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その3 チェルヌィフ王朝使節団

 アダム特務官からの手紙で王都に飛んだ僕達は、その帰りにボハーチェクの港町に寄って帰る事にした。

 なんでって? それは今日あたりチェルヌィフ王朝からの使節団が到着する予定だと聞いたからだ。

 なんでもアダム特務官が言うにはその使節団の代表は――


『あっ! 港が見えて来ましたわ』


 おっと、もう到着しちゃったか。

 う~ん、せっかく来たけど船だけ見ても、知識がないからどれがどの国の船だか分からないなあ。

 僕の目にはみんな同じように見えるんだけど。

 さしものランピーニ貴族のモニカさんも船の形だけで国の見分けは付かないみたいだ。


『というよりも、あそこに浮かんでいる船は、どれも聖国の造船所で造られたものばかりですから』


 えっ? マジで?


 確かに聖国は島国で、船による貿易が盛んだと聞いている。

 まさか遠く離れた王朝の船まで造っていたなんてね。


 まあいいか。ちょっと様子を見に来ただけだし。別に見つからなくても――


 その時僕はふと言い知れぬ違和感を感じた。

 なんだろうね。どこかからジッと見られているような・・・


『ハヤテ?』

『あっ! あそこを見て下さい!』


 僕はメイド少女カーチャの声にハッと気を取り直した。

 彼女の指差す先、港の中央では、大きな船から降りて来た人達を並んで出迎える騎士団の姿があった。

 僕の高性能な目には、その先頭にこの土地の領主オルドラーチェクさんが立っている姿が見えた。


 領主自らが出迎えるような相手なんて限られている。

 つまりは、あっちの集団がチェルヌィフ王朝の使節団という事になるのだろう。


 その先頭には三人の少女――二人の少女をお供を従えたその主らしき少女――が立っていた。

 エジプトとか中東の方の人達がやるように、長いスカーフで頭全体をスッポリと覆っている。

 なんだろうね。彼女は何故か薄目で、僕の方を見上げている。

 ひょっとしてさっき感じた視線はあの子のものだったんだろうか?


『彼女がアダム特務官が言っていた要注意人物ですのね』


 どうやらティトゥも少女に気が付いたみたいだ。

 彼女のヘッドスカーフは集団の中でも良く目立つからね。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 僕達はいつもの王都騎士団の壁外演習場のテントで、アダム特務官から相談を受けていた。


『実はカミルバルト国王陛下より直々に、チェルヌィフ王朝からやって来る使節団の護衛を任されまして』


 この冬に半島を襲ったミュッリュニエミ帝国の南征軍。

 僕達は国境の戦いで見事に退けたのだが、チェルヌィフ王朝がわざわざそのお祝いに使節団を送ってくれるらしい。

 アダム特務官はカミル国王からその護衛を命じられたんだそうだ。

 てかそれって特務官のお仕事なわけ?


『それってアダム特務官がやるような仕事なんですの?』

『それがどうにも・・・こちらも人手不足でして』


 ティトゥに不思議そうに尋ねられて。アダム特務官は歯切れの悪い返事をした。

 そこの所はまあいいや。そっちにもそっちの事情があるだろうしね。

 それよりも何でそれが僕達に関係するんだろうか?


『いや、それがですね。先方がハヤテ殿との面談を希望しているんですよ』

『ハヤテと?』


 僕と面談? そりゃまたどうして・・・って事も無いのかな?

 もしチェルヌィフ王朝が今回の戦いの情報を詳しく知っていたなら、当然僕の情報も得ているだろう。

 というよりも知らない方がどうかしているんじゃないかな。

 なにせ僕のたてた作戦のキモ(・・)は、どれだけ帝国軍に僕の力を思い知らせる事が出来るかにかかっていた訳だし。

 帝国軍も怯えたドラゴンがいかほどのものなのか。王朝側が是非自分の目で確認したい、と思ったとしても何もおかしなことはないんじゃないだろうか。


『・・・いえ、そういうのともまた少し違うようなのです』

『どういう事なんですの?』


 アダム特務官の言葉は、どうにも奥歯にものが挟まっているような感じでハッキリしない。

 どこまで僕達に明かして良いものか、測りかねているのかもしれない。


『いや、そういうわけでも・・・ いいでしょう。私が話せる範囲で全てお話します。実はこちらにも相手の望みが良く分かっておらんのですよ』


 そう言ってアダム特務官は説明を始めた。



 まず、使節団の代表は17歳の少女。名前はカルーラ・カズダ。

 チェルヌィフ王朝は複数の有力部族が持ち回りで国王を輩出するという、ちょっと変わったシステムを持った国なんだそうだ。

 なんでも昔は王族が治めていたものの、その血はすぐに途絶えたため、それ以降は有力部族から国王を輩出するようになったんだとか。

 ちょっと違うけど、日本で言えば鎌倉幕府の執権だった北条氏みたいな感じなのかもしれない。


 ちなみにカルーラの実家はその外縁にも入れない一般部族となるんだそうだ。


『このような国を代表する使節に、王朝が有力部族以外を送る事は大変珍しいのです』


 そういう意味ではこの使節団は政治的にさほど重要視されていないとも考えられる。

 要はただのご挨拶、といった感じなのだろうか?


