閑話1-3 カーチャの告白
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私の名前はカーチャ。昨年15歳になって成人しました。
現在私はマチェイ家のお屋敷でメイドをしています。
私の仕事は主にティトゥお嬢様のお世話をすることです。
お嬢様は美しい方であるだけでなく、私のような村民にも決して驕ることのない、お優しい方です。
マチェイでは使用人から村人まで、皆に愛されているご立派な方なのです。
しかし、お嬢様はその美しさから上士位であられるネライ卿という方に目をつけられ、何年も理不尽な要求をされ続けました。
お心を痛めるお嬢様のため、私は何があっても決してこの方のそばを離れまい、と、心に誓いました。
私がメイド長のミラダ様に厳しくされていると、料理人のテオドルさんなどは思っていらっしゃるようですがそれは間違いで、私自らがミラダ様に厳しい指導をお願いしたのです。
もし、お嬢様が望まぬ婚姻をされて元第四王子様の下に行かれても、私は一緒に付いて行くつもりなのです。
そしてもしそこで意地悪な元第四王子様がいくら私のあら捜しをしても何一つケチをつけられないようにして見返してやるのです。
決して私が原因でお嬢様が軽んじられるようなことだけはないようにしなければなりません。
そんな私ですが、今、私はお嬢様に対して絶対に明かすことのできない重大な秘密を抱えています。
いつこの秘密がお嬢様の耳に入るかと思うと、想像するだけで恐ろしさに胸が張り裂けそうです。
これはそんな私の罪の告白です。
この話をするには、まずは先月のとある日のことから始めなくてはならないでしょう。
その日私は厩で命じられたお仕事をしていました。
そこにティトゥお嬢様が駆け込んできたのです。
「お嬢・・・ティトゥ様、どうしたんですか?」
ティトゥお嬢様は自分がお嬢様と呼ばれることを好みません。
なんでも「もうお嬢様って年じゃないですわ」とのことです。
ティトゥお嬢様は手近にあった馬を繋ぐための丈夫なロープを手に取ると――
「ドラゴンよ! ドラゴンを見つけたのよ!」
とはしゃぎながら駆け出していきました。
いきなりのことに私はしばらくポカンとしてしまいましたが、すぐに正気に戻るとあわててお嬢様の後を追いました。
裏の森の中を走るティトゥお嬢様の姿を何度も見失いそうになりながらも、お嬢様の目立つレッド・ピンクの髪が目印になり、辛うじて付いていくことができました。
そして私がお嬢様に追いつき見たものは・・・
「ぎゃあああああ!!! ド・・・ドラゴン?!!」
それはお嬢様が言った通り、体長10mはあろうかという緑色をしたドラゴンだったのです。
最初は恐ろしいドラゴンだと思っていました。
でも、私達がいる時はずっと大人しくしていて声を出すこともあまりありません。
そう、このドラゴンは言葉を喋るのです。
お嬢様はこの言葉を”聖龍真言語”と名付けました。
私としてはもう少し分かりやすい名前でよかったんじゃないかと思います。
ドラゴン語とか。
一度そう言ったところお嬢様が「うそでしょう」といった傷ついた顔をしたので慌ててフォローしました。
いつもは尊敬する方ですがこういう所は少し面倒くさい人なんです。
お嬢様は自らドラゴンの世話をして、決して私の手伝いを許しません。
なんでも触れ合うことで心を通わせ、自分を認めてもらうつもりなんだそうです。
その時はお嬢様が何を望んでそんなことをしているのか理解できませんでした。
まさか貴族の令嬢が自分でドラゴンに乗って戦おうと思っていたとは・・・
そんなこと分かるわけないじゃないですかお嬢様。
お嬢様は毎日欠かさずドラゴンの世話をしに森に行きました。
丁度そのころお嬢様は婚約を破棄されたばかりで、ご当主様も含め屋敷のみんなはお嬢様に対して腫れ物に触るような態度で接していたため、この不自然な行動が周囲に詮索されることはありませんでした。
その後は戦争が始まりご当主様が出兵され、屋敷は常に浮ついていたため、やはりお嬢様の行動に強い関心を持つ者はいませんでした。
いつも私が付いているので信頼されていた。と考えるのは自惚れでしょうかね?
