その17 謎の巨石
僕達が砂漠で見つけた小規模な隊商。
どうやら彼らは水が不足していたらしく、ティトゥがお土産に買っていたヤシの実を渡すと、貪るように果汁を飲み始めた。
確か、ココナッツジュースはミネラルを豊富に含み、スポーツドリンクとしての効果もあるんじゃなかったっけ?
低糖質でミネラルとビタミンが豊富。健康志向の女性に大人気、とか何とか。
今の彼らの様子から見て、真水を飲んでも体に吸収されなさそうだから丁度良かったんじゃないかな?
人間の体は、汗をかいて塩分が失われた状態で真水を飲んでも、血中のナトリウム濃度を下げないために、せっかく飲んだ水を余分な水分として排泄するらしい。
だから脱水症の人には真水ではなく、食塩とブドウ糖を混合した経口補水液を飲ませなければいけない。と、家庭の医学番組で観た覚えがある。
こっちとしては、たまたま余分な水の持ち合わせが無かっただけなんだけど、その代わりにココナッツジュースという天然のスポーツドリンクが手に入ったんだから、彼らにとってはラッキーだったんじゃないだろうか。
『冷たくて美味い!』
『ああ、ありがてえ! これならいくらでも飲めるぜ!』
ああそうか。そのヤシの実はさっきまで高度2000mで運ばれていたからね。彼らにとってはいい感じに冷えているように感じられるわけか。
ヤシの実にナイフを突っ込んだ若い男が、中年の男に止められた。
『気持ちは分かるが今は止せ。腹を下すだけだ』
どうやら若い男はヤシの実を割って中身を食べようとしていたようだ。
ヤシの実のココナッツミルクは脂肪を多く含み、ココナッツオイルの原料になる。
そのまま食べても美味しいらしいが、さっきも言った通り脂肪分を多く含むため、脱水症状の時に食べるには胃腸に負担が大きいだろう。
中年の男が止めたのも当然だよね。体が弱っている時に脂っこいものを食べたらお腹を壊すに決まってるし。
若い男は残念そうにヤシの実を籠の中に戻した。
『オーナー。ヤシの実の果肉は乾燥させれば売りものになりますよ』
『そうか。後で集めておけ』
飲んだ後の殻にも使い道があると聞いて、商人はホクホク顔だ。
彼は満面の笑みをたたえてティトゥに向き直った。
『いやあ、助かりました。隊商道をはぐれて難儀していたところなのですよ。あまりお見かけしない格好をされておりますが、一体何をされている方ですかな?』
ティトゥの服装は今までこの世界には無かった飛行服だからね。
あまりどころか全くお見かけしない格好だと思うよ。
商人はティトゥに話しかけながら僕の様子もチラチラと窺っている。
謎の巨大飛行物体だからね。彼が気にする気持ちも分からないではないかな。
『私達はミロスラフ王国の竜 騎 士ですわ!』
『竜 騎 士?』
訝しそうな表情で互いに顔を見合わせる男達。
どうやら彼らは竜 騎 士の噂を聞いた事がないみたいだ。
そして微妙に気まずそうにするティトゥ。
ティトゥ渾身のドヤ顔、今回は空振りするの巻。
『そうですか竜 騎 士様。ヤシの実の代金はこちらでよろしいでしょうか?』
ダメだと言っても君らもう飲んでるじゃん。
とはいえ彼がティトゥに渡したお金は、明らかに買った時の値段よりも多かった。
結構奮発した所を見ると、ティトゥの覚えを良くしようと思ったのかもしれないね。
とはいえ、ティトゥとしては別にいくらでも良かったんだろう。
お金を受け取ると、ロクに確認もしないまま僕の中にしまい込んでしまった。
ちょっと残念そうにする商人。
まあ日頃、ティトゥは領地経営で巨額の金銭を動かしているからね。今更ヤシの実ひと籠の値段で儲けが出たくらいでは喜びはしないよね。
その時、この隊商の隊長っぽい人がティトゥに声を掛けて来た。
『済まないが、近くの町までどのくらいあるのか教えてもらえないか?』
そういやさっき商人が、隊商道をはぐれて難儀していたところ、って言ってたっけ。
このまま東に真っ直ぐ進めば、ラクダの足でも多分明日にはオアシスの町ステージが見えて来るはずだ。
そうティトゥに説明されて、彼らの顔に喜びの笑みが浮かんだ。
『そうですか! そうですか! いやあ、正にあなたは幸運の女神だ!』
やけにテンションの高い商人に詰め寄られて、若干迷惑そうなティトゥ。
君の気持ちも分かるけど、彼らの気持ちも分かってあげなよ。
『もうこれで用事はありませんわね。失礼しますわ』
ティトゥは踵を返すと、そそくさと操縦席に逃げ込んだ。
『ボソッ(何日も体を拭いていないみたいですわ)』
ああ、嫌がってたのはそっち。
商人のテンションに付いて行けずに困ってたのかと思ってた。
どうやらティトゥは彼らから漂う体臭が気になっていたようだ。
とはいえ、こんな砂漠を旅している最中にお風呂に入るわけにもいかないからね。少々匂っても仕方が無いんじゃないかな?
