その7 カルーラ・カズダ
コノ村を訪れたチェルヌィフ王朝使節団の使用人の少女。
しかし彼女こそ、チェルヌィフ王朝から来た使節団の代表カルーラ・カズダその人であった。
――と僕はにらんでいる。
それだけでも十分な驚きなのに、彼女は僕に向かって流暢な日本語で話しかけて来たのだ。
「どうしたのかしら飛行機さん。ひょっとして私のニホンゴが通じていないのかしら?」
ティトゥ達は話に付いて行けずにポカンとしている。
僕は混乱した頭を必死で働かせた。
こ、このまま黙り込んでいてはダメだ。何か話して少しでも彼女から情報を引き出さないと・・・
「・・・た、大変ご立派な日本語でございます。一体どちらで覚えられたのでしょうか?」
「なあに、その変な喋り方。さっきと全然違うじゃない。まあいいわ。この言葉は叡智の苔様から頂いたギフトなの。だから飛行機さんが思っているようにどこかで教わったわけじゃないわ」
この子は何を言っているんだ?
バレク・・・なんだって? 誰かに学んだわけじゃない? ギフトって何? それに彼女はさっきから僕の事を飛行機さんと呼んでいる。ひょっとして彼女も僕と同じ日本人転生者なのか?
ダメだ。何かを話さなきゃいけないのに、ついこうして考え込んでしまう。というより、もう何を聞けば良いかすら分からなくなって来たんだけど。
少女は相変わらずトロンと眠そうな目で僕の事を見上げている。
さっきまでの少しぶっきらぼうな喋り方と、日本語でのフランクな言葉遣いとのギャップが凄いな。
ティトゥ達は僕の焦りを感じたのだろう。疑わし気な視線を少女に送っている。
もしも彼女を追い出すような事にでもなればマズイ。
僕は慌てて少女に問いかけた。
「あの、ひょっとして君ってチェルヌィフ王朝から来た使節団の代表なんじゃないかな?」
「! あら、良く分かったわね。私の名前はカルーラ・カズダ。今は使用人の恰好をしているけど、飛行機さんの言う通り、使節団の代表よ」
僕達の話す日本語は理解出来なくても、チェルヌィフとカルーラ・カズダという単語は聞き取れたのだろう。
ティトゥ達の間に軽い緊張が走った。
『ハヤテ。何の話をしているの?』
ティトゥが僕に尋ねて来た。
もしティトゥが目の前の少女が使節団の代表だと知っていたら、会話の横から口を挟むような不躾な行動には出なかっただろう。
だが彼女はカルーラの事をただの使用人だと思っている。
そのせいもあって、戸惑っている僕の事を見逃せなかったのだ。
『カノジョ、カルーラ』
『『えっ?!』』
驚いて少女――カルーラに振り返るティトゥ達。
『ハヤテ様にばらされた。その必要があったとは言え、あなた方を欺くような真似をしてしまった。ここに謝意を表明する』
ティトゥ達にちょこんとお辞儀をするカルーラ。
まさか一国の使節団の代表がお忍びでやって来ていたとは思わなかったのだろう。
ティトゥ達は完全に混乱していた。
『チェルヌィフ王朝使節団の代表カルーラ・カズダ。ナカジマ様には先日ハヤテ様に乗られた状態でお会いしたはず』
『それは・・・ あの時はご挨拶をしなかったばかりか、上から見下ろすようなまねをして申し訳ありませんでしたわ』
二人の少女が挨拶を交わす間に、代官のオットーは大慌てでメイド少女のカーチャに来客用の部屋を用意させるよう、指示を出している。
『カズダ様。このような漁村ですが、よろしければ本日は是非我々のもてなしを受けて頂きたく思いますわ』
『ありがとう』
ただのメッセンジャーならいざ知らず、国家を代表する使節団の代表をそのまま帰す訳にはいかない。
ティトゥは今夜はコノ村でカルーラをもてなす事にしたようである。
僕は未だに激しく動揺していた。
とはいえこうして一息入れられた事で、どうにか考える頭も取り戻していた。
カルーラ。彼女は僕の正体――僕がティトゥ達が思っているようなドラゴンではなく飛行機である事――を知っている。
けど僕と同じ日本人転生者ではないようだ。
彼女の会話からは異世界で同郷の者を見つけた喜びや、そういった感情の起伏を一切感じなかったからだ。
それに彼女は日本語はバレク・・・なんだっけから貰ったとも言っていた。
