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その24 それぞれの帰宅

◇◇◇◇◇◇◇◇


 あの帝国軍との戦いから二日後。

 ミロスラフ王国の国境の砦。その執務室でカミル将軍は王都騎士団の副長から報告を受け取っていた。


「犠牲者は現在約500人。この中には戦いで行方不明となった者達も含まれております」


 帝国軍五万に対してミロスラフ王国軍は三千八百。

 あの戦いで帝国軍は多くの兵が武器を捨てて敗走していた。


 つまり王国軍は圧倒的に有利な形で追撃戦を行って、一割以上の犠牲者数を出した計算になる。

 もちろん怪我人の数はこの何倍にも上る。


 犠牲者の中には負傷が元で戦いの後に命を失った者も含まれる。

 まだ医療技術も未熟で衛生概念も未発達なこの世界では、現代の地球では助かる者も助からない事が多々あるのだ。

 ましてやここは最前線だ。医者の数も不足している。

 10倍以上の帝国軍が相手だったと考えれば、この犠牲者数も仕方がないのかもしれない。


 だが、行方不明になった者は取り敢えず戦死者扱いするのが戦場の常である。

 戦いが終わって今日で二日。

 そろそろそういった輩がひょっこり帰って来る頃合いでもある。

 実際の犠牲者数はこの後意外と減るかもしれなかった。


「そうか。後の事は任せた」

「はっ!」


 カミル将軍は今日砦を発ち、明日にも王都に戻る事になっている。

 帝国軍が戻って来る気配がないとはいえ、戦後処理も完全に終わっていないというのに、将軍が砦を離れるのはいささか気が早すぎはしないだろうか?


