その3 オアシスの町ステージ
砂漠の町に朝日が昇る。
雲ひとつない空に昇る太陽は、すぐに焼けるような暑さでこの町に照りつける事だろう。
ここは王都から南東に離れたオアシスの町ステージ。
カルーラ姉弟の実家のあるカズダ家が治める町である。
僕達がこの町に逃げ込んで既に三日が経つ。
町は王城でクーデターが起こったとは思えない平和な賑わいを見せている。
実際、この町の人達にとっては、王城で何が起ころうが特に何の関係もないんだろうね。
今日も朝から市場の準備で、みんな忙しそうに歩き回っている。
あの日、朝方まで空を飛び回った僕は、空が白みかけてからようやくこの町に降り立った。
流石に真っ暗な中で知らない土地に着陸する危険は冒せなかったのだ。
そろそろカルーラが限界っぽかったので危ない所だった。
こうして僕達は無事にこのステージの町にたどり着いたのだった。
ちなみにこの町を目指す空の上で今夜の一件の事情は聞かされていた。
とはいえみんなも詳しい事情を知っている訳じゃないので、あくまでもおおよその事情だ。
『あの家紋は間違いなくベネセ家の物でした』
カルーラの弟キルリアが言うには、突然、城内にベネセ家の騎士団が大量に現れて制圧にかかったのだという。
さて、ここでベネセ家とはなんぞやという話になるよね。
このチェルヌィフ王朝は世にも珍しい王家の血筋の途絶えた王朝なんだそうだ。
それって最早王朝じゃないのでは?
ひょっとしたら後の歴史では王朝以外の名前で呼ばれるようになるかもしれないね。
王家のいない王朝でどうやって国を纏めているのかと言えば、国を代表する六つの部族の当主がそれぞれ持ち回りで王家の代わりを務めているんだそうだ。
国王代行の任期は三年。つまり一巡するのに18年かかる事になる。
そう聞くと長いようだけど、かつては三度国王代行を務めた当主もいたそうだ。長生きだね。
六大部族は大きく二つの派閥に分けられる。
バッサリ言えば東の海岸寄りの部族と西の内陸部の部族だ。
海岸寄りの部族は昔から水運が盛んで、より商人的な色合いが強いらしい。
内陸部の部族はどっちかと言えば農耕が盛んで、ミュッリュニエミ帝国と国境が接している土地もあるためか、より軍事的な色合いが強いらしい。
この国では、商人的なハト派の三部族を”帆装派”。軍事的なタカ派の三部族を”戦車派”と呼ぶそうだ。
今の国王代行は”帆装派”の中でも代表的な部族、サルート家が務めているらしい。
そして今回クーデターを起こしたのは”戦車派”の代表格、ベネセ家だったというわけだ。
あの夜、王城の一室をあてがわれていたティトゥ達は、城の様子が騒がしいのに気が付いた。
戸惑ったカーチャとカルーラはティトゥの部屋に集まって様子を窺っていたそうだ。
そこにカルーラの世話役の使用人が飛び込んで来た。
『謀反です! 賊軍がどこからかこの城に入り込んで警護の騎士団と戦っています!』
『今からこの城を脱出しますわ!』
ティトゥは即決だったそうだ。
『ハヤテの所までたどり着けさえすれば安全ですわ! 城から出られなくなる前に急ぎますわよ!』
『なっ・・・ そ、それよりも皆様は安全のために騎士団の詰め所に――』
『それですわ! 騎士団の方々に手伝ってもらって脱出しましょう!』
何となくその場の光景が浮かぶようなやり取りの後、ティトゥ達は取るものも取り敢えず、一先ずは城の騎士団の詰め所に急いだのだという。
その途中でカルーラの弟キルリアとも合流。城内の異常を知らせてくれた老夫妻を含めて六人になった一行は、賊の兵に見つからずにどうにか騎士団の詰め所に到着したんだそうだ。
そこでティトゥはゴネにゴネてどうにか城外脱出用の馬車を用意させた。
色々とあったけど、カルーラの後押しもあり、最終的には四人で無事に城を出る事に成功したんだそうだ。
あの夜、みんなが妙に城の様子を気にしていたのはそういう理由があったのか。
てっきり僕は、この国に潜伏している帝国軍の非合法部隊が現れたのかと思ってた。
まさかクーデターの当日に王城に到着してしまったなんて全くツイてないよね。
いや、おかげでカルーラの弟を助ける事が出来たんだから、逆にツイていたのかもしれないか。
明け方近く、ティトゥ達がウトウトしている時に、僕はこっそりキルリアに尋ねてみた。
「僕らが逃げるのはいいけど、バレク・バケシュの方は大丈夫かな?」
キルリアは少し考えて答えた。
「分かりません。しかしベネセ家の目的が権力の独占にあるのなら、おそらく叡智の苔様を粗略には扱わないと思われます。ましてや害するなどという事はありえないかと」
ベネセ家がどれだけ戦車派を掌握しているのかは分からない。しかし、叡智の苔を亡き者にしようとすれば、相応の反発や離反が予想されるという。
