その1 逃亡者ティトゥ
とうとう到着しましたチェルヌィフ王朝。
ここはチェルヌィフ王朝の王都ザトモヴァー。
なんだか強そうな名前の都市だが、実際、見るからに頑丈そうな城壁に囲まれた立派な都市だ。
どことなく中東風の異国情緒あふれる街並みだったよ。
そんな新鮮な景色に気を取られて、うっかり観光気分で空から街並みを楽しみ過ぎたせいだろうか。
僕は町の住人に発見されて大騒ぎになってしまった。
カルーラの冷ややかな視線が痛かったよ。
町の大通りにどんどん兵隊が溢れかえった時には慌てたね。
急いで城壁の外に降りて敵意の無い事を示したけど、時すでに遅し。
次々と町から出て来る兵士達によって、僕達はあっという間に取り囲まれてしまった。
町の兵隊の全員がここに集まって来るんじゃないの?
そう思うくらい周囲の兵士は時間と共にどんどん増えていった。
この事態にティトゥも、『これって、どうすればいいんですの?』ってすっかり困り果てていたよ。
まあそれでも、いざとなれば飛んで逃げればいいって分かっていたから、本気で怖がってはいなかったみたいだけど。
いや、ティトゥのメイド少女のカーチャは真っ青な顔をしてたな。
彼女は小心者だからね。
結局、カルーラが『私が説明する』と言ってくれたので、任せる事にした。
どうやら取り囲んでいる騎士の中に見知った顔があったらしい。
彼女が降りた途端に、『えっ? カズダ様?』って声が上がってたからね。
カルーラの説明でどうにか兵士達は武器を収めてくれた。
ティトゥとカーチャは他国のお客様待遇になったけど、ここで問題になったのは僕の扱いだ。
カルーラは一刻も早く僕を叡智の苔のもとに連れて行きたいと思っていたみたいだけど、騎士団の偉い人から『頼むからそれだけは止めてくれ』とばかりに断られてしまった。
どうやら叡智の苔は王城の奥にいるらしく、彼の職務上、そんな場所にこんな謎の存在を招き入れる事は出来ないようだ。
そりゃあそうだよね。
こうしてカルーラと騎士団の偉い人との間にひと悶着あった訳だが、最後は諦めたように『そういう話は国王にして欲しい』と告げられてしまった。
どの道、カルーラも王様に報告はしないといけないし、『だったらその時に話してみる』という事で話は纏まった。
『それまでハヤテはどうなるんですの?』
『城壁の外に騎士団の訓練所があるのでそこで待っていてもらえませんか?』
なんと。ここにも騎士団の壁外演習場があるのか。
ミロスラフ王国だけじゃないんだな。
後で聞いた話によると、町の外に空き地を用意しておくのはこの世界の常識なんだそうだ。
軍を動かす際に、集まった兵士達を町の中に入れてしまうと、どうしても羽目を外す者が出て問題を起こすので、普通は町の外の空き地で陣地を張るらしい。
で、普段は空いている土地を遊ばせておくのも勿体ないので、騎士団の演習場として使われる事が多いんだそうだ。
なるほど納得。
てなわけで僕は騎士団の演習場でテントイン。
というか、やっぱりあるんだね、この大きなテント。
なんだろう。この見慣れた異国情緒ゼロの景観は。
他の国の家なのにしっくりと来るこの感じ。
どうやら軍隊で使うテントは国が変わってもあまり違いはないみたいだ。
『テントではドラゴンが暴れた時にひとたまりもないんじゃないでしょうか?』
『ハヤテは大人しいから大丈夫ですわ』
騎士団の偉い人は随分と僕を警戒している様子だ。
彼の職分としてはそうせざるを得ないのも分かるけど、少しはティトゥの言葉を信用して欲しいものである。
『せめて鎖でつなぐのを許可して貰えませんか?』
『そんなのはダメですわ! ドラゴンは高貴な存在なのです! 動物のような扱いは私が許しませんわ!』
ティトゥの剣幕に困り果てる騎士団の偉い人。
