その22 その名は「疾風《はやて》」
行きと違い、帰りのフライトのなんと軽やかなことよ。
僕は思わず鼻歌を歌い、ティトゥに変な目を向けられてしまった。
それだけでも少し恥ずかしかったが、無意識に口ずさんでしまった歌はアニソンだった。
パンツじゃないから恥ずかしくないもん。ウソです恥ずかしかったです。
今回の目的は最前線の攻撃部隊に配属されてしまったティトゥの父親を救うことだ。
そのために覚悟を決めて、僕達は最前線に向かった。
しかし、着いた場所は敵の補給物資集積所だった。
いや、地図も無く大体の方角に当てずっぽうに飛んだんだから仕方ないじゃん。
ところが運良くそこにティトゥの父親がいたのだ。
スゴイ偶然だな。
なんでも将ちゃんがパパさんを引き取って自分の下に付けたらしい。
元第二王子は優秀だと聞いていたけど、最前線から補給物資破壊部隊にまわされていたってことは、戦争はヘタクソなのかもしれない。
幸い僕達は彼の代わりに敵の補給船と砦を壊滅してあげたので、将ちゃんもパパさんのことを悪いようにはしないだろう。
最前線と違って随分牧歌的な戦場だったので、あそこなら最前線より危険は少ないだろうし。
ともかくパパさんの安否確認が終わった以上、もう最前線に向かう必要はない。
僕は一路ティトゥの家まで飛ぶことにしたのだ。
行きに寄った小屋で帰りもトイレ休憩。
ティトゥが小屋から出てくるまでしばし待つ。
お嬢様にしてはタフでガッツのあるティトゥだが、空の長旅と僕の空中戦闘機動にお疲れ気味の様子だ。
さっきからずっと元気がない。
僕なりに気を使って飛んではいたが、彼女は搭乗員としての訓練をつんでいるわけでもないし仕方ないよね。
可能ならここでしばらく彼女を休ませてあげたいけど、行きにいたような敵の騎馬隊がうろついていないとも限らない。
やはり空の上が安全だ。
そもそも朝からずっと泣き言ひとつ言わずに乗っていたんだから大したものだ。
違う形でだけど彼女も僕と一緒に戦っていたんだな。
空、といえば今回の戦いで気が付いたことがある。
どうやらこの世界では航空戦力は希少らしい。
いくら敵味方両方とも主力の部隊ではなかったとはいえ、対空監視が緩すぎだ。
本物のドラゴンが飛んできていたらどうするつもりだったんだろうか?
さて、再びティトゥを乗せてドラゴンフライ。
・・・いつもなら積極的に話しかけてくるティトゥがさっきからずっと黙っている。
どうやら疲れていて元気がなかった、というわけじゃなかった様子だ。
みんなの前にパジャマ姿で出たことが恥ずかしくて落ち込んでいるのかな?
いや、それも違う気がする。
しかし困ったな。僕から話を振ろうにも言葉は通じないし。
ウソです、言葉以前にお年頃の女の子相手に何をどう話せばいいのかなんて分りません。
そういえば、昔見た映画では、言葉が通じない異世界人の少女相手に主人公はどうやってコミュニケーションを取ってたっけ。
チョコレートバーをあげてたな。
持ってねーよ、そんなモン!
いや、おにぎりなら出せるかも・・・ってさっき食べてたばかりだよ!
てか、どれだけおにぎりおしなんだよ僕は!
『ドラゴンさん。この度は父を助けるため私に力を貸して頂けたこと、ありがとうございますわ』
ティトゥが突然頭を下げた。
そういえばなし崩し的にあの場を去ったんで、ちゃんとお礼の言葉を貰っていなかったんだ。
あの時のティトゥはそれどころじゃなかったからね。
なるほど、お礼を言うタイミングを逃しちゃったんで、気まずくなって黙ってたのか。
そんな事気にしなくてもいいのに。
妙な時に突然言った言葉で「え? 今それ言うの?」みたいな空気になった経験なんてだれにでもあるじゃない?
「どういたしまして。お父さんが無事で良かったね」
何を言っているのか通じないはずだけど、きちんと返事を返そう。
若い子が礼儀正しくお礼を言ったんだから、それに答えなくてはなるまいて。
『私は何もできませんでした』
「そんなことはないよ。随分助かったよ」
そう、初めての戦闘の時も力を貸してもらったし。
あの時ティトゥが僕を動かしてくれなかったら、あの避難民の人達は敵の騎馬隊に殺されてしまっていたはずだからね。
『全部あなたの力に頼りきりでした』
「お互いが自分にできることをすればいいんだよ」
実際、将ちゃんとの会話はティトゥに任せっきりだったからね。
もしこの世界の言葉が喋れても、引きこもりだった僕では元王族なんてステータスの高い人との会話なんてできないから。いやマジで。
『でも助けて頂いたお礼は返したいと思います』
「こうしてきちんとお礼を言ってもらえただけで僕には十分だよ」
やはりすぐにお礼を言わなかったことを気にしていたのかな?
僕も気が付いてなかったんだからお互い様だ。「礼儀知らずなヤツだな」なんて思ってないからね。
『もし、私の気持ちに応えていただけるのなら、あなたの名前を教えていただけないでしょうか?』
ん?
あれ?
そういえば僕、ティトゥにずっとドラゴンさんとしか呼ばれてなかった?
もう一ヶ月以上も毎日会ってるのに?
なんてこった!
礼儀知らずなヤツは僕でしたー!!
落ち着け落ち着けまだ間に合うまだ間に合う。
ティトゥとは会話が通じなかっただから今まで名前を教える機会が無かった・・・よし、問題ない。
ティトゥは胸の前で手を組んで、まるで祈りを捧げるような姿で僕を見ている。
そんなに名前を教えなかったことが不安だったんだろうか?
・・・まあ一ヶ月毎日話をするヤツが名前も教えないって、普通ないよね。
実はずっと気にしていたのかな?
悪い事したな・・・
女の子同士だったら、名前どころか、もうあだ名で呼び合ってるくらいの時間なんだろうね。
ここで僕の本名を教えてもいいけど、こんな美少女に名前を呼ばれるのってちょっと照れ臭いな。
外国人ってやっぱりこういう時、相手の苗字じゃなくて名前で呼ぶよね。
・・・う~ん。ダメだ耐えられそうにない。
悶え死ねる自信がある。
それにこの身体は四式戦だ。よし。やはり四式戦として名乗ろう。
「キ84 四式戦闘機 疾風」
おおう、失敗した。焦って全部言っちゃった。
これってどう聞いても名前じゃないよね。
疾風の部分だけは名前としていけるけど
『キノハチヨン・ヨンシキセントウキ・ハヤテ』
ティトゥ、スペック高いな! あの呪文みたいな言葉を一回聞いただけで覚えちゃったよ!
いや、疾風だけでいいよ、疾風だけで。
「疾風。だ」
『・・・ハヤテ? ダ?』
「そう。疾風」
『ハヤテ!』
どうやら分かってもらえたようだ、毎回あの長い名前で呼ばれたらたまらない。
徳川家康だって毎回人から徳川次郎三郎源朝臣家康って呼ばれたら、鳴かないホトトギスを信長ばりに殺してしまいかねないよ。
嬉しそうなティトゥを見て僕もホッとした。
時折忘れないようにだろうか。『キノハチヨン・ヨンシキセントウキ・ハヤテ、キノハチヨン・ヨンシキセントウキ・ハヤテ・・・』とブツブツ呟いているけど。
いや、もうそれマジで忘れていいから。
次回「ある下士位老人の死~帰宅」