その13 カーチャ作戦
河賊の本拠地と思われる港町を見つけた僕達はUターン。バルトネクトル公爵の屋敷に戻って来た。
『何かあった?』
予定外の突然の帰還に、僕達を出迎えてくれたカルーラも緊張を隠せない。
『河賊の基地を見つけましたわ!』
『?! まさか?!』
ティトゥの言葉にギョッと目を剥く某団長。
逆にチェルヌィフ商人君は胡散臭そうな顔をしている。
まあ普通信じられないよね。てか、君はずっとここにいるけど自分の仕事はいいのかな?
『レオミールさんからあなた方の世話をするように言い付かっていますから』
どうやらチェルヌィフ商人レオミールは、僕達をこの領地に招き入れた件で周囲から吊し上げを食らっている最中らしい。
そこで自分が動けない分を彼に託したというわけだ。
大変だね。
『大変ですわね』
『・・・もう慣れました』
そう言って苦笑する商人君。
この様子では日頃からかなりレオミールに振り回されていると見た。
ワンマンな社長を持つと苦労するよね。ご愁傷様。
『そんな事より、さっきの話を伺いたいのだが』
某団長が焦れて口を挟んで来た。
彼の部下の騎士団員達も興味津々の様子だ。
『分かりましたわ。昨日の話ですが――』
『そんな事が・・・』
河賊に襲われた村の話を聞いて、某団長達はうなり声を上げた。
てかティトゥ、君、彼らに報告していなかったの?
カルーラとカーチャ、商人君は平気な顔だ。
どうやらこの三人は事前にティトゥから話を聞かされていたらしい。
あ、これ分かった。ティトゥはこの三人に話した事で説明が終わった気分になって、バルトネクトル騎士団に報告するのを忘れていたんだな。
ティトゥ、君ねえ・・・
『そして今日、港町のレーヴェでその船を発見したのですわ!』
僕の冷ややかな視線を感じたのだろう。ティトゥは若干早口で報告を終えた。
まあやってしまった事は仕方が無い。彼女が同じミスを繰り返さないように今後は僕も気を付けておこう。
『レーヴェですか? しかしあそこは河口にある街ですぞ。距離があり過ぎませんか?』
『! 団長、少し話が――』
ティトゥの話に釈然としない某団長だったが、彼の部下は何か心当たりがあったようだ。
団長は『失礼』と言って部下と二人でこの場を離れた。
少し離れた場所で部下から小声で何か説明を受けている様子だ。
どうだろう。ここから聞こえないかな?
あ、いけそうだ。
部下、声をひそめて『レーヴェの漁業ギルド長には以前から良からぬ噂があります』
団長『どういった噂だ?』
部下『ご存じの通りバルトネクトル領の花形はベネトン河を利用した水運業です。他の土地と異なり漁業はあまり盛んではありません。しかしそれにしては漁業ギルドは妙に金回りが良いのです』
団長、ハッとする『・・・河賊が漁業ギルドを隠れ蓑にしていると言うのか?』
部下、頷く『あるいは河賊の息がかかった者がギルド長に据えられているのではないでしょうか』
なるほどなるほど。
レーヴェの港町は河賊との癒着があったんだな。
あるいは元々裕福な地元の網元に権力が集中して豪族化、漁師を配下として加えたのがこの土地の河賊の始まりなのかもしれない。
まあ河賊の成り立ちはどうでもいいか。
なかなかに耳寄りな情報だった。どうやら港町レーヴェの漁業ギルドが河賊に関係していると見て間違いないようだ。
あるいは町ぐるみで河賊に関わっている可能性すらあるだろう。
『ハヤテ? どうしたんですの?』
僕が何かに気を取られているのに気が付いたのか、ティトゥ達が不思議そうに僕を見上げた。
彼女達ともこの情報は共有しておくべきだ。
とはいえ、流石に某団長達の前で説明するわけにもいかない。
僕が盗み聞きしていた事がバレちゃうからね。
『アト』
『? 分かりましたわ』
この場では言い辛い内容だと察したのだろう。ティトゥは大人しく引き下がってくれた。
『河賊の本拠地が分かったのは大手柄。後はバルトネクトル騎士団に任せればいい』
『・・・でも証拠はないんですよね? のらりくらりと躱されている間に河賊を取り逃がす事になりませんか?』
商人君の言葉に、この場に残った騎士団員が渋い顔になった。
あれは心当たりがあるって顔だね。
確かに商人君の言葉には説得力がある。というか多分彼の言う通りになるんじゃないだろうか。
なにせこの土地は河賊にとってのホームグランドだ。潜伏出来る町や村なんていくらだってあるだろう。
