その7 ドキドキ絶叫ツアーへようこそ
テント前の露店がキレイに片付けられると、僕は護衛の騎士の人達の力を借りてテントの外に出た。
そんな僕達をこの町の苦労人当主エドリアさんがハラハラしながら見守っている。
『叔父上、本当にやるのですか?』
『面白いではないか。暴れ馬の乗りこなしは俺の得意とするところ。ドラゴンがいかほどのものか、今から腕がうずいて仕方が無いわ』
心配そうに僕を見上げるのはこの国の六大部族の筆頭、サルート家の若き当主イムルフ少年。
僕の操縦席には、同じく六大部族の当主で彼の叔父、レフド叔父さんが乗っている。
僕とのパートナー契約を望む彼に対して、僕が課した試練。
それは数々の強者達?を撃沈して来た、「ドキッ! ドラゴンと行く大空の旅! ワクワク曲芸飛行ツアー!」(仮)にチャレンジする事だった。
『要は自分を乗りこなせると証明してみせろと言うのだな。むしろ望む所だ』
我が意を得たり、とニヤリと笑うレフド叔父さん。
そしてティトゥはついさっきまでの怒りはどこへやら。今では気の毒そうな視線を彼に送っていた。
メイド少女カーチャは、『また後始末をする事になるんですね』と達観した表情で彼らを見守っている。
テンションだだ下がりの二人にカルーラが不思議そうな顔になった。
ティトゥが僕の翼の上に駆け上った。
操縦席を覗き込むとイスの安全バンドを引っ張り出す。
『では、安全バンドでイスに体を固定して下さいまし』
『おいおい。冗談じゃない。イスにべったり腰を下ろしたらバランスが取れないではないか』
レフド叔父さんは「分かっていないなあ」といった顔でティトゥの手を押しとどめた。
呆れてポカンと口を開けるティトゥ。
えっ? ていうかあんた、イスから腰を浮かせてバランスを取るつもりだったの?
今回僕は結構本気で飛ぶつもりだったんだけど。
飛行中に搭乗員にどれだけのGがかかると思っているわけ?
普通に頭を打って死んじゃうと思うよ?
ティトゥはレフド叔父さんを押さえつけると、無理やりベルトを締め付けた。
『おい! よさないか!』
『文句ならハヤテに言って頂戴! 言う事を聞かないなら挑戦させませんわよ!』
そこで僕に振りますか。まあ僕としても、いくら事故とはいえ貴族の当主を殺して揉めたくはないからね。
ここはティトゥの言葉に乗っておこうか。
『アンゼンバンド シメナイ ダメ』
『・・・それがそちらのルールであるならばやむを得んか』
渋々従うレフド叔父さん。
君、今、ティトゥに命を救われたって分かっているかな?
まあじきに分かると思うよ。
『終わりましたわ、ハヤテ』
『マエ、ハナレ! エナーシャ マワセ!』
ティトゥは風防を閉めるとヒラリと飛び降りた。
彼女が十分に離れたところで僕はエンジンを起動する。
バババババババ
回転するプロペラを物珍しそうに見つめるレフド叔父さん。
「試運転異常なし! 離陸準備よーし! 離陸!」
僕はブーストをかけると疾走。
地面を疾走する巨体と轟音に、周囲を取り囲んでいたギャラリーからどよめき声が上がった。
フワリ
タイヤが地面を切ると僕の体は空に浮かぶ。
さあ、いよいよ「ドキッ! ドラゴンと行く大空の旅! ワクワク曲芸飛行ツアー!」(仮)の始まりだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
広場の周囲に詰めかけたギャラリーからひと際大きな歓声が上がる。
ハヤテは雲一つなく晴れ渡った大空を、一直線に駆け上った。
彼のたてるヴーンという低いうなり声が空の彼方に遠のいて行った。
ティトゥはそんなハヤテの姿をどこか心配そうな表情で見送っていた。
「・・・大丈夫かしら」
ハヤテの言うところの「ドキッ! ドラゴンと行く大空の旅! ワクワク曲芸飛行ツアー!」(仮)。
現在までの搭乗者の被撃墜率は100%。全員が耐えられずに最後は体液を垂れ流してリバースしていた。
しかしティトゥはレフドの鍛え抜かれた体、そして経験に裏付けされた自信に満ち溢れた態度に一抹の不安を感じていた。
ひょっとしたら彼は易々とハヤテを乗りこなしてしまうのではないだろうか?
