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その25 謎虫

 僕の眼下の街道は帝国兵達によって埋め尽くされている。

 国境の砦の戦いでミロスラフ王国に敗れた帝国軍達だ。



 結局あの日、帝国軍は大きく下がった位置に野営した。

 

 砦を抜く気満々だった帝国軍は、後方に陣地を残していなかった。

 彼らは多くの物資を戦場となった砦の割と近くまで持ち込んでいたらしい。

 敗走の最中、それらの多くは打ち捨てられ、ミロスラフ軍に回収されてしまった。


 帝国軍は冬の寒空の下、ろくにテントも無い状態で野営する羽目になってしまったのである。


 ここで帝国軍は三つの選択肢があった。

 再び戦いを挑んで今度こそ相手の砦を奪うか、辛うじて物資が残っている今の間に後退するか、ここに留まって後方からの物資の到着を待つか、のどれかである。


 結局帝国軍は後退を選んだ。

 白銀竜兵団を失ったのがよほど堪えたのかもしれない。


 ひょっとしたら後退と物資を待つの折衷案で、下がりながら物資と合流するつもりだったのかもしれない。しかし残念ながら、帝国軍の物資徴発部隊はナカジマ騎士団によって既に全滅していた。


 彼らは物資と合流出来ないまま、ゾルタの王都へと引き上げる事になったのである。



 砦を目指して南下している間はあんなに僕を恐れていた帝国兵だが、空に僕の姿を見付けても何の反応も示さなくなっていた。

 もちろん僕に彼らを攻撃するつもりはない。

 せっかく撤退してくれるというのに、その邪魔をしても仕方が無いからだ。

 ひょっとしたら彼らも僕の様子からその事に気が付いているのだろうか?

 いや、単に僕に反応するだけの余裕が無くなっていただけかもしれない。


 彼らはぞろぞろと王都の中に吸い込まれていった。


 また王都で略奪が始まるのだろう。

 王都の人達には気の毒だが、僕にはどうする事も出来ない。

 一日も早く彼らに帝国本国から帰還命令が出るのを祈るしかない。



 ――と、思っていたら翌週には帝国軍は王都から出て来た。

 最初は、「えっ? あれだけやられたのにまた戦いに行くの?」と思ったが、帝国軍はそのまま北上――帝国本国の方へと行軍を開始したのだった。


 後で知った事だが、皇帝は南征軍が僕にやられたとの報告を受け、驚いて即座に呼び戻す事にしたんだそうだ。

 王都の人達のためにも帰還命令が出ればいいのに、とは思っていたけど、まさかこんなに早くその願いがかなうとは予想外だ。

 どうやら昨年末の”嫌がらせ爆撃”が思ったよりも皇帝の心にショックを与えていたみたいだ。

 ティトゥに呆れられた”嫌がらせ爆撃”だったけど、やっといて良かったね。


 これも後の話になるけど、結局この南征で帝国軍はゾルタ北方の約三割ほどの土地をその支配下に加える事になった。

 何とも中途半端な。と思ったら、元々その土地は帝国寄りの貴族の領地だったんだそうだ。

 つまり帝国軍は巨額の軍費を投入して軍を編成。ゾルタ王家を滅ぼして、一部の貴族を自分達の勢力に加える事になった、という事になる。

  牛刀をもって鶏を割くとは正にこの事だ。


 ちなみに折角手に入れた土地だが、どうやら領主同士の仲が悪いらしく、この後彼らの間では終始小競り合いが繰り返される事になる。


 わざわざ大軍を動かしてそんな面倒くさい土地を手に入れて、皇帝は何がやりたかったんだろうね。



 おっと、あまり先の話をしていても仕方が無い。

 そんな訳で街道には祖国を目指す帝国兵達の姿がある。

 今日も誰も僕に反応しない。

 いや、ちらほらとこちらを見上げる者はいるのだが、特に逃げ出しもせずに大人しく街道を歩いているのだ。

 まあ、彼らを刺激しないようにだいぶ離れて飛んでるからね。


『これでこの戦争は全て終わったのかしら?』


 ティトゥが帝国兵達を見下ろしながら呟いた。

 多分、僕達にとってはそうだろうね。


 しばらく帝国軍の様子を窺っていたナカジマ騎士団だったが、今では順次ナカジマ領へと引き上げている。

 敗走する帝国軍からは大量の脱走兵が出たようで、オルサークのあるピスカロヴァー伯爵領は現在随分と治安が悪くなっているそうだ。

 しばらくは治安回復のお手伝いをしていたが、帝国軍が国に引き上げる動きを見せてからは「ナカジマ家から物資を援助してもらっているのに、その物資の中からナカジマ騎士団に給与を払うのはおかしい」とオルサーク家のマクミランに言われて引き上げる事にしたのだ。

