その18 カーチャ 前編
次の話はこの作品の通算300話目となります。
それを記念して、今朝は二話同時に更新しています。
読み飛ばしにご注意下さい。
今回の話は、前回の話の数日前から始まる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ハヤテとティトゥによる伝説の黄金都市リリエラの探索が開始された。
今はまだ下調べの段階だが、この砂漠の規模が分かれば本格的な調査に移るのだという。
ハヤテの姿が空の彼方に消えると、カズダ家の使用人達は屋敷に引き上げていく。
テントの中はメイド少女カーチャだけが残された。
ティトゥは彼女にカズダ家の屋敷で自分の帰りを待つように言ったのだが、カーチャは頑として譲らなかったのだ。
「いつティトゥ様がお帰りになってもいいように、私はハヤテ様のテントでお待ちしております」
どのみちカズダ家の屋敷にいてもカーチャの仕事は無い。
一人では居辛いのかもしれない。
ならテントで待っていて貰ってもいいか。
ティトゥはそう考えてカーチャの自由にさせたのであった。
ハヤテが飛び立つと、テントの前には町の人間が露店を広げ始めた。
手際の良く次々とテントが組み上がっていく様は、まるで魔法を見せられているみたいだ。
カーチャは興味深く目の前の光景を眺めていた。
「カーチャ、遊ぼう!」
「またお話して!」
「ハヤテ様のお話がいい!」
ここには子供連れで露店を開く者も多い。
そんな子供達にとって、貴族家のメイドを務めるカーチャは憧れのお姉さんだった。
子供達は興奮に頬を染めてカーチャにまとわりついた。
「ゴメンなさいねカーチャ。子供の相手をしてもらって」
「いいんですよ。私、子供の相手は慣れてますから」
子供達の親にとって、カーチャはこれ以上ない程身元のしっかりとした、信頼できるベビーシッターといえた。
そして兄弟の多いカーチャにとっては、年下の子供の面倒を見るのは手慣れたものだ。
カーチャはティトゥが戻って来るまでの時間を、子供達の面倒を見ることで潰していた。
その日の午後、カーチャはさっきよりも男の子の人数が少ない事に気が付いた。
「男の子達はどうしたのかな?」
カーチャの問いかけに顔を見合わせる女の子達。
近くでテントを組んでいた男が彼女の疑問に答えてくれた。
「いないのは野菜を売ってるウチのヤツらだな。ハヤテ様のおかげで売り切れたんで畑まで取りに戻っているんだよ。男の子はその手伝いだ」
日本なら法律で労働を禁じられているような幼い子供でも、この世界では当たり前のように働かされている。
カーチャも元々はマチェイの村娘だったので、子供の労働自体には特に思う所は無かったが、荷物持ちと聞いて驚きに目を見張った。
「小さな男の子まで荷物を運んでいるんですか?」
「あー、アンタの言いたい事は分かるよ。確かに子供の運べる荷物などたかが知れているからな。かと言って荷車を使えばそれはそれで勿体ないんだよ」
「?」
荷車は貸し出し式で、使用の際には車税がかかってしまうのだという。
たかの知れた額だが、彼ら農家はそのお金を惜しんでいるのだそうだ。
「でも、少々お金を取られても、荷車で大量に運び込めばそっちの方が得じゃないでしょうか?」
「ああ。だから俺達はそうしている。ホラあそこを見てみな」
男が指差した先には大きなテントがあった。
「あそこは俺達農家の共同テントなんだ。ここに並び切らない商品はあそこに置いておいて、取られないように交代で見張るようにしているんだ」
「だったら――」
「けどそれは芋や豆なんかの保存の利く商品だけだ。生の果物や生野菜はこの暑さで直ぐにダメになってしまうんだよ」
荷車で大量に運べば、当然、運送コストは安くつく。
しかし、冷蔵庫も無いこの世界では、果物や野菜のような足のはやい商品は暑さで直ぐに悪くなってしまうのだ。
そのため少量ずつ細々と持ち込んでは売り切るしか無く、そうなると荷車にかかる車税が足を引っ張ってしまう。
「暑い土地で商売をする者が抱える共通の悩みってヤツだ。誰もが手間だと思っているが、こればっかりはどうにもならないのさ」
「そうなんですか・・・」
カーチャはこの場にいない男の子達の顔を思い出していた。
まだ幼い子供達だ。そんな彼らが大人達に混じって長い距離を重たい荷物を運んでいるという。
カーチャの胸に小さな痛みが走るのだった。
ティトゥが戻って来ると、カーチャは彼女の世話にかかりきりになる。
汗を拭くタオルを出したり、夕食前に軽く摘まめる食事を用意したりするのだ。
ティトゥはカズダ家で出される料理を苦手としているらしく、失礼にならない程度に事前にお腹に食事を入れておく事が多かった。
自分の主が村娘のようにはしたなく手づかみで食事を摂っている姿を、カーチャはジト目で見つめた。
「・・・こんな場所でテーブルマナーを求められても無理というものですわ」
「おっしゃる通りだと思います。ですが、せめて口の中の物を飲み込んでからお話し下さい」
テーブルマナー以前の問題だった。
ティトゥはこれまたはしたなく、口の中の食べ物をコップの水で喉に流し込むと、お手洗いに行くために席を立った。
