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その2 王都からの手紙

 四月。ようやく雪も消えて、今では地面のぬかるみもすっかり収まっていた。

 僕はアノ村のみんなに押されて、テントの中からうららかな春の日差しの下に引っ張り出されていた。


『こうしてハヤテと飛ぶのも久しぶりですわ』


 ティトゥがいつもの飛行服で眩しそうに青空を見上げている。


 って何だよこの既視感(デジャヴュ)


 結局昨日は予想通り飛行予定はキャンセルされちゃったからね。

 一日お預けを食らった僕はもう空を飛ぶ気満々ですよ。


 今日は誰も来ないよね?

 このまま素直に飛行出来るよね?


 その時オットーがふと何かに気が付いてティトゥを呼び止めた。


『当主様、少しお待ちを』


 オットーが見つめる視線の先、そこにはこちらに向かって馬を進めて来る騎士団員の姿があった。

 あの装備は王都騎士団のものだね。


 ってまたかよオイ! 昨日も見たよこの光景!


『またですの・・・』


 ティトゥが若干イヤそうに呟いた。


 ナカジマ騎士団に案内されて来た騎士団員は、ティトゥから不満そうな目を向けられて明らかにうろたえている。

 いや、君は何一つ悪くないんだよ。ただタイミングが最悪だっただけだから。だからそんなに申し訳なさそうにしないで、自分のお役目を果たしてくれていいんだよ。


 気の毒な騎士団員は、いわれない視線に冷や汗を流しながら用件を告げた。


『失礼します! イタガキ特務官からの書状を持って参りました!』


 ・・・


 ・・・ああ。


『「ああ。アダム隊長の」』


 僕とティトゥの声が一つになった。

 そういえばアダム隊長は今は下士位の貴族になって、イタガキを名乗っているんだっけ。一瞬誰の事かと思ったよ。

 自分で名付けておいてすっかり忘れてた。


『いただきますわ』


 アダム隊長――もう隊長じゃなかったっけ、じゃあアダム特務官で。アダム特務官からの書状を受け取るティトゥ。

 しかし特務官か。何だか物々しい響きだね。

 あの人の良さそうなアダム隊長には似合わない気がするなあ。


 ティトゥに渡されたのは書状というよりは手紙だった。

 昨日の国王からの書簡と違って、今日はその場でお気楽に受け取っている。

 それもどうかと思うけど、アダム特務官からの手紙だからね。

 今更取り繕うのも何だかなって感じだし。


 ティトゥは手紙を最後まで読み終えると小さく眉間に皺を寄せた。

 そうして目の前の騎士団員に振り返った。


『これって返事がいりますの?』

『はい。そちらの都合を伺って戻るように命じられています』


 むむっ。何の話だろうね。ちょっと気になるんだけど。

 みんなも僕と同じ気持ちなんだろう。二人のやり取りに耳を澄ましている。

 ティトゥはそんな周囲の疑問に答えるために、アダム特務官からの手紙を読み上げた。




 なる程なる程。

 ティトゥに用事があるから、ナカジマ家から誰か王都に寄越して欲しいと。

 内々の用件なので極秘に。更にティトゥの信頼の厚い人物で、出来ればこの件に関して決定権を移譲出来る人間が望ましい、と。


 ふむ。その条件を満たすとなれば、先ずはオットーかな。

 彼はナカジマ領の代官で、ぶっちゃけティトゥよりもナカジマ領の代表と言っても良い。

 条件としては非の打ち所がないだろう。

 でも彼に今王都に行ってもらうと領地経営がパンクしちゃうんだよね。

 だから却下で。


 次に思い浮かぶのはモニカさんかな。

 彼女は本当はナカジマ家のメイドじゃないけど、頼りになり過ぎるくらい頼りになるからね。

 極秘の用件なんて正に彼女にうってつけなんじゃない?


『ありがとうございます』


 そしてティトゥの信頼が厚いと言えば忘れちゃいけないのが――

 料理人のベアータかな。


『そこは私じゃないんですか?!』


 おっと、カーチャが納得してないみたいだね。

 いやいや、君の事を忘れた訳じゃないんだよ?

 ベアータの次に名前を出そうと思っていたから。


『・・・何だか信用出来ません』


 やれやれ疑り深いね。

 ティトゥの信頼の厚いカーチャは、ティトゥのパートナーの僕を信頼していないらしい。


『そ、そんな言い方はズルいと思います!』

『ようやく来ましたわ』


 ティトゥの声に振り返ると、テントにアダム特務官が入って来る所だった。

 暇つぶしのお喋りをしていた僕達――僕、カーチャ、モニカさん――は黙って居住まいを正した。


『・・・まさかと思いましたが、本当にご当主様自らがやって来たんですね』


 アダム特務官は僕達を見て呆れ顔になった。



 そう、ここはいつもの王都騎士団の壁外演習場。そこのテントの中だ。

 アダム特務官の書状を読んだティトゥは、結局、自ら直接やって来る事にしたのだ。


『私がハヤテで飛んだ方が早いですわ』


 ティトゥはモニカさんとカーチャを連れて自分で直接王都に乗り込む事にした。


 オットーが反対したんじゃないかって?

