その17 救出作戦
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時間は深夜になろうとしている。
暗い船室に押し込められたトマスとアネタは不安に眠れずにいた。
二人を殺すつもりのない帝国工作員達は、船が十分に沖に出た所で二人の拘束を解いていた。
彼らは二人に食事と水を摂らせると部屋を出て行った。
今もドアの外で見張っているのだろう。時折彼らの立てる音が聞こえている。
聡明なトマスは、彼らの会話の断片から自分達がカルーラの弟と間違って誘拐された事を察していた。
もし、ここで自分達が本当はカルーラとは縁もゆかりもない存在だとばれてしまったらどうなるだろうか?
過ちを認めて解放してくれる? まさか。
口封じに殺されるか、カルーラとの交渉の材料に使われるか。
男達の態度から考えて、どのみち無事に解放してもらえるとはトマスには思えなかった。
実際に彼らは人を殺す事を何とも思わないように訓練されていた。
トマスの直感は正しかったのである。
その時、部屋の外で何者かが言い争う声が聞こえて来た。
「だから夜食を持って来たんですよ」
「そんなものは必要無い」
「そう言われても私達も指示されただけでして」
「いいから持って帰れ、なっ、ガッ・・・」
ゴスン!
何か重たい物が床に落ちる音がして、ドアの鍵が開けられた。
「やれやれ、荒事は苦手だってのに。ええとお二方起きていらっしゃいますか? 助けにまいりましたよ」
ドアを開けて顔をのぞかせたのは胡散臭い笑みを浮かべた若い商人――チェルヌィフ商人のシーロと、血の付いたナイフを持つ彼の部下の船員だった。
トマスはアネタを背後に庇いながら男を観察した。
知らない男だ。――トマスはシーロと面識が無かった。
声には聞き覚えがある。夕方、船の甲板で自分達を攫った男達と話していた商人だろう。
トマスは目の前の男に慎重に問いただした。
「お前は誰だ。何の目的で自分の仲間を裏切る」
自分一人ならいざ知らず、今は妹の命もかかっている。
狼の牙から逃れて虎の洞窟に飛び込むような危険は冒せない。
警戒する少年にシーロはいつもの四割増しで胡散臭い笑みを振りまいた。
「いえいえ。私はユリウス様から依頼を受けて彼らを探っていただけで、最初から仲間なんかじゃありませんから。私はチェルヌィフ商人のシーロと申します。お二方をナカジマ様の下にお連れするために参上致しました」
ナカジマ様という言葉にアネタがパッと笑みを浮かべた。
しかしトマスは男のうさん臭い笑みがどうしても信用出来なかった。
「・・・お前がナカジマ様の知り合いだという証拠はあるのか?」
「証拠ですか? 弱りましたな、急にそう言われましても・・・」
シーロはすっかり困ってしまった。まさか攫われて来た少年にこうも自分が警戒されるとは想定していなかったのだ。
ドアを開けた途端に安心して泣き出してしまうかもしれない。むしろそんな心配すらしていたほどだった。
「あの、本当に時間が無いのでそういうのはココを出た後で、とはいきませんかね?」
「「・・・」」
シーロの誤魔化すような返事にアネタの笑みも消えてしまった。
どうやらシーロはトマス兄妹から完全に信用を失ってしまったようである。
二人は後退り、シーロから距離を取った。
そんな兄弟の様子にシーロは慌てて言葉を続けた。
「本当に今はこんな事をしている場合じゃないんですよ。外にはナカジマ様のメイド並みに怖い男達がいっぱいいますからね。彼らに見付からないうち――」
「待て! それは誰の事を言っている?」
シーロの言葉をトマスが聞きとがめた。
「男達ですか? あなたもご存じでしょう。昼間あなた方を攫って来た者達の事ですよ」
「違う。メイドの方だ」
シーロはトマスが何を気にしているのか分からずに、訝しげに首をかしげた。