そんな事を言っているけどティトゥ。君は初めて会った時、僕を森の木に縛り付けたからね。君も僕を動物のような扱いをしてたから。
ロープでがんじがらめにされて、荷馬車で王都まで運搬されたのは一年前の事だっけ。
鎖でつながれたい訳じゃないからここでは言わないけど。
ティトゥは僕に近付くと優しく主脚を撫でた。
『ハヤテ。しばらく一人にしてしまうけど待っていて頂戴』
ティトゥに言わるまでもない。
ここで大人しく待っているよ。
『ヨロシクッテヨ』
『『『『喋った?!』』』』
そして驚く騎士団員達。
こういう所もいつも通り。
やっぱり異国感ゼロなんだよなあ。
こうしてティトゥ達は馬車に揺られて王都に入って行った。
今日は王城に泊まるらしい。
後に残った僕は何もする事がなくなってしまった。
う~ん。誰かと話でもしたいけど、みんな僕の事を警戒してピリピリしてるからそれも気の毒だしなあ。
鼻歌とか歌っただけで、『何事だ!』とか言って血相を変えて取り囲まれそうな気がする。
仕方ない。ここは黙ってティトゥの帰りを待つか。
さて。夜もすっかり更けて深夜もとっぷりと回った時刻。
僕を見張っていた騎士団員達が急に何やら慌ただしく動き始めた。
こんな時間に何かあったのかな?
『しかし、それだとドラゴンの見張りがいなくなりますが?』
『それどころじゃない! 幸いコイツは大人しいドラゴンだそうだ。念のために一人だけ残してお前達は詰め所に戻れ!』
それどころじゃないんだ。
こういっちゃなんだけど、僕を見張るより優先順位が高い事なんてそうそうないと思うけど?
結局、一人だけ残った見張りも別の騎士団員がやって来てどこかに連れて行った。
これで見張りは誰もいなくなっちゃったんだけど、本当に何があったの? これ?
そんなこんなで僕が事情も分からずにヤキモキしていると、立派な馬車が走ってきてテントの入り口に横づけした。
こんな夜中に一体誰が? と思っていたら、ドアを開けて飛び出して来たのはティトゥ達だった。
『ハヤテ! 急いで飛んで頂戴!』
ティトゥは部屋着のままだ。
どうやら着替える時間も無く、王城からここまで逃げて来たようだ。
この緊急事態に僕は急いでエンジンをかけた。
ババババババッ
深夜の演習場に”ハ45誉”のエンジン音が響き渡った。
『こ、これは・・・』
『心配いらない。あれはハヤテ様』
僕を見上げて立ち止まる少年。灰色のサラサラヘアーがプロペラの風に煽られてなびく。
え~と、誰?
日本で言えばまだ小学生くらいの男の子だ。
カルーラが男の子の手を引っ張って歩き出した。
『カズダ様は弟君と一緒に胴体内補助席に。ハヤテ、お二人を乗せても大丈夫ですわよね?』
胴体内補助席は少女と少年を乗せたくらいで重量オーバーにはならないはずだ。
ただ、二人乗りを想定していないから、安全バンドはちゃんと締められないだろう。
そっちは無理な機動さえしなければ問題無いか。
どうやらそれどころじゃないみたいだし。
みんなの話から推測するに彼がカルーラの弟のキルリアだろう。
これでようやく僕にも事情が飲み込めてきた。
つまり、この国に潜り込んでいた帝国軍非合法部隊が動き出したんだな。
彼らの魔の手がキルリアに伸びた所を、どうにかしてティトゥ達が救い出したんだ。
『ハヤテ様急いで! ベネセ兵達が追って来る!』
ベネセ? 誰の事だ? 非合法部隊のチーム名か何かか?
カルーラが弟を抱きしめるように胴体内補助席に潜り込んだ。
すぐにイスを倒すとティトゥとカーチャが乗り込み風防を閉める。
『ハヤテ! 出して頂戴!』
「何だか分からないけど了解! 前離れ!」
いつの間にかテントの入り口に集まって来た騎士団員達を押しのけるように僕は地上を移動。
驚いて蜘蛛の子を散らすように逃げ出す騎士団員達。
なんかゴメン。どうやら非常事態っぽいので勘弁してね。
次回「王都脱出」