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その23 もう一つの可能性

 僕は上空から帝国軍の”白銀竜兵団”に襲い掛かった。


 限界速度を超えたのか、さっきから機体のあちこちがギシギシと異音をたてている。

 プロベラも風圧を受けて今にも千切れ飛びそうだ。

 早く爆弾を切り離さないと、引き起こしに失敗して地面に激突してしまうかもしれない。


 いっそ、それでもいいかもしれない。


 僕は不意にそんな誘惑に駆られた。


 ひょっとしたら死ねば元の日本に戻れるかもしれない。

 これは異世界人同士の戦争だ。僕が関るべきではなかった事だ。

 僕の体は兵器だが、心は平和を愛する日本人だ。

 戦争はイヤだ。誰も殺したくない。


 そして僕は・・・


 そんな自分の気持ちに逆らえずに、戦場から逃げ出してしまったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 夜のテントの中。僕は一人、じっと心の痛みに耐えていた。

 しんと静まり返ったコノ村には一つの明かりも灯っていない。

 みんな帝国軍を恐れて昼間のうちにコノ村を逃げ出してしまったのだ。


 ティトゥ達は故郷であるマチェイに戻って行った。

 メイド少女のカーチャは気落ちしたティトゥを心配そうに見守っていた。

 彼女の師匠のモニカさんはボハーチェクの港町で聖国行きの船を拾うと言っていた。

 代官のオットー達は忙しく荷造りの手配をしていた。


 誰も僕と目を合わせようともしなかった。


 きっと僕を見たら文句を言わずにはいられなかったからだろう。

 みんなを裏切ってしまったのだ。それも当然の報いと言っていい。



 僕はみんなに置いて行かれて一人コノ村に残っている。


 みんなが僕を見限って当然だ。

 僕の罪は決して償えるものではない。



 あの時僕は”白銀竜兵団”に攻撃が出来なかった。

 どうしても人殺しをする勇気が出せなかったのだ。

 いくら戦争がイヤと言っても、あの作戦は元々僕が提案したものだ。

 僕という男は、自分で言いだした事すら守れないのだろうか?


 ・・・守れない男なんだ。僕は。

 だから僕は決定的な場面で逃げ出してしまったんだ。


 帝国軍は昼間ナカジマ領を散々荒らし回って、満足して寝ている頃だろう。

 ナカジマ領のみんなには本当に悪い事をしてしまった。これも全て僕のせいだ。


 僕の心に、帝国軍に荒らされた隣国ゾルタの王都の姿が浮かんだ。

 焼かれた家に、身を寄せ合って寒さを堪える避難民達。

 いずれはミロスラフ王国の王都もああなってしまうのだろうか。

 僕の弱い心がこの国のみんなを不幸にしてしまった。

 もうどう償おうが償いきれるものではないだろう。


 コノ村は狭い漁村だ。ここからでも村の入り口が見える。

 ひょっとしたら明日にでも帝国軍の姿があそこに現れるかもしれない。


 彼らは僕をどうするだろうか。

 バラバラにして戦利品として持ち帰るかもしれない。

 それもいいだろう。所詮僕にはその程度の価値しかないのだ。

 彼らの戦利品(トロフィー)になるのがお似合いだ。



 こんな時、眠れないこの体が疎ましい。

 僕は誰もいないコノ村で一人、一晩中罪の意識に苛まれている。


 ここにはもう誰もいない。僕は一人だ。




 その時、小さな明かりが僕に近付いて来た。

 明かりを手に持ったゆるふわヘアーの若い女性だ。

 彼女は白い息を吐きながら僕のテントに入って来た。


 ティトゥ? どうしてここに?


『眠れないんですわね? ハヤテ。もうみんな寝てしまっていますわよ』


 そう言うとティトゥは散らかったテントの中を見回した。

 誰かの食べ残した料理や飲み散らかした酒樽がところ構わず転がっている。


 ――そう。ついさっきまでここでは今日の戦勝会が行われていたのだ。


 カーチャはティトゥと笑いあっていたし、オットー達は代わる代わる僕の事を褒めちぎっていた。

 モニカさんは黙々と手酌で飲んでいたし、彼女に付き合わされたオットーの部下は片っ端から酔いつぶされていた。

 みんな笑顔だった。

 誰もがこの一ヶ月もの間、ずっと帝国軍の事が不安だったんだ。

 その帝国軍が追い払われたんだ。喜びの感情を爆発させたって当然だろう。



 そう、さっきまでの独白は全て僕の空想だ。

 もしかしたらこうだったかもしれない、という僕のウソ。

 空想上の物語だ。


 しかし、こうやって一人で真っ暗な村の中にいると、戦勝会のあの光景こそが僕の妄想だったんじゃないかと思えてくるのだ。

 土壇場で勇気を出せなかった僕の弱い心が生み出した「こうだったら良かったのに」という願望。

 僕が幸せだったもう一つの可能性。


 僕は自分の心が弱い事を知っている。本当の僕はあそこで戦えずに逃げ出したんじゃないだろうか?

 帝国軍相手に戦ったあの記憶こそが、現実を認められない僕の心が作り出した捏造なんじゃないだろうか?


『今日のあなたはとても勇敢でしたわ』


 ティトゥはそう言うといつものように僕の操縦席にヒラリと上った。


『この中にも暖房が欲しいですわね』


 イスに座ると寒そうに背中を丸めるティトゥ。

 ゴメンね。僕の機械の体は君の体温を奪うばかりで温めてあげる事は出来ないんだ。


『少しお話をしましょう。今日くらいは夜更かししても構いませんわ』


 ティトゥはそう言うとポツリポツリと話を始めた。

 子供の頃に親に叱られた話や、美味しかった食べ物の話。マチェイの村の話や、コノ村での話。

 それはとりとめのない、他愛の無い話ばかりだった。

 でもそんな話は、僕の張り詰めた心をゆっくりとほぐしていったのだった。



『――今夜はもうこのくらいにしましょう。おやすみなさい、ハヤテ』

『ゴキゲンヨウ』


 ティトゥは操縦席から降りるとテントから出て行った。

 やがて彼女の持つ明かりが家の中に入り、しばらくすると部屋の窓から明かりが消えた。


 こうして僕はまた一人になった。


 操縦席の中から彼女の温かさが消えると、僕の心に「さっきのティトゥこそ僕の心が生み出した幻影なんじゃないだろうか?」という不安が沸き起こった。

 彼女を恋しい、彼女の好意を失いたくない、そう思う僕の未練がましい浅ましい心が「こうあって欲しい」と願った彼女を生み出してしまったんじゃないだろうか?

 本当の彼女はとっくにこの村を去っていて、僕に幻滅して二度と顔も見たくないと思っているんじゃないだろうか?


 操縦席の中は冷え切って、さっきまでティトゥがいた痕跡は微塵も残っていない。


 まるで最初から誰もいなかったように。


 コノ村は暗く静まり返っている。


 ここにはもう誰もいない。僕は一人だ。

次回「それぞれの帰宅」

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