その21 戦い終わって
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あちこちで男達の怒鳴り声がする。
堀を埋めたり柵を引き倒したりと、やらなければならないことは多い。
隣国ゾルタの軍が築いた陣地を破壊するための作業中である。
放置しておいて、盗賊などの反社会組織に利用されるわけにはいかない。
これも軍事行動である。
「カミル将軍、お待ちください! 護衛も付けずに一人で出歩くなど危険です! どこにゾルタ兵が隠れているか分かりません!」
元第二王子、現王国騎士団団長カミルバルト・ヨナターンは歩みを止めず振り返る。
「ならばお前が付いてきて俺を守れ。」
カミル将軍の視線の先にいるのは、冴えない風体の中年男。
ティトゥの父親であり、現マチェイ家当主シモン・マチェイである。
現在は一時的にカミル将軍の預かりになっている。
戦うこと以外の能力が著しく低い騎士団に代わって、今では後方支援を一手に引き受けている苦労人である。
「御冗談を、私がここにいる騎士団の誰よりも武勇に劣ることはご存知でしょう。」
「ははは、その騎士団の誰よりも俺は強いんだ。逃げ遅れた隣国ゾルタの者になど遅れはとらんさ。」
実際にゾルタの兵はすっかり従順になって拘束されている。
あの日の衝撃が彼らの戦う気力をへし折ってしまったのだ。
やがてカミル将軍はティトゥの父親と共に、敵陣の奥、先日まで大型船が係留されていた海岸まで来た。
しばらくは船の舳先が波間に残っていたそうだが、翌日にはそれも沈み、今は彼方まで続く水平線しか見えない。
隣国ゾルタからの侵略軍は実はあの日の時点ですでに崩壊寸前だったのだ。
ミロスラフ王国から見ても無謀な作戦は、当たり前だがそれを行った隣国ゾルタにとっても無謀な作戦だった。
だが、不作が続き後のない隣国ゾルタはこの無謀な作戦を行わざるを得なかったのだ。
上陸地点は内通者の情報により確保していたが、それ以降は行き当たりばったり。
なぜならこの軍には指揮をとるべき高級将校がほとんどいなかったのだ。
兵士は穀物のように船に詰め込まれ、見知らぬ他国の海に連れて行かれる。
事故で船が沈めば、水練もしたことのない兵は、装備の重さに身体の自由を奪われおぼれ死ぬに違いない。
だが装備を外すことは、他国の海にいる不安から、多くの兵ができなかった。
こんな全滅覚悟の遠征軍に選ばれるのは、当然軍の中でも立場の低い者たちばかり。
ほとんど全員が平民出の一般兵だった。
もし成功すれば良し、失敗しても二千人の口減らしができる。
全ては驕った感性を持つ者達が発想した、人命を軽んじた作戦だったのだ。
上陸直後こそ敵地深くに攻め込んだゾルタ兵だが、手に入るだけの食料を略奪して目の前の不安が解消されると、新たな不安が芽生えた。
ここは彼らにとって周囲全てが敵の領地。何かの拍子に船に置き去りにされれば、右も左も分からない敵地から二度と祖国に帰れない。
そうしてほとんどの兵は国に帰る唯一の手段である、彼らを乗せて来た船の近くまで戻ってきてしまった。
ティトゥ達が上空から見た、船を厳重に警備していた光景は、実はそのほとんどが暴徒と化した味方から船を守るためのものだったのだ。
宰相や将軍が心配していた、一度船を戻して補給と補充の兵を輸送するなどした日には、疑心暗鬼にかられた全兵士が一挙に暴発していたことだろう。
つまり船はあの場所から動かすことはできなかったのだ。
それどころか船に水兵が乗ることすらゆるされない状態だった。
あの日、船は完全に無人だったのである。
もし、カミル将軍が、彼の多くの部下のように深く考えず突撃をつづけるような将軍であれば、捕獲した捕虜から、敵軍が現在内部分裂寸前であることを知ることができたであろう。
しかしカミル将軍は最初の数回の攻撃で自軍の不利を悟り、味方の犠牲を抑えるために攻撃を控えてしまったがため、敵の内情を知るチャンスを逃してしまったのだ。
実際カミル将軍は隣国ゾルタのとった作戦は最初から無謀だと考えていた。
しかし、それでも行動を起こしたということは、相手が知っていて我々が知らない何かがあり、それに勝算を見いだしたからこそこ相手は行動を起こしたのだろう、と考えたのだ。
結局それは深読みだったのだが・・・
皮肉にも将軍は、聡明であったがゆえに自ら自縄自縛の状況に陥ってしまっていたのだ。
あの日の攻撃で、ゾルタ兵は今や彼らの唯一の心の拠り所であった船を、誰の目から見ても一切の反論の余地なく跡形もなく破壊されてしまった。
また、ほぼ全員が突然飛び込んできた飛行物体に目を奪われており、そのためその飛行物体が船を破壊したところを見ていない者は誰もいなかったことも悪かった。
一度に全ての兵士が希望を奪われてしまったのだ。
彼らは戦う気力も無くし、ただ恐怖と混乱の中逃げ惑うのみとなった。