 カミル将軍には王都で次の戦いが待っているのだ。

 それは政争という名の武器を使わない戦いだ。

 帝国軍五万という強敵を退けたカミル将軍にとっても、それは厳しい戦いになる事を予感させた。



 カミル将軍は実の兄である前国王から国の後事を託された。

 それは国王の座を任されたという事になるのだが、その言葉を聞いたのはカミル将軍と、兄の皇后であるペラゲーヤ。そして国王の主治医と助手の四人しかいない。

 その発言の直後に国王は昏睡状態になり、二度と目覚める事無く息を引き取った。

 そのためこの発言が遺言として残される事は無かった。

 この中で主治医と助手の証言は公式には取り上げられないので、実質カミル将軍と皇后の二人だけが聞いた言葉という事になる。

 これは極めてあやふやな根拠になってしまったと言って良い。


 国王は生前に遺言書を作成している。

 これは国王に不測の事態があった時に国が乱れないためにユリウス宰相が作らせていたもので、定期的にその内容は改められていた。


 次にカミル将軍が戦うべき相手はこの遺言書の中身という事になる。



 副長が下がると、立派な髭の騎士団員が部屋に入って来た。


「失礼します。私をお呼びですか将軍」


 アダム隊長である。


「アダム。お前は俺と共に王都に戻れ。次の仕事を与える」

「・・・ナカジマ領の方はよろしいので?」


 アダム隊長はカミル将軍がナカジマ家を、いや、ドラゴン・ハヤテを気にかけている事を知っている。

 有効に使えば敵を切り裂き、迂闊に触れれば自分の手を切り裂く。そんな危険な刃物のごときハヤテの存在をカミル将軍はずっと注視していた。

 本来であればハヤテに関しては、王城側が全力を挙げて取り組むべき問題である。

 しかし、実際にハヤテの力を見ていない王城は、今までハヤテを自分達の都合でぞんざいに扱って来た。

 それはカミル将軍から見ると、酔って刃物を振り回す酔漢のそれとなんら変わらなかった。

 今までよく自分の足を切り落とさなかったものである。


 アダム隊長の問いかけにカミル将軍は呆れ顔で答えた。


「お前がそれを言うか。部下も無しで一体何をどうするつもりだ?」

「それは・・・ 申し訳ございません」


 アダム隊長はカミル将軍に命じられて騎士団を率いてナカジマ領に赴いていた。

 そして現在の彼は部下の全てが退職してナカジマ騎士団に流れてしまったので、一人の部下もいない隊長となっていた。

 カミル将軍はそれを指摘したのである。


王都騎士団(あいつら)の扱いには俺も苦労させられたからな。勇敢なのは良いが一直線過ぎる。・・・まあ王城の太った毒蜘蛛共よりは分かり易くて良いが」


 王城に巣くって陰謀を張り巡らせる貴族達の事をカミル将軍はそう言って貶めた。

 王城の騎士団の詰め所には誰の耳があるか分からないが、ここは最前線の砦である。

 カミル将軍の言葉には遠慮が無かった。


「お前は俺の代わりに王国内を見て回ってもらおうと考えている」

「諜者をやれと? しかし私に務まるとは思えませんが・・・」


 しり込みするアダム隊長。これで機転もきき、したたかな所もあるアダム隊長だが、それでもやはり彼は騎士団員である。

 日本で言えば警察官がスパイになれと言われたようなものだ。

 彼が不安に思うのも無理のない事だろう。


「王城にはそれ専用の組織が他にある。お前に彼らと争えとは言わん。お前にやって欲しいのはもっと別の事だ」


 カミル将軍がアダム隊長に望んでいるのは、現代で言う外交官のような役割だった。

 アダム隊長の場合は国外ではなく国内の貴族に対してだが。


「俺は兄王に遠慮して派閥を作らなかった。今まではそれで良かったが、これからはそうはいかん。少なくとも敵を作って足をすくわれるような事は無いようにせねばならん」


 カミル将軍はアダム隊長の目端の利く所と人柄の良さを買っているのである。


「王都に戻ったらお前を下士位に上げる。その時に今の名は使えんぞ。別の家名を考えておけ」

「! あ、ありがとうございます!」


 アダム隊長を含め、騎士団のほとんどの者が当代貴族。つまり一代限りの貴族である。

 彼らの親も騎士団員、要は彼らは代々騎士団に入る事で貴族の位を維持している、仮の貴族と言ってもいい立場なのだ。

 当然治めるべき土地も持っていないし、家族に騎士団に入る者がいなければ貴族としての地位を失ってしまう。つまり平民に落ちてしまうのだ。

 こうなってしまえば再び当代貴族に戻るのは難しい。

 王都騎士団は貴族である事が入団条件だからである。

 そのため当代貴族の家では、必ず家族の誰かしらを王都騎士団に入団させるのである。

 王都騎士団は彼らの力によって戦力が維持されているのだ。


 しかし、これからアダム隊長が務めるべき仕事は、当代貴族では立場が軽すぎる。

 そこでカミル将軍はアダム隊長に下士の位を授ける事にしたのである。


「名目はこの度の戦争でナカジマ家に王都騎士団を貸し与えた、その決断に対するものにでもするか。というかこの戦でお前の立てた手柄は別に無いからな。良かったな部下達が隊長思いで」

「・・・恐縮です」


 喜びに水を差される形になり、途端にばつの悪い思いをするアダム隊長。


 とはいえ、この戦いでナカジマ騎士団の果たした役割は大きい。

 彼らの活躍が無ければ帝国軍は昨年の内にこの砦に到着していたのは間違いないからだ。

 そうなればカミル将軍率いる王都騎士団の援軍は間に合わなかった。

 そして間違いなく砦は抜かれていただろう。


 そんなナカジマ騎士団の設立に深く関わった功績であれば十分な理由になる。

 アダム隊長も半べそをかきながら騎士団詰め所で部下の退職届の手続きをした甲斐があったというものである。


 カミル将軍は立ち上がると壁にかけてあったマントを羽織った。


「これから長い戦いになる。今後のお前の働きに期待しているぞ」

「はっ! 非才の身なれど!」


 アダム隊長の返事にカミル将軍は頷くと、マントを翻して颯爽と部屋を出て行くのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 僕はティトゥを乗せて王都を越え、南東へと飛んでいた。


