閑話9-2 代官オットーの劣等感 後編
本日二話目の更新です。
読み飛ばしにご注意下さい。
ナカジマ領唯一の町・ポルペツカの今年の犯罪発生件数は昨年の同じ時期の五十倍を上回るという。
ポルペツカの代官から対応を求められたオットーだったが、元宰相のユリウスの経験をもってしても有効な対策を講じる事は出来なかった。
ちなみに騎士団員そのものを増やすのは難しい。
アダム特務官から、これ以上王都騎士団から人員を引き抜かないようにお願いされているからである。
仮にこちらから引き抜きをかけなくても、ナカジマ家で騎士団の募集をかけている事を彼らが知れば、王都騎士団を辞めてナカジマ領に殺到するに違いない。
ユリウスは悔しそうに歯噛みするオットーに声を掛けた。
「世の中には人知を尽くしてもどうしようもない事などいくらでもある。我々は不可能を可能にする超人ではない。可能な範囲で出来る事をするだけだ。もっともここのドラゴンならどんなデタラメも可能にしてしまうかもしれないがな」
最後の一言は彼なりのジョークだったのかもしれない。
しかし、オットーはユリウスの言葉だけでは納得出来ないようである。
(まだ若いな)
ユリウスは諦めの悪いオットーを困ったものだと思いつつ、彼の理想を追い求める真っ直ぐさと自分を貫く反骨精神を好ましくも感じていた。
(・・・若者のためにもワシも何か手が無いか考えてやるか)
考える、とはいうものの、治安維持は為政者に課せられた永遠の課題の一つと言ってもいい。
今更都合よく良い考えが浮かぶとはユリウスには思えなかった。
今日の仕事を終えて、オットーはハヤテのテントを出た。
夕日がそろそろ屋根にかかろうとしている。
「以前なら日が落ちても仕事をしていたものだがな」
ユリウスに言われて仕事を部下に任せるようになってから、オットーは以前よりも余裕を持って仕事を終える事が出来るようになっていた。
そして最初は失敗続きだった部下も、今では問題なく仕事を任せられるまでに成長している。
もしあのまま無理をして仕事を抱え続けていたら今頃自分達はどうなっていたのだろうか?
最悪の想像にオットーはゾッとした。
やはりユリウス様は凄い。・・・それに比べて俺は。
オットーは自分の至らなさと未熟さに忸怩たる思いを抱いた。
その時オットーは、ふと目の前の騎士団員が苦笑を浮かべているのに気が付いた。
彼の視線の先に目をやると子供達が遊んでいるのが見えた。
無人の小屋の前に立つ男の子は真面目な顔をして直立している。どうやら門番の真似事をしているようだ。
女の子が彼の前に立った。
「ここはハヤテ様のテントだ。あやしいヤツは通さんぞ」
「ハヤテ様に会いたいんだけど」
「ダメだダメだ。すじょうのあやしい者を通すわけにはいかない」
たどたどしい言葉で精一杯いかめしい顔を作って答える男の子。
しかし女の子は無理に彼の脇を通ろうとした。慌てて女の子を捕まえる男の子。
「イヤーっ! ハヤテ様に会いたいのー!」
「コイツていこうするのか! おおい、誰か来てくれ!」
女の子はキャーキャー言いながら男の子ともみ合っていたが、その隙に別の子が小屋のドアを閉めてしまった。
女の子は諦めて力を抜いた。
「きしだんが止めたんだから止まらないといけないんだぞ」
「えーっ、アンタきしだんじゃないしー」
クスクスと笑う女の子と、「初めに俺はきしだんだって言ったじゃないか」と怒る男の子。
子供達の”ごっこ遊び”を見ていた騎士団の青年は、オットーが自分を見ている事に気が付いてバツが悪そうに頭を掻いた。
「私達は子供にはあんな風に見えているんでしょうか?」
オットーは無言で小さく肩をすくめた。
青年はオットーに敬礼すると騎士団の詰め所に去って行った。
再び歩き始めたオットーは、なんとなく先程の微笑ましい光景を思い浮かべていた。
彼には妻と共にマチェイに残した息子がいる。さっきの光景はその息子がまだ幼い頃を思い出させたのだ。
「アンタ騎士団じゃないし――か。あの男の子が怒るのも無理ないな」
苦笑するオットー。
その時、オットーの足が止まった。
「あの子は騎士団のマネをしていた。いや、待て――違う。問題はそこじゃないんだ」
女の子を止めた男の子。そして扉を閉めた別の男の子。
男の子は騎士団役だった。だったら扉を閉めた男の子は誰の役だったのだろうか?