もしそうなればハヤテは彼をパートナーとして認めてしまうかもしれない。
今更ながら、そんな不安が彼女の心に重くのしかかって来たのだ。
「ナカジマ様。少しいい?」
「何ですのカズダ――カルーラ様」
カルーラはティトゥに今後は自分の事は名前で呼んで欲しいと告げていた。
今のティトゥはカズダ家に世話になっている。呼び辛いと感じていた所だったので丁度良かった。
「さっきハヤテ様に色々と聞かれたのだけど」
「? ハヤテが?」
ハヤテはカルーラにレフドの事を色々と尋ねたのだという。
そしてレフドが鍛え上げられた体を持つ頑強な武人だと知って満足そうにこう言ったそうだ。
「”だったら本気で飛んでもいいかな”って。どういう事かな」
その時、ハヤテが空中機動を開始した。
集まったギャラリー達が大きな声を上げる。
その声に誘われるようにティトゥは空を見上げた。
「・・・よもや死んだりしませんわよね」
ティトゥはさっきとは違う意味で心配そうな顔になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
レフド叔父さんは鍛え抜かれた体の持ち主だそうだ。
なので遠慮なく高度五千メートルまで急上昇させてもらったよ。
とはいえ、機内の気密無し、酸素瓶無しでは流石にここらが限界だろう。
昔見た何かの番組で、とある登山家が高度八千メートルを「デス・ゾーン」と呼んで、人体が順応する事の出来ない限界高度、と言っていた。うろ覚えでゴメン。
その番組ではエベレスト登山のベースキャンプがあるのが高度五千メートルとも言っていたはずだ。
だったらレフド叔父さんなら五千メートルくらい大丈夫。苦しそうに見えるけど問題無し。鍛えているから。
とはいえ僕はレフド叔父さんを苦しめるつもりで高高度を飛んでいるのではない。
いわばこれは加速するための助走だ。
よし。行くぞ。
フラリ
力無く機首を下に向けた僕にレフド叔父さんはギョッとした。
『お、おい、どうしたドラゴン。大丈夫か? 何かあったのか?』
酸素不足で苦しい息の中、僕に問いかけるレフド叔父さん。
「下に参ります」
『何? オイ今何て言っうおおおおおおおおっ! 馬鹿者! よせ! 止めろおおおおおお!』
僕は一気に急降下。
急降下の角度は60度。これ以上角度が深いと翼が揚力を失って機体を引き起こせなくなる。
とはいえ体感としては90度の垂直降下にしか思えない。
限界速度を超えてギシギシと軋む機体。みるみるうちに近付いて来る大地。
うひょおおおおおお! 怖えええええええ!
こ、ここが限界か?!
『止めろおおおおおお!――ぐびっ』
僕は無理やり機体を引き起こして水平飛行。
減速時にかかる強烈なGがレフド叔父さんの肺を押しつぶしたのだろう。変な声が漏れている。
現在の高度は――ざっと500mか。まだギリギリを狙えるな。次のダイブではこの半分をめざそう。
よし。もう一度。
僕は天空に機首を向けると急上昇。ていうか何気にスゴイな、この上昇速度。
ああ、これが”ズーム上昇”というヤツか。
ズーム上昇とは、水平飛行で稼いだ速度を上昇速度に上乗せして、本来の上昇率を超える速度で上昇する機動の事を言う。
正に今の僕の状態だな。
『ゼハッ! ゼハッ! ゼハッ! ・・・ま、待ってくれ。まだ心の準備が』
心の準備? 待ってあげてもいいけど、もう高度三千メートルを超えちゃっているんだけど。
あまり高高度に長くとどまると危険な高山病にかかっちゃうかもしれないよ?
あ。五千メートルに到達した。
もう覚悟はいいよね。レッツ・ダイブ。
『ギヤアアアアアアアアアアッ!』
うひょおおおお! やっぱ怖えええええええ!
特に限界速度を超えて機体が軋むのが怖い! 空中分解しそうで怖い! でもまだいけそうな気がしてる! だから頑張る!
そして地面ギリギリで水平飛行に移る僕。
無理な引き起こしにフラップが吹っ飛びそうになる。
今度はどう? かなり自信はあるんだけど。
「いよっしゃあ! ピッタリ100m! 新記録達成!!」
この喜びよ!
是非、レフド叔父さんと分かち合いたい!
しかしレフド叔父さんは涙と鼻水を垂らしながら、それどころではないようだ。残念無念。
仕方が無い。ダイブ・チャレンジはこのくらいにして、次は優雅な曲芸飛行を楽しんでもらおう。
『な・・・まだやるのか? お、おい傾いているぞ。なっ! 馬鹿! 天地が反対だ! 逆だと言っているだろうが! 止めろ! 正気に戻れ!』
いやいや僕は正気だから。これはこういう空中機動なんだって。
『止めろ! 降ろせ! もう俺を降ろしてくれええええええええ!』
絶叫するレフド叔父さん。
降ろしてあげたかって? 僕が心ゆくまで堪能し終えるまで飛び続けたけど何か?
次回「左利き」