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その9 爆弾発言

◇◇◇◇◇◇◇◇


 朝食のテーブルに空の皿が置かれている。

 そんな空の皿をうらめしそうに見つめる灰色の髪のおっとりとした少女。

 彼女はチェルヌィフ王朝使節団代表カルーラ・カズダ。


 別にティトゥ達が彼女の食事を抜いている訳では無い。

 ついさっきまでカルーラの皿には朝食のスープが盛られていたのだ。

 そのスープは現在カルーラのお腹の中に入っている。

 つまりはそういう事なのだった。


 一心不乱に目の前の皿を見つめるカルーラ。

 まるでこうして見ていれば、いつか皿からスープが湧き出て来るとでも信じているかのようだ。

 勿論、これはただの皿であって魔法の皿ではない。

 彼女の願いが叶う事は無いだろう。


 一緒にテーブルに着いているティトゥ達は、そんなカルーラの姿が視界に入るせいか何とも食べ辛そうにしていた。

 メイド少女カーチャが意を決してカルーラに話しかけた。


「あの。お替りをお持ちしましょうか?」


 カルーラはハッと目を見開いたが、グッとこらえてかぶりを振った。


「必要ありません」

「・・・そうですか」


 昨夜カルーラは夕食の後にハヤテと面会をする約束をしていた。

 しかし結果的に彼女はその約束は果たせなかった。


 夕食をお替りし過ぎて、お腹が膨れて一歩も動けなくなってしまったからである。


 ドラゴンメニュー恐るべし。


 カルーラは今朝は鋼の意志で食欲という名の魔物と戦っているのだった。


 ティトゥ達がスープを食べ終えると全員の皿が下げられた。

 ホッと一息つくカルーラ。

 しかし彼女の受難はまだ終わった訳では無かった。


「スモークサーモンのバター焼きです」


 食欲をそそるバターの良い匂いに、思わず鼻孔を広げてしまうカルーラ。

 彼女の戦いはまだまだ続くのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 コノ村に朝日が昇る。

 アノ村からやって来た村人達が、いつものようにナカジマ家の使用人達の朝の支度を手伝っている。

 少し前までは治水工事の作業員の人達を見かける事が多かったけど、焼け跡にも井戸が掘られたせいか、めっきりここには姿を見せなくなっていた。


 それはさておき。


 食事が終わればここにカルーラがやって来る。はずだ。今朝も食べ過ぎていなければ。

 昨日は突然だったせいで柄にも無い失態を見せてしまったけど、一晩たてば流石に僕の頭だっていつもの冴えを取り戻している。

 お前が冴えてた事なんてないだろうって? うるさいよ。


 先ずは彼女がここに来た目的を聞き出す。全てはそこからだ。


 チェルヌィフ王朝はミュッリュニエミ帝国と国境を接して、争いを続けているという。

 もし彼女の目的が、僕の力を帝国との戦争に利用しようなんてものなら、これ以上は何も聞かずにお引き取りを願おう。

 勿論気になる事は多いけどそれはそれ。

 人の命は僕の好奇心と引き換えにして良いものじゃないからね。


 僕は気を引き締めると、カルーラがやって来るのを今か今かと待ち構えていた。




「ホントに凄いのよドラゴンメニュー! 私あんな美味しい料理を食べたの初めてよ! バターを料理に使うのよ! それであんなに美味しい料理になるなんて信じられない!」

「・・・はあ、そうスか」


 鼻息も荒く詰め寄るカルーラに、僕は気の無い返事を返した。

 朝食を終えてテントにやって来たカルーラは、挨拶もそこそこに、立て板に水とベアータの料理を褒めちぎったのだ。


「あの料理人の小っちゃい子、本当に凄いわ! もしあの子がウチの国の料理人だったら、きっと王家の部族から引く手あまただったと思うわ!」


 その小っちゃい料理人ベアータは、多分あなたより年上なんですけどね。

 カルーラは昨夜食べた料理がいかに素晴らしかったかを語り終えると、今度は僕との会談のために今朝の料理をお替り出来なかった苦痛を訴えた。


 ていうか、せっかく引き締めた僕の気合が抜けちゃって仕方が無いんだけど。

 そろそろ食事以外の話をしませんかね。


 カルーラと一緒にやって来たティトゥ達も、一方的にまくし立てるカルーラに困惑している様子だ。

 日本語は分からなくても、彼女の様子からここでの食事の事を話している、という事は何となく察しがついているのだろう。


「飛行機さん私の話を聞いている?」

「あっハイ。勿論です」

「そう。だったらいいの。私の国では料理といえば豆が入るものなんだけどキルリアは、あっ、キルリアは私の弟ね。それでキルリアは――」


 僕は若干途方に暮れながらもカルーラの話に相槌を打ち続けるのだった。