ギフトだっけ? それが何を意味するのかは分からないが、教わったという意味で間違ってはいないと思う。
・・・こうやって考えていても分からない事だらけだ。
こんな中途半端な形じゃダメだ。もう一度カルーラとちゃんと話さなければ。
僕は密かに覚悟を決めると、ティトゥ達に案内されながらテントを出て行くカルーラの後ろ姿をじっと見つめるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
メイド少女カーチャが茶器を取りに家の外に出ると、丁度部下に指示を出し終えたばかりの代官のオットーとバッタリ出会った。
「あの・・・ さっきカズダ様とハヤテ様との間に一体何があったんでしょうか?」
カーチャもオットーが答えを持っていると思って聞いた訳では無い。
しかし、自分一人の胸の中に抱え込んでおくには不安過ぎて、誰かに尋ねずにはいられなかったのだ。
それほどさっきの光景は衝撃的過ぎた。
「・・・分からん。だが俺の耳にはカズダ様の言葉はハヤテ様の話す言葉、”聖龍真言語”のように聞こえた」
「やっぱり・・・」
そう。さっき二人はドラゴンだけが話す事が出来るとされる謎の言語、聖龍真言語で会話を交わしていたのだ。
カーチャは心配そうに背後の家を振り返った。
家の中ではティトゥがカルーラをもてなしている。
しかし、カーチャはティトゥの心が千々に乱れているのが十分に分かっていた。
「カズダ様はどこでドラゴンの言葉を教わったのでしょうか?」
「ハヤテ様以外のドラゴンの話は聞いた覚えがない。以前尋ねたが、ハヤテ様本人も知らないそうだ。だがひょっとしたらチェルヌィフ王朝には別のドラゴンがいるのかもしれないな」
とは言うものの、オットーは自分でも自分の言葉を信じている訳では無かった。
オットーは先日の帝国軍との戦いを思い浮かべた。
彼は領地にあって一度も戦場へは出なかったが、ティトゥからの報告は毎日受けていた。
逐一もたらされる報告によってオットーは、ハヤテの戦力と智謀は人間の軍隊のそれを大きく凌駕する、と確信するようになっていた。
小国のミロスラフ王国がハヤテ一人を得ただけでこれ程の戦果を上げる事が出来たのだ。
もしもチェルヌィフ王朝のような大国がハヤテのようなドラゴンを有していれば、とっくに帝国を攻め滅ぼしてしまっているだろう。
それほどハヤテの持つ力は、あらゆる方面で戦場を圧倒していたのだ。
しかし大陸の国々は今日も無事変わりはない。
その事実をもって、オットーはチェルヌィフ王朝にはドラゴンがいないと考えたのである。
だが、そうするとさっき二人の間で交わされていた会話の謎が解けない。
『・・・こうしてここで考えていても仕方が無い。俺は少しハヤテ様と話をしてくる』
『お願いします』
ハヤテのテントに向かうオットーを見送ると、カーチャは茶器の用意をするためにベアータのいる厨房へと走り出すのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
カーチャは遅いですわね・・・
ティトゥは居心地が悪そうに身じろぎをした。
現在カルーラはユリウス元宰相と会話を交わしている最中である。
二人の交わす社交辞令と政治的な外交性溢れる会話に、ティトゥはすっかり置いてきぼりを食らっていた。
ティトゥにとって日頃は何かと口うるさいユリウス元宰相だが、流石長年に渡って一国を預かって来た宰相である。
こういう場面では非常に頼りになる事この上なかった。
だが、こうやって考える時間が出来ると、どうしてもティトゥはさっき見た光景が思い出されて仕方が無かった。
彼女が名付けた”聖龍真言語”。
カルーラは人間には決して理解出来ないこの高度な言語を駆使して、ハヤテと意思の疎通を図っていたようにティトゥには見えた。
そしてそれは実際にその通りだったのである。
ティトゥは二人が何を話していたのか気になって仕方なかった。
ティトゥは国境の砦でハヤテが彼女を乗せずに帝国軍と戦っていた時も、心は彼と一緒に戦っているつもりだった。
しかし今日、自分には分からない言語で会話を交わす二人を見て、ティトゥは今まで感じた事の無い距離感をハヤテに感じてしまうのだった。
次回「ドラゴンメニュー」