「名前を教えてもらう、ですか?」
「ええそうよ。存在が高位の生き物は、人間の住むこの低位の世界に存在するために世界に自らの真名を預けているの。
つまり彼らの存在の根源であり、彼らの一部である真名と世界と結びつける。それが彼らの契約なの。
その真名を人間に教えるということは、世界と契約するのと同様の契約をその人間と結んだということになるのよ」
何を言っているのかさっぱり分かりませんが、こういう時のお嬢様の言葉は深く考えないことにしています。
要はドラゴンさんに名前を教えてもらうために、お嬢様はこの一ヶ月毎日森に通ってお世話をしている、ということなんでしょうね。
正直最初はここまで続くとは思っていませんでした。
お嬢様にとって、それほど価値のある大切なことなんでしょう。
名前を教えてもらうことで契約になる、というのは理解できませんが、お嬢様とドラゴンさんの間ではきっとそういうことになるんでしょう。
このころになると流石に私もドラゴンさんに慣れてきました。
こんな大人しい生き物っているんですね。
そういえば彼は一体何を食べているんでしょうか。
お嬢様はいろいろと持ってきて食べさせようとしていますが、食べるのを見たことがありません。
一度ご当主様から頂いた成人祝いの宝石のブローチを持ってこようとしたことがありましたが、流石にそれは止めさせてもらいました。
もし、本当に食べられたらどうするつもりだったんでしょう?
ご当主様は悲しまれるし、そんなものを食べさせ続けていたらお屋敷が破産してしまいます。
丁度その時、お嬢様がお花摘みでこの場を外していたので、私はドラゴンさんに尋ねてみました。
「ドラゴンさんは日頃何を食べるんですか?」
ドラゴンさんはしばらく考えていた様子ですが、やがて珍しく返事をしてくれました。
『人間のころは普通に食べてたんだけどね、この身体になってからは航空燃料? ガソリン?』
やはり何を言っているのか分かりませんね。
でも向こうは私達の言葉が分かっているような感じなのです。
お嬢様は「知能が高いのですわ」って言ってましたが、頭が良いのなら私達の言葉で話して欲しいです。
『四式戦闘機はやっぱりハイオク燃料になるのかな』
「そういう名前(の食べ物)なんですか?」
『名前? 四式戦闘機のこと? う~ん、疾風って呼び方の方が一般的かな』
「?」
『疾風』
「ハヤテ?」
『そう。疾風』
「そう」は肯定の意味ですよね。
・・・・あれ? 今私何て言いましたっけ?
「そういう名前なんですか?」という私の質問に「ハヤテ」って答えてもらったんですよね。
これってお嬢様があれほど苦労してドラゴンさんに教えてもらいたがっていた名前なんじゃ・・・
「ハヤテが名前なんですか?」
『そうだよ』
「そうだよ」は「そう」の変化形。
・・・
じゃあこれやっぱりドラゴンさんの名前なんじゃないですか!
ドラゴンさん、あなた何サラッと大事なコト言っているんですか!
私の背中にいやな汗が噴き出しました。
何か言わないと。私が慌てて口を開きかけたその時――
「カーチャ、そろそろ帰りましょうか」
「きゃあああああああああ!!」
正直、その後は何と言って誤魔化したか覚えていません。
夕食の味も覚えていませんでした。
いつも美味しい夕食を作ってくれる料理人のテオドルさん、ごめんなさい。
後日、お嬢様はハヤテさんから正式に名前を教えてもらって無事に契約をしたそうです。
・・・でも私の方が先に名前を教えてもらっていたんですよね。
ハヤテさん・・・アナタ何をしてくれてるんですか。
いつかハヤテさんと私達との間で会話ができるようになった時――
『そういえば最初に名前を教えて契約したのはティトゥじゃなくてカーチャだよ』
とか言われてしまったらどうしましょう。
お嬢様は私を許して下さるでしょうか?
お嬢様はあの日から毎日、超ご機嫌にハヤテさんのお世話をしています。
・・・・・・
違うんですお嬢様! あれは、あれは事故みたいなものだったんです!!
閑話はここまでで、次の話からは第二章になります
次回「プロローグ 聖国の第八王女」