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エピローグ 翼は大陸へ

今回で第八章が終了します。

◇◇◇◇◇◇◇◇


 メイドのモニカがコノ村に戻って来た。


 彼女がこれ程長くコノ村を離れたのは初めての事である。

 大国チェルヌィフ王朝の秘中の秘、謎の組織が相手と知り、彼女は即座に行動を開始した。

 相手は聖国の情報部ですら掴み切れない程の組織である。彼女も慎重にならざるを得なかったのだった。


 ボハーチェクの港町に出向いたモニカは、大至急聖国王城と連絡を取った。

 その後、同港町で入念に根回しを重ね、十分な準備が整った事を確認した上で、彼女はコノ村に戻って来た。


 そんな彼女を待っていたのは、代官のオットーの非情な返事だった。


「ご当主様でしたら、今朝、ハヤテ様とチェルヌィフに旅立たれましたが」

「は?」


 かなりレアなモニカの変顔が見られた瞬間であった。

 しばらくの間状況が掴めずに魂が抜けていたモニカだったが、ハッと我に返ると鬼のような形相で代官のオットーに詰め寄った。


「詳しい話をなさい! 早く!」

「は、はあ。あのですね・・・」


 鬼気迫るモニカの迫力にしり込みするオットーだったが、かいつまんで今までの事情を説明した。


 話が脳に染み渡るにつれ、次第にモニカの心を大きな衝撃と後悔とが占めていった。


「しまった・・・私はなんて馬鹿だったんでしょうか! 何が王朝の秘密組織ですか! あの人達――竜 騎 士(ドラゴンライダー)の馬鹿げたスケールに比べれば、所詮は人間の作ったちっぽけな大国のつまらない集まりに過ぎないと分かりそうなものを!」

「ちっぽけな大国って・・・それにその評価はどうなんでしょうか」


 オットーのもっともなツッコミも彼女の耳には入らなかったようだ。

 ショックのあまり腰から力が抜け、ガクリと膝を付くモニカ。

 どうやら今日は彼女の珍しい姿を大盤振る舞いする日のようだ。


 そう。モニカはチェルヌィフ王朝の秘密組織という大物に思わず目が曇り、つい昔の――聖国の諜者であった頃の常識に従って行動を起こしてしまったのである。


 竜 騎 士(ドラゴンライダー)に常識は通じない。


 嫌と言う程分かっていたはずの大前提を、彼女はついうっかり見落としてしまったのである。

 彼女が優秀過ぎるが故に起こった過ちとも言えた。

 こうして彼女は、よりにもよってこの大事な局面で置いてけぼりを食ってしまったのだった。


「このモニカ・・・一生の不覚」


 まるで敗戦の将のような台詞と共にガクリとうなだれるモニカ。

 オットーは自分の机の前で落ち込む彼女を迷惑そうに見つめるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 僕はティトゥ達を乗せて高度1000mを飛んでいる。

 春の日差しが操縦席の中を照り付ける。絶好の飛行日和だ。


『カズダ様、大丈夫ですの?』


 ティトゥがイスの後ろ、胴体内補助席を振り返った。


『へ、平気。どうという事は無い』


 胴体内補助席で青白い顔をしているのはカルーラ・カズダ。

 どうやら彼女もあまり乗り物に強くない性質(タチ)のようだ。

 ティトゥの膝の上のカーチャが気の毒そうな表情を浮かべている。

 ちょっと前までは君も酷いものだったからね。


『どこか良さそうな場所を見つけたら休憩にしましょう』

『大丈夫。耐えられ・・・うぷっ』

『ハヤテ! 急いで!』

「了解!」


 かつてカーチャからリバースされた悪夢が蘇ったのか、ティトゥが慌てて僕に降りるように指示を出した。

 僕は適当な広場を目掛けて急降下。


 間に合ええええええっ!


 あ、ちなみに間に合いました。

 良かった良かった。




 僕はカルーラを乗せてチェルヌィフ王朝まで飛ぶ事に決めた。

 以前はティトゥを置いてカルーラを乗せるのはどうこう、とか言っていたけど、王朝内に帝国軍非合法部隊が入り込んでいるのが分かった以上、最早一刻の猶予も無い。

 今は少しでも早く王朝に飛んでカルーラの弟を守らなければならない。


 いくら帝国軍が精強でも、空を飛んでいる僕に手が出せないのは昨年末の戦争で証明されている。


 なんならバレク・バケシュとカルーラの弟を連れて、一時的にミロスラフ王国に逃げ込んだっていいのだ。


 向かうなら早い方が良い。


 僕はティトゥ達にそう説明した。

 帝国人に攫われていたトマス達が戻って来たばかりだというのに、今度は弟が狙われていると知って、カルーラは気が気でないようだ。

 そして話を聞いたティトゥは一緒に行く気満々だった――って、なんでだよ! 君、さっきの僕の話を聞いてた?


『勿論聞いてましたわ!』


 以前僕はティトゥに、「チェルヌィフ王朝に向かう事を決めた」と打ち明けた後、ちゃんと事情を説明した。

 彼女はその日のうちにオットーを説得、自分も一緒に行く事を納得させたらしい。


 えっ? マジで?


『・・・決して納得した訳ではありません』


 無表情に答えるオットー。

 オットーとしては決して納得は出来ない。納得は出来ないものの、ティトゥから僕にはお目付け役が必要と言われた事で、断腸の思いで許可を出したのだそうだ。


 って、何だよその理由。何で僕はそんなに君らに信用が無い訳?

 ちょっと行って戻って来るだけだって。

 ていうか領主のティトゥが領地を離れていいわけ?


