閑話7-2 雪がとけたら
先程気が付きましたが、「四式戦闘機はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ」のブックマーク数が600件に達していました。
どうもありがとうございます。
第七章が終わってしばらくたっているにもかかわらず、こうして新規に登録してくださる方がいるのは本当に有難い事です。
せめてもの感謝の気持ちとして閑話を投稿したいと思います。
これからもこの作品をよろしくお願いします。
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今朝も降り積もる雪はやむ気配も無い。
オルサーク家の屋敷の外では使用人が数名、梯子を持って歩いていた。
彼らはついさっきまで屋敷の屋根に登って、夜の間に積もった雪を下ろしていたのだ。
凍り付くような寒さの中、彼らの吐く白い息が風に流されていく。
暖かな屋敷に戻った彼らは、土間で長靴の雪を落とし、コートの雪を払った。
そんな彼らの中から一人の少年が抜けだした。
オルサーク家の三男トマスである。
初老の家令がトマスに近付くとタオル代わりの清潔な布を渡した。
足を引いている様子から、どうやら家令は足を怪我しているようである。
「すみません坊ちゃん。私が雪で滑って足をくじいてしまったために、”オルサークの竜軍師”に雪かきの手配などして頂いて」
「・・・その呼び方はやめろ」
トマスは雪で濡れた頭を布で拭きながら仏頂面で答えた。
”オルサークの竜軍師”。最近トマスは周囲から、尊敬の念を込めてそう呼ばれるようになっていた。
昨年の冬、この国は大陸のミュッリュニエミ帝国から五万の軍による侵攻を受けた。
それは戦争と呼ぶにはあまりに一方的な戦いで、小ゾルタはあっという間に国境を抜かれたばかりか、王都すら一月も持たずに陥落するに至った。
小ゾルタ王家滅びる。
その知らせに国中が衝撃を受け、希望を失い力無く項垂れた。
もうこの国には未来は無いのか。帝国の属国となるしか生き残る道は無いのか。
ほとんどの者がそう諦めかけたその時、敢然と立ち上がる貴族家があった。
それが彼らオルサーク家の者達である。
オルサーク家は末の兄妹のトマス達を隣国ミロスラフ王国に派遣し、竜 騎 士を擁するナカジマ家と同盟を結んだ。
竜 騎 士はオルサークの要請に応え、ナカジマ・オルサーク合同騎士団と協力して帝国軍と戦い、大きな戦果を挙げた。
帝国に敗れた日から暗い未来しか見えていなかったゾルタ国民は、オルサーク家の活躍によって初めて、今まで失っていた誇りと名誉を取り戻す事が出来たのである。
国民は、オルサーク家の三兄弟を若き英雄達と讃えた。
長男のマクミランは若き当主として兄弟を率いる”英雄の生まれ変わり”。
次男であるパトリクは、一騎当千の若武者として”万夫不当の勇者”。
そして幼くして軍の指揮官を務めたトマスを”オルサークの竜軍師”と呼んで、それぞれを誉めそやしたのだった。
「何が竜軍師か、馬鹿馬鹿しい。俺はナカジマ様の立てた作戦を実行しただけに過ぎない。誰にだって出来た事だ」
トマスの言葉は決して謙遜では無い。少なくとも本人は心の底からそう思っている。
彼の苦虫を嚙み潰したような表情からもその事が分かるだろう。
しかし、昨年末のゾルタは悪いニュースが続き過ぎた。
新しい年を迎えて国が未来に進むためには、旗頭となる英雄が必要だったのだ。
そして彼らの華々しい活躍は十分に国民の要求に応えるものだった。
そして本人が言うように誰にでも出来た事かといえば、それもまた疑問だろう。
それほどドラゴン・ハヤテの立てた作戦は、この世界の戦争の定石から外れたものだった。
その意を汲んで粛々と実行出来たのは、トマスの非凡な才能の成せる業だったと言っても過言ではないだろう。
「それで・・・あの」
「・・・また見合いの話か」
言い辛そうな家令の様子にトマスは心底うんざりした表情を浮かべた。
最近ではこうして毎日のように、彼の下には有力貴族家から見合いの話が舞い込んで来るようになっていたのだ。
「トマス様の年齢で婚約者がいる方もおられますので」
「そうは言うが、それは伯爵家とかそういった高い家柄の、それも後継ぎになる長男の場合の話だろう。俺はオルサーク家の三男で、ましてやまだ社交界にすら出ていない子供だぞ。いくらなんでも青田買いが過ぎるだろう」
そう言ってトマスは家令をジト目で見た。
家令は思わず目を反らした。
どうやら彼も自分の言葉に無理があるという自覚があったようだ。
「最近身なりが良くなっているようだな。他家からの付け届けでさぞや懐が潤っているんじゃないのか?」
「ゴホンゴホン! ご、御冗談を」
トマスはうろたえる家令に濡れた布とマントを預けた。
家令はおずおずとトマスに尋ねた。
「それでお見合いの件ですが・・・」
