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戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ  作者: 元二
第九章 ティトゥの帝国外遊編
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エピローグ 運命の岐路

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはミュッリュニエミ帝国の帝都。巨大な城の奥を一人の青年が歩いていた。

 線の細い華奢な青年だ。

 彼の名はダリミル。皇帝ヴラスチミルの息子にしてこの国の皇太子である。


 現在、彼は父親に呼び出されて執務室へと向かっているところだった。

 

 出がけに彼は母親からの伝言を受けていた。


「近頃、皇帝陛下は人が変わられたご様子。用心されるがよろしいかと存じます」


 実はダリミルもそこは気になっていた。

 小ゾルタの王都を陥落させた辺りから、皇帝は少しおかしくなっていた。

 戦争の最中にもかかわらず、周囲の反対を押し切って盛大な式典を開いたのは記憶に新しい。

 ダリミルは最初から式典そのものに反対だった。

 巨額な戦費に加え、過度な式典の開催は国庫に大きな負担をかけるのが分かり切っていたからである。

 結局その式典はミロスラフ王国の竜 騎 士(ドラゴンライダー)の乱入によって途中で打ち切られ、皇帝は見事にメンツを潰される形となった。


 そのショックが冷めやらぬうちの南征軍の敗北である。


 これで頭が冷えたかと思いきや、皇帝は即座に失った戦力の増強を命じた。


(父上はどうかされてしまったのだろうか)


 ダリミルには分からないだろう。皇帝ヴラスチミルは長年誰からも認められなかった。そんな彼が掴んだ栄光はあまりにも刺激的で甘美だった。

 官能的ですらあったあの絶頂を彼は忘れられなくなっているのだ。


 彼は敗戦の全責任を南征軍の指揮官、ウルバン将軍に負わせて彼を厳罰に処した。

 ウルバン将軍は財産を全て没収され、家は断絶した。

 長年に渡って功績のあった将に対するあまりの非道に、心ある貴族達は減刑を望む嘆願書を皇帝に提出した。

 そんな彼らはことごとく国政の中心から排除された。


 こうして皇帝に意見する者は誰もいなくなった。


 実は皇后の実家、バルトネクトル公爵家が河賊に悩まされているのを国が放置していたのも、この辺りのデリケートな政治情勢が関わっていたのだ。

 結局、軍が動くまでもなく公爵家は自力で何とかしてしまったのだが。


 その際に公爵領に、ミロスラフ王国のドラゴンの姿があったという話もあるが、常識的に考えてそんな馬鹿げた事はあり得ない。

 良くある荒唐無稽な噂話の類だと思われた。



 