「メイドですか? ナカジマ様の所にいるモニカさんっていうメイドですよ。美人なんですがこれがまたえらくおっかない人でして・・・」
「分かった。確かにお前はナカジマ家から来た者だ」
トマスはアネタの手を取って立ち上がらせた。
「救出に来てくれた事を感謝する。これからの予定は?」
「アッハイ? ええと、お二人には甲板に出て貰ってですね、そこからは・・・」
トマスが通路に出ると、床には見張りと思わしき男が背中から血を流して倒れていた。
さりげなく死体からアネタの視線を遮るトマス。
どうやらシーロが男の気を引いている間に、部下の船員が背後に忍び寄ってナイフで一突きしたようである。
シーロは急にトマスが自分を信用した事に戸惑いを隠せない様子だ。
とはいえトマスにとっては何の不思議もない話だった。
なぜなら、一見人好きするメイドのモニカの隠れた本性を知る者など、ナカジマ家と付き合いの深い者以外には考えられないからである。
兄妹にとって先程のシーロの言葉は、彼を信用するに十分足るものだったのだ。
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時刻は夜の12時を回っている。
月明かりが暗い影を地面にクッキリと刻んでいる。
そんな中、僕はナカジマ家の使用人達に押されて、村の外まで運ばれて行った。
街道は念のために昼間に何度も安全を確認している。
タイヤが取られるような盛り上がりやギャップは見当たらなかった。
そんな道の両脇に、今はかがり火が燃えている。
かがり火は大体10m間隔で左右に20か所ずつ。直線距離で約200m。
つまり合計40個のかがり火が街道を明るく照らしている事になる。
これらは全て僕がカーチャに頼んで用意してもらったものだ。
現在僕のハードポイントには250kg爆弾が懸架されている。
そう。僕は夜になってひと気が無くなった街道を、なんちゃって”夜間滑走路”に見立てて、トマス達を攫った船に夜間爆撃を敢行する事にしたのである。
今もあちこちで騎士団員が歩き回り、かがり火に異常が無いか絶えず見張ってくれている。
彼らには僕が戻るまでこの火を絶対に絶やさない、という重要な役目が与えられている。
僕は初めての夜間飛行をこれからに控え、緊張に身が引き締まる思いがしていた。
『さあ、行きますわよ!』
街道のスタート地点には髪をアップに纏めたティトゥが、いつもの飛行服を着て待っていた。
飛行機人生初の夜間飛行なので、念のためにティトゥにはコノ村で待っていて貰いたかったんだけど、彼女はどうしても一緒に行くと言って聞かなかったのだ。
まあこれだけの数のかがり火があれば、街道を見失う心配もないだろう。それほど神経質にならなくてもいいのかな?
張り切って操縦席に乗り込むティトゥを、カルーラが不安そうに見つめている。
ティトゥはカルーラを安心させるためだろう。彼女に振り返るとあえて自信満々に言った。
『お二人なら絶対に大丈夫ですわ。私とハヤテに任せて頂戴』
カルーラの顔色は夜目にも分かるほど悪かったが、ティトゥの言葉に小さく頷いた。
『前離れ! ですわ!』
ティトゥは一声叫ぶとイスに座って安全バンドを締めた。
彼女の言葉を受けて、みんなは街道の両脇に下がって直立不動の姿勢を取った。
ドルン! ババババババ!
僕はエンジンをかけると一気に加速。
みんなに見送られながら、かがり火に照らされた一本道を駆け抜けるとフワリと上昇した。
背後を振り返ると、点々と灯されたかがり火の明かりの中、みんなが僕達に手を振ってくれている。
高性能な僕の目は、この距離でもカルーラの姿をハッキリと見分ける事が出来た。
彼女は胸の所で手を組んで、祈るような表情でじっと僕を見上げている。
僕は旋回すると、下からも見えやすいように翼端灯を灯し、軽く翼を振って彼女に応えた。
それから僕は翼を翻すとシーロからの情報のあった海岸線へと向かうのだった。
次回「夜間飛行」