルートが、ベネセ家討伐の動きを見せているという連絡があったのだ。
「謀反か。それを言うなら我々の方が謀反人という事になるだろうな」
エマヌエルの指摘に、思わず目を逸らす部下の男。
武力で現体制を打倒し、何の資格も無く今も王城を占拠しているベネセ家こそ、国家に対する反逆者と言っていいだろう。
返事に詰まってしまった部下に対し、エマヌエルは軽く手を振った。
「戯言だ。報告を続けろ」
「・・・はっ。現時点でサルート家当主が接触したのは帆装派の二部族。それと隊商派の親帆装派寄りの六部族となります」
有力な六大部族が複数の部族を束ねる戦車派や帆装派と異なり、隊商派は小さな部族ごとに分かれていて纏める者はいない。
これは隊商派の部族が、砂漠の周囲と砂漠に点々としか存在しないオアシスに居を構えているためである。
部族が纏まろうにも、オアシスの間に横たわる砂漠が、その行為を物理的に阻んでいるのだ。
部下の言葉にエマヌエルの弟、マムスが「はんっ!」と鼻を鳴らした。
「帆装派が俺達ベネセ騎士団に戦を挑むって? やれるものならやってみやがれ! 返り討ちにしてやるぜ!」
どちらかといえば商人気質の帆装派に対し、戦車派は武断派で知られている。
中でも帝国との国境であるブラフタ平原に接するベネセ家は、長年帝国と激しい領土争いを繰り返していた。
「帆装派ごとき烏合の衆。俺が出るまでもないだろうよ」
「そうか? あちらにはレフドが付いていると言うぞ」
兄の指摘にマムスはいかつい顔を歪めた。
戦車派の一角ハレトニェート家当主レフド・ハレトニェートは、マムスと同年代の優れた武将だ。
帝国との戦でも数々の輝かしい武勲を上げている。
その能力はマムスと互角とも噂され、昔から二人は常に互いをライバルとして意識していた。
いや、今ではそう思っているのはマムスだけかもしれない。
レフドは婿養子とはいえ六大部族ハレトニェートの現当主。
片やマムスは当主の弟。ベネセ家の騎士団長でしかない。
武将としての能力は互角でも、その立場はとても対等とは言えなかった。
「レフドはイムルフの叔父だからな。こちらの味方に引き入れられなかったのは惜しいな」
「あんなヤツ必要無いぜ! 女に取り入って当主になったような男だぞ!」
マムスの言葉は嫉妬による偏見を含んでいる。
彼は以前からレフドに対して、密かに強い劣等感とどす黒い嫉妬を覚えていたのだ。
先代のハレトニェートの当主は、レフドの優秀さを見込んで娘婿に迎え入れたいと考えていた。
レフドの方は「私は戦以外に取り柄のない男ですから」と固辞していたのだが、ハレトニェートの当主の座まで提示されては、彼の気持ちはともかく、サルート家としては承知しない訳にはいかなかったのだ。
こうしてレフドはハレトニェート家の娘婿に迎え入れられた。
実際の政務は妻であるハレトニェート夫人が行っているが、意外な事に夫婦仲は大変良好らしい。
これは妻に引け目のあるレフドが、何くれと彼女に気を配り、大切にしているせいなのかもしれない。
「仮に烏合の衆でも、レフドが率いるとなれば話は別だ。分かった。俺の方でも何か手を打っておこう。マムス。念のため軍をいつでも動かせるようにしておけ」
「・・・ああ。分かった」
この時、エマヌエルは弟の返事の歯切れの悪さに何か引っかかりを感じた。
しかし彼はその違和感をすぐに忘れてしまった。
彼の前には仕事が山積みで、弟に気を配っている余裕が無かったためである。
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今日も僕はティトゥと共に、黄金都市リリエラの探索のため、砂漠の上を飛んでいた。
調査飛行は順調に進んでいる。と思う。だったらいいな。
現在はステージの町を中心とする400km×500kmの範囲を全て網羅している。
今日も”H9””H8””H7”のブロックの調査をし終えた僕達は、本日最後の調査範囲となる”H6”ブロックの上空へと差し掛かっていた。
『この辺りは岩山が多いですわね』
砂漠は基本的に変化に乏しいのだが、辺り一面見渡す限りの砂の海、といった場所は実はそう多くは無い。
大抵は岩場だったり荒地だったりで、いわゆる砂砂漠は割合としては一部に限られているようだ。
ティトゥの言った岩山は山脈と呼べる規模で、南北に横たわるようにそびえ立ち、カルーラ達のステージの町と隣町のデンパシーとの交通を遮断しているらしい。
『コウド アゲル』
『りょーかい。ですわ』
現在の高度は2000m。
山脈の中でも最大の山は2000mを軽く超えている。
長時間の高高度飛行はティトゥの体にかかる負担が心配だが、やむを得ない。
僕は4000mまで高度を取る事にした。
一番高い山の峰を越えた辺りで、ティトゥが山の尾根を指差した。
『あっ! 今、あのあたりでチラリと丸い岩が見えましたわ!』
えっ? マジで? どこどこ?
