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その5 マントの集団

 ティトゥ達を連れてこの国の王都を脱出してから一週間。

 最近この町にも王城で起こったクーデターの情報が伝わって来始めた。

 どうやらクーデター側が勝利。政権奪取に成功したらしい。


 人が集まると話題に上るのは今の王都の話だ。

 とはいえ、みんなまだどこか他人事のように感じているみたいだ。

 彼らの会話には緊張感が欠けているような気がする。


 まあそれも仕方がないか。この町の大半の人間にとって、王都なんて見た事も行った事もない、いわば外国みたいなものだろうし。

 ましてや王城に住む貴族なんて雲上人。

 そんな人達が何か揉めたからって、彼らの生活に直結する訳でもないのだろう。

 また、今回のクーデターの首謀者であるベネセ家が、特に圧政を強いる訳でもなく、今まで通りに統治している影響もあるのかもしれない。


 そもそもベネセ家は王家の部族である六大部族の筆頭。

 今の当主も、何年か前には国王代行として政務を執り行った経験があるそうだ。

 そりゃあ権力を手にしたからって理不尽にふるまったりなんてしないよね。


 そんな訳でみんなの会話も大体が、『これから一体どうなってしまうんだろうねえ』で終わってしまう。


 ホントどうなってしまうんだろうねえ。




 僕のテントの前の人混みを押しのけるようにして、馬に乗った20人程のマントの集団が現れたのはその日の午後の事だった。

 マントの下には剣を吊っているのだろう。馬に揺られる度に装備に当たってガチャガチャと金属音をたてている。

 マント集団は僕のテントの前で止まった。


『コイツが噂のドラゴンか』

『これほどの巨体とは・・・』


 馬上でも彼らは軽く僕を見上げるような形になっている。

 最初の声は男らしい低音のイケメンボイス(イケボ)。イケボの言葉に続いたのはまだ若い男の声だった。


 彼らはみんなマントのフードをおろしていて口元しか見えない。

 この異様なマントの集団に、町のみんなはすっかり怯えて遠巻きにしていた。


 コイツらは一体何者だ? まさかクーデターの首謀者、ベネセ家の先遣隊か?

 あるいはすっかり影を潜めている帝国軍非合法部隊?

 彼らは今もこの国に潜伏中のはずだ。どこからも話は聞かないけど、ひょっとしてこの国の不安定な政情を利用して正面切って乗り込んで来たのかも。


 僕が緊張しながら彼らの動きを警戒していると、カズダ家の騎士団の人達が走って来た。


『お待ち下さい! 勝手に出歩かれては困ります!』


 カズダ騎士団員はマント集団の前に立った。


『屋敷には連絡を走らせています。直ぐに案内が来るはずです。それまでどうか指示された場所でお待ち下さい』


 マント集団の中でやや小柄な男が前に出るとマントのフードを跳ね上げた。

 年齢は三十過ぎ。目元にキズのある顔には凄みがあり、いかにも「歴戦の勇士」といった感じの人だ。


『コイツがネドマを屠ったドラゴンだと聞いているが本当か?』


 さっきのイケボはこの男だったようだ。

 それはそうと、ネドマ? これまた知らない単語が出て来たな。

 この国の貴族の名前じゃないよね? 僕はこの国の人は誰も殺してないし。

 心当たりがあるとすれば、帝国南征軍に従軍していた帝国の貴族とかかな?


 けど、カズダ騎士団員君の対応から見て、このマント集団は帝国軍非合法部隊とは思えない。

 おそらくこの国の貴族家関係の偉い人達だろう。


 う~ん。いい加減に僕に事情を説明してくれる人が誰か来ないだろうか。



 カズダ騎士団員君がイケボ騎士に返事をするより前に、広場に馬車が入って来た。

 この数日ですっかり見慣れたカズダ家の馬車だ。

 馬車を見たマント集団が次々と馬から降りた。


『イムルフ』

『はい。叔父上』


 イケボ騎士が声を掛けると、一人のマントが集団の先頭に立ってフードを跳ね上げた。

 まだ若い少年だ。日本だと高校生くらいじゃないだろうか。


 少年が振り返ると、マント集団は全員着ていたマントを脱いで両手に抱えた。

 後で教えられたけど、これは「見ての通り手に武器を持っていません」=「敵意はありません」という作法なんだそうだ。


 馬車から出て来たのはカルーラの兄でカズダ家の当主エドリアさんだった。

 当主が直々にやって来るなんて、彼らは余程偉い人なのかな?


 イケボ騎士が少年の前に立った。


『出迎えご苦労。こちらはサルート家の当主になられたイムルフ様だ』


 イケボの言葉に跪くエドリアさん。


 サルート家か。確か王家の部族である六大部族のひとつで、現在の国王代行を任されている家だっけ。

 今回のクーデターで、ベネセ家に追い落とされた人達だ。

 それにしては随分と年齢が若い気がするけど、本当にこのイムルフ少年が国王代行を任されていたのかな?


