閑話1-2 メイド長ミラダの悩み
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ティトゥの実家マチェイ家は下士である。
下士とは上士の下でその土地を治める、乱暴に言えば半貴族ともいえる階級だ。
マチェイ家の屋敷はその地位に相応しい大きさを持っており、日々何人もの使用人がそこで働いている。
家令であるオットーがそれら使用人達の仕切りを任されているが、そんな彼にも頭の上がらない人物が二人いる。
二人はオットーが若手のころからこの立場になるまで面倒を見てもらった者達だ。
一人は屋敷専属の料理人であるテオドル。
もう一人がメイド長であるミラダである。
「ミラダ、悩み事でもあるの?」
ティトゥの母親エミーリエ夫人がメイド長ミラダに声をかけた。
メイド長の立ち振る舞いは常日頃のように凛として乱れはない。
だが、そのメイド長も、エミーリエ夫人にとってみれば今は亡き母親と並ぶもう一人の母親のような存在である。
そんな夫人の目には、今朝のメイド長はいつになく精彩を欠くものとして映ったのだ。
「エミーリエ様の目はごまかせませんね」
メイド長ミラダはひとつため息をつくと、夫人の言葉を認めた。
他人には礼を尽くした毅然とした態度で接するミラダだが、実の娘より長く同じ時間を過ごしてきたエミーリエ夫人に対しては取り繕わない。
重ねた時間が彼女達に実の親子同然の信頼関係を築いていた。
「実は先月から一番下の娘が実家に帰ってきているのですが・・・」
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『――というわけなのよ』
ティトゥママがメイド長を伴ってぶらりとやってきたかと思えば、僕を相手にそんな相談をし始めた。
・・・ていうか僕にどうしろと?
え~と、話を整理しようか。
メイド長の一番下の娘さんは他領の村に住む旦那さんの所に嫁いでいた。
だが、その領というのが先月隣国ゾルタに攻め込まれたネライ領だったのだ。
娘さんと村の人達は一緒に比較的近いこの土地、ヴラーベル領まで避難してきた。
中でも娘さんは母親を頼ってこのマチェイにたどり着いたのだ。
・・・ティトゥと飛んだ時に見かけた避難民の人達もこうやって無事どこかにたどり着いたんだろうか。
戦争は終わったが、娘さんの旦那さんはすでに昨年、流行り病で亡くなっているんだそうだ。
だから、特に村に帰る必要もない。そもそも荒らされているのが決まっているからね。
娘さんは母親の住むこのマチェイで仕事を見つけて、生活することにしたんだそうだ。
なんとか住む場所と仕事を見つけたまではいいんだけど問題は――
『娘の幼い息子、つまり私の孫が村の生活に馴染めないようで』
メイド長が言うには、孫はどうやら村の子供達から仲間はずれにあっているようだ。
まあ小さな村だし、排他的なんだろう。
彼はすっかり家に閉じこもりがちになっているそうだ。
引きこもりか、仲間だな。
『どうにかしてあげられないかしら?』
う~ん、ママさんは僕を何だと思っているんだろうね。
子供相手の仲立ちねぇ。
嫌われたりいじめられたりしているわけじゃなさそうだから、何かきっかけがあればいいのかな?
共通の話題とかあればいいけど・・・
『あら、お母様』
『!』
ティトゥとお付きのメイド・カーチャがモップを持って歩いてきた。
あ、カーチャがメイド長を見付けて緊張してる。
厳しいけどいい人なんだけどね。
「そうだ! ティトゥ!」
『? 何かしらハヤテ』
僕はティトゥにエンジンをかけるから皆に下がってもらうよう伝えた。
未だにお互いの会話は成り立たないが、最近だとこれくらいのことは伝わるようになってきた。
爆音にご婦人方が眉をひそめた。
ごめんなさいね。すぐにすむんで。
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メイド長の一番下の娘ゾラの息子ヨゼフは今日も家にひきこもっていた。
彼のかたわらには遊び疲れて眠ってしまった妹がいる。
実は今日は一度妹を連れて外に出たのだが、村の子供達に遠巻きに避けられ、居心地が悪くなったため妹の手を引いて帰ってきたのだ。
もともと大人しい性格のヨゼフは、住んでいた村から疎開してきたばかりだったころ、この村で誰とも口をきかなかった。
同じ村の者が誰もいない場所だったのも良くなかったのかもしれない。
だが、一時的な避難場所であればそれでも良かったのだが、母親がこの村で暮らすことを決めた事で状況が変わった。
引っ込み思案なヨゼフでは村に来た最初のころのチャンスを逃したことで、以後も友達の輪に入るきっかけを作れなくなってしまっていたのだ。
「ただいまー」
