その15 探索一日目
今日から僕とティトゥの本格的な調査飛行が始まる。
ここはいつものテントの前。
詰めかけた黒山の人だかりの中、僕はティトゥが乗り込むのを待っていた。
そんな僕の目の前で、当主のエドリアさんが懸命にティトゥを止めていた。
『リリエラは伝説にのみ語られる都市です。悪い事は言いません。思い直し下さい』
エドリアさんは心からティトゥを心配している様子だ。
その表情からも、どうにかして今回の調査を思いとどまらせようとする気持ちが、痛い程伝わって来る。
『あなたは砂漠の恐ろしさを知らないのです。旅慣れた案内人ですら道を見失い、隊商を全滅させる事すら珍しくはありません。ましてやあなたとドラゴンの二人だけで調査に出るなどとんでもない。砂漠の知識も経験も無い外国人のあなた達だけで挑むなど、無駄に命を危険にさらすだけです』
彼の言葉は正真正銘のド正論だ。
でも、僕とティトゥは下調べのためにもう四日も砂漠を飛び回っているんだよね。
つまり彼の心配は今更になるわけだ。
それを知ってるカルーラは、何とも言えない表情で自分の兄を見つめている。
昨日、区分けしたブロックでは、このオアシスの町ステージはブロック”K9”に存在している。
今日はその周囲。”J10””J9””J8””K8””L8””L9””L10””K10”ブロックを調査する予定である。
『いきなりそんなに大丈夫なんですか?』
水運商ギルドのマイラスは心配性だな。
むしろ最初の方は楽だと思うよ。
調査範囲がこの町から遠ざかるにつれ、お目当てのブロックへの移動だけでも結構時間を取られちゃうからね。
例えば”B1”なんて、直線距離で約1100kmも先になる。
そうなると流石に別の町にベースを移さないと厳しいかもね。
最も、そんな海に近い場所に町が作られていたとは、ちょっと考え辛いけど。
『どうしてですの?』
う~ん、そうだね。
カルーラ、通訳よろしく。
「いいわよ、飛行機さん」
いささか根拠が薄いかもしれないけど、伝承では、”隊商は街道に列をなし”とあった。
海岸線に近ければ、むしろ街道よりも船を使った貿易の方が盛んになるんじゃないかな?
それに天変地異で町が崩壊した後に、生き残った人達がみんなあっさりと町を棄てたのもおかしな話だよね?
海に近いなら、漁師として町に残った人だっていたかもしれない。
なのに彼らの子孫が作った漁村、なんて話はどこにもないそうだ。
だから僕は、黄金都市リリエラは砂漠の中に作られた町だったんじゃないか、と考えたのだ。
「そうね。飛行機さんの言う通りだと思うわ」
『ハヤテは何て言っているんですの?』
カルーラから説明を受けて、ティトゥ達が『ほお~』と感嘆の声を上げた。
そんなに感心されると、ちょっと恥ずかしいね。
『ドラゴンとは随分と賢いのですね』
そっちかよ!
いやまあ、そう思ったのはマイラスだけで、ティトゥは純粋に僕の推測に感心したっぽいけど。
『ティトゥ様、ハヤテ様に水と食事を積み込み終わりました』
ティトゥのメイド少女カーチャが、操縦席の中で立ち上がった。
彼女は僕の胴体内にティトゥのお弁当と水を詰め込んでいたのだ。
『ではハヤテ、行きますわよ』
「了解」
カーチャと入れ替わるようにティトゥが操縦席に乗り込む。
さあ、長い調査の始まりだ!
テンションを上げて行こう!
テンションを上げて行こう!
そう思っていたころが僕にもありました。
現在、メチャクチャ退屈です。テンションだだ下がりです。
調査を始めてからそろそろ一時間。
ティトゥも変わり映えのしない景色に流石に飽きて、さっきからずっと欠伸をかみ殺している。
おっと、折り返し地点だ。
僕は翼を翻すと右に直角に曲がった。
100km進んでさらに右に。
さっきまでは南に進んでいた所を、今は逆に北に向かっている事になる。
眼下の景色は・・・岩だね。
さっきまでも岩。今も岩。多分この後も岩。
岩岩岩の荒涼たる岩石砂漠が遥か彼方まで広がっている。
テンションが上がらない事この上ないね。
計算上、高度2000m上空から地上を見下ろすと、地平線は約150kmとなる。
余裕を見ても大体一ブロックの範囲を網羅出来るという事になる。
町からスタートした僕達は、”J10”のブロックの周囲をなぞるように真っ直ぐに100km東に飛んだ。
そこで右折して100km南下。一ブロック分進み、そこで更に右折。
今度は西に向かって100km飛ぶと、更に右折。北に100km進んで今度は左折。
再び100km飛んで・・・を繰り返す事にした。
つまり僕は一筆書きで100×100の四角いブロックを網羅しようとしているのだ。
時速320kmで飛ぶと考えれば約一時間で二ブロック分調査出来る計算になる。
今日の予定は”K9”の周囲八ブロックなので、外周の合計距離は1900km。
約六時間の調査となる訳だ。
つまりはこの変わり映えのしない景色を後五時間・・・ 中々厳しいものがあるな、これは。
『話し相手にカーチャを連れて来ていれば良かったですわ』
そうだね。
僕が現地語をもっと流暢に喋れれば良かったんだけど、片言だから会話が続かないんだよね。
いやまあ、仮に喋れた所で、僕に女の子を楽しませるトークが出来るのかって話なんだけど。
う~ん。退屈ならティトゥは寝ててもいいよ?
僕はほら、眠らない体だし。
けど、こういう時の彼女は、「パートナーなんだから自分も見張りをしないと」とか考えちゃうんだよね。
弱ったなあ・・・
おっと、100km地点に到着。今度は左折、と。
今ので合計400kmか。つ・・・辛い。
◇◇◇◇◇◇◇◇
砂漠の空に日が傾く頃。
オアシスの町ステージの上空に、ヴーンというハヤテのエンジン音が鳴り響いた。
馴染み深いその音を聞きつけ、メイド少女カーチャが慌ててハヤテのテントから飛び出した。
彼女は主の帰りを待って、ずっとテントの中で待機していたのだ。
「皆さん! ハヤテ様が戻って来ました! 場所を空けて下さい!」
カーチャの声に空き地に露店を出していた町の住人達が、急いでテントを片付ける。
ハヤテは何度か町の上を旋回すると、やがてスルスルと広場に降り立った。
ハヤテの風防が開くと、ティトゥが力無く立ち上がった。
彼女は開口一番「冷たい水が欲しいですわ」と声を出した。
「お水ですか。こちらに」
「いえ、そういう意味ではありませんわ」
ティトゥはテントに戻ろうとするカーチャを止めると、フラフラとした足取りで町の井戸を目指した。
心配そうに主の後を追うカーチャ。
「どなたの物か知りませんが、この桶を借りますわよ」
ティトゥは井戸水を桶にあけると、冷たい水で顔を洗った。
「ふう・・・ 少しは目が覚めましたわ」
「お疲れ様です」
「疲れたと言うよりも退屈でしたわ」
ゲンナリとした表情のティトゥ。
活動的な彼女にとって、何も変わり映えのしない景色を眺めながらの調査飛行は、かなり精神的に堪えたようだ。
一度では足りなかったのか、再び顔を洗っている。
ハヤテはそんな彼女を見ながら、「ティトゥに反対されても明日の飛行は休みにしよう」と心に誓うのだった。
次回「砂漠の遭難者」