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その19 新年戦争

◇◇◇◇◇◇◇◇


 新年も明けて六日。晴天。

 後に新年戦争と呼ばれる事になる国境線の砦での戦いが始まろうとしていた。


 帝国軍南征軍・公称五万(実際は四万だったとも三万しかいなかったとも言われている)。

 対するはミロスラフ王国軍・三千八百。


 帝国軍は砦の前に全軍で布陣し、ミロスラフ王国軍は砦から出ていない。


 この時代の戦争においては兵力よりも戦術よりも、まずは味方の士気が重要になる。

 いくら自軍が有利で押していても、兵達が「負けた」と思えば壊走するのがこの時代の戦争なのだ。


 そのため防衛側も最初は砦の前に布陣して、敵にひと当てして味方の士気を上げるのがセオリーとなっていた。

 ゾルタの王都防衛線において”大鷲”バルターク騎士団が前に出たのもそういった理由があっての事である。


 なのに砦に引きこもったミロスラフ王国軍の判断はいかにも消極的で、帝国軍に侮られる要因になっていた。

 ミロスラフ王国軍は初手でしくじった感があった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 砦を守る兵達は大地を埋め尽くす帝国軍の大軍にすっかり委縮していた。

 数というのはそれだけでも人を威圧する。

 彼らは今にも逃げ出しそうにも見えた。

 砦の城壁の最上段で身じろぎもしないカミル将軍の姿がなければ、本当に逃げ出していたかもしれない。


「カミル将軍! ナカジマ騎士団の者が伝令に参りました!」


 カミル将軍は考えを邪魔されて、思わず部下をジロリと睨み付けた。

 さすがの将軍もこの一戦を前に気持ちが高ぶっているようだ。

 いつもの部下を思いやる余裕が無くなっているらしい。


 部下の男に続き、別の騎士団の男がナカジマ騎士団員を案内して来た。

 案内の男は不快そうな表情を隠しもせずにナカジマ騎士団員を睨み付けている。

 その不穏な気配に、カミル将軍は怪訝な表情を浮かべた。


「ここまでの案内感謝する」


 ナカジマ騎士団員は騎士団の男に慇懃に礼を言った。

 すると騎士団の男は肩を怒らせながら振り返ると、去り際に彼の足元に唾を吐きかけて行った。


「おい! 貴様何をしている!」


 いくら戦の前で気が立っているとはいえ、やっていい事と悪い事がある。

 伝令に対するあまりに礼を失した行為に、カミル将軍は去って行く騎士団員を怒鳴り付けた。


「私は気にしていませんよ将軍閣下。それに彼も本気で悪気があってやった事ではないでしょう」


 ナカジマ騎士団員に宥められカミル将軍は怒りを静めた。

 この男はよほど温厚な性格なのだろうか? その表情には本当に気にしている様子がうかがえなかった。

 このやり取りに、今度は最初の部下が舌打ちをした。


 今度はお前か。


 カミル将軍は目の前で繰り広げられる出来事に軽く混乱してしまった。

 ここに来る前に彼らの間に何があったのだろうか?


「それよりも報告してよろしいでしょうか」

「あ、ああ。頼む」


 ナカジマ騎士団員の報告とは、じきにティトゥが砦を訪れるので戦況が見える場所に案内して欲しいというものだった。


「分かった。ならばここで俺と一緒に見ればいい」

「分かりました。そう伝えます。それではこれで」


 ナカジマ騎士団員は敬礼をすると踵を返した。

 彼が向かう先々で王都騎士団の男達が不満そうな表情を浮かべる。

 そんな恨みのこもった視線を、ナカジマ騎士団員はまるで心地良いそよ風のように感じているようだ。

 口元に優越感の笑みすら浮かべながら颯爽と去って行った。


 そんな光景を見て、ようやくカミル将軍は事情を察した。

 分かってしまえば何て事は無い。


 彼は恨まれていたのではない。元同僚(・・・)に妬まれていたのだ。


 カミル将軍はナカジマ領に配属されたがる騎士団員達に苦労させられた過去を思い出した。

 おそらく彼らは今はナカジマ騎士団となった元同僚に対して「俺達が王都にいる間に上手くやりやがって」と、強い嫉妬に駆られているのだろう。


 こんな時にお前達は・・・


 しかし敵の大軍を前に委縮されるよりは、まだ頼もしいと言える・・・のか?