誰でもないのかもしれない。たかが遊びにそんな厳密な役割分担はないのだろう。
だがしかし、扉を閉めるのが誰でもいいのであれば・・・
彼の頭の中である突飛な思い付きが浮かび、それは次第に形になっていった。
ユリウスがオットーの訪問を受けたのは、夕食を前にした自由時間の時である。
「町の区画を区切る門を作るんです! そしてその門番をその区画の人間に任せるというのはどうでしょうか?!」
「待て待て、落ち着いて説明をせんか。お前は何の話をしているんだ?」
オットーは居住まいを正すと、先程の思い付きをユリウスに話した。
オットーの思い付きは単純なものだった。
現在ポルペツカの町は大幅な区画整理中にある。
そこに手を加えて、各区画を繋ぐ道に簡易な門を作るというのだ。
「有事の際。――例えば犯罪者が出た時には騎士団が連絡してそこの門を閉じさせます。いや、合図の鐘を決めておいて、それが聞こえたら閉じるのでもいい。夜もやはり閉じさせます」
「夜でも区画をまたいで用事のある者はいるだろう?」
「その場合は門番に言って開けさせればいい。門番は通った人間を控えておいて翌朝騎士団に連絡させます」
最初は訝しげに説明を聞いていたユリウスだったが、オットーの話を理解するにつれ、次第にその目に真剣な光が宿るようになっていった。
「門番はどのような者を? ナカジマ家で雇うのか?」
「助成金という形を考えています。区画毎に助成金を支給してその金額の中で向こうに雇わせます」
「それではどんな者が選ばれるか分からんだろう」
「騎士団との連絡が欠かせない以上、あまり妙な輩は入り込めないでしょう。区画の代表が保証人になるように定めるのもいいでしょう。それにあくまでも彼らの仕事は門の開け閉めだけです。それ以上の権限は与えません」
ユリウスは思わずうなり声を上げた。
オットーの狙いが分かって来たのだ。
なる程これは妙手かもしれない。
かつて王家が失敗したのは、たかが自警団に騎士団に準ずる権力を与えてしまったせいだ。
しかしオットーのアイデアでは彼らはただの門番でしかない。いや、門番ですらない。騎士団の要請で門の開け閉めをするだけの役目でしかないのだ。
それでいて有事の際には犯罪者の逃亡の妨害にもなる。
彼らには逮捕する力も権限も無いが、後ろめたい犯罪者が閉鎖されている門を目指すだろうか?
仮に無理に押し通ったとしても、後を追う騎士団には犯罪者の逃走ルートが丸分かりとなる。
上手くいけば足止めの効果も期待出来るだろう。
そして彼らがナカジマ家に雇われた者達ではないというのも秀逸だ。
もしもナカジマ家が雇った者を配置した場合、町の人間はナカジマ家に監視されているように感じてあまり良い気はしないだろう。
しかし、彼らはあくまでも区画の代表が雇った区画の者。
ナカジマ家に対しては協力しているだけである。
そして雇用対策としても申し分ない。
ただの門の開け閉めに技能も才能も必要ないからである。
夫を亡くして働かねばならなくなった女や、老いて仕事の無くなった者達の雇用先としてうってつけともいえる。
これらのメリットに対してナカジマ家が負担するのは、扉の設置にかかる費用と幾ばくかの援助金のみとなる。
どちらも騎士団を補強する費用を考えれば微々たる出費である。
シンプルでいて、それでいて効果が期待出来る。
目から鱗の優れたアイデアと言えた。
「ふむ・・・」
「・・・何か問題があるでしょうか?」
腕を組んで考え込んだユリウスにオットーは不安そうに尋ねた。
「あ、いや。そうではない。感心していただけだ。良く思い付いたものだと思ってな。ただ・・・」
「ただ?」
ユリウスは少し不思議そうに言った。
「ただこの考え方はあまりお前らしくないと思ってな。気を悪くするかもしれないが、どっちかといえばこういう突飛な話は、ここのドラゴンあたりがしそうじゃないか?」
オットーにとってユリウスの指摘は余程意外だったようだ。
彼は不意を突かれたようにキョトンとした。
やがてユリウスの言葉が理解出来たのだろう。オットーは一転してまんざらでもない笑みを浮かべた。
「私にとってこれほど嬉しい言葉はありません」
晴れやかな顔をするオットーを前に、ユリウスは微妙な表情になった。
その夜、オットーはいつもよりも早く就寝した。
この日、彼はいつもの悪夢を見る事は無かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
オットーのアイデアはすぐに実行に移された。
効果はポルペツカの代官が驚くほどのものだった。
犯罪が目に見えて減ったばかりか、最近滞りがちだった町の交通まで良くなったのだ。
あちこちに門番が立った事で道に迷った者達が彼らを頼り、結果として立ち止まったり逆走する者が減ったためらしい。
また、誰かの目がある事で通行人のモラルを引き締める効果もあったようである。
ハヤテが聞けば『ああ。そういえば元の世界でも”割れ窓理論(1枚の割れた窓ガラスを放置すると別の窓ガラスが割られ、建物自体が荒廃し、いずれは街全体が荒れてしまうという理論。無秩序を放置することで地域犯罪が増加するというもの)”とか言われてたっけ』とでも言った事だろう。