 カルーラが落ち着いたのは20分ほど一方的に語り終えてからだった。

 今はようやく一息ついて、カーチャの淹れてくれたお茶で喉の渇きを癒している。


 彼女の話を聞いているうちに、何だか僕もベアータの料理が食べてみたくなったよ。

 次の性能向上(アップデート)では、ガソリンの代わりにご飯を食べて燃料にする機能が追加されたりしないかなあ。


 それはさておき、そろそろ本題に入らせて貰おうかな。


「あのですね。カルーラさんはどうしてコノ村――ここにやって来たんですか?」

「どうして、とは? 飛行機さんとこうしてお話をするために決まっているじゃないの」


 やっぱり目的は僕か。さて、ここからは少し慎重に話を持って行かないとね。


「僕がドラゴンじゃなくて飛行機という事を知っているんですよね? ひょっとして僕が戦闘機だから会いに来たんでしょうか?」

「ええっ? 飛行機さんはドラゴンじゃないの? せんとうきって何?」


 はいっ? え~と、この子何を言ってるわけ?

 カルーラは僕の話が良く分からないのか、おっとりとした目でジッと僕の事を見上げている。


「あの、カルーラさんは僕が飛行機って分かっているんですよね?」


 僕の問いかけにカルーラは、ようやく得心が言った、という表情を浮かべた。


「私があなたの事を飛行機さんと呼ぶのは、キルリアが――弟があなたの事を飛行機と言っていたからなの。実は私は飛行機が何の事だか良く知らないのよね」


 カルーラの弟が? ちょっと待って、なら僕の事を飛行機だと知っているのは彼女の弟で、カルーラは僕の事を飛行機でドラゴンだと思っている、て事でいいのかな?

 何だかややこしい話になって来たぞ。


 カルーラは少し考えると、「この話は誰にも喋らないで頂戴」と言った。


「・・・そんな大事な事を僕に言っちゃってもいいの?」

叡智の苔(バレク・バケシュ)様が飛行機さんには何を教えてもいいって言ってたの。でも言いふらされるのは困るから」


 バレク・バケシュ。確か彼女に日本語を授けた存在か。ギフトだったっけ?

 そのバレクなんとかが、彼女をここに寄越したのか?


「バレクなんとか「バレク・バケシュ様よ」バレク・バケシュ様が、僕に用事がある。そのために君をここに寄越した。そう考えていいのかな?」

「そうね。バレク・バケシュ様は飛行機さんと直接会いたいと望んでいるの」


 やはりそうか。何となくそんな気はしていた。


「バレク・バケシュ様は僕に用がある。でも自分からは出向いて来られない理由がある。そういう事になるのかな?」

「用事があるのかどうかまでは知らないわ。でも(キルリア)は、この話を飛行機さんが聞いたらバレク・バケシュ様に会いに来るんじゃないか、て言っていたわ」


 僕がバレク・バケシュに会いにチェルヌィフ王朝に行く?


 チェルヌィフ王朝は半島の先、ミュッリュニエミ帝国の更に東にある国だ。

 流石に日帰りで飛べるような距離じゃない。

 ティトゥを乗せて行くには遠すぎる。

 僕がティトゥを置いて外国に行く。ちょっと考え辛いかな。


 いいだろう。そこまで言うなら、君の弟が何を言ったのか是非聞かせて貰おうか。


「分かった。誰にも言わないと誓うよ。だからその話を聞かせて貰えないかな」

「そう。ちょっと待ってね。このお菓子を食べ終わったら話すから」


 カルーラはお茶請けにお皿に置かれた”銘菓ナカジマ饅頭”を優雅かつ早送りで平らげ始めた。

 みるみるうちに消えるお饅頭を、メイド少女カーチャが慌てて継ぎ足している。

 まるでお饅頭のわんこそば状態だ。


 なんだかなあ・・・ 緊張感が台無しなんだけど。


 僕は微妙な気持ちになりながら、カルーラの食欲が満たされるのを待つのだった。




 カーチャの手元のお饅頭を全て平らげると、カルーラはようやく僕の方へと振り返った。

 彼女はおっとりとした目で僕を見つめながら、特大の爆弾を落とした。


「キルリアは言っていたわ。バレク・バケシュ様はこの世界で一番飛行機さんに近い存在だって」


 なん・・・だって?


 この世界で一番僕に近い存在。

 それが意味するものは一つしか思いつかない。

 これで確定した。


 バレク・バケシュは僕と同じ転生者だ。

次回「キルリア・カズダ」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんだかバレク・バケシュも人間として転生してきたわけではないような感じがしますね… [一言] アップデートされるなら現地語ちゃんと喋れるようにするほうがいいような…?
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