『ちょっと待って下さい』
彼らの中でもひと際肌が浅黒く焼けた中年男が前に出た。
『さっきの話ですが・・・ 伝説の都市リリエラに関係するかどうかは分かりませんが、仲間の案内人から聞いた話で、ちょっと気になっていたものがあります。そいつが以前砂漠で迷った時の話ですが――』
彼はこの隊商の案内人だそうだ。
彼の案内人仲間が以前、砂漠で遭難した時、遥か遠くに巨大な丸い岩を見たのだという。
その謎の巨石は砂の上にポツンと存在していたそうだ。
その不自然さに、彼は何者かが作った物ではないかと思ったらしい。
非常に興味を引かれたものの、今は絶賛遭難中でそれどころではない。
彼は遠目に見ただけでその場を通り過ぎたんだそうだ。
『その場所は分からないんですの?』
『ステージからデンパシーに向かう隊商道の途中、と聞いています。詳しい場所までは流石に』
道に迷った時に見たそうだからね。そりゃあ詳しい場所までは分からないか。
それにしても巨大な丸い岩か。
もしそれが人工物なら、そこには町があるのかもしれない。
ひょっとしたらその町こそが今は滅んだ伝説の黄金都市リリエラなのかも・・・
『役に立つ話かどうかは分かりませんが』
『そんな事はありませんわ』
そうだね。ぶっちゃけヤシの実の代金なんかよりも、今の話の方が僕らにとっては何倍も嬉しかった。
『それでは今度こそ御機嫌よう』
『ゴキゲンヨウ』
『あ、ハイ。お気をつけて』
歯切れの悪い返事を返す商人。
喋る謎存在に挨拶をされて戸惑っているようだ。
僕はブーストをかけて荒地を疾走。
『『『『おお~っ!』』』』
隊商の男達のどよめき声を背に空へと浮かんだ。
『伝説の黄金都市の発見に一歩前進ですわ!』
そうだといいね。
今日は休みにする、と決めた時には随分と文句を言われたけど、結果としては大収穫だったんじゃないだろうか。
ていうか、ヒントも無しに漫然と砂漠の上を飛び続けるのは精神的にキツかったからね。
探索の目印が出来てちょっとホッとしたよ。
僕は手を振る彼らに翼を振り返すと、オアシスの町ステージに帰るのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ティトゥからヤシの実を貰った隊商は、心ゆくまで喉の渇きを癒した後、夜までこの場所で休息を取った。
その後は夜を徹して東に進み、ハヤテの言った通り、翌日には無事に目的地であるオアシスの町ステージに到着したのだった。
商人は町の人間から、自分達を助けてくれたのがミロスラフ王国の貴族の領主とそのドラゴンである事を知らされた。
早速彼はお礼を言うためにハヤテのテントを尋ねたのだが、既に彼らは調査飛行に飛び立った後だった。
ガッカリする商人だったが、そこで彼は現在、ステージの町では竜 騎 士よりもカーチャが話題になっていると聞き、「それは一体誰なんだ?」と首を傾げる事になるのだった。
次回はその話。
次回はこの作品の通算299話目となります。
そのため明日の朝は299話・300話の二話同時に更新したいと思います。
次回「カーチャ 前編」