 ダリミル皇太子の姿を認め、扉の前に立った衛兵が敬礼をした。

 いつも見慣れた衛兵とは違う男だ。

 ダリミルはその事にわずかな引っかかりを覚えた。


「父上。ダリミルです」

「・・・入れ」


 部屋の中には既に先客がいた。

 帝国の”二虎”と名高いカルヴァーレ将軍である。ウルバン将軍が失脚した今、”二虎”ではなく”一虎”と呼ばれるべきなのかもしれないが。


 カルヴァーレ将軍はウルバン将軍と同年代。

 共にヴラスチミル皇帝の信任の厚い名将である。


 どちらかと言えば騎士然としたウルバン将軍に対して、カルヴァーレ将軍は酷薄な印象を受ける。

 実際にカルヴァーレ将軍は敵に対して苛烈な報復措置を行う事で知られていた。


 ダリミルはチラリとカルヴァーレ将軍を見たが、彼は部屋を出るつもりはないようだ。

 そして皇帝も彼に退出するよう促しもしない。


 その事を訝しく思いながらも、ダリミルは自分が呼ばれた用件を尋ねた。


「それで私に何のご用でしょう」


 ダリミルは周囲には父親ではなく祖父の方に似ていると言われている。

 凡百な父親よりも名君であった祖父の聡明さに通じるものがあると言うのだ。


 しかし実は本人は自分はどちらかと言えば父親似だと考えていた。


 彼が聡明に見えるのは周囲の意見を素直に受け入れるためで、そこに強い独創性は無いと思っていたのだ。

 自分自身をそう捉えられる時点で既に凡百とは言い難いのだが、本人は未だに自分の才能を自覚していなかった。

 だからだろうか。

 彼は何の危機感も抱かずに、のこのこと虎口に飛び込んでしまったのだ。


「お前を反逆罪で拘束する」

「えっ?」


 ダリミルが耳を疑っている間にカルヴァーレ将軍が部下に指示を出した。


「衛兵! 反逆者だ! 拘束しろ!」


 既に前もって決められていたのだろう。二人の衛兵が飛び込んで来るとたちまちダリミルをその場に押し倒した。

 まるで市井の罪人に対するような扱いである。決して貴族に――ましてや王族に対して取って良い行動ではない。


「父上! これは何かの間違いです! 私の話を聞いて下さい!」


 皇帝が犬を追うように手を振ると、カルヴァーレ将軍は部下に命じた。


「地下牢に閉じ込めておけ。決して誰も近付けるな」

「父上! 話を! 私は決して叛意などございません!」


 なおも無実を叫ぶダリミルだったが、屈強な衛兵二人に捕まってはどうにもならない。

 引きずられるようにして部屋から連れ出されるのだった。




 遠ざかるダリミルの声もドアが閉まると完全に遮断された。

 皇帝はつまらなさそうに鼻を鳴らした。


「お前にかける情などとうにないわ。ワシにはハヴォックがいれば良いのだ」


 どうやら皇帝は今年三歳になるハヴォック王子に皇帝の座を継がせるつもりのようだ。


「それで皇后陛下の方は?」

「問題無い。既にあれを実家に送り返す手はずはすんでおる」

「差し出口を申しました」

「全くだ。早くも外戚(がいせき)気取りではあるまいな?」


 皇帝は現在の皇后と離縁してカルヴァーレ将軍の娘と結婚する事になっている。

 つまり今後カルヴァーレ将軍は皇帝の妻の父親、皇帝の外戚(がいせき)となるのである。


「いえそんな滅相も無い」


 大袈裟に驚いてみせるカルヴァーレ将軍。

 その時ノックも無しにドアが開いた。

 そこに立っているのは流行の衣装に着飾ったハッと目を引く美貌の若い女性だった。


「おお、ベリオール。私に代わって皇帝陛下のお相手をして差し上げてくれ」

「父上。私は皇后になるのですから、もう呼び捨てはお止め下さい」

「そうだったな。いや、そうでしたな皇后陛下」


 皇帝は若い女性に縋り付かれてまんざらでもない様子である。


「さあ陛下。今日のお仕事はもう終わりにして私とあちらに行きましょう」

「いや、それは・・・うむ。そうだな」


 やに下がった顔つきで美女に腕を引かれていく皇帝。

 カルヴァーレ将軍は涼しい顔で二人を見送りながら、どうしても頬が緩みそうになるのを懸命に堪えていた。


 ベリオールは元はカルヴァーレ伯爵家の傘下の貴族の娘である。

 派手な遊び好きで奔放な性格を実家が持て余していた所を、カルヴァーレ将軍がその美貌に目を留めて養女にしたのだ。


 皇帝の好みそうな顔立ちだと思って目を掛けたのだが、まさかこうまで上手くいくとは思わなかった。


 皇帝はハヴォック王子に跡を継がせるつもりのようだが、あの調子ではベリオールに子供が産まれればそちらを皇太子にするに違いない。

 仮にそうならなくても、その時はハヴォック王子に亡き者になってもらえばいいだけの事だ。

 そうなれば自動的に次期皇帝の座は娘の産んだ子に転がり込んで来るだろう。


 執務室で一人になったカルヴァーレ将軍は押し殺した笑い声を上げるのだった。




 この翌日、皇后は離縁され、生家であるバルトネクトル公爵家へと戻された。

 その数日後、ダリミル皇太子が獄中で服毒自殺をした。

 父親と祖国を裏切った事に対して、斬鬼の念に堪えかねての凶行と発表された。

 当然、この発表に納得する者はいなかったが、皇帝と軍部を怖れて誰も声を出せなかった。

 気骨のある人物は既に城内から一掃された後だったのだ。

 更にダリミル皇太子の葬儀も終わらぬ翌週には、後に傾国の美姫と呼ばれる事になるベリオールとの結婚が発表された。


 こうしてミュッリュニエミ帝国はハヤテ達の活躍にもかかわらず皇帝による軍事独裁色を濃くしていく。

 帝国は運命の岐路を大きく越えてしまったのだ。

これで第九章は終わりです。

最初は何事も無く素通りさせるつもりでしたが、あのハヤテ達が帝国に来て何もしでかさない(・・・・・・)のは勿体ない――というよりもしでかさない訳が無い、と気が付いて書いた章となります。

そんなきっかけで始めた話なので、今回はいつもよりも短目となっています。

とはいうものの、帝国の内情を書く機会は今まであまりなかったので、これはこれで書いていて楽しい話ではありました。

この後は何話か閑話を挟んで第十章を始めたいと思います。

いよいよチェルヌィフに到着したハヤテ達が何を知る事になるのか。

今から書くのが不安であり楽しみでもあります。


最後に、この作品をいつも読んで頂きありがとうございます。

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[良い点] なんかそのうち艦娘とか妖精さんのメンタルモデル出てきそう(小並) 元々あの娘らは九十九神的なサムシングだから、ファンタジー住人側な訳だし・・・ 長年居着いた結果、人型いんたーふぇいすを作…
[一言] あららこうなっちゃったか...これは本格的に帝国ヤバいやつだな。チェルヌイフに滞在中に帝国が攻めてきて協力する流れになり、どうしてドラゴンがここに...とかなりそうw
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