母親の声に眠っていた妹が飛び起きた。
そのまま走って行き母親に抱き着いた。
「良い子で留守番してたかな?」
母親は娘をあやしながら、ここのところ元気のない彼女の息子を心配そうに見た。
ヨゼフは愛想笑いを浮かべながらも、この大変な時期に母親に心配をかける自分が恥ずかしくなり、この場から消えたくなった。
その様子を見て母親は察したようだ。だがそのことには触れず、努めて明るい声を出した。
「二人には母さん――おばあちゃんからいいものを貰ってきたわよ」
「いいもの?!」
妹は大喜びだがヨゼフは微妙な反応だ。
この年齢でも女性達の言ういいものが、男の子である自分にとってさほどいいものではないことが分かっているのだろう。
「はい、これ。一つづつね」
「キレイ! これ何?!」
「ちゃんとお兄ちゃんにも渡しなさい」
「うん! はい、お兄ちゃんこれ!」
「ああうん、ありがとう。え?」
ご機嫌な妹が手渡してきたのはキレイな金色の10㎝ほどの真鍮の筒。
これが何なのかは分からない。
だが、ヨゼフは一目で心を奪われてしまった。
ヨゼフはこれが宝物だと男の子の魂で理解したのだ。
「それね、おばあちゃんの働いているお屋敷の・・・」
翌日、兄妹の家に男の子達が集まっていた。
彼らは全員目を輝かせながらテーブルの上に置かれた真鍮の筒を眺めている。
兄妹のもらった品の噂を聞いて集まってきた村の男の子達だ。
「スゲエ! これお屋敷のドラゴンのだろ?!」
「これドラゴンの何なんだ?!」
「ま・・・魔法を使うと出るモノだって、か・・・母さんが言ってた」
「お前の母ちゃんドラゴンの魔法を見たことあるのかよ!!」
「マジか?! 何て言ってた?!」
「いや・・・見たのは母さんじゃなくて・・・」
男の子達の高いテンションに付いていけないヨゼフは、しどろもどろになりながら懸命に答えた。
妹は怯えてヨゼフの足に縋り付いている。
家に閉じこもっていたヨゼフが知らないのはムリのないことだが、最近村で一番ホットな話題はお屋敷に降り立ったドラゴンのことなのだ。
なにせ次から次へと信じられない話ばかりが耳に入ってくるのだ。
曰く。あれはお屋敷のお嬢様がテイムしたドラゴンだ。お嬢様を乗せて鷹よりも速く空を飛ぶらしい。
曰く。お嬢様はあのドラゴンでネライ領まで飛んで行って、敵の船をあっという間に沈めたらしい。
曰く。ドラゴンのスゴイ声に馬が怯えて腰をぬかすので敵の騎兵は全く使い物にならなかったらしい。
曰く。戦争がすぐに終わったのはドラゴンを恐れた敵が降伏したからだ。等々
村人は男も女も今やすっかりドラゴンの話題に夢中だ。
そんな大人達の話を子供達はいつもワクワクしながら聞いているのだ。
「じゃあお前のばあちゃんお屋敷で働いているのかよ」
「いいな~、うちのばあちゃん最近腰を悪くしててさ」
「今からお屋敷にドラゴン見に行こうぜ。また魔法を使うかもよ」
「おう。おい、お前名前何ていうんだ?」
「ヨゼフ」
「行こうぜヨゼフ」
次々と家から飛び出す男の子達。ヨゼフも慌てて妹の手を引き、自分の名前を呼んだ男の子の後について走って行くのだった。
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『ハヤテ様、先日はありがとうございました』
メイド長のミラダおばあさんが僕に頭を下げた。
ピンと背筋の伸びた、絵に描いたようなキレイなお辞儀だ。
ティトゥママはその傍らでニコニコしている。
『おかげさまで、孫も村で子供達の輪に加わることが出来たそうです。娘からもぜひお礼を言っておいて欲しいと頼まれました』
あまり表情を見せない人だが、心から感謝をしているのが伝わってきた。
そうか、上手くいったのか。良かった良かった。
あの日僕は、20mm機関砲を発射した後に出る薬莢を、男の子にプレゼントすることにしたのだ。
ティトゥに翼の下から排莢される薬莢を拾って欲しいと説明するのは少し苦労したけど、喜んでもらえてなによりだ。
やっぱり男の子は薬莢が大好きだよな。
適度な重みといい、手のひらサイズ感といい、独特な光沢といい、薬莢にはなんだか知らないけど男の子心を直撃するカッコ良さがあるもんね。
もちろんティトゥも大喜びで拾ってポケットにパンパンに詰め込んで、ティトゥママとカーチャに呆れられていたよ。
いや、ティトゥは男の子じゃないけどね。男の子心を持つ少女ということで。
『私がお屋敷にいる限り、ハヤテ様のお味方になることをお約束いたします』
『もちろん私もよ』
そう言うとメイド長とティトゥママはいたずらっぽく微笑んだ。
この人達もこんな顔するんだ。
どうやら僕は今回の件で、この屋敷の中で最大級の権力者達を味方に付けることに成功したみたいだ。
次回「閑話1-3 カーチャの告白」