『村が見えましたわ!』


 嬉しそうに指差すティトゥ。視線の先に見えるのは懐かしのマチェイの村だ。

 そう。僕達はマチェイ家の屋敷を目指して飛んでいるのだ。

 久しぶりの眼下の景色に、僕の心は否が応なく弾むのだった。



 それは今朝の事だ。突然ティトゥがティトゥパパに報告をしたいと言い出したのである。

 確かに、僕らは帝国軍が引き上げた事を知っている。けど、王都を挟んで国の反対にあるマチェイにはまだその知らせは届いていないに違いない。

 ティトゥは実家に報告して安心させてあげたいというのだ。


 このティトゥの突然の提案に、誰からも反対意見は出なかった。

 代官のオットー辺りは何か言うかと思っていたんだけど意外だったね。

 意外と言えば、こういう時にいつもなら必ず付いて来るメイドのモニカさんが、今回は留守番をすることになったのには驚いた。

 それどころか、カーチャも用事があるので行けないと言う。

 誰も一緒に来ないなんて珍しいよね。

 そんなわけで、僕はティトゥと二人きりでマチェイまで飛ぶ事になったのだった。



 マチェイの屋敷は突然戻ったティトゥに大騒ぎになった。


『お父様、お母様、ミロシュただいま!』

『お帰りなさい。今日は一体どうしたの?!』


 急な再会に喜び合うマチェイ一家。

 事前に何の連絡も入れていないんだからそりゃ驚くよね。


 そんなマチェイ一家をメイド長のミラダさん達が微笑ましく見守っている。

 あ、料理人のテオドルが遠くから見ているね。

 そんなに離れていないでもっと近くに来ればいいのに。


 僕はのんびりそんな事を考えていた。

 そんな僕にティトゥママが声を掛けて来た。


『ハヤテもお帰りなさい』


 それは何気ない、ごく当たり前の一言だった。


 だが、ティトゥママにそう言われた瞬間。


 僕はホロリと涙を流した。


 もちろん僕の四式戦闘機ボディーは涙を流さない。

 しかし、僕の心が涙を流したのだ。


 その時僕は気が付いた。

 僕がこの世界に転生してまだ一年未満。そのうちここにいたのはほんの数か月だけど、この場所は僕にとって特別な思い出の場所なのだ。


 ティトゥがいて、彼女の家族がいて、彼女達を取り巻く使用人達がいて、穏やかな時間が流れている。


 そう。ここはこの世界での僕の家だったんだ。


 その事を自覚したから僕は泣いたのだ。


 そして今なら分かる。なぜティトゥが急にマチェイに行くと言い出したのか。

 なぜみんなが何も言わず、僕とティトゥの二人だけにしてくれたのか。


 そう、彼らは家族の再会に水を差したくなかったのだ。


 みんな僕をティトゥの家族と思ってくれていたのだ。


 マチェイの庭の郷愁に溢れる光景が、みんなが僕を思ってくれる思いが、帝国軍との戦いでピンと張り詰めていた僕の心を温かい何かで満たしていった。

 その時僕は理解した。

 戦いは終わっても、僕の心は今までずっと帝国軍との戦場に残っていたのだ。

 そんな僕の心が、この人達に出迎えられ、『お帰りなさい』と言ってもらえたことで、――家に帰って来た事で――今ようやく僕の中に戻って来たのだ。


 僕は心を満たす感情に突き動かされて呟いた。


「ティトゥ、今まで心配かけてゴメン。僕はもう大丈夫だよ」


 僕の言葉が聞こえたのだろう。ティトゥは振り返ってほほ笑んだ。


 日本語で呟いたので僕の言葉は彼女には通じない。


 でも、言葉は通じなくても心は通じるのだ。

次回「謎虫」

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