 真面目な人だねマクミランは。



 開拓兵達にはいくらかの報酬を渡した後、このままゾルタに残ってもいい事にした。

 彼らは全員戦死扱いである。

 国から派遣されていた捕虜を勝手に解放しちゃうのは何だけど、国に黙って彼らをここまで連れて来ている以上今更だろう。


 オルサーク家に相談すると、快く彼らの引受先になってくれた。

 今後彼らはここから故郷を目指すなり、故郷の家族を呼ぶなりする事になるだろう。


 ・・・と思っていたら、半数ほどはこのままナカジマ領に戻りたいと訴えて来た。

 彼らのほとんどは元々故郷で仕事が無いので、王都に出て来た所を兵士になったのだそうだ。

 どうやらゾルタ王家は彼らのような者を兵士にして、ミロスラフ王国に送り付けて来たらしい。

 悪い言い方をすれば纏めて厄介払いをした訳だ。

 そういった理由で、彼らは今更故郷に戻っても生活が出来る目途が立たないらしい。何とも世知辛い話だね。


 彼らには開拓兵としてナカジマ騎士団の配下に入ってもらう事にした。

 要は今まで通りなのだが、彼らの子供はナカジマ領の領民に、そして彼ら本人も引退後はナカジマ領の領民と全く同じ扱いになる事になった。

 その話を聞いて、ゾルタに残ると決めた者達の半数がナカジマ領に戻ると言い出した。

 現金な物である。



 マクミラン末の弟トマスは、前線本部となっていたウルバの村を引き払ってオルサークに戻って来た。

 トマスは前線指揮官として大活躍だったんだそうだ。

 まだ幼いのに大したものだ、とナカジマ騎士団の人達も褒めていたよ。

 思えばトマスとアネタとは昨年末からの付き合いだ。山を挟んだお隣さんなんだからこれからも会う機会があるかもね。


『いえ、アネタ共々(・・・・・)、よろしければまたそちらにご厄介になりたいと思っています』


 どういう事?


 どうやら彼は今回の一件で、いかに自分が井の中の蛙だったかを知り、自分の目で外の世界を知る事の大切さを学んだんだそうだ。


『そちらがよろしければ、アネタ共々(・・・・・)またナカジマ領で学ばせて下さい』


 そう言ってトマスはティトゥに頭を下げた。

 いやいや、学ぶって言ったって、コノ村はただの漁村だよ?

 オルサークのお屋敷の方が本とか色々あって勉強になるんじゃない?


『いえ、書物から得る知識ではなく、生きた経験が積みたいのです。私とアネタは(・・・・・・)


 いちいち妹のアネタ込みで押し掛けて来る気満々のトマスに、ティトゥも最後には『親御さんの許可が出たら認めますわ』と折れてしまった。

 まあウチには押しかけメイドのモニカさんもいるし。トマス兄妹は素直で大人しいから問題無いんじゃないのかな?

 こっそり物陰からトマスの様子を窺っていたアネタが、『お兄ちゃんでかした!』みたいに小さなガッツポーズを取ったのが印象的だった。


 後日二人は両親の許可を得てナカジマ家にやって来る事になった。

 どうしよう。代わりにウチからはそっちにカーチャでも送ろうか?


『何でそうなるんですか! 私はティトゥ様のおそばを離れません!』


 カーチャはそう言うとプンスとむくれた。

 カーチャの隣ではモニカさんが『良く言いました。それでこそナカジマ家のメイドです』みたいな顔をしていたけど、あなたはナカジマ家のメイドじゃないですからね?



