その6 打ち合わせ
僕は試運転を終えて無事に着陸した。
そんな僕をティトゥ達が出迎えてくれた。
エンジンは順調そのもの。すぐにでもバルトネクトル公爵領に飛べるんじゃないかな?
『ではバルトネクトル公爵領へ出発ですわ!』
早いな!
すぐにでも飛べるとは言ったけど、本当にすぐに飛ぶ事になるとは思わなかった。
とはいえ、別に他にやらなきゃいけない事がある訳じゃないからそれでもいいのか。
手早く用事を済ませば、それだけ早くチェルヌィフ王朝に向かえる訳だしね。
けど、その前に設定の確認をしておこうか。
まず、僕達はミロスラフ王国から来た竜 騎 士――ではない。
全くの別人だ。それはいいね?
『他人の空似と言い張るには無理があると思いますが・・・』
メイド少女のカーチャが何とも言えない顔で呟いた。
そりゃまあ、自分で言ってても無理があるとは思うけど、先日の戦争で僕は随分と帝国兵の恨みを買っているからね。
ティトゥ達の安全のためには別人という事にしておかないとマズイ。
こういうのは建前が大事だから。
『もちろん分かっていますわ! 私はマリミテ家の令嬢、ティトゥ・マリミテ。そしてハヤテはドラゴンではなく、我が家で飼っている翼馬ですわ』
そう。ティトゥはナカジマ家の当主じゃないし、僕はドラゴンじゃない。
僕達はミロスラフ王国の竜 騎 士に良く似てるかもしれないけど、全くの他人の空似だ。
だからここにいるのは竜 騎 士ではない。OK?
『りょーかい、ですわ』
同じ理由でカルーラも名前を隠さないとマズイ。
危険度でいえばティトゥよりもむしろカルーラの方が上かもしれないからだ。
なにせ本来、カルーラは帝国軍に狙われる立場だ。
とはいえ、さすがに一般の帝国貴族まで小叡智の事を知っているとは思えないし、公式には現在カルーラは使節団の代表としてミロスラフ王国にいる事になっている。
写真もなければ新聞もないこの世界で、ここにいる彼女と小叡智のカルーラを結びつけられる人はそうそういないのではないだろうか?
とはいえ念のため彼女は貴族の令嬢ではなく、チェルヌィフ商人の娘という事にしてもらう。
チェルヌィフ商人なら帝国にいても何の不思議もないからね。
『分かっている。それにカルーラという名前はチェルヌィフでは珍しくない。帝国人は気にしないと思う』
それは益々もって好都合。
というわけで、カルーラはチェルヌィフのエチゴという町にあるチリメン商会の娘、という設定でいくことにした。
『カルーラ・チリメン。何だか不思議な名前』
カルーラは僕の考えた家名をブツブツと口ずさんでいる。
ちなみに二人の家名はティトゥに頼まれて僕が考えたものだ。
チリメン商会の元ネタは言うまでも無く「者ども控えい! この印籠が目に入らぬか!」の決め台詞で有名なご長寿時代劇から頂いている。
チェルヌィフ商人のレオミールには、二人はこの偽名でバルトネクトル公爵家に訪れると告げた。
『なるほど。確かに今の帝国人にとって竜 騎 士の名前は刺激的過ぎますからな。分かりました』
彼は僕達の来訪を告げるために、自ら馬に乗ってバルトネクトル公爵領へと旅立って行った。
小太りの見た目と違って随分とフットワークが軽いんだな。
確か公爵って五爵の位の第一位だっけ? そりゃあ部下に任せていい相手じゃないか。
『私の家名のマリミテにはどういう意味があるんですの?』
おおうティトゥ・・・ 今になってそれを聞きますか。
「マリミテ」は「マリみて」。そう、あの有名な少女小説「マリア様が〇てる」が元ネタとなっている。
ティトゥがマリエッタ王女達から「お姉様」と呼ばれているから思い付いたんだけど・・・ これってどうやって説明しよう?
『あれはハヤテ様が何か良くない事を考えている時の態度です!』
『・・・ハヤテ、正直におっしゃい』
カーチャの指摘にティトゥの眉がキリリと吊り上がった。
相変わらずカーチャは無駄に鋭いな。
仕方がない。僕はなるべく言葉を選んで説明した。
『ハヤテの知っている物語の主人公の雰囲気が私に似ていたから、ですの?』
『・・・本当でしょうか。まだ何か誤魔化している気がします』
ティトゥは「マリミテ」が主人公の名前だと勘違いしたようだ。
まあ、そうミスリードするように説明したんだけどね。
これでひとまず彼女は納得してくれた。
そして、どうしてカーチャは僕に対してそんなに信用が無いんだろうか?