 勿論したけど。


 どの道ティトゥは今日、僕に乗って空から領地を視察する事になっていたからね。『ちょっと足を伸ばして王都まで行くだけですわ』と言われれば、オットーもダメとは言えなかったのだ。

 いやいや、王都までって普通に考えたらちょっとどころの距離じゃないからね。

 仕方が無いですね、みたいに渋々引っ込んだオットーを見て、ユリウス元宰相は驚愕していた。

 あっちの感覚の方が普通だから。君達だいぶティトゥに毒されてるから。


 それはそうと良いよね新品のテント。

 僕は騎士団のテントを見回して独り言ちた。


 以前までここにあったテントは、今はコノ村で僕のテントになっている。

 あっちはあちこち汚れや繕いの跡が残ってボロっちくなっている。

 この間の戦争の報奨として僕にはこのテントを貰えないかなあ。


『はあ・・・ しばらくナカジマ領を離れている間に、すっかりあなた達の破天荒ぶりを忘れてしまっていたようです』


 ため息をつくアダム特務官。そして何故か誇らしげに胸を張るティトゥ。今のは別に褒めてないからね。


『極秘の用事との事でしたが、手紙に書けない程の用件ですの?』


 手紙は騎士団員が直接ティトゥに届けてくれた。

 普通に考えればセキュリティー上、何の問題も無いはずだ。

 しかしその上で警戒しなければいけない程の用件。

 そんなものを王城のアダム特務官が、いち地方領主に過ぎないティトゥに頼むだろうか?


 アダム特務官はチラリと僕達の方を見た。


『お人払いをお願い出来ますかな?』

『――ええ。モニカさん。カーチャ』


 メイド師弟コンビは頭を下げるとテントから出て行った。


 ・・・


 ティトゥは少し困った顔で僕を見上げた。

 え~と、どうしよう。ちょっとテントの隅に避けてくれると出られるんだけど。


『いえ。ハヤテ殿は残って下さい。これはあなたに関する事ですので』


 アダム特務官の呼びかけに、ティトゥは驚きに目を見張るのだった。



 アダム特務官の話はチェルヌィフ王朝からやって来るお客さんについてだった。

 なんでも帝国軍との戦争の勝利を祝う使節なんだそうだ。


『その護衛と案内を陛下に命じられた訳でして』

『そうですの』


 それはご苦労様です。

 でもそれがナカジマ家に何の関係があるんだろうね。しかも極秘の条件付きで。


『ええ、それなんですが。実は先方がハヤテ殿、あなたとの面会を希望されているんですよ』

『ハヤテと、ですの?』


 ティトゥが驚きの声を上げた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはミロスラフ王国最大の港町・ボハーチェク。

 そこを治めるオルドラーチェク家の当主ヴィクトルは、本日船で到着したチェルヌィフ王朝からの使節団を港まで出迎えに来ていた。

 海賊船の船長のごときいかつい(・・・・)風貌に精一杯の愛想笑いを浮かべるヴィクトル。


 チェルヌィフ王朝といえば商人の国として大陸中に名をはせている。

 港町を最大の収入源にするヴィクトルにとっては、彼らは決して疎かに出来ない客人だったのである。


「ようこそミロスラフ王国へ。長旅でお疲れでしょう。今宵は私の屋敷で精一杯の歓迎をさせていただきますぞ」


 使節団の代表は若い娘だった。

 年齢は例のナカジマ家の当主より少し下か。

 頭はそういうファッションなのか、すっぽりとスカーフで覆い隠されている。

 どこか浮世離れした独特な雰囲気を持つ少女だった。

 何故かずっと目を閉じているが、目が見えないわけではなさそうだ。

 左右に控えた従者が彼女の手を取って主を導いている。

 どちらも主と同じ年頃の少女だ。

 愛らしい顔立ちもどことなく良く似ていた。


 少女は鷹揚にヴィクトルに頷きかけると、何かを言いかけてふと耳を澄ませた。


「この音は何?」

「ぐはっ! なんだってこんな時に・・・」


 ヴィクトルの顔が憎悪にゆがむ――ように見えて実は顔をしかめただけである。強面なのでそう見えるだけなのだ。

 途端に彼の背後、妻達と一緒に並んだ子供達がソワソワとし始めた。

 その視線は何かを探して空をさまよっている。


「あっ! ハヤテだ!」「どこどこ?」「本当だ! 見つけた!」


 母親が押さえるが子供達は小さくキャッキャとはしゃいでいる。

 ヴィクトルは「タイミングが悪いにも程があるだろう」と唸り声を上げた。


「ハヤテ・・・」


 使節団代表の少女は閉じた目で空を見上げている。


「あ、いえその、ミロスラフのドラゴンの名前です。たまにああしてナカジマ領からウチの商会に注文に来る事があるのですよ。決して人間に危害を及ぼすような危険な生き物じゃございません。ナカジマ家の当主と私はかねてより懇意にしておりまして――」


 ヴィクトル言葉を聞き流しながら少女の閉じられた目は空の一点、ハヤテの姿へと向けられていた。

次回「チェルヌィフ王朝使節団」

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