 押しかけといえば、チェルヌィフ商人のシーロが連れて来た人物には驚いたね。

 なんとミロスラフ王国のユリウス()宰相だったんだよ。


 ティトゥは覚えていなかったけど(いやいや覚えておこうよティトゥ)、僕は以前王城に降りた時に怒られたからよく覚えていた。

 なんでも宰相を辞めたところをシーロがスカウトして来たんだそうだ。

 どういう事? 説明を聞いても良く分からないんだけど。


 最初はコノ村の有様に驚いていたユリウス元宰相だったが、ティトゥから『ウチはオットーがいるから大丈夫ですわ』と言われた途端、彼のプライドというか職業意識に火が付いたらしい。

 『ほう。その者に会わせて頂いてもよろしいかな』なんて言い出して、結局オットー達の指導者的立場に収まってしまった。


 流石に一国を切り盛りしていた事務処理能力は伊達じゃない。オットー達はユリウス元宰相の指導を受けてみるみる仕事を減らしていった。

 一時は「このままだと死んじゃうんじゃないかな?」と心配していたオットーの顔色も、今では見違えるほどすっかり良く――なってはいないかな? 今は別の意味でゲッソリしているようにも見える。

 毎日ユリウス元宰相に怒鳴られて、これはこれで別種のストレスを抱えているみたいだ。

 でもまあ、今までの先が見えない状況から、今はキツいけど仕事を覚えさえすれば楽になる、という状況に変わったんだからこっちの方が全然いいよね。頑張るんだオットー。




『あら? あれは何なのかしら』


 ティトゥの声に僕はふと我に返った。

 ティトゥが見つめる先、そこには――何だろう? 黒い虫? 例えていうなら「風〇谷のナ〇シカ」の腐海の虫のような奇妙な生き物が空を飛んでいた。

 この距離から見えるという事はかなりの大きさだ。虫ではまずあり得ない。

 地球の酸素濃度が高かった古代の恐竜時代には今より巨大な虫がいたそうだが、それだって確か鳥くらいの大きさだったはずだ。


 僕達が見ている中、その虫?はフラリと地上へと向かうと――


『人間を襲っていますわ!』


 なんと帝国兵に襲い掛かったのだ。



 謎虫は帝国兵を掴むとフラフラと上昇した。見た感じ体長は3m以上。翼を広げた幅は5m程だろうか。

 翼は胴体の三か所からそれぞれ二対の六枚。翼の位置が胴体なのか、付け根から何本かの足が伸びている。

 帝国兵は半狂乱になって暴れている様子だ。


『きゃあああっ!』


 ティトゥが悲鳴を上げた。帝国兵の抵抗に諦めたのか、それとも元々そうするつもりだったのか、謎虫は上空から帝国兵を落としたのだ。

 あの高さだ。おそらく助からないだろう。

 ああやって獲物を殺してから食うのかもしれない。


『人間を襲うなんて・・・ そんな恐ろしい虫は見た事も聞いた事もありませんわ』


 僕には無反応だった帝国兵達だったが、目の前で仲間が殺されてパニックになっているようだ。

 蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出した。


『相手が帝国兵とはいえ放ってはおけませんわ! ハヤテ!』


 言われるまでもない。僕は謎虫に向かって急降下攻撃をかけた。




『やっつけた・・・ のですわよね?』


 そのはずだ。僕の放った20mm機関砲は謎虫に命中。バラバラになった謎虫は地面に落下していった。

 普通の生き物ならあれで死んだはずだけど、相手は存在から謎の謎虫だからな。どうなんだろう?


 降りて確認したいけど、死体の落下場所は帝国兵がうようよいる街道の割とすぐ近くだ。

 そんな場所に着陸する事は出来ない。

 ぶっちゃけどっちが敵かと言われれば、僕達にとっては謎虫よりも帝国軍の方が敵だからね。

 ティトゥを乗せてそんな危険な場所に降りる訳にはいかないのだ。


 いつまでもここでこうしていても仕方が無い。

 僕達はモヤモヤとした気持ちを抱えたままこの場を去るのだった。

次回「エピローグ 日常、そして・・・」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 白銀竜兵団が壊滅したことによって軍事バランスが崩壊して、帝国とチェルヌィフ王朝の間でひと悶着起きそうな気もします。きっと次に問題が起こるとすればそこかな…と思っていたのですが予想外のと…
[気になる点] 謎虫の正体が気になりますね。突然変異で生まれたただのデカい虫なのか、それとも魔物の類なのか。 後者だとしたら今まで魔法とかモンスターとかファンタジー要素の出てこなかったこの作品の一つの…
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