『まあ王朝と帝国は国境を接した敵国同士ですからね。こういった理由であまり正式な使節団を送るのは、はばかられたのかもしれません』

 

 ミロスラフ王国にとっては戦勝だが、帝国にとっては敗戦だ。当たり前だけど。

 王朝としては殊更に帝国の敗戦をあげつらうような使節団を送って、敵国を刺激する訳にはいかなかったのかもしれない。

 でもそれなら――


『それならそもそも使節団など送らなければ良いのですわ』

『カミルバルト国王陛下もそうお考えなのです』


 昨年、王都で戦勝式典をやった時、ランピーニ聖国からマリエッタ王女が使節団としてやって来た事があった。

 でも、あれは式典に呼ばれたために来たのであって、勝手にやってきた今回の場合(ケース)とは事情が異なる。


 どうも王朝の目的がハッキリしないな。


『陛下は、ハヤテ殿との面談こそが目的なのではないかと考えています』

『ハヤテとの? でもそれって――』


 そう、それって何の意味がある訳?

 この世界の大多数の人間にとって、僕は単なる(というのもどうかと思うけど)ドラゴン――ケダモノに過ぎない。

 例えて言うなら桁外れな名馬みたいなものでしかないはずだ。

 普通に考えるなら僕じゃなくて、僕を駆るティトゥの方に会いに来るんじゃないかな?


『それは分かりません。そしてカミルバルト国王陛下は、王朝の権力構造には我々に知られていない秘部が存在している、とおっしゃっておられました。陛下は、この度の使節団はそこに関わっているかもしれない、と考えておられるようです』


 おいおい、何だか急に陰謀論めいた話になって来たんだけど。

 世界人間牧場計画を目論む「三百人委員会」の陰謀だ! みたいな。


 ティトゥも何か薄ら寒いものを感じたみたいだ。

 その表情からも「そんなものとは関わり合いになりたくないですわ」という気持ちが見て取れた。


『そんなものとは関わり合いになりたくないですわ』


 あっ、口に出しちゃった。


『ま・・・まあそれはあくまでも陛下がおっしゃっている事であって、確たる証拠があっての話じゃありませんから』


 慌てて言い訳をするアダム特務官。

 でもティトゥはすっかり警戒しているみたいだ。


『あの、そういう訳でして、国王陛下からハヤテ殿に何か要請があるかもしれません。その時は是非ご協力をよろしくお願いいたします』

『・・・分かりましたわ』


 ふむ。アダム特務官としては本当はもう少しティトゥに前向きに協力して貰いたかったんだろうね。

 でも、話の持って行き方を間違えてティトゥが変に身構えちゃったもんだから、仕方なく軌道修正を図ったって感じかな。


 まあティトゥのような、いち領主としては、国王から直々に要請があれば聞かない訳にもいかないよね。


『ハヤテ殿もその時はよろしくお願いしますね』

『ヨロシクッテヨ』


 まあ面会するくらいなら別にね。

 仮に相手が何か企んでいたとしても、空に逃げちゃえばどうにでもなるだろうし。


◇◇◇◇◇◇◇◇


『要注意人物ですか。この距離からだと何も分かりませんね』


 カーチャが風防におでこをくっつけて下をのぞき込んでいる。

 あの後ティトゥは二人にも簡単に事情を説明した。

 目の前でその様子を見せられて、アダム特務官は『人払いをした意味が・・・』とショックを受けていた。


 その後、アダム特務官から丁度今日あたりに船が到着する予定と聞いて、僕達は帰りの足を伸ばしてボハーチェクの港まで様子を見に行く事にしたのだ。

 アダム特務官はそれを聞いて冷や汗を流した。


『あの、私にはハヤテ殿は止められませんが、くれぐれもさっき言った話を直接本人に確認するような事だけはなさらないで下さいね』


 まあ常識的に考えて、あんた秘密結社の一員なの? って聞くのは失礼だよね。

 流石のティトゥもそんな事はしない。と思う。多分。


『・・・ハヤテ殿』


 あ、いや、空から様子を見るだけだから。

 着陸しなければ問題ないよね。遠くから見る野次馬になるだけだから。


 それでもなお不安そうなアダム特務官を残して、僕達は王都を離れたのだった。




『意外と少人数なんですね』


 おっと、少し考え事をしていた。

 メイドのモニカさんが使節団の数を数えてポツリと言った。


『実は聖国でも王朝の影の組織の存在はずっと噂に上っていました』

『そうなんですの?』


 モニカさんの言葉にティトゥとカーチャは振り返った。

 カーチャのおでこ(・・・)は風防に押し付けられて真っ赤になっている。


『王家の部族の枠組みを超えた組織、という事だけは分かっています。しかしそれ以外は何も。王朝は商人として自分達は積極的に国の外に出て行くくせに、中に入る外国人に対しては非常に排他的なんです。聖国の諜者でも掴めなかった謎の組織。対外的に決して露出しない組織の者が何故今回に限ってこの国にやって来たのか・・・』


 モニカさんの目はいつもと違う冷ややかな光を放っていた。


『やっぱりハヤテ様の近くにいると最高に面白いですね。全く次から次へと、本当になんて方なんでしょうか』


 モニカさんの発する黒い気配(オーラ)にドン引きするティトゥとカーチャ。 

 あ~と、モニカさん。余程興奮していらっしゃるんでしょうか? 日頃は取り繕って表に出さないあなたの本性が、隠すことなく駄々洩れですよ。



 まあそんなこんなで僕達は無事に偵察?を終えると、そのまま帰路に就くのであった。

 その間、使節団のカルーラ・カズダは、空の彼方に僕の姿が見えなくなるまでジッと薄目で見上げていたのだが、僕達がそれを知る事は無かった。

次回「これはこれで僕の日常」

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