いくら奇襲によって王城を押さえたと言っても、ベネセ家は所詮は六大部族の一つに過ぎない。
戦車派の筆頭とはいえ、他の五部族全てを敵に回して戦える程の力は無いそうだ。
「それなら安心。――なのかな?」
「確たる根拠があるわけではございません。ベネセ家の今代の当主は武に驕った人物だと聞き及んでおります。激昂すれば何をしでかすかは分かりかねます」
相変わらずキルリアの日本語は妙に固いなあ。
どこかの偉い人と話しているみたいな気になって来るよ。
そのくせ声だけは声変わりする前の甲高い子供の声なんだから、違和感がハンパじゃない。
それはそうとキルリアが言うには、ベネセ家の当主はエマヌエル・ベネセ。
四十がらみの男で若い頃から帝国軍との戦いで武勇を鳴らしていたのだという。
かつて受けた古傷が元で、今はリュウマチにかかって馬にも乗れない体になっているんだそうだ。
そんな彼には腹違いの弟がいて、こちらは兄に輪をかけて武辺者らしい。
キルリアは今回のクーデターは彼が指揮をしているのではないかと疑っているようだ。
「そんな相手なら、バレク・バケシュが変に抵抗をしたら命が危ないかも・・・」
「先程も申しましたが、それは大丈夫かと思われます」
そうなの? キルリアはそこは自信がある様子だ。
バレク・バケシュと付き合いの長いキルリアがそう言うのなら、きっと大丈夫なんだろう。うん。
ここでティトゥが目を覚ましたので僕達の会話はお終いになった。
キルリア達と僕が日本語で話をしているとティトゥが不機嫌になるんだよね。
まあ目の前で知らない言葉で話をされたら疎外感を感じるだろうし、こればっかりは仕方がないかな。
そんな訳で、僕は空が白み出して地面が見えるようになると直ぐにこの町、砂漠のオアシスに作られた町ステージに着陸したのだった。
カルーラには歳の離れた兄がいて、現在は彼がカズダ家の当主になっている。
彼の父親である前当主は息子に後を継がせて引退すると、若い後妻を娶って隠居生活を始めた。
そうして生まれたのがカルーラとキルリアの姉弟なんだそうだ。
見た感じ割と地味な印象のお父さんで、どこにそんな精力があるのかと――ゲフンゲフン。失礼しました。まあそういった訳である。
カズダ家の今の当主はエドリア・カズダ。カルーラ姉弟と同じ灰色の髪を後ろで束ねた四十前後の気難しそうな男だ。何となくだが、ナカジマ家家令のオットーに通じる苦労人の気配をビシビシと感じる。
彼にはキルリアと同じくらいの年齢の男の子と、生後一年の赤ん坊がいるそうだ。
『兄上、申し訳ありませんがしばらくご厄介になります』
『ここはお前の実家だ。厄介な事など何一つあるか。申し訳ないなんて思う必要はない』
エドリアさんは気難しそうな顔に似合わずいい人みたいだ。
それはそうと、自分の子供と同じ年頃の子供から『兄上』と呼ばれる気持ちはどうなんだろう?
いささか気になる所ではあるな。
『それでこちらは?』
『ナカジマ家当主ティトゥ・ナカジマですわ。カルーラ様を案内してミロスラフ王国からやって参りましたの』
『ミロスラフ王国? それは遠いところから・・・』
ミロスラフ王国の名前を聞いてエドリアさんの目が見開かれた。
あ~、これは多分、遠路はるばるご苦労様、とか思っている顔だね。
実際は寄り道込みで一週間ちょっとしかかかってないんだけど。
次にエドリアさんは『やはりコレにも触れないといけないのか。イヤだなあ』という表情も隠さず、ティトゥの背後――僕を見上げた。
周囲にはいつの間にか黒山の人だかりが出来ている。
カズダ家の騎士団の人が近寄らせないようにしているけど、追いつかないようだ。
『それでコレは?』
『私のパートナー、ドラゴンのハヤテですわ!』
胸を張って答えるティトゥ。
『ゴキゲンヨウ』
『『『『喋った?!』』』』
野次馬達から大きなどよめき声が上がった。
そんなこんなで僕は今、この町の外れに作られたテントの中にいる。
エドリアさんに『ウチの屋敷にはこんなデカブツが入れる厩はない』と断られたからである。
話し合いの結果、僕は今の場所に案内されたという訳だ。
日よけのテントを張ってくれたし、特に文句はないけどね。
ただ一つ問題だったのは、ここが誰でも出入りできるフリーな場所だったという所だ。
僕の噂を聞きつけた野次馬達がみるみる集まり、彼らを相手に飲み物や軽食を売る商売人が現れ、更には空いたスペースにテントを張って店を広げる者まで出始めた。
僕はチェルヌィフの人達のしたたかさと商売に対する熱意に舌を巻いた。
こうして僕のテントの前は、今ではすっかり市場のようになってしまったのだった。
なんだかなあ。
次回「砂漠の朝」