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その14 誘拐

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ポルペツカの町は、ペツカ地方がまだネライ分領であった頃から存在する、このナカジマ領唯一の町である。

 本来であればティトゥはこの町を拠点にする予定であったが、早々に町の商工会ギルドと仲違いを起こしたため、現在のコノ村へと移る事になった。

 そのためポルペツカの町はしばらく領主から見放された状態にあった。


 しかし現在のポルペツカの町は、かつてない景気に賑わっていた。

 スラムに暮らす職のない人達はナカジマ領の開発のための作業員として、各開発村と焼け跡開拓地へと移り住んだ。

 彼らが抜けた事で空いた土地は再開発が進み、ボハーチェクからやって来た駆け出し商人や、王都から仕事を探してやって来た者達が次々と新たな居を構えていた。

 長年低迷していたポルペツカの町は沸き立つような活気に溢れている。

 かつては閑散としていた大通りも今では終始人があふれ、早朝から日が落ちるまで喧噪が絶える事は無かった。


 しかし当然、住人の移動は良い面ばかりではない。好景気は他所の土地のあぶれ者や反社会的集団をも引き寄せる事にもなっていた。

 ナカジマ家では急遽開拓兵から有志を募り、騎士団の下に衛兵を編成。町の治安維持に努めていたが、急激な町の発展に対して彼らの人数は限られ、その対応はどうしても後手後手に回らざるを得なかった。


 ポルペツカの町は激動の時を迎えていると言っても良かった。



 そんな活気に満ち溢れるポルペツカの町を一台の馬車が進んでいた。


「ダメですね。この先は全然動いていません」

「・・・やむを得ない。ここからは降りて歩こう」


 御者からそう告げられて、彼の主人――”オルサークの竜軍師”ことオルサーク男爵家の三男・トマスは馬車のドアを開いた。

 トマスは妹のアネタが馬車から降りるのに手を貸しながら御者に命じた。


「お前は馬車をさっきの宿屋に預けておけ。買い物が済んだらそちらで合流しよう」

「分かりました。坊ちゃんもお気を付けて」


 トマスは軽く手を振ると四人の護衛の騎士と共に雑踏の中に消えて行った。


 この時、路地裏で何人かの男達が密かに移動を開始した事に、トマスも護衛の騎士達も気が付かなかった。




 大通りに入ってすぐに、トマスは慣れない人混みにうんざりしてしまった。

 元々彼の実家のオルサークは田舎領地だ。トマスは人の多い場所に慣れていなかった。


 トマスとアネタは騎士団員に守られながら、早くも人いきれに息苦しさを覚えていた。


「こんな事ならナカジマ様の言う事に従っておけば良かった」


 思わず弱音を吐くトマスの手をアネタはギュッと握った。

 トマスは妹の不安そうな表情を見下ろして苦笑交じりのため息をついた。


「すまん。これも勉強だと言ったのは俺だったな。分かっている。もう文句は言わないさ」


 実の所トマスは、カルーラの構い倒しから一時なりとも逃げ出すために、今日の買い物を思い付いたのだった。

 とはいえ、それを正直に言うには彼のプライドが邪魔をしていた。

 トマスは結果的に妹を付き合わせた事をすまなく思いながら、適当な店を探して大通りを歩くのだった。



 二人はいくつかの店で品物を購入し、持ち運べる小物は護衛の騎士が持ち、大きな品は後日コノ村にまで届けて貰えるように手配をした。


 実はトマスにとっても自分で買い物をするのは初めての経験だった。

 買い物どころか、あの戦争以来、トマスが馬車で外に出るだけで彼の馬車を見つけた村人達が集まって来て、何くれとなく彼の世話を焼くようになっていた。

 オルサークの村人は、自分達の尊敬する”オルサークの竜軍師”様のために少しでも役に立ちたいのだ。

 しかしトマスは、彼らの作り出した自分の虚像に若干のうとましさを感じつつあった。


 そんなトマスにとって、誰も自分を知らない土地での買い物は新鮮な喜びを感じさせるものだった。


 トマスは、ナカジマ家に来て早々思わぬ形で得難い経験を積めた、と、今では自分の思い付きにまんざらでもない気分になっていた。



 ここはとある洋服店。トマスは護衛の騎士団員達を見回した。


「後はお前達の服だな」

「そ、そんな! 服くらい後で自分達で買いに来ますよ!」

「どうせついでだ。一緒に済ませてしまった方が早い」


 騎士団員達は突然の申し出に慌てたが、トマスは片手を上げて彼らの言葉を遮った。


「そうだ。お前達の服はアネタに選んで貰おうか。アネタ、どれがいいと思う?」

「そうね。みんな色合いが地味だからもっと華やかな色が良いと思うの」


 幼女に地味と言われて密かにショックを受ける若い騎士団員達。

 同じ男性として彼らの気持ちが分かったのか、トマスは思わず洩れそうになる苦笑をこらえた。


「ナカジマ様の騎士団員の人達の服は緑色で鮮やかだから、オルサークの騎士団ももっとオシャレにした方が良いわ」

「なるほど。じゃあウチの騎士団は赤色にでもしようか」


 二人はそんな会話をしながら、店の中の生地を選んでいる。


 騎士団員達は急いで目で合図を交わした。

 このままにしておくと主人の悪乗りでとんでもない服を着せられかねない。

 自分達だけならまだしも、騎士団全員がそんな服を着るはめにでもなれば、オルサークに残った同僚達からどれほど恨まれるか分かったものではない。


 彼ら四人は熾烈な争いを勝ち抜いて二人の護衛を引き当てた者達である。

 ナカジマ家の食事の美味さは、オルサーク騎士団の間では既に伝説と言っても良い程となっていた。

 昨年末トマス達を護衛してナカジマ家の赴いた者達は、再びあの食事にありつくため。そんな彼らから散々自慢話を聞かされた者達は、次こそは自分達が美食を味わうため。彼らは仲間を押しのけてでも数少ないポストを巡って争った。


