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その20 帝国軍非合法部隊

 僕はしばらく爆撃後の船の上を飛んでいたが、眼下の光景は目を覆わんがばかリだった。


『・・・沈んでしまいましたわ』


 ティトゥがポツリと呟いた。

 そうだね。沈んじゃったね。


 先程まで見えていた船首も水面に沈み、真っ黒な海の上は僅かばかりの燃えさしが残るだけの漆黒の闇に塗りつぶされていた。


 どうしてこうなったし。


 いや、原因は分かっているんだよ。

 船のサイズに対して爆弾の威力が大き過ぎたのだ。


 大き過ぎたのだ。とか言われても困るんだけどね。

 爆弾の破壊力って僕の意志で調整出来るわけじゃないんで。


 それはともかく、半分だけ残った船の前部もついさっき海に沈んでしまった。


 周囲に散らばった燃えさしも消えた今、海上はすっかり元の真っ暗闇だ。

 真っ暗過ぎて、海に落ちた帝国人どころかトマス達の乗った小舟すら見付けられない。


 ・・・


『カエル』

『そうですわね。帰りましょうか』


 幸い後ろ半分には人の姿は見えなかった。

 だったら爆発でやられた人はいないんじゃないだろうか?

 まあ、ケガをした人くらいはいるだろうけど、それは自業自得。

 自分達がトマス達を誘拐したのがそもそもの原因なのだ。

 罰を受けたとでも思ってもらおう。


『この距離だと泳いで岸までたどり着くのは難しそうですわね。ロマに言って舟を出して貰いましょう』


 そうだね。漁師達は屈強だし、長時間漂流して疲れ果てている帝国人には後れを取らないだろう。きっと。

 舟の上なら彼らの方が地形効果を受けられるだろうし。

 でも念のために腕っぷしの立つ人達だけで行ってもらおうかな。


 ちなみに翌朝、ティトゥがロマ爺さんに相談したら、場所を聞いてすぐに、『村にはそんなに遠くまで行ける舟はありません』と言われてしまった。

 そこで僕達は船を手配するために、急遽ボハーチェクの港町まで飛ぶ事になった。


 オルドラーチェク家の頼れる執事――じゃなかった、家令のシェベスチアーンに帝国人の救助を依頼した僕達は、オルドラーチェクさんに連絡される前に急いでとんぼ返りをするのだった。

 いやね、ティトゥがこの手の貴族の挨拶回りを本気で嫌がるんですよ。

 これじゃいかんと僕も思うんだけど、全然聞く耳を持たなくて。

 カーチャの日頃の苦労がしのばれるよね。


 そんなこんなでその日一日、僕達はそわそわしながらトマス達の帰りを待つのだった。



 結局トマス達が戻って来たのは、日が落ちてそろそろ夕方から夜になろうとする時刻だった。


『この度はご心配をおかけしました』


 シーロの手配した商人に連れられて馬で戻って来た二人は、駆け付けたカルーラさんに抱きしめられた――らしい。


 らしい、と言うのは僕はその時テントの中にいて、その場にはいなかったからだ。


 カルーラさんは二人を抱きしめて離さず、トマスとアネタは少し困った顔をしながらも嬉しそうだったそうだ。

 実際に現場まで飛んでいたティトゥと違って、話を聞かされていただけのカルーラさんは、ずっと二人の事を心配していたからね。

 異国の地で一人ぼっち。自分は何も出来ずにただただ無事を祈るだけ、というのも辛かったと思うよ。

 ましてやカルーラさんは、トマス達が攫われたのは自分のせい、ってずっと自分を責め続けていたからね。


 実際に二人が無事に戻った姿を見て、感情が爆発してしまっても仕方が無いんじゃないだろうか。


 その後、トマス達は僕の所にも来て『ハヤテ様のおかげで助かりました。命を救って頂き、お礼の言葉もありません』と頭を下げた。

 二人と一緒に、というか両手を二人とつないでいたカルーラさんもつられて頭を下げていたよ。

 いや、つられてじゃないか。カルーラさんも僕に感謝していたんだろう。

 二人を助けてくれてありがとうって。


 でも今回は僕は僕の役目を果たしただけで、直接二人を助けたのはチェルヌィフ商人のシーロだからね。


 ちなみにシーロは舟を下りた所で二人と別れたらしい。

 何やら用事を済ませたらコノ村に来ると言っていたそうだから、じきにひょっこり顔を出すんじゃないかな。


 カルーラさんは今でも二人に申し訳なさそうにしているけど、悪いのはカルーラさんじゃなくて帝国のヤツらだから。


 トマス達もそう考えているのだろう。カルーラさんが謝ろうとすると、『謝られるような事はありません』とピシャリと遮ったらしい。

 相変わらず出来た子だよトマスは。

 実は君も転生者で中身はいい大人なんじゃない?