「ダメだ。雪がとけたら俺とアネタはナカジマ領に行かねばならん。見合いだの婚約だのは帰った後での話だ」
トマスはガッカリと肩を落とす家令を残して部屋を後にするのだった。
屋敷の廊下を歩くトマスは、部屋から聞こえて来る声に足を止めた。
「全然違うわ。もっと外はサックリして中はギュッと美味しさが詰まっているの」
「・・・そうか。作り直してくれ」
最初の言葉は妹のアネタの、次の言葉は父親のオスベルトの声だった。
やがてドアが開くと、ガックリと項垂れた屋敷の料理長が、料理を乗せた皿を手に部屋から出て来た。
「あ、これはトマス様」
「・・・これは?」
皿の上には鳥肉を焼いた? ものが乗せられていた。
「オスベルト様に言われて、アネタ様がナカジマ家で召し上がった料理を再現していたのです。何でもドラゴンメニューとおっしゃるそうですね。これはアネタ様から聞いたお話をもとに私が作った試作品になります」
「お前がドラゴンメニューを? 一口貰ってもいいか?」
料理長は肉を切り分けるとトマスに差し出した。
「ふむ、これは・・・ なるほど」
「アネタ様には全然違うと言われましたが、私には何がどう違うのか分からないのです」
どうやら料理長は”唐揚げ”を再現しようとしたらしいが、衣をつけていないために鳥の素揚げになっていた。
その上、グリルで焼く時のように丸ごと一羽揚げてしまったため、中まで火の通りが悪くなり、長時間油で揚げたために外は真っ黒に焼け焦げてしまったようだ。
そんな焦げ目をこそぎ落としているため、見た目も味も悪くなっているし、どうやら植物油ではなく獣油で揚げたらしく、妙な臭みまで付いてしまっていた。
流石に味付けと香料で多少は誤魔化しているが、これではアネタが納得しないのも無理はないだろう。
「トマス様は何か作り方など、ご存じありませんか?」
「いや・・・俺も料理の事はサッパリだ。だがこの料理がドラゴンメニューと違う事は分かる。肉がパサパサで焦げ臭い上に油臭い。それを味付けで誤魔化しているから重すぎる。一口でもう十分、といった感じだ」
トマスの酷評に料理長はガックリと肩を落とした。
料理長は、「せめて自分で食べる機会があれば」などとブツブツと呟きながら去って行った。
「あっ! 兄様!」
トマスが部屋に入るとアネタが笑顔で駆け寄って来た。
「父上、またアネタのわがままを聞いていたんですね」
「う、うむ。父親が娘の願いを聞いて何がおかしい」
トマスの言葉に目を反らして誤魔化す父のオスベルト。
オスベルトは当主の座を長男のマクミランに譲って以来、すっかり末の娘にダダ甘になってしまっていた。
「父上。そんな事でアネタがナカジマ領に向かう時に大丈夫なんですか?」
「・・・それなんだが、アネタ。お前本当にナカジマ領に行くのか?」
「うん! トマス兄様と一緒にナカジマ様の所に行くの!」
アネタの言葉にショックを受けるオスベルト。
そんな父をよそにアネタは窓を少し開けて外の雪景色を眺めた。
「早く雪が止まないかな。そうしたら兄様と一緒にまたナカジマ様の所に行けるのに」
オスベルトはトマスにだけ聞こえるように小さな声で尋ねた。
「なあ、今からでもアネタの気持ちを変える方法は無いのか? なんでもナカジマ殿は漁村に住んでいるそうじゃないか。この屋敷の方が生活の不自由はないだろうに」
「・・・父上、その件については前にもお話しましたが、あちらの料理人、ベアータの作るドラゴンメニューが再現出来ない限り、アネタの心を変える事はできませんよ。・・・実は私も彼女の料理が恋しくて夢に出る事があります」
「そ・・・それ程のものなのか」
言い辛そうなトマスの告白にドン引きするオスベルト。
トマスは(父上は知らないから)と、気の毒そうな表情すら浮かべた。
「妻達にお前達のナカジマ領行きを説得された時に、首を縦に振るんじゃなかった。いや、まだチャンスはある。料理長がドラゴンメニューとやらを再現出来れば良いのだ。よし。ちょっと厨房に行って様子を見て来る」
オスベルトはイスから立ち上がるとあたふたと部屋を出て行った。
トマスは呆れ顔で父の背中を見送っていたが、アネタに腕を引かれて暖炉の前に連れて行かれた。
暖炉の側には何冊も本が積まれていた。
「向こうに行った時にハヤテ様に読んであげる本を選んでいたところなの。兄様も一緒に選んで頂戴」
「ああ、分かった」
――父上、アネタはすっかりナカジマ領に行くつもりですよ。
トマスは今頃厨房で料理長と頭を悩ませているであろう父親に心の中で呼びかけた。
「春になって街道に降り積もった雪がとけたら、今度は馬車でナカジマ領に行くのよね。楽しみだわ」
「そうだな。早く雪がとけるといいな」
トマスは楽しそうなアネタの相手をしているうちに、次第に自分の心も浮き立ってくるのを感じた。
本当に早く雪がとければいいのに。
いつしかトマスも妹同様に春が訪れるのを心待ちにするようになっているのだった。