 カミル将軍はため息をつきたくなる気持ちをグッと堪えるのだった。




 やがてティトゥがメイドのモニカを連れてやって来た。

 ティトゥの姿に騎士団員達から今度は憧憬の眼差しが向けられた。


「ようこそナカジマ殿」

「ご招待ありがとうございます。将軍閣下」


 用意されたイスにティトゥが座ると、カミル将軍は周囲に聞こえないように声を落として話しかけた。


「今朝伝えた通り、そちらに四半刻(30分)譲ろう」

「ありがとうございます。ハヤテなら絶対に我々の期待に応えてくれますわ」


 ハヤテの姿はここにはない。砦の裏にティトゥを降ろした後、どこかに飛んで行ってしまったのだ。

 多分戦いの前に一人になりたかったのだろう。


 ハヤテは昨夜から随分とナーバスになっていた。

 そんなハヤテを一人で戦わせることにティトゥは反対したが、ハヤテはティトゥが乗る事を頑として拒否した。

 この夏に海賊船を攻撃した時、ハヤテは戦いの中で感情が乱れ、ティトゥが乗っているにもかかわらず乱暴な飛行をして彼女を傷付けてしまった。


 今日の戦いの規模はあの時の比ではない。

 ハヤテは自分の感情を抑えられる自信が無かったのだ。――いや、ひょっとしたら人を殺す兵器になる所をティトゥに間近で見て欲しく無かったのかもしれない。


 ティトゥはハヤテの気持ちに寄り添えない事を悲しんだが、最後は折れて彼の自由にさせた。

 戦いを望まないハヤテを戦場に連れ出した事に対する後ろめたさもあって、強く言えなかったのかもしれない。


 ともかく、こうしてティトゥは砦からハヤテの姿を遠くに見守る事になったのである。


「むっ。そろそろ始まるか」


 カミル将軍の声にティトゥがハッと我に返ると、目の前の帝国軍の中央が大きく左右に割れる所だった。


 角笛が吹かれると、豪華な鎧をまとった騎馬隊が現れた。

 そしてその中を、40絡みのカイゼル髭の男を乗せた馬が進んで来る。

 察するところ彼が帝国軍の総司令官なのだろう。


「我が名はボリス・ウルバン! ウルバン伯爵家の当主にしてこの帝国軍南征軍総司令官である!」


 ウルバン将軍の自己紹介から始まる口上は、小ゾルタとミロスラフ王国の非を鳴らす所から始まり、平和を愛する帝国皇帝がいかに心を痛めているかを訴える話に続き、最後は帝国軍の南征の正当性を説いて終わった。

 要はプロパガンダだ。

 これにより味方は士気を上げ、相手は悪者扱いされる。

 戦いの前の様式美のようなものである。


 ウルバン将軍の口上が終わったのを受けて、カミル将軍は城壁の前に出た。

 今度はミロスラフ王国の順番という訳だ。

 味方兵達の視線が一斉にカミル将軍に集まった。


「俺の名はカミル! そんな事よりもお前達は自分の命の心配をした方がいいぞ! 既にお前達はドラゴンの尾を踏んでしまっているんだからな!」


 カミル将軍はそれだけ言うと元の場所に戻った。

 ポカンとする兵士達。

 カミル将軍は彼らに聞こえないようにボソリとこぼした。


「ハヤテよ。俺にここまで言わせて何もなしじゃすまんぞ」


 あなたが勝手に言ったんじゃないですの。ティトゥは思わず文句が口をついて出そうになった。


 ウルバン将軍はしばらくの間何のことか分からずに立ち尽くしていたが、カミル将軍がもう出てこないと分かると悠々と味方の隊列の中に戻って行った。

 再び角笛が吹かれると今度は三か所から白銀の鎧をまとった軍団が前に出た。

 帝国軍から大きな歓声が上がった。


 彼らの絶対の守護者”白銀竜兵団”である。

 三部隊。総数七百。

 それだけでもミロスラフ王国軍の総数の約五分の一にあたる兵数と言えば、どれほどのものか分かるだろう。


 帝国軍の歓声は物理的な音の圧力となり空気を震わせた。

 それは日の光を反射して神々しく輝く白銀竜兵団の威容を否が応でも高めるものであった。


「あれが帝国軍の秘密兵器か」


 さしものカミル将軍も緊張のあまりゴクリと喉を鳴らした。

 将軍のかたわらに座るティトゥも顔から血の気が引いている。

 彼女はそばにハヤテがいない頼りなさを強く感じた。


 白銀竜兵団の前進に合わせて、五万の帝国兵が一斉に足踏みをした。


 ドン! ドン! ドン!


 それはまるで白銀竜兵団が大地を震わせて歩いているかのように思わせた。

 砦の兵士達は不安にキョロキョロと目を泳がせ、攻撃開始の合図を待っているが、カミル将軍は黙って立つだけで何の指示も下さない。


 ドン! ドン! ドン!


 白銀竜兵団は既に矢の届く距離を越え、投げ槍の届く距離に達しようとしている。


 ドン! ドン! ドン! ワアアアアアッ!


 大きな声が上がり、ついには五万の帝国兵が前に出ようとした――その瞬間。


 大きな影が音を立てて上空から急降下して来た。

 帝国軍の誇る無敵の白銀竜兵団に襲い掛かるその翼。

 ティトゥはイスから立ち上がって叫んだ。


「ハヤテ!!」

次回「わずか四半刻(30分)の出来事」

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