 そんなこんなで、現在家では二人の無事な帰還を祝って豪華な食事が振る舞われている最中だ。

 楽しそうな声が僕のテントまで聞こえている。

 流石のユリウス元宰相も今日は無礼講なのだろう。

 ティトゥが羽目を外し過ぎないか若干心配だ。

 彼女はすぐに自分の活躍を盛る(・・)からね。

 娯楽の少ない世界のせいなのか、またそれが周囲に評判が良いのが困りものなのだ。

 なんで僕が困るのかって? そんなのティトゥの話には必ず僕が登場するからに決まっているだろ。


 という訳で、僕は二人が無事に戻って一安心しながらも、宴会に加われずにちょっとだけ寂しい思いをしていた。

 ふと気が付くと、テントの入り口に異国風の若い商人――シーロが立っていた。


 相変わらずこの男は神出鬼没だな。


 シーロはチラリと賑やかな家に目をやるとテントの中に入って来た。


『ハヤテ様においては昨夜は鬼神もかくやといった大層なご活躍。このシーロ、じかにハヤテ様のお力を目にする機会を得て大変感服致しました』

『アッソ』

『・・・なんだかつれないですな』


 僕の塩対応に大袈裟に残念そうにするシーロ

 シーロと付き合っていて分かった事だが、彼は偽悪趣味というかボケ体質というか、ツッコミ待ちなところがあるのだ。

 その証拠に今も外面は残念そうにしながらも、その言葉からはどこか嬉しさが滲み出ている。

 なんとも面倒な性格だよ。


 それはそうとこんな所で僕と話してないで、みんなの所に行ってくれば?


『まああちらにはこの後顔を出して来ますが、先にハヤテ様に話しておきたい事がありまして』


 ふむ・・・ 何だろうね。シーロの顔付きからなにやら厄介な話であるのは間違いなさそうだ。

 いいでしょう。伺いましょうか。


『ヨロシクッテヨ』

『実は帝国の工作員から得た情報なんですが――』


 シーロが得たという情報は、僕にとっても看過出来ないものであった。



『話が話なんで、もしハヤテ様が面倒を避けるおつもりでしたら、誰にも漏らさずに黙っていますが?』


 なるほど。シーロは僕に気を使ってくれているんだな。

 その気持ちは有難いけど、もう僕は決めているから。


『ミンナ、ハナス』

『そうですか。・・・向かわれるおつもりなんですね』


 そう。僕はカルーラの誘いを受けてチェルヌィフに向かう事に決めている。

 今更向かう理由がもう一つ増えた所で変わりはない。

 むしろ尚更向かわないとという気持ちになれたよ。


 僕の心が伝わったのだろう。

 シーロは懐から手のひらサイズの木の板を取り出した。


『こいつはチェルヌィフ商人ネットワークに用意させた手形です。あちらで役に立つ事もあるかもしれません』


 僕はシーロから手形を受け取――る事が出来なかった。

 え~と、どうしようか。

 大事な物っぽいからティトゥに預けてくれないかな?


『そうですね。ひとまず私がお預かりして、後で当主様にお渡ししておきます』


 シーロは僕に手形を手渡そうとして、僕が動かないと知ると、バツが悪そうに手形を引っ込めた。

 なんだかゴメン。

 僕、みんなからドラゴンとか呼ばれているけど、実は飛行機だから。可動部分は結構限られているから。


 シーロは最後に僕に挨拶をすると、ティトゥ達が食事をしている家に入って行った。



 僕はさっきのシーロの話を思い出していた。


 帝国の工作員はトマスをカルーラの弟だと勘違いして誘拐した。

 つまり彼らの中ではカルーラよりも彼女の弟の方が優先度が高いのだ。

 実際にカルーラも以前、小叡智(エル・バレク)としては弟の方が上だと言っていた。


 そう。小叡智(エル・バレク)を狙う帝国が、チェルヌィフにいる彼女の弟を狙っていない訳が無いのだ。


 現在カルーラの弟、キルリアを狙って、帝国軍非合法部隊と呼ばれる者達が多数チェルヌィフ王朝に入り込んでいるという。

 敵国である王朝の最奥、それも本命のキルリアを狙うとあって、彼らは僕達が相手にした帝国工作員の何倍もの規模を誇る本格的な部隊らしい。


 シーロは帝国工作員達から得た断片的な情報からその事実を掴んだ。


 バレク・バケシュに呼ばれている僕にとっても、キルリアが帝国に攫われてしまうのは好ましくない。

 いや。そんな事よりも、カルーラは昨日今日出会ったばかりのトマスが攫われただけであれだけ取り乱していたのだ。

 そんな彼女がもし実の弟を攫われたとなればどうなるだろうか。


 僕が行って何が出来るかは分からない。でもカルーラのためにも放ってはおけない。


 僕は早急にチェルヌィフ王朝に向かう覚悟を固めるのだった。

次回「エピローグ 翼は大陸へ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 来訪者編も終わりですね~。どうでもいいですけど来訪者編って書くと「さすがです、お兄様」のあれっぽいですね。 [気になる点] さて後は王朝まで誰を連れていくかですね…周囲は大反対しそうだけど…
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