その13 伝説の都市を探して
かつてこの砂漠に栄えていたと言われている黄金都市リリエラ。
僕とティトゥはその黄金都市を探す事に決めた。
そうと決まればまずは情報収集だ。
ティトゥに頼まれて、カルーラの弟キルリアと二人の父親であり先代当主のアボリアさんが、僕のテントに呼ばれていた。
『この砂漠はその大半が人が住む事の出来ない荒れ果てた土地です。というよりは砂漠に点々と存在するオアシスを結ぶような形で隊商道が存在し、そこから外れれば文字通り命にかかわります』
『隊商道はほとんど砂漠と見分けが付きませんが、ベテランの案内人は豊富な経験と知識で決して道を見失うような事はありません』
『隊商には必ず専属の案内人を雇っていますが、商人の中には、個人で地図と情報を頼りに隊商道を行く者もいます。そういった商人が行方不明になる事故は決して珍しくはありません』
『町の近くや隊商道の近くは探索されていますが、広大な砂漠に対して我々が知る範囲は極々一部でしかありません。そういった意味では、砂漠はほぼ未探索の領域と言ってもいいでしょう』
ふむふむ。つまりはノーヒントという訳か。
黄金都市リリエラに繋がっていたと言われている街道跡とか、そういった情報は全然無いみたいだ。
そんなのがあったら、とっくに誰かが発見しているか。
やっぱり、砂漠をしらみつぶしに探すしかないようだね。
『結局、何も分からないのと同じですわね』
『お力になれずに申し訳ない』
申し訳なさそうにするキルリアとアボリアさん。
いえいえ、僕の方こそ、この話だけのためにわざわざ来てもらって済みませんでした。
何だか申し訳ありません。
このタイミングでテントの中に、カルーラと彼女の母親が入って来た。
『話は終わった? じゃあ買い物に行こう』
どうやらこの後、カルーラ一家は親子水入らずで町に買い物に出かけるみたいだ。
僕の所にはついでに寄ったらしい。あ、そう。
だったらさほど申し訳なく思う必要もなかったのかな。
『ではみなさん! お願いしますわ!』
ティトゥの掛け声で、カズダ家の使用人達が僕をテントから押し出した。
う~ん。今日もやたらと良い天気。
僕は暑さ寒さを感じないからいいけど、日に焼けた僕の機体を素手で触らないようにティトゥには注意しておいた方がいいかもね。
ティトゥの航空服は手袋付きだから大丈夫だと思うけど。
ティトゥはヒラリと操縦席に乗り込んだ。
『ハヤテ、行きますわよ!』
「了解! 前離れー!」
僕はエンジンをかけると広場を疾走。
ギャラリーに見送られながら離陸。
『『『『『おおーっ!!』』』』』
みんなのどよめきを背中に受けながら、雲一つない青い空に飛び立つのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「と・・・飛んだ!」
目を丸くして空を行くハヤテを見上げているのは三十歳前後のどこかくたびれた男。
水運商ギルドのマイラスである。
一人驚愕する彼を、周囲の野次馬は「何を当たり前の事を」と呆れている。
町の人間は皆、数日前にハヤテが芸術的な曲芸飛行をしたのを見ていた。
この町には今更ハヤテが空を飛んだだけで驚くような者は誰もいない。
そもそも相手はドラゴンなのだ。
ドラゴンなんだから空を飛んで当たり前。そこに驚く理由は特に無いだろう。
ただ一人カーチャだけがマイラスの驚きに納得していた。
(やっぱり見ただけでは、ハヤテ様の凄さは伝わらないんですね)
ハヤテは馬鹿げた能力を持つ、人知を遥かに超えた存在だ。
・・・が、その性格は温厚で、誰にとっても親しみやすい、極めて庶民的なキャラクターをしている。
人外の存在に対して、庶民的という表現もどうかと思うが。
そんなハヤテの偉ぶらない態度は、悪くすれば相手に侮られる要因にもなる。
カーチャは、マイラスがハヤテの印象に騙されたと知って、納得していたのだ。
マイラスは激しく混乱していた。
自分の発言がきっかけで、ティトゥはお宝探しを決意してしまった。
わざわざこうして見に来たのは、彼なりに今回の件に責任感を感じての事だった。
砂漠の探索というものは、決められた道をたどる隊商とはわけが違う。
道なき道を行く彼らに、砂漠はその牙をむき、容易く命を奪う。
調査隊には、まず何よりも命を託すに値する、信頼出来る案内人が必要だ。
この国に伝手の無い竜 騎 士は、その時点で苦労するに違いない。
それに彼らは砂漠で何が必要になるのかも知らないはずだ。
彼らに代わって物資を調達、調査隊の指揮を執る優れた隊長も必要だ。
マイラスは調査隊の足となるラクダ、保存食やテント等のキャンプ道具一式、土地に詳しく信頼できる案内人、等。様々な準備や根回しに奔走し、つい先ほどようやくそれらの目途を付けた所だったのである。
一見ドライな性格のようで、こう見えて案外、面倒見の良い男なのだ。
「まさか当主直々に、しかもドラゴンと二人だけで探索に出かけるなんて・・・」
もしマイラスが他人からこの話を聞かされたなら、きっと「砂漠を舐めるな!」と憤慨しただろう。
しかし目の前で見たハヤテが飛翔する姿は、圧倒的な力を感じさせた。
自分の理解を超えた存在に出会った時、人はこの時のマイラスと同じ気持ちを抱くのかもしれない。
(ひょっとして俺の付け焼刃の砂漠の常識など竜 騎 士にとっては取るに足らないもので、彼らにとっては伝説の黄金都市を見つけるなど造作もない事なのではないだろうか?)