 エドリアさんはイケボの言葉に目を見開いた。


『では御父上はもう・・・』


 そこまで言いかけて、彼は慌てて口をつぐんだ。

 なるほど。つまり国王代行はイムルフ少年の父親だったんだな。

 その父親が今回の騒動で謀反人ベネセ家によって討たれたので、急遽彼が若くして当主の座を継いだわけか。


 さっきイムルフ少年がイケボの事を”叔父上”と呼んでいたし、だったらイケボは彼の後見人といった所か。

 サルート家に仕える騎士団員、という訳では無いようだ。


『長旅お疲れの事でしょう。我が屋敷でお休み下さい』


 同じ貴族家当主でありながら、さっきからやけに下手に出るエドリアさん。

 それもそのはず。イムルフ少年の実家は六大部族の中でもトップクラスのサルート家。

 対してカズダ家は、六大部族どころかタカ派の戦車派にもハト派の帆装(はんそう)派にも入れない、十把一絡げ(じゅっぱひとからげ)の木っ端貴族なのだ。

 ちなみにカズダ家含む木っ端貴族達は、治める土地が何の生産力も無い砂漠地帯という事もあって”隊商(キャラバン)派”と呼ばれているらしい。


 つまりこの国はザックリ言えば、タカ派の戦車派、ハト派の帆装(はんそう)派、その他のおまけの隊商(キャラバン)派、に分けられるという事だ。

 エドリアさんがさっきからイムルフ少年を相手に、下にも置かない対応をしているのも当然と言えるだろう。


『待て。それよりもコイツ(・・・)だ』


 イケボが僕の方を指差した。

 僕がどうかしましたか?


『コイツがミロスラフ王国のドラゴンというのは本当の事か?』

『はい。私の妹がそう申しておりました』


 イムルフ少年が僕にしか聞こえない程の小さな声で『カズダ家の? 小叡智(エル・バレク)の姉弟か?』と呟いた。

 さすがに歳は若くても王家の部族の跡継ぎ。小叡智(エル・バレク)の事もちゃんと知っているようだ。


 ここでイケボはエドリアさんに宣言した。


『ならばこのドラゴン。この俺、ハレトニェート家当主レフド・ハレトニェートが預かり受ける』




 突然僕の身柄引き受け宣言をしたイケボのオジサン、レフド・ハレトニェート。

 ちなみにハレトニェート家は六大部族戦車派の一角だそうだ。

 イムルフ少年だけではなく、イケボおじさんの方もお偉いさんだったんだね。


 イケボおじさんことレフド叔父さんの実家ハレトニェート家は、派閥としてはイムルフ少年とは逆の立場の戦車派になる。

 しかし彼は少年の叔父として今回は帆装(はんそう)派に付いているようだ。

 つまり戦車派三部族の中でも、ハレトニェート家だけは今回の謀反に加わっていないという事になる。

 これは嬉しい情報だ。


 ところで、身受け宣言をされた僕がなぜこんな風に他人事のように考えていられるかというと・・・


『そこをどいて下さいまし!』

『そこをどうか! せめてもう一度話だけでも!』


 あの後、彼らがエドリアさんの屋敷に向かってしばらくしたと思ったら、怒りに肩を震わせたティトゥが馬車で僕のテントに乗りつけて来たのだ。


『ハヤテを人間の勝手に召し上げようとするなんて、とんでもない思い上がりですわ! もうこんな国にはいられませんわ!』

『お待ち下さい、なにとぞ、なにとぞ!』


 僕に乗ってこの国を出て行こうとするティトゥ。

 そのティトゥと六大部族の二大当主との間で板挟みになるエドリアさん。

 二人の激しい言い争いが僕のテント前で繰り広げられていた。


 そして当事者の僕は、二人のテンションが高すぎて逆に冷静になっていた。


 これはアレだよ。宴会に遅れて行った時の現象だ。

 先に出来上がったみんなのノリに付いて行けなくて、いくら飲んでもさっぱり酔えない時のあの感じ。

 分かってもらえないかな?


『何をしているんですのハヤテ! この人達はあなたを召し上げようとしているんですわよ!』


 おおう。こっちに飛び火してしまったか。

 いやまあ、確かに彼らは一方的だと思うけど、せめて事情を聞いてからでも・・・


『ハヤテ!』


 ティトゥに怒られて言葉に詰まる僕。

 ホントにこれ、どうすりゃいいの? 

次回「イムルフ・サルート」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハヤテくんはあいかわらずマイペースですな(^^) たまには某メス豚ちゃんのバイタリティーを見習ってもいいんやでw [気になる点] なんにせよクーデターの理由がわからないとハヤテとしては動き…
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