まあ実際に誤魔化しているんだから、何も言い逃れは出来ないんだけど。
『では、次はカーチャの名前ですわね』
『ええっ?! 私もですか?!』
ティトゥの提案にカーチャは驚いたが、・・・すぐにどこか期待を込めた眼差しで僕を見上げた。
案外興味があるようだ。
「じゃあ、ザンネンメイドで」
『それって以前、悪口って聞かされたヤツじゃないですか! そんな名前イヤです!』
顔を真っ赤にして怒るカーチャ。そしてクスクスと笑うティトゥ。
まあお約束だね。
というか、ティトゥもメイドのカーチャに偽名は必要無いと分かっていて僕に振ったよね。
つまりカーチャはティトゥにからかわれたのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、そんな感じでみんなと打ち合わせを終えると、僕はひとっ飛び。
チェルヌィフ商人のレオミールに教えられていたバルトネクトル公爵家の屋敷に到着した。
馬で三日の距離なんて、僕が飛べばあっという間だからね。
早く着いたので、乗り物酔いに弱いカルーラはホッとしているようだ。
『出迎えの用意は出来ていないみたいですね。まだレオミールさんからの連絡が入っていないんでしょうか?』
カーチャが屋敷を見下ろして呟いた。
『庭にいるのはレオミールじゃない? 丁度準備しようとしていた所なんですわ』
そうだろうか? 僕にはティトゥが言うようには見えないんだけど。
突然現れた未確認飛行物体に、どうしていいか分からずに右往左往しているだけなんじゃないの?
『到着したのなら早く降りたい』
カルーラの座席からは下の様子が見えていない。
彼女は早く僕から降りて地面に足を付けたいようだ。
『そうですわね。ハヤテ』
う~ん、気が進まないけど、いつまでも屋敷の上をグルグル旋回している訳にもいかないか。
仕方が無い。
僕は心を決めると大きく旋回。ゆっくりと着陸コースに入ったのだった。
なんだろう。この久々に感じる「しでかしてしまった」感は。
カーチャも僕と同じ空気を感じているのだろう。落ち着かない様子で一言も発していない。
現在僕は屋敷の庭に着陸している。
――いや、本気で焦ったよ。
目測を誤った僕は危うく屋敷に突っ込む所だったのだ。
冬からこっち、めっきり他人の家の中庭に着陸する機会が無かったので、狭い場所に着陸する感覚を忘れていたようだ。
今も僕達は屋敷に逃げ込んだ人達から無数の恐怖の視線を浴びている。
居心地が悪いったらないよね。
『こうしていても仕方がありませんわ。カーチャ降りますわよ』
『ううっ。分かりました』
ティトゥが風防を開けると、カーチャは嫌々立ち上がった。
『初めまして! 私はミロスラフ王国のティトゥ・マリミテですわ!』
ティトゥの凛とした声がしんと静まり返った屋敷内に響き渡った。
僕はティトゥに続いて降りようとしていたカルーラを呼び止めた。
「カルーラ、ちょっと待って。僕の話を聞いて欲しい」
「飛行機さん?」
最近はずっとティトゥが一緒にいたから、彼女とこうして日本語で相談する機会が無かった。
やっぱり細かいニュアンスは自分の使い慣れた言葉じゃないと伝えられない。
「君が僕の決定に納得していないのは分かっている。だから三日だけ君の時間を僕達に預けて欲しい。その間に何としても目処をつけるから」
カルーラは疑わしそうな目をしている。
やはり弟の事が心配なのだろう。
「もし三日で進展が無くても、そこで今回の件は打ち切りにする。約束するよ」
「それは・・・ たった三日じゃ何も出来ないんじゃないかしら?」
「それでも打ち切るから。いつまでも帝国に関わってはいられないって言ったよね。あれはウソじゃないから」
カルーラの弟だけじゃない。カルーラ姉弟二人共が今後も帝国に悩まされないようにするためにも、この領地の河賊はどうにかしないといけない。
だけどそのためにいつまでも時間を割いてはいられない。
だから期限を決める。
その期限内に出来ても出来なくても僕達はこの領地を去る。
僕はその期限を三日と決めた。
だからカルーラには三日間だけ我慢して欲しい。
「・・・分かった」
カルーラはまだ疑いが晴れていない様子だ。
彼女としては一刻も早くチェルヌィフに戻りたい。
けど彼女は今の自分が完全に僕達のお荷物であると知っている。
そして彼女には僕達に対する強制力は何もない。
今の彼女はティトゥの好意で僕に同乗を許されているに過ぎない。
そのせいもあってあまり強く我を通す事が出来ないのだろう。
僕は降りていくカルーラの背中を見送った。
僕はまだ完全に彼女の信用を得ている訳では無い。
当たり前だ。
彼女はチェルヌィフ王朝の貴族の娘。僕はミロスラフ王国のナカジマ家のドラゴンなのだ。
信用は今後の行動で勝ち取るしかない。
次回「紛糾する会議」