マイラスはふとそんな思いに駆られた。
「・・・いや。流石にそれは無いか」
昔から、黄金都市リリエラに魅せられ、大金を投じて砂漠に大規模な調査隊を送った者達は数知れない。
彼らですら見つけられなかったものを、外国の貴族の娘がたった一人で見つけられるとは到底思えなかった。
「町に戻ったらまたお呼びがかかるだろう。その時にでも話を聞かせて貰えばいいか」
この時マイラスはふと疑問を覚えた。
そういえば竜 騎 士はいつ町に戻って来る予定なんだ?
調査隊も組まずに単独で向かった以上、それほど遠くまでは行かないだろう。
早ければ二~三日で戻って来るつもりかもしれない。
だったらそれまで宿屋で待機しておくか。
マイラスはそんな風に考えた。
まさかティトゥがこの日の夕食前には帰って来るとは思ってもいなかったのだ。
この時のマイラスはまだ分かっていなかった。
竜 騎 士は普通じゃない。
彼はじきにその事をイヤになる程思い知らされる事になる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ティトゥは終始ご機嫌だった。
『こうしてハヤテと飛ぶのも久しぶりですわ』
そういやそうか。オアシスの町ステージに着いてからは、一度もティトゥを乗せて飛んでなかったな。
唯一飛んだのは、この間レフド叔父さんを乗せて空中機動を披露した時だけだった。
ティトゥがご機嫌なのも当然か。
『あっ! 海が見えて来ましたわ!』
おっと、ようやく大陸の端まで来たか。
ここまで約三時間程。案外遠かったな。
丁度前方に村も見えるし、あの近くで休憩にしようか。
今日は南に向かって海に突き当たった所で西に折れる予定になっている。
その後は、時計回りに砂漠の周囲をぐるりと回る。
先ずはこの砂漠の広さを確認する所から始めないと話にならないからね。
『今日中に回れるかしら?』
それはどうだろうか。
この砂漠の大きさは知らないけど、流石に世界最大の砂漠、サハラ砂漠より大きいって事はないと思う。
確か二番目に大きいのがタクラマカン砂漠で、東西約1000km、南北約400kmだった記憶がある。
四式戦闘機の本来の航続距離は約1400km。今の強化された僕ならその倍は飛べるので、タクラマカン砂漠ならギリギリ一周出来る計算となる。増槽を使えばさらに余裕だ。
そして四式戦闘機の巡航速度は時速320km。つまりは約9時間以上もかかるわけだ。
もしこの国の砂漠がタクラマカン砂漠以下の大きさなら、今日中に一周するのは可能だ。
けど別に無理する必要はないんじゃないかな?
『ニシ、キョウ。ヒガシ、アシタ』
『そうですわね。半分ずつにしましょう』
ティトゥも納得してくれたようだ。
起点となるステージの町の位置が分からないから、キッチリ半分ずつとはいかないと思うけど。
こうして大体の砂漠の大きさと形が分かったら、次は砂漠全体を碁盤の目にブロック分けする。
外周に近い部分や、オアシスの周辺は十分に人目に晒されているから、調査から除外しても良いだろう。
隊商道の周囲も省けるか。
こうして人の手の入っていなさそうなブロックをえり分け、そこを重点的に調べれば、黄金都市リリエラを見付けられる可能性が上がるのではないだろうか。
ザックリとだが、これが今回、僕とティトゥが立てた調査計画となる。
『きっと見つかるに決まっていますわ!』
きっと見つかるに決まっているんだ。
ティトゥに自信満々にそう言われると、何となく見つかる気がして来るから不思議だよ。
『そして発見者である私達の名前を取って、この町はティトゥ・ハヤテと呼ばれるようになるんですわ!』
何でそうなるんだよ!
この町はリリエラだから!
ずっと昔からそう呼ばれていたからね?!
ティトゥの休憩を挟んだ後、僕達は時計回りに砂漠の外周を回った。
そして夕方には無事、オアシスの町ステージに戻るのだった。
次回「探索計画」