そうしてほとぼりが冷めた頃にまた本拠地に戻ってくればいいわけだ。
『それじゃ堂々巡りですわ』
『・・・賊との戦いはそういうもの。根絶は無理』
『耳が痛いですね』
財産を抱えて街道を行き来する商人にとっては、賊との戦いは切っても切れないものなんだろう。
商人君も苦笑するしかない様子だ。
ふむ・・・確かに根絶は無理だろうなあ。
『ハヤテに何か良い考えはありませんの?』
おっと、ティトゥ。ここで僕に振りますか。
ティトゥの言葉にカルーラ達も僕を見上げた。
いやいや、そんな風に期待されても、僕の中身は平凡な社会人(引きこもり)で、僕の体はただの戦闘機に過ぎないんですが。
・・・まあいいや。
『サクセン』
『何か思いついたのですわね?!』
パッと明るい表情を浮かべるティトゥ。
ううっ。彼女の期待のまなざしが凄いプレッシャーに・・・
けど、根絶は不可能でも僕にだってやれることはあるはずだ。
要は河賊が町に居辛くなればいいのだ。
『それはそうですが、そんな方法があるんですか?』
難しいけど、多分、今回に関してはやれなくはない。と思う。
『アル カーチャサクセン』
『うえっ?! 私ですか?!』
僕の作戦名にカーチャが驚いて変な声を上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
港町レーヴェのとある建物の一室。
河賊のボスは部下からの報告を受けて、その赤ら顔を怒りで真っ赤に染めていた。
「テメエら、俺の命令を無視して動きやがったのか?!」
「そ・・・それは・・・その。すみませんボス」
激昂するボスに部下は大きな体を小さく縮めた。
「それどころか負けて手下を失うとは何事だ?! それで、どれくらいやられた?!」
「・・・ウッドさんを含めて三十人程が」
「ウッドが? アイツは今どうしている。自分で報告に来られない程のケガを負ったのか?」
どうやらウッドというのはハヤテにやられた河賊達のリーダー格の男のようだ。
ボスの問いかけに部下の声は益々小さくなった。
「聞こえねえぞ! もっとデカい声で喋れ!」
「ウッドさんは化け物にやられて死にました」
部下の言葉にボスはギョッと目を見開いた。
「ウッドが死んだのか? なっ! まさか化け物にやられた三十人ってのも全員死んだのか?!」
部下は小さく頷いた。
あまりの犠牲者の数にボスは力無くイスの背もたれにもたれかかった。
「そんな・・・ 一艘沈められたって話だが、まさか全員その船で溺れ死んだとは言わねえだろうな」
「いえ。船が沈められたのはウッドさんがやられた後で・・・ 俺達が村で化け物を――」
部下の話はボスにとって信じられないものだった。
死んだ三十人の仲間のそのほとんどが化け物に一撃でやられたというのだ。
「ふざけんな! そんな化け物いるはずが――」
この時、ボスの頭に電撃のようにとある噂話が閃いた。
「ドラゴン・・・」
「! そんな! あれは作り話じゃ?!」
先日ペニソラ半島に進軍した五万の帝国南征軍。瞬く間に小ゾルタの首都を陥落せしめた彼らだったが、次いで進軍した先、ミロスラフ王国で敗れ、敗軍となって帰国した。
その南征軍を退けたのがミロスラフ王国のドラゴンだったというのだ。
しかし彼らはそれを兵士達のホラ話だと思っていた。
戦場にはそういったまことしやかな噂話が付き物だからだ。
「ここは帝国ですぜ! ミロスラフのドラゴンが何でこんな所まで?!」
「俺が知るか! だが仲間が一瞬で三十人もやられたんだ! そうとしか考えられねえだろうが!」
奇しくも化け物の特徴も噂に聞くドラゴンと一致している。
ボスはイライラとアゴ髭を弄んだ。
「とにかく、そんなヤツの相手を俺達がしてやる義理はねえ。ほっときゃ帝国のヤツらが何とかするだろうよ。俺達はヤツらがつぶし合うのを見物してればいい。いいか、今度こそ大人しくしていろ。今度俺の命令を破って勝手に動いたヤツはドラゴンに殺される前に俺がブッ殺してやる! 分かったな!」
「へ、へい!」
ボスは勘違いしていた。
ドラゴンと帝国が敵同士だと思い込んでいたのだ。
まさかドラゴン――ハヤテが、バルトネクトル公爵家に協力して彼らを潰そうとしているとは思いもよらなかったのだ。
こうしてこの日の夜は更け、彼にとって人生最悪の日となる夜明けを迎えた。
次回「悪名」