 こうして幸運にも二人の護衛として選ばれた彼ら四人には、騎士団の仲間達から惜しみない嫉妬と心からの妬みが注がれた。


 食べ物の恨みは恐ろしい。

 こんな状況で、もし今日の事がきっかけで、例えばオルサーク騎士団全員が花柄の服を着る事が決まりでもすれば、どれほどの怒りが彼らに向けられるか想像するに難くない。


 騎士団員達は一斉に店の中に散らばると、アネタが喜びそうで自分達にとっても害のない服を見付ける、という極めて難易度の高いミッションに取り組むのであった。



 騎士団員が二人から目を離したのはほんの数分だった。


「おい、お二人はどこだ?」


 仲間の声に全員がハッと顔を見合わせた。

 さほど広くもない店の中には二人の姿は見当たらない。


「店主、お二人はどこに行った?」

「ぞ、存じません。先程まではそこにいらっしゃいましたが」


 騎士団員の剣幕に店主が冷や汗を流しながら答えた。


「出口はここだけか?!」

「いえ、奥に私共が使う出入口が、お、お待ち下さい!」


 騎士団の一人が素早く店主の指示した方へと走り出した。

 彼は店のバックヤードに通じる出入り口を覆った布を跳ね上げた。


「! 待て! 貴様達何処に行く!」


 店の奥では、今まさにトマス達二人を抱えた薄汚い身なりの男達が裏口から外に出ようとしている所だった。

 明らかに町のチンピラと思われる男達だ。

 トマスとアネタは気を失っているのか、ぐったりとしたままチンピラ達に抱えられている。


 突然の誰何(すいか)の声を受けた男達は明らかに浮足立ってはいるものの、トマス達を離すつもりはないようだ。


 問答無用。

 騎士団員は部屋に踏み込むと腰の剣を抜き、彼らに切りかかった。


 ガキン!


 外で見張っていたのだろうか。別の男が店の中に飛び込むと、手にした幅広のナイフで騎士団員の剣を受け止めた。

 一見どこにでもいる地味な平民服の男だ。だが、トマス達を抱えたチンピラ達とはまるで格が違う事は、彼の冷たく乾いた目からも分かる。

 おそらくこの男は、料理の時にナイフで食材を切り刻むように、眉一筋動かさずに人間の体もナイフで切り刻むだろう。男にはそう思わせるだけの凄みがあった。


 更に別の男が入って来ると、未だに怯えて立ち尽くすチンピラ達を怒鳴り付けた。


「早くその二人を連れて逃げろ!」

「待て! そうはさせんぞ!」


 騎士団員の背後からは仲間が駆け付けるが、部屋が狭くて全員は入れない。


「外から回り込め!」


 仲間の二人が踵を返して店の中へと引き返した。

 これで二対二。しかし、騎士団の長い剣は狭い室内で振り回すには不向きだ。

 そして相手は見るからに只者ではない気配を漂わせる謎の男達。

 二人の騎士団員のこめかみに冷や汗が伝った。



 結局、店を飛び出した仲間の騎士団員達は、トマス達を攫ったチンピラ達を見失ってしまう。

 土地勘の無いポルペツカの町では、複雑に入り組んだ路地裏に逃げ込まれれば追跡を行うのは不可能だ。


 やむを得ず、彼らが仲間の下に戻った時には、既に謎の男達は撤退した後だった。

 仲間達は手傷を負っていたものの、幸い命に別状は無かった。

 騎士団に匹敵する腕前といい、見事な引き際といい、あの二人はこの手の仕事を専門にこなしている者達だと思われた。


 こうして全てが終わった後、衛兵がやって来た。


 彼らはオルサーク騎士団員達から事情を聞くと、大至急町の入り口を閉鎖したが、トマスとアネタを攫った男達を見付ける事は出来なかった。

 これは後日の話となるが、二人を攫ったチンピラ達は裏路地で死体で見つかる事になる。

 おそらくは口封じのために殺されたのだろう。


 知らせを受けたポルペツカのナカジマ騎士団員は至急早馬を飛ばし、コノ村のティトゥに連絡を入れた。


 この知らせはティトゥ達に大きな衝撃を与えたが、なかでもカルーラが受けたショックは尋常な物ではなかった。

 彼女の顔は血の気が引いて紙のように真っ白になり、膝からは力が抜けて支えが無ければ立つことすら出来なくなっていた。


「どうしよう・・・ きっと私のせいだ」


 俯くカルーラの口から、消え入りそうなほど小さな言葉が漏れた。

次回「小叡智エル・バレク

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― 新着の感想 ―
[気になる点] さてはて誘拐犯はどこの国の所属なのやら…帝国かもしくは異形のものを操っているかもしれない未知の国の人間か…? [一言] 花柄の騎士団もありじゃないw
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