丸い岩といえば隊商の案内人から聞いた、黄金都市リリエラのヒント――かもしれない建造物?だ。
この高度でティトゥに見えたという事は、かなりの大きさと見て間違いないだろう。
ただの岩とは思えない。
退屈な調査飛行の中、ようやく訪れた変化に僕は色めきだった。
『マジですわ。あの山の影に隠れて見えなくなってしまいましたわ』
ふむ。あの山の向こうか。
僕はチラリと計器盤の数値に目をやった。
方角から考えて、あの辺りは多分、”I5”と”I6”のブロックの境目くらいか。
明日の調査予定の場所だ。
だったら明日にして、今日はこのまま”H6”の調査を続けるか。
・・・いや。
『イワ ムカウ』
『りょーかい! ですわ!』
今すぐ確認に向かえば、日が残っているうちにステージの町に帰り着く事が出来るはずだ。
というよりも、もしこのまま帰ったら、今夜は気になって一睡も出来ないに違いない。まあ、僕は寝ない体なんだけどね。
仮に巨石がリリエラに無関係だったとしてもそれはそれ。
今の僕達に必要なのは変化。
この不毛な景色に、僕もティトゥも心底飽き飽きしていたのだ。
それにもし何も無かったとしても、明日の調査をこの”H6”から始めればいいだけの事だ。
念のために今の時間を確認してから、僕は北西に機首を向けるのだった。
山の尾根を越えるとすぐにティトゥの言っていた大岩が目に入った。
なる程。確かに丸い岩だ。
ここからでも見えるくらいだからかなりの巨石だろう。
直径100mは軽く超えているはずだ。
丸と言ったけど真円ではなく、縦に潰れた楕円型をしている。
こうして見ていると、巨大な貝のようにも見えなくもない。
キレイに丸く整えられた形は、確かに人の手が入っていると言われてもおかしくはない。のかもしれない。
そんな丸い岩が山裾と山裾の間に挟まれた砂漠に、ポツンとひとつ、不自然に存在していた。
僕は岩の上空を軽く旋回した。
近くで見てもただの岩だ。
加工した跡もこの距離では特には見当たらない。
これ以上は近くに降りてティトゥに確認してもらうしかないのかもしれないね。
『建物ですわ!』
えっ? ティトゥ、どういう事?
僕は慌てて岩を見直したが、どこにも建物らしき形跡は見つからない。
どこどこ? どこが建物だって?
『そっちじゃないですわ! あちらですわ!』
ティトゥが指差したのは丸岩の先。
そこには砂に埋もれた小さな岩がポツポツと並んでいた。
いや、違う。あれは――
『ハヤテ!』
「了解!」
僕はティトゥの指示を受けて、急遽着陸出来る場所を探した。
不規則な間隔で無数に並んだ四角い岩。
そう。あれは半ばまで砂に埋もれた建物の天井だったのだ。
調査を始めて約二週間。
僕達は遂に廃墟となった町を見つけたのだ。
次回「小鉢」