『良くはありませんが・・・』

『私がいなくてもオットーさえいれば大丈夫ですわ!』


 自信満々に言い切るティトゥ。

 いや、ここはそんな風に言い切る場面じゃないから。ほら、オットーが凄く悲しそうな顔をしているじゃないか。


『ハヤテ様の速度なら、問題になる程領地を空ける事にもならないでしょうし』


 領主といえども常に領地でじっとしているという訳じゃない。

 仕事の都合でどうしても他所に足を運ばなければならない時だってある

 例えばティトゥパパだって、去年は新年式、ゾルタとの戦争、戦勝式典、ティトゥの叙位の際と、都合四度もマチェイを離れている。

 中でも戦勝式典の時はひと月もマチェイを空けていた程だ。


 ましてやこの世界の交通事情は中世レベルだ。

 ちょっとした移動にも、どうしても時間が取られるものである。


『だから私が外に出ても大丈夫なのですわ!』

『ですから大丈夫という訳では・・・出来るだけ早くお戻り下さい』


 胃の辺りを押さえながらオットーが懇願した。

 彼の健康のためにも手早く用事を済ませて戻る事にしよう。そうしよう。


 ちなみにこの会話の最中、元宰相のユリウスさんはどこか遠い目をしていた。

 あの目は理解を諦めた目だった。多分。

 どうやら彼にとってティトゥ達の決定はよほど非常識なものだったようだ。



 ・・・実は僕はティトゥが一緒に来る事になって嬉しかった。

 もちろん彼女の安全の事を考えるならナカジマ領で待っていて貰うのが一番だ。

 けど、ティトゥが僕の事を「目が離せない」と思うように、僕だってティトゥの事を「目が離せない」と思っているのだ。


 今回の事もそうだけど、彼女は目を離すと何をしでかすか分からない。

 僕が近くにいて安全を見張っておかないとね。


 ティトゥのメイド少女カーチャが心配そうにしている。


『ハヤテ様。ティトゥ様をよろしくお願いしますね』

『何を言っているんですのカーチャ。あなたも行くんですわよ』

『うえっ?!』


 ハイ。カーチャの変顔頂きました。

 予想もしない言葉だったのか、ギョッと目をむくカーチャ。


『私とカズダ様とハヤテ。あなたが来ないで誰が雑用をこなすんですの』

『そ、それは・・・確かにそうですが・・・』


 貴族のご令嬢二人と飛行機一機。なる程。確かにこれ程生活力に欠ける組み合わせはそうそう無いよね。

 カーチャもティトゥに言われてその事に気が付いたのだろう。

 思わずダンボールに入った捨て猫のような目で僕を見上げた。


『ワタクシモ、サヨウニゾンジマス』


 カーチャはガックリと肩を落とすと、『旅行の準備をしないと』と言い残しておぼつかない足取りでテントを出て行った。

 ドンマイ、カーチャ。そのうちきっと良い事があるよ。


 そういえばこういう時に頼れるメイド、モニカさんはどこに行ったんだろうか?


 とはいえ今回は胴体内補助席はカルーラが使うだろうから、モニカさんの乗る場所は無いんだけど。


 ・・・う~ん。戦力としてはティトゥを抜いてモニカさんを入れた方がパワフルになるよな。

 メイド師弟コンビとしてのコンボも期待できるし。

 どうだろう。ティトゥを抜いて代わりにモニカさんを入れるというのは。


『ハヤテ?』


 何かを察したのか、ティトゥは若干冷ややかな目で僕の方を見上げた。


 ・・・


 ・・・え~と。


 まあそんなこんなで僕達はチェルヌィフ王朝へと向かう事になった。

 目的は第一に帝国の部隊からカルーラの弟を助ける事。

 第二にバレク・バケシュとの会談。

 そしてオットーのためにも出来るだけ早く帰って来る事。以上。

 みんなよろしいかな?


『誤魔化しましたわね』

『誤魔化しましたね』

『ハヤテ様・・・』


 僕はみんなから白い目で見られるのだった。

 バレバレっす。




 ティトゥ達を乗せてゾルタの上空を飛びながら僕は考えにふけっていた。


 バレク・バケシュはどんな人物なのか。

 元の世界に戻る方法は見つかるのか。

 そしてもし、見つかったならば・・・僕はどうするべきなんだろうか?


 もちろん日本には戻りたい。いや、戻るべきだ。

 この世界での僕はあくまでも異邦人で、四式戦闘機のこの体は仮初のものなんだから。

 でも・・・僕はティトゥを置いて行きたくはない。

 たった一年間の生活だったけど、今や僕の中では彼女の存在はそれほど大きなものになっていた。


 ――いや。それも全てはカルーラの弟を帝国の部隊から守り切った後の話だ。


 今は目の前の事に集中しよう。


 僕はひとまず迷いを振り切ると大陸を目指して飛ぶのだった。

第八章お付き合い頂きありがとうございました。

一章あたりの話数が増えていく傾向にあって、今回は無事に20話そこそこで纏める事が出来ました。

とはいえ、読まれた方は分かっての通り、第八章は次の話に続く章となっています。

全体のお話としては、やはり結構なボリュームになってしまうんじゃないか、と考えています。

この後は何話か閑話を挟んだ後、出来るだけ早く第九章を始めたいと思います。


まだブックマークと評価をされていない方がいらしたら、今からでも遅くありませんので是非ともよろしくお願いします。


この作品をいつも読んで頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『ちっぽけな大国』がツボにハマり笑いが止まらず^^;;;
[一言] 第八章完結お疲れ様でした。 ティトゥがハヤテと共に行くことになってホッとしました。 243話辺りから二人のパートナーシップに不穏な気配が漂っていたので……。 以前にも書きましたがこの二人は…
[一言] モニカ貴女には伝説の軍師「リハク」の称号を与えよう。
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