最近のティトゥは、口うるさいユリウス元宰相の目が届かないのをいいことに、どんどん奔放になっていくようだ。
カーチャは主のマナーの矯正に頭を痛めていた。
ティトゥがいなくなるとカーチャは小さくため息を吐いた。
メイド少女のいつになく沈んだ様子をハヤテが見とがめた。
『ティトゥ。シンパイ?』
『あ、いえ、確かにティトゥ様も心配ですが、今のはそういうため息じゃないんです』
カーチャは昼間聞いた話をハヤテにした。
『自分の一番下の妹と同年代の男の子達でした。そんな子達が重たい荷物を運んでいるって思うと・・・』
考えてもどうにもならない問題というのは分かっている。
しかし、カーチャは幼い男の子達を故郷の幼い兄弟達と重ねてしまった。
郷愁と同情が入り混じった複雑な感情が彼女の心を締め付け、ついため息をつかせてしまったのだ。
『・・・ハナシ、クワシク』
『えっ? あ、はい』
カーチャはハヤテに請われるまま、彼らの現状を知る限り詳しく説明した。
ハヤテは少し考えた後で、『カレラニ、オシエル』と言って、ある事を教えてくれた。
カーチャは熱心にハヤテの説明に聞き入った。
そして話を最後まで聞き終えた時――
彼女は内容が理解出来ずに訝しそうな表情を浮かべた。
『ええと、本当にそんな事でいいんですか?』
『ヨロシクッテヨ』
どうしてそうなるのかさっぱり分からないが、ハヤテがそう言うのならそうなるのだろう。
この一年の付き合いで、流石にカーチャも割り切る事が出来るようになっていた。
ここでティトゥがテントに戻って来たので二人の話は終わりとなった。
カーチャはさっき聞いた説明を忘れないように、頭の中で繰り返すのだった。
翌日。ハヤテがティトゥを乗せて飛び立つと、いつものようにテントの前に露店が開き始めた。
「カーチャ! 遊んで!」
「私も!」
カーチャは集まる子供達に「少し待ってね」と声を掛けると、キョロキョロと辺りを見回した。
「あ。いた」
彼女が見つけたのは、昨日の昼間姿を見かけなかった男の子だ。
野菜の露店をしている家の子供である。
「ちょっといい? あなたのお店に案内してくれないかな?」
「いいよ! こっち!」
男の子は驚いた様子だったが、カーチャを自分の露店に案内出来るのが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべて彼女の手を引っ張った。
カーチャは大勢の子供達を引き連れたまま、男の子の案内で彼の母親が開いている露店に向かうのだった。
「いらっしゃい。何かいるかい?」
男の子の母親は愛想よくカーチャを出迎えた。
恰幅の良い「田舎の女将さん」といった感じの女性だ。
彼女の前にはいくつか木箱が置かれていて、その中にはそれぞれ違う野菜が入っている。
キュウリのような野菜、瓜のような野菜、それと葉野菜。それぞれが二~三種類。
なる程。どれも水分が多く、足がはやい野菜である。
カーチャはそれを確認すると、緊張にゴクリと喉を鳴らした。
「あの、ハヤテ様から聞いた話があるんですが、このお野菜で確認してみてもいいでしょうか?」
予想外の提案に女将の眉がひそめられた。
「試す? ウチの売り物で何をしようって言うんだい?」
「あ、いえ、野菜をダメにしようと言うんじゃないんです! ハヤテ様のおっしゃる通りになるならむしろその逆のはずで!」
要領を得ない説明にますます警戒を深める女将。
とはいえそれも仕方が無いだろう。話を持ち掛けたカーチャ本人が実は良く分かっていないのだ。
この騒ぎに周囲の露店の人達がぞろぞろと集まって来た。
「一体何事だ?」
「ハヤテ様がどうしたって?」
「ハヤテ様が野菜を欲しがっているのかい?」
このままだと何だか良く分からない話になってしまいそうだ。
カーチャは慌てて女将に頭を下げた。
「お店に迷惑はかけません!(・・・多分) だから協力して下さい!」
そんな彼女の姿に周囲の野次馬達から同情の声が寄せられた。
「事情は知らないけど、この子にはいつもウチの娘が世話になっているんだ。どうだろう女将さん、俺の顔を立てて頼みを聞いてやってはくれないだろうか?」
「そうそう。アタシ達の儲けもハヤテ様あっての事だ。そのハヤテ様のお世話をしている子が頭まで下げているんだ。聞いてやらないのは不義理じゃないかい?」
「アンタ達他人事だと思って・・・ はあ。まあいい。私に迷惑はかからないんだね? だったら協力してあげるよ」
女将は周囲に説得されて渋々協力を約束した。
パッと明るい笑顔を見せるカーチャ。
女将は少しばかり気まずさを覚えながらカーチャに尋ねた。
「それで? 私は何をすればいいんだい?」
「ちょっと待っていてください!」
カーチャは人混みをかき分けながらハヤテのテントに駆け戻った。
しばらくして戻って来た時、彼女は植木鉢のような形の大きな素焼きの壺を両手に抱えていた。
良く見ると大きな壺の中には一回り小さな壺が入っている。
「少し準備があるのでもう少しだけ待っていてください」
「そりゃあ構わないけど、その壺で一体何をするつもりなんだい?」
カーチャは壺を置くと、中の壺を取り出した。
「ハヤテ様は”ポットインポット・クーラー”と言っていました」
「ポットイン・・・何だって?」
次回「カーチャ 後編」