多くの兵士は武器を捨てて降伏し、逃げ出した兵士も追いついた王国兵になすすべなく討ち取られた。
二千の敵兵がなんとわずか半日足らずで壊滅してしまったのだ。
こうして隣国ゾルタの突然の侵攻から始まった全ての戦闘が終わったのである。
隣国ゾルタはこの作戦で、国の手足となって働く二千の一般兵のほとんどを失った。
直接的な軍事力の低下はもちろんのこと、地球でいう警察の仕事は彼らによって行われていたのだ。当然、今後の治安の悪化は避けられない。
食料不足による物価の上昇に治安の悪化。
隣国ゾルタは今後じわじわと国力を失っていくことになる。
ゾルタの為政者は自分達の冒した利己的な作戦のしっぺ返しをくうことになるのだ。
カミル将軍はティトゥの父親に話しかける。
「そういえばあの日お前は「自分の兵で敵の船を破壊するんですか。」とか言っていたな。」
将軍はいたずらを思い付いた少年のような笑みをニヤリと浮かべる。
「確かに俺は「そうしてくれれば最高だ」とは言ったが、よもや本当に船を破壊するとは思わなかったぞ。」
全くとんでもないコトをしでかしてくれたものだ、と、カミル将軍はティトゥの父親をからかう。
とんでもなく立場が上の人間からいじられた父親は、どう返事をしていいか分からずしどろもどろになる。
「父親を助けるため戦場までドラゴンを駆ってくるとは、頼もしい娘ではないか。」
「よしてください・・・ 私も知らなかったことなんですから。」
「兵の中には絵心のある者もいてな。そいつの描いたお前の娘の絵姿は、若い兵にそれはすごい人気だそうだぞ。」
「なっ?! そんなコトが?!」
あれか!
実は自分の顔を見るとこっそり板切れか何かを隠す兵士がいることには気が付いていた。
しかし、戦場では小遣い稼ぎに卑猥画を描いて同僚に売る者もいる。
どうせそういったモノを隠したのだろう、とさほど気にはしなかったのだ。
「実は俺も買った。どうだ、よく描けているだろう?」
クックックッと笑いをこらえながら、カミル将軍は腰の物入れから手のひら二つ分ほどの板切れを取り出し見せる。
何かの端材に墨で描かれていたのは、ドラゴンの背に跨り、剣を手に勇ましく空を見上げるティトゥの姿だった。
・・・ドラゴンは実物より凶悪に描かれているし、ティトゥは貫頭衣を着た女神のように描かれているが。
確かに絵心のある者が描いたのだろう。一枚の宗教画のような完成された絵であった。
「・・・ウチの娘は、こんな格好じゃなかったはずですが。」
「言ってやるな。こういう絵が好まれるのだ。さすがに服がはだけた絵を描いたヤツは俺がブン殴っておいたがな。」
あの日以来、兵士達にティトゥは絶大な人気を誇っている。
ドラゴンを駆り、あっという間に敵を倒し、風のように去って行った謎の少女は、今では兵士の間で姫 竜 騎 士と呼ばれている。
その雄姿と美貌を称える即興の歌が作られ、毎晩のように兵士達に歌われている。
ちなみに、その歌を聞くと隣国ゾルタの捕虜の怯え様がただ事ではない、というのが小さな問題になっていた。
「どうしてこんな事になったのやら・・・」
「その事だが――お前、本当に何も知らなかったのか?」
「先日お答えした通りです。
そもそもマチェイは開かれた農村地帯です。いくらかの森は残されていますがそれも管理された物です。
今まで誰の目にも触れず、あのような巨大な物が隠れ住んでいた、などということはありえません。」
「ふむ・・・。」
カミル将軍はその凛々しい眉をひそめる。
ユリウス宰相は自分の報告だけで納得するだろうか?
それに彼の兄王は、弟に強力なドラゴンが力を貸したことをどう考えるだろうか?
「恐らくお前の家には、じきに王城から招聘がかかる。
もちろん理由は言うまでもなかろう。
戦後処理は早めに誰かに引き継ぎ、自分の土地に帰って娘と準備をしておけ。」
「はっ。分かりました。」
たかだか下士位でありながら、身に余る力を得てしまったマチェイ家は、この後否が応なく様々な思惑の渦に巻き込まれていくことだろう。
幼いころから政争に巻き込まれてきたカミル将軍は、この人の好さそうな男が不幸になる未来が容易に想像できた。
(俺に可能な限り力になろう。)
彼の娘には恩がある。ならばそれを返すのが幾ばくかの権力を持つ自分の勤めだろう。
カミル将軍は、まだ手に持っていたマチェイ嬢の姿絵に目を落とす。
そしてあの日の彼女の姿を思い出す。
ふとある予感がした。
案外自分の力など借りずとも、あの娘なら自分で何とかしてしまうんじゃないだろうか、と。
「流石にそれはないか。」
「はい?」
「何でもない。」将軍はそう言うと踵を返した。
次回「その名は「疾風」 」
『スキル・ローグダンジョンRPGで俺はダンジョンの中では最強
~町に帰るとレベル1のザコ』
https://ncode.syosetu.com/n1567fk/
という作品も書いています。
